わたしの1冊
第26回
『宮本武蔵』
吉川英治・著
吉川英治文庫(講談社)

佐藤和志 有限会社鶴の湯温泉 代表取締役会長

 小学6年生の時、担任の先生から『宮本武蔵』の話を聞いたことがあった。その時に、〝強い武士〞との印象が強く残った。
 中学校では部活動でバスケットボールに熱中。3年生の夏の郡大会では、仲間にも恵まれ、練習試合でも5勝1敗と好成績を収めていたので、周囲からも優勝を期待されていた。試合はトーナメント戦で、主将として試合相手を決めるクジを引いた。対戦相手は練習試合で唯一負けたチームだったが、ここに勝ちさえすればと気を引き締めて試合に臨んだ。お互い相譲らず接戦となったが、僅差で負けてしまった。その後、対戦相手は順調に勝ち上がり優勝、県大会でも準優勝。クジを引いた自分の責任、主将として感じた重圧は忘れることができない。
 当時の私は誰とも逢いたくない、話したくもない、今でいう〝引きこもり〞の状態だったと思う。そんな時、同じ中学校の教師で野球部の監督を務める義兄の家を訪ねた。部屋の本棚に『宮本武蔵』が何巻か並んでいた。『宮本武蔵』は、剣禅一如を目指す求道者宮本武蔵を描いた作品。気性が荒く孤剣を磨いた武蔵が、剣の精進、魂の求道を通して、鏡のように澄明な境地へと悟達してゆく道程を描いた、吉川英治先生の代表作。
 勝負の追求、それがための人間関係の深さ、渦巻く功名心、たとえようのない敗北感、修業のためと置き去りにしたお通さんへの思い、本家の竹蔵との放浪の旅…。剣豪としても知られる沢庵和尚に城の天守閣に閉じ込められた数年には、本を読み、教養を身につけ、精神の鍛練に努め、武芸者としてさらなる高みに向き合い、これまでの生き方への自省と克己に励む。一方で、大衆に迎合しない個の確立を目指す武蔵の生きざま。
 私は、〝強い武士〞武蔵のことを思い出し、わき目もふらずに読んだ。当時の複雑な心境もあって、砂が水を吸うように素直に読むことができたことを、今でも覚えている。
 月日は流れ、私は父の温泉への〝夢〞に賛同し、温泉事業に加わることになった。12年後、乳頭温泉郷で最古の温泉、「鶴の湯」を任されることになった。電気も電話も水道もない自炊専門の湯治場の温泉に始まり、食事付きの旅館に切り替えて、経営すること41年。乳白色の温泉に、秘湯ブームや露天風呂ブームも追い風となり、当館の名物料理「山の芋鍋」も好評で、「全国で一度は行ってみたい温泉」とも言われるようになった。
 多くの人に助けていただいて今があります。
 これまで、常に〝勝負〞という気持ちで生きてきた。『宮本武蔵』には、吉川英治先生の生き方や考え方が反映されているのだろうが、私自身がブレずに来られたのも、この本によるところが大きい。中学生という多感な時期に巡り合った『宮本武蔵』は、私の精神的な支えになっている。


佐藤和志(さとう・かずし)
秋田県由利郡矢島町生まれ。製紙会社での勤務を経て、父の手伝いで温泉事業に加わる。1969年、乳頭温泉郷「大釡温泉」経営。その後、13代引き継がれた羽川氏から「鶴の湯温泉」の経営を委ねられ現在に至る。2003年、国土交通省観光カリスマ(「秘湯の温泉カリスマ」)、田沢湖・角館観光協会 名誉会長、日本温泉文化を守る会 会長など役職多数。