特集①-4 ハワイの宿泊業が抱える課題と今後の展望
観光研究部 研究員
山本奏音
1.はじめに
既に多くの場で語られている話題ではあるが、近年、観光地・宿泊施設に対しサステナブルであることを求める観光客が増加している。中でもこの傾向は若年層において高まっており、観光地・宿泊施設は今後より一層サステナビリティを意識することが求められると予想される。
他方で観光業では世界的に、人材不足が課題となっている。新型コロナウイルス流行に伴う旅行需要減少により、2020年頃に多くの従業員が解雇されたが、低賃金や不安定な勤務形態が影響してその後従業員が戻らず、人手不足が続くという状況に陥っている。
こうした状況を踏まえると、観光客から選ばれ続けるためのサステナビリティの検討・従業員が働き続けられる環境整備という2点は、昨今宿泊施設において重要な課題になっているといえよう。
ハワイは、世界的なホテルブランドからローカルブランドまで様々な宿泊施設が立ち並ぶ、有数のリゾートである。そのハワイに立地する宿泊施設において行われている取組の現状を、今回は調査した。
2.宿泊業に関連した政策の方向性
まず、ハワイの各種計画の中から宿泊施設に関する記載を抽出することで、ハワイの宿泊施設に近年求められている方向性・取組の概要を把握する。
ハワイの観光施策全体の方向性が記載されている『HTA Strategic Plan 2020‐2025』には、ハワイの自然・文化資源の尊重、ネイティブハワイアンの文化・コミュニティの支援、観光とコミュニティ双方の豊かさの確保、ブランドマーケティングを通した観光の(地域経済への)貢献の強化、といった4つの方向性が示されている。
オアフ島に関する政策を記した『O‘ahu Destination Management Action Plan 2021‐2024』には、まず全体の方向性として、観光産業はコミュニティと一緒にマラマの精神に則り、地域とお互いを気に掛けるべきだと記載されている。その上で宿泊施設に関しては、ホテルを含む観光産業の従業員に向けたハワイ文化の教育およびトレーニングプログラム(アクションB2)、ハワイに優しい製品や地元の製品への着目(アクションH1、H2)等といったアクションが記載されている。
ハワイ島に関する政策を記した『Hawai ‘i Island Destination Management Action Plan2021‐2023』も方向性は似通っており、全体ビジョンとしては島と人々の健康が掲げられ、オアフ島と同様に従業員に向けたハワイ文化の教育およびトレーニングプログラム(アクションB2)がアクションとして記載されているほか、民間・政府・地域社会の各種利害関係者の間で対話の機会をもつこと(アクションE2)、地元の農産物、製品、商品の購入(アクションG2)等といった項目が記載されている。
全体として、地域との交流や、地域の環境・社会・経済への貢献を意識した方向性が、ハワイの宿泊施設には求められているということができるだろう。
3.人材不足の現状、対応の模索
今回、ホノルル3か所、カイルア・コナ2か所のホテルに対してヒアリングを行った。それぞれのホテルの概要は表1の通りである。
観光業において世界的に人材不足が課題となる中、ハワイも例外ではなく、同様の問題を抱えている。ヒアリングを行った5か所のホテルの状況は様々であったが、自身のホテルにおいてそれほど人材不足が深刻になっていないとしても、ハワイの宿泊業全体としては人材の不足・流出が大きな課題となっているという声が聞かれた。
ハワイは生活費が高く、現在生活費はアメリカ本土の約3倍になっているとのことである。また土地が限られるため郊外の小さな住居に住み、ホノルルに立地するホテルの場合は通勤に激しい渋滞が伴うという、生活面での不便さも挙げられた。実際Missouri Economic Research and Information Center(MERIC)によると、2024年第3四半期の生活費はアメリカ内でハワイが最も高額で、食料品、家賃、公共料金、交通等、ほぼ全ての項目において他州を大きく上回る結果となっていた。また2024年9月には全米でUNITE HERE労働組合によるホテル従業員のストライキが行われ、賃金の引き上げ、労働時間の公平化、コロナ禍での人員削減の撤回を求める要求がなされたが、ストライキに参加した労働者の約半数はホノルルで勤務していたという。このようにハワイのホテル従業員は厳しい状況に置かれており、その結果多くの若年層が他業界やアメリカ本土に流出してしまっている。
ヒアリングの際に、人材不足への対応策としてハワイ大学の学生や、ハワイ大学に留学している学生のインターンを受け入れていると一部ホテルにおいて聞かれたが、抜本的な解決策が見出されているわけではなく、人材不足は今後も引き続きハワイの宿泊業にとって大きな課題であると思われる。
4.環境・社会・経済への貢献を意識した取り組み
環境対策については、ホテルの客層やランクにより、行われている環境対策の内容は異なっていた。
ハワイの観光客(飛行機による訪問客数)の内訳をみると、2019年はアメリカ人が67・1%、日本人が15・4%、2023年はアメリカ人が78・2%、日本人が6・2%となっており、新型コロナウイルス流行前後で状況は大きく異なるものの、いずれにせよ両国の観光客が観光客全体の8割以上を占めており、ハワイの宿泊施設の宿泊客構成は基本的には日本人とアメリカ人で捉えられるということができる。
今回ヒアリングを行った宿泊施設のうち、Royal Kona Resort、The Westin Hapuna Beach Resortは比較的アメリカ本土からの宿泊客が多い。一方でHalekulani、Hyatt Regency Waikiki Beach Resort & Spa 、Alohilani Resort Waikiki Beachは、コロナ禍により状況は大きく変化したが、コロナ前は日本人宿泊客の割合が前者と比較すると高かった施設となる。
