① サステナブルツーリズム及び周辺領域の概念整理

 サステナブルツーリズム(SustainableTourism)は、経済、社会、環境問題あるいは地域コミュニティへの配慮に加え、観光客の体験の向上など、幅広い内容をカバーする概念である。そのルーツは、1980年代に提唱された、世界的な環境の質の改善と貧困の解消に対する喫緊の課題解決における概念としての持続可能な開発(Sustainable Development)に端を発する。そのため、サステナブルツーリズムは、持続可能な開発と同様に非常に幅広く複雑な概念を包含しており、その意味や使い方に関する解釈の違いから、様々な定義が存在することが国内外で指摘されている。
 一方、国内では、コロナ禍を契機にサステナブルツーリズムに対する注目が急速に高まっており、観光庁・UNWTO(世界観光機関)駐日事務所による「(日本版)持続可能な観光ガイドライン(2020年6月)」あるいはGSTC(世界持続可能観光協議会)の指針等を受けて、サステナブルツーリズムに対する各観光地における具体的な検討・取組が始まっている状況である。ただし、サステナブルツーリズムが包含する概念の広さゆえに、取組の方針、あるいはそもそもの目的を地域のステークホルダー間で共有できていない現状があるのではないか。実際、筆者の元にも特にコロナ禍以降、「サステナブルツーリズムといっても、何に(から)取り組んだらよいのか分からない」「サステナブルツーリズムのゴール(目標)が見えない」「サステナブルツーリズムの全体像を見せてほしい」といった相談・依頼が多く寄せられている。
 そこで、「観光文化」の今号では、コロナ禍からの本格的な観光及びインバウンドの再開を迎えるこのタイミングにおいて、これまで国内外で取り組まれてきた、あるいは語られてきたサステナブルツーリズムの概念を改めて整理し、その全体像を提示(「分解」と「再構築・リコンストラクション」)することで、今後の各観光地におけるサステナブルツーリズムの「航海図」を用意することに、各識者の力を借りて取り組んでみたい。
 その中で特集1では、検討を行う前段として、サステナブルツーリズムの用語の定義と使われ方の変遷について、国内外双方の視点から整理を行うこととする。また、サステナブルツーリズムと関連の深い類似の概念としてのエコツーリズムやレスポンシブルツーリズム(責任ある観光)などいくつかの用語も取り上げ、その比較の中でサステナブルツーリズムの姿をより明確に際立たせることを試みたい。
 なお、国内ではサステナブルツーリズムの訳としての「持続可能な観光」という用語も、サステナブルツーリズムと同義で頻繁に用いられるが、本稿ではサステナブルツーリズムの表現を採用することとする。

