わたしの1冊 第34回『インタープリテーション入門~自然解説技術ハンドブック』
キャサリーン・レニエ/マイケル・グロス/ロン・ジマーマン・著
1994年・小学館
原書は、もう32年も前に米国で出版された本だ。米国の国立公園などで活躍している「インタープリター」の考え方や技術を一般の人でも使えるように、ウィスコンシン大学の先生たちがまとめた本だ。その2年後に環境庁(当時)と興亜火災海上保険株式会社の協力を得て日本での出版が実現した。私は環境庁、保険会社、出版社、翻訳者、日本語版監修者をつなぐプロデューサー役を担った。
初版(4000冊)の約半分は全国のビジターセンターや自然学校等に贈られた。表紙はクマさんが自然を教える(日本語版独自の)ユーモラスな絵だが、内容はサブタイトルにもあるような専門書だ。初版を売り切るのが精一杯だろうと思っていたが、2008年の第9刷まで刷を重ねることができた。すでに絶版となっているが、中古書店か図書館で出合えるだろう。
観光に関わる皆さんもインタープリテーション(機能)あるいはインタープリター(人)という呼び名を、最近目にすることが増えてきたのではないだろうか。一度インターネットで「インタープリテーション」を検索してみてほしい。十数年前は検索結果の多くが「通訳・解釈」という本来の意味についてだったが、現在では殆どの検索結果が「自然や歴史・文化の魅力や価値を紹介し、地域と来訪者を結びつける活動」となっていることに驚く。
30年前のこの本を見返してみると、当時と今とで変わっているところと、変わっていないところがあることに気付く。フィルムのスライドを並べながら、ストーリーを作ってゆくスライドプログラムの組み立て方などは、デジカメしか知らない今の若い世代には全く理解不可能だろう。一方トークプログラムの考え方・組み立て方や、様々な道具類(衣装、人形、生きている動物)を使う手法などは今でも使えるものばかりだ。
この本のタイトルが「インタープリター入門」ではないことも大切なポイントだ。インタープリテーションは、人による(パーソナル=P)ものと、人によらない(ノンパーソナル=NP)ものとがある。Pの代表はガイドプログラムだが、NPの代表的なものはビジターセンターなどでの展示、遊歩道沿いの野外解説板、セルフガイドツアー用のマップ、WEBでの情報提供などだ。2024年は環境省が全国の国立公園で「インタープリテーション全体計画」の整備に取り掛かっている。
NPも含め、その地域でどんな価値や魅力をお客様に伝えるかの基礎になるストーリー作りだ。
日本語版は原書の翻訳部分に、書き加えた部分が相当ある。
象徴的なのは「インタープリターのナップザック」という十数ページだ。原書ではわずか4ページに自然系66個、歴史・文化系74個の小道具が(文章だけで)紹介されている。日本語版を作る時に自然系66個の小道具についてはその殆どにイラストを添えた。
また「米国の国立公園ではレンジャー(含むインタープリター)と出会う機会が多いのに、我が国の国立公園でなかなかレンジャーと出会わないのはなぜなのか」という疑問が読者に生まれるかと思い、この翻訳出版のきっかけを作ってくれた環境庁(当時)の奥田直久さん(現:バヌアツ大使)に、日米の国立公園行政の違いについて書いていただいた。さらに日本のインタープリテーションの礎を築いた小林毅さん(2013年没)には、日本語版解説の冒頭を執筆していただいた。
全国の観光地で活躍する自然系のガイドに留まらず、歴史・文化系のガイドにも大いに役立つインタープリテーションの手法が、175枚の写真とともに語られている。全国のガイドの皆さんにぜひ手にとっていただきたい本だ。
この本の改訂版とも言える本が2015年に米国で出版され、2023年ようやく日本でも翻訳本が出版された。『インタープリターズ・ガイドブック〜意味の探求を促すガイドの技術』(ラーニングアウトドア)。
また米国で著名なインタープリテーションの研究者であるサム・ハム著の『インタープリテーション〜意図的に「違い」を生み出すガイドのためのコミュニケーション術』(山口書店)も一昨年相次いで出版されている。
川嶋 直(かわしま・ただし)
公益社団法人日本環境教育フォーラム主席研究員(前理事長)。日本インタープリテーション協会・自然体験活動推進協議会理事。早稲田大学社会科学部卒業後、1980年山梨県高根町(現:北杜市)清里のキープ協会に入り「自然体験型環境教育事業」を組織内で起業し、以降環境省などと人材育成事業にあたってきた。最近では各地の「インタープリテーション全体計画」のワークショップの設計・進行を行っている。川嶋直事務所HP
(https://kawashimatadashi.info)