もともと日本人宿泊客の多かったHyatt Regency Waikiki Beach Resort and Spaは、日本人の需要を意識して使い捨ての歯ブラシ等のアメニティを提供しているとのことだった。一方で、アメリカ人宿泊客の多い4つ星ホテルであるThe Westin Hapuna Beach Resortにおいては、敷地内で野菜を栽培する等、環境意識の高いアメリカ人層を意識した取組が行われていた。
4・5つ星ホテルである‘Alohilani Resort Waikiki Beach においては、カーボンニュートラルフィーの上乗せも行われていた。
価格の高いホテルに宿泊する観光客は環境意識が比較的高いため、そういったホテルにおいてはその需要に応じた環境対策が行われている一方、そういった層の宿泊が少ないホテルにおいては環境対策は宿泊客側からはそれほど求められておらず、逆に彼らの需要に合わせた対応が行われている様子が見てとれた。
また、今回ヒアリングを行ったほぼ全ての宿泊施設においてチャリティーイベントやビーチクリーニングが行われていたりと、地域や社会への貢献はハワイの宿泊施設において当たり前のように行われていた。The Westin Hapuna Beach Resortでは、スタッフが2時間ボランティアをすると代休が取得できる制度を導入し、スタッフの社会貢献を促しているとのことだった。一方でRoyal Kona Resortは、ホテル内のレストランで定期的に開かれる音楽イベントに地元住民が訪れる等、住民と距離感の近いホテルとなっていた。
地元の経済への貢献という点では、地元産の食材や製品の購入を心がけているものの、島嶼地域であるため安定的な供給が難しいという課題もあるという声が全てのホテルにおいて聞かれた。
5.まとめ
今回、人手不足とサステナビリティという2点に着目して調査を行ったが、まず人手不足に関しては、ハワイ全体において無視できない大きな課題となっている様子が見て取れた。その解決のためには、個々の宿泊施設で実施できる取り組みもある一方で、今後も人材流出が進むのであれば州全体での抜本的な取り組みも必要になるかもしれない。日本、特に日本の地方の宿泊施設においても新型コロナウイルス流行以降従業員が戻っておらず、その背景にはハワイと同様に賃金の課題や働き方の課題が少なからずあるといわれている。様々なホテルが集まる代表的な観光地であるハワイにおいて、どのようにこの課題への対処が行われていくのか、個々のホテルの取り組みだけでなく、業界全体として、そして地域としての方向性にも、今後も着目していきたい。
またサステナビリティに関しては、ハワイ州全体として地域への貢献が求められている、世界的にESG経営が求められているといった背景のもと、自身のホテルブランドとしての方向性や客層が求めるサステナビリティのレベルを考慮して、バランスを模索しながら取り組みを進めているように見受けられた。環境面に関しては、今回の調査を通して宿泊施設がどのように自身のホテルにおける取り組みの方針を定めているかがわかり、日本の宿泊施設においても参考になる知見が得られたかと思う。一方で地域の社会・経済への貢献という点では、外資の大規模ホテルにおいてはチャリティー等が当たり前のように行われているが、地域にコミットする度合いややり方は様々であった。日本内部にも、地域によっては近年外資の大規模ホテルの進出が相次いでおり、そういった地域における外部の組織・企業との連携の在り方は今後ますます課題になると思われる。今回はハワイに存在する数多くのホテルのうちほんの一部について調査を行ったが、引き続き調査を続け、地域全体の取り組みや傾向についても把握していきたい。
〈参考文献〉
Hawaii Tourism Authority : HTA Strategic Plan 2020-2025
Hawaii Tourism Authority : O‘ahu Destination Management Action Plan 2021-2024
Hawaii Tourism Authority : Hawai‘i Island Destination Management Action Plan 2021-2023
Missouri Economic Research and Information Center(2024):2024 Third Quarter Average Cost of Living
Hawaii News Now(2024年9月3日)、“ Labor Day hotel strikes reflect the frustrations of a workforce largely made up of women of
color”、https://www.hawaiinewsnow.com/2024/09/02/thousands-us-hotel-workers-strike-over-labor-day-weekend/、
2024年11月25日最終閲覧
Hawaii News Now(2024年9月4日)、“ Hawaii hotel workers spend Labor Day walking picket lines as strike enters 2nd day”、
https://www.hawaiinewsnow.com/2024/09/03/hotel-workers-spend-labor-day-walking-picket-lines-strike-enters-2nd-day/、
2024年11月25日最終閲覧