1.サステナブルツーリズム及び周辺領域における用語の整理

 まず「サステナブルツーリズム」である。同語は、1987年の「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」で提唱された持続可能な開発の概念を背景に、2004年にUNWTOによって、あらゆる観光地タイプ・観光形式にも適用される概念として「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」として定義づけられた。国内においても、その幅広い概念ゆえに一部を取り上げた使い方をされることがままあるものの、観光庁においても同定義が採用され、広義かつ公的な定義としては一定の定着が見られる言葉といえる。
 次に「エコツーリズム」について、UNWTOでは「持続可能で非侵略的な自然ベースの観光であり、主に自然に関して直接学ぶことに焦点を当て、ローインパクトで非消費主義的であり、マネジメントや恩恵、規模の面で地域志向であるように倫理的に管理された観光」と自然資源に着目した定義づけをしている。一方、国内では、環境省が「自然環境や歴史文化を対象とし、それらを体験し、学ぶとともに、対象となる地域の自然環境や歴史文化の保全に責任を持つ観光のあり方」としている他、日本エコツーリズム協会や日本自然保護協会、日本エコツーリズムセンターが提示しているエコツーリズムのあり方でも、資源面としての歴史・文化・暮らしに着目している点で、自然以外の文化面も含めた、やや対象範囲が広くなっている点が異なっている。
 また、サステナブルツーリズムやエコツーリズム同様、観光あるいは持続可能性といった文脈の中で90年代以前より使われてきている用語に「レスポンシブルツーリズム」がある。ただ、同語はこれまで国内外で、公的に、一義的に定義づけられてきてはいない。なお、その指し示す内容としては、2002年のケープタウン宣言で「主に観光客が訪れる場所、観光事業者が事業を行う場所、地域社会と観光事業者が交流する場所において、観光がもたらす経済、社会、環境への影響を責任を持って管理し、プラスの影響を最大化、マイナスの影響を最小化する必要がある」と明示されたように、責任ある管理、つまり現象としてのツーリズムではなく「行動する側の姿勢」に着目して使用されることが多い点が特徴的である。
 一方、「エシカルツーリズム」や「リジェネラティブツーリズム」も近年になってしばしば観光と持続可能性の文脈の中で耳にすることが増えた用語である。いずれも、レスポンシブルツーリズムと同様、公的、一義的に定義が定められてはおらず、ベースとしては両社ともサステナブルツーリズムの基本的な概念としての環境、社会、経済のトリプルボトムラインへの影響への考慮といった側面を押さえつつ、旅行者・業界双方が問題に対して倫理的に「行動・対処」する際の「エシカルツーリズム」、行動・対処の「結果・成果」がネガティブな影響の抑制に留まらず、ポジティブな結果を生み出すケースに対しての「リジェネラティブツーリズム」といった形で、文脈に応じてサステナブルツーリズムよりも限定的な場面・側面を指す際に用いられるケースが多いように感じられる。
 最後に「アドベンチャーツーリズム」について。同語については、世界最大のアドベンチャートラベルの推進団体(ATTA)が「アクティビティ、自然、文化体験の3要素のうち、2つ以上で構成される旅行」と定義づけている。加えて、望まれる形態として「資源活用と持続可能性の両立」の支持や「地域経済」の重視などの考え方が付加的に盛り込まれており、それらの点でサステナブルツーリズムとも共通する部分が多くなっている。
 以上が、各用語における基本的な背景情報の整理である。次項以降では、少しオリジナルな視点から各用語の時系列での使用状況の変化や、どのような文脈・コンテクストで使われているか、等について探ってみたい。

2.用語の登場時期と使用頻度

 各用語は公的な機関によって定義づけられる以前より、様々な媒体・用途で使用をされてきており、ある種バラバラな使われ方をしてきていた。そのため、各用語の本来的な概念の浸透及び関連の取組の推進を促進させるために、定義の設定には一定の方向付けを行う意味があったと考えられる。つまり、定義前より各用語は使用をされてきたわけであるが、本項では、どの時点から各用語が使用され始め、そして一定の認知度を得てきたのかを整理したい。
 まず、図1‐1は前項で定義を紹介した各用語について、Google社が提供しているキーワードの検索回数の推移が分かるツール「Googleトレンド」を用いて集計したものである。Googleトレンドでは、対象とするキーワードの検索数の推移が時系列で表示可能であるが、対象期間中の最高値を100とした検索総数の相対値を示したものであり、実数としての検索ボリュームとは異なる点に留意が必要である。そのため今回は、期間中の検索総数のピークが最も高かったサステナブルツーリズムの最高値を100とした際の各用語の期間内における相対値をグラフ化している。また、各用語の日本語での検索頻度ではボリュームが少なく、Googleトレンドでの分析が不可能であったため、英語での検索状況を元にしている他、集計方式が現在と同じ時期で比較をするため、過去5年間の推移を見ている。

 その結果を見てみると、検索ボリュームが多いのは、サステナブルツーリズムとエコツーリズム、次いでアドベンチャーツーリズム、やや下がってレスポンシブルツーリズム、相対的にボリュームが低いのがエシカルツーリズムとリジェネラティブツーリズムとなっている。
 検索ボリュームが相対的に多いサステナブルツーリズムとエコツーリズムについては、コロナ禍前は概ね同程度のボリュームで推移してきたが、エコツーリズムは2020年3月以降の新型コロナの影響が世界的に本格化したタイミングで検索ボリュームが落ち込んだ。しかしその後はボリュームが回復し、直近ではサステナブルツーリズムの検索ボリュームをやや上回る状況となっている。その要因はこのグラフからは特定できないが、サステナブルツーリズムについてはコロナ禍前の国際観光客数の増加に伴うオーバーツーリズム等の発生の問題を受けてサステナブル(持続可能)な視点に注目が集まっていたこと、またエコツーリズムについては旅行の一形態としてコロナ禍の影響を受けていったん関心が下がったものの、ウィズコロナにおける感染リスクの比較的低い屋外での旅行形態の一種として関心が高まったことなどを要因の一部として推測することができる。
 アドベンチャーツーリズム及びレスポンシブルツーリズムについては、対象期間中は概ね横ばいで検索ボリュームが推移しているように見える。一方で、検索ボリュームが相対的に低かったエシカルツーリズムとリジェネラティブツーリズムのみを抜き出したグラフが図1‐2である。直近の急上昇を除けば、エシカルツーリズムについては5年前から概ね同頻度・同ボリューム程度で推移しているのに対して、リジェネラティブツーリズムについては検出がほぼされない状況から主に2020年の下半期以降に検索の頻度が高まっており、つい最近になって使われるようになった概念・用語であることが示唆される。加えて、国内(日本語でのウェブサイト)での使用状況についても、海外情報の紹介が主であることから、国内での使用も直近に限定されているものと想定される。

 以上、各用語の使用度合・頻度に近い指標値として、Googleトレンドにおける検索総数を用いた分析を行ったが、この1、2年で急に使用頻度が高まった用語は例外として、サステナブルツーリズムやエコツーリズムなどの各用語は主に1980年代以降、40年近くにわたって使用されてきており、より長期的なスパンでの使用状況を探るため、次に「Google Scholar」を元にした分析を行った。Google Scholarは、Google社が提供する論文検索サイトで、世界中の学術的な文献(論文、書籍、要約等)を検索・閲覧できるものである。キーワードによる検索や期間指定、言語指定も可能である一方で、世の中のすべての論文を網羅しているわけではなく、また検索結果の表示数も正確な実数ではないことには留意が必要である。
 図2‐1が対象期間を約30年として集計した結果(対象言語:すべての言語)であるが、Googleトレンドで見た際と同様、サステナブルツーリズムとエコツーリズムのボリュームが多く、次いでアドベンチャーツーリズムとレスポンシブルツーリズムが同程度、エシカルツーリズムとリジェネラティブツーリズムのボリュームは相対的にかなり低くなっている。
 サステナブルツーリズムとエコツーリズムに関しては、1990年代以降、エコツーリズムがやや先行してボリュームが増加しているが、主に2010年代以降にサステナブルツーリズムのボリュームの増加率が高まり、近年はエコツーリズムのボリュームを上回る状況となっている。また、近年の状況を見た際に、Googleトレンドで見た際と傾向が異なるのは、エコツーリズムのボリュームがサステナブルツーリズムよりやや下がることと、アドベンチャーツーリズムのボリュームがやや下がって、レスポンシブルツーリズムと同程度になっている点である。これは、Googleトレンドでは旅行の一形態としてより一般目線あるいはビジネス視点からエコツーリズムやアドベンチャーツーリズムを捉えて検索がされており、一方のGoogle Scholarではより概念的な部分を捉えて論文や書籍等のとりまとめが行われていることが要因として想定される。
 また、図2‐2は検索の対象言語を日本語に限定した場合のグラフである。各用語における全体のボリュームはかなり下がるものの、用語間の相対的なバランスは概ね図2‐1と同様であることが分かる。

 以上の整理からは、いくつかの類似の概念・用語がある中で、エコツーリズムとサステナブルツーリズムはその概念自体に重なりがありつつ、一定の使い分けをもって、ただし若干の混用がされつつ、長年にわたって概ね同程度のボリューム・頻度で用いられてきた概念・用語であるということが言えるだろう。そして、それ以外に関しても、レスポンシブルツーリズムやアドベンチャーツーリズムなど古くから用いられてきたものの、使用場面がより限定的であった用語や、近年になって新たな概念を説明する用語として登場したリジェネラティブツーリズムなどの用語といったタイプに分類ができそうである。

3.各用語の使われ方(テキストマイニング分析)

 最後に、各用語の使われ方、どのような文脈・コンテクストで使われているかについて、テキストマイニングの手法を用いて分析した結果を見てみたい。
 今回は、インターネット上において各用語の説明・解説を行っているサイト、いわゆるまとめサイト(Wikipediaを含む)の中から、なるべく各用語・概念の「定義」と「変遷」を含む複数のサイトを対象として取り上げ、各サイトで用いられている文章をテキストマイニングの手法を用いて、分析し、その結果を共起ネットワーク図で表現した。共起ネットワーク図とは、単語が共通に出現する関係(共起関係)を円と線で表示した図であり、どのような単語が文章内に出現しやすいかを感覚的に把握することを可能にするものである。なお、円の大きさが大きいほど、サイト内での出現頻度が高いことを示している。
 図3‐1は、サステナブルツーリズムを対象に、説明・解説サイトから共起ネットワーク図を作成したものである(上:英語サイト、下:日本語サイト)。英語サイトの共起ネットワーク図を見ると、多くのキーワード群から成り立っており、ここからもサステナブルツーリズムが幅広い概念を包含する用語であることが見えてくる。キーワードの中身を見てみると、例えば図の左側のキーワード群はサステナブルツーリズムの概念・定義に近いワードとして、社会、経済、環境のトリプルボトムラインや、それらに対する影響(impact、effect)とプラス・マイナスの概念(benefit、negative)の用語が入り込んでいる。また、右側には交通・移動と排出に関するワード群、上側には旅行者と人数に係るワード群なども見られる。

 一方で、日本語サイトの方の共起ネットワーク図を見てみると、キーワード群自体の数が少なく、英語サイトと比較してやや限定的な範囲での記述となっていることが示唆される。キーワードの内容としては、英語サイトと同様の概念・定義に近いワード群が存在し、英語サイトにおける社会、経済、環境に対応するワードとして、地域、文化、伝統、環境が用いられており、経済については雇用と合わせて別のワード群を構成している。また、左側のワード群として、国際認証、基準といったワード群が「サステナブルツーリズム」における「取組」といったワードと同じ群の中で登場している点が特徴的である。
 図3‐2は、同様に、エコツーリズム、レスポンシブルツーリズム、エシカルツーリズムを説明・解説するサイト(英語、日本語)から共起ネットワーク図を作成したものである。

 エコツーリズムに関しては、英語サイト・日本語サイトいずれでも自然資源のみならず、地域や文化、住民、経済などにも触れられており、いわゆる広い概念で持続可能性に触れられている。また、日本語サイトでは「環境省」が「推進」していることが説明に入っている点が特徴的である。
 また、レスポンシブルツーリズムについては、「travel」「industry」「商品」「ツアー」という形で旅行形態としての捉え方が強い面があり、エシカルツーリズムについても同様に「tourist」「people」「旅」「楽しむ」「旅行」「スポット」など、旅行のあり方の一つとして紹介されている側面が強いであろうことが見て取れる。

4.おわりに

 ここまで、雑駁にではあるが、サステナブルツーリズム及び周辺領域における用語の使われ方について振り返ってきた。その結果、エコツーリズムやサステナブルツーリズムのように長年にわたって使われる中で一定の定義づけがなされた用語がある一方、レスポンシブルツーリズムのように概念・考え方は広がりつつも、定義としては定まっていないものがあること。用語によって、エコツーリズムのように国内と海外でやや着目される側面が異なることがあること。そうした中で新たな言葉も登場してきていること。そして、それらを通底する概念として持続可能な開発(特にトリプルボトムライン)の存在がありそうなこと。
 そのあたりが、おぼろげながらにではあるが、見えてきた。以降、特集2、3、4で、国内全体及び北海層、沖縄・奄美でどのように具体的な取組が行われてきたのかを検証した上で、特集5におけるサステナブルツーリズム概念のリコンストラクションに繋げて行きたい。

公益財団法人日本交通公社
観光地域研究部 環境計画室長/おきなわサステナラボ ラボ長
中島 泰(なかじま・ゆたか)