特集①-1 ハワイ視察の全体像とパンデミック後の観光動向・政策展開
観光研究部 上席主任研究員
中島 泰
1.ハワイ視察の概要
2023年度より開始した研究員による海外3地域への視察活動。2024年度は、2023年度に続き2年連続でハワイを訪問した。2023年度の視察では、各研究員がパンデミック以降の「日本人旅行者の動向」、政策面での「マラマハワイ成立の背景と効果」、そして近年注目されるオーバーツーリズムと関連した「利用者管理への取り組みと動向」や「ホテルモラトリアムの取り組み」に焦点を当て、関係者へのヒアリングを実施している。
一方で、2024年度は新たなメンバー構成のもと、「マーケティング戦略の変化と人材面の課題」、「域内調達の現状と課題」、「宿泊業が抱える課題と今後の展望」にテーマを設定。ハワイ州観光局(HTA)、ホノルル市、そして5つのホテル事業者へのヒアリングを通じて、多角的な視点で情報を収集することができた。現地訪問先の多大な協力のおかげで、2023年度とは異なる切り口でハワイに関する多くの知見を得られたと感じている。
2.パンデミック前後の観光動向
この10年間でハワイ観光は、成長とパンデミックによる大きな落ち込み、そして回復という大きな変動を経験することとなった。新型コロナ前、2014年のハワイへの訪問者数は820万人であり、その数は2019年のピーク時には1024万人にまで達していた。この間、アメリカ本土からの国内観光客の増加が全体の伸びを牽引しており、国際線利用者も日本やカナダ、オセアニア市場において堅調な成長が見られていた。
しかし、2020年、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって訪問者数は急激に減少。渡航制限や国際線の運航停止が影響し、訪問者数は268万人と前年の約4分の1にまで激減した。この時期はハワイ観光業にとって未曽有の危機であり、特に国際観光市場の縮小が顕著であった。
その後2021年以降、パンデミックの影響が徐々に和らぎ、訪問者数は回復傾向に入る。そして2023年にハワイを航空便で訪れた旅行者は950万人で、ほぼ前年並みの4・0%の増加となったものの、依然としてコロナ前のピークには届かない状態にある。
現状、回復の柱は国内観光客となっており、海外市場、特に日本市場については2023年実績が2019年の37・4%に留まるなど、回復の遅れが顕著である。(図1)
3.DMAPの策定―ハワイ島を例に
ハワイ州全体の観光政策の方向性は、ハワイ州観光局(HTA)による「戦略プラン(2020-2025 STRATEGIC PLAN)」で定められている。同戦略プランは2020年1月に発表されたもので、パンデミックの影響を受ける以前に策定されたものの、現在の中長期的な視点からの観光再開のあり方の検討や再定義において重要な指針として活用されている。
一方、ハワイ島では同戦略プランに基づいて、地域固有の課題やニーズに焦点を当てた個別計画として「ハワイ島観光戦略プラン2020-2025(Hawai‘i Island Tourism Strategic Plan 2020-2025)」を定めている。島別の計画は他の島でも同様に定められているわけではなく、個別の背景や要因を受けてハワイ島独自で策定したものとなっている。
⚫ハワイ島観光戦略プランの内容
ハワイ島観光戦略プランは、観光の成功が住民の生活の質に起因するという考えに基づき、ハワイ島の未来のビジョンを「Ola ka‘ Āina、Ola ke Kānaka(健康な土地、健康な人々)」として設定している。その上で、データおよび地域住民からのフィードバックを元に、以下4つの目標を設定している。
◯責任ある観光…ハワイ島の持続可能な観光産業を支援し、自然や文化資源の保護と住民の質の高い生活の促進を目指す
◯ポノ・ベース・ビジター・コミュニケーション…ハワイの土地と文化を大切にし、本物のハワイ文化を強化することで、ビジターに対して必要なコミュニケーションを確立し、場所感覚の基盤を守る
◯住民のための場所に根ざした教育…ハワイ島独自の地域主導型と組織主導型の教育機会を提供するプログラムを支援し、地元の労働力を育成・教育する取り組みを奨励する
◯インフラの整備…住民のための交通整備や地域資産の形成、住宅改善に取り組むことで、住民と観光客の双方に社会的利益を提供する
同戦略プランは、2020年から2025年までが計画期間となっており、この計画の策定プロセスは2019年に始まり、パンデミック前にベースとなるデータ収集や地域住民からの意見収集は行われていたものの、完成前にパンデミックが発生したため、その影響を受けた観光業の変化や課題を反映する形で、より持続可能な観光を目指すといった内容が強調されることとなった。
⚫各島におけるDMAPの策定
一方、HTAではカウアイ郡、マウイ郡(マウイ島、モロカイ島、ラナイ島)、ホノルル郡、ハワイ郡、各島の観光局と協力し、2021年から2023年までの3年間で観光産業の安定化、新型コロナからの回復、各島が希望する観光産業への再構築のための地域密着型のデスティネーション・マネジメント・アクション・プラン(DMAP)を作成した。
DMAPは各島の運営委員会の指揮のもと、地域社会、観光産業、その他の企業団体の参加によって、レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)と、オーバーツーリズムの観光地、交通負荷、その他の観光関連問題の解決策を見出すもので、特に自然・文化資産の保全などについての関係者の意見を反映し、地域住民の生活の質を向上させ、訪問者の体験を改善するために必要な分野の構築や実行可能な解決策を明らかにすることを主要な目的としている。これらの動きは、パンデミックによってハワイの観光業が一時的に停止したことで、過去の観光の影響を見直す時間が生まれたことがきっかけとなった。観光客の激減により、環境への負荷が軽減され、地元住民は静かな日常を取り戻すことができた一方で、観光業に依存していた経済は大打撃を受けることとなった。この経験を通じて、観光の再開後に持続可能性を重視した観光モデルの必要性が明確となり、DMAPの策定へと繋がった。
⚫ハワイ島におけるDMAP
ハワイ島における観光戦略プランとDMAPの関係性は、前者が観光業の発展や持続可能性を目指した中長期的な視点での包括的なフレームワークである一方、DMAP はパンデミック後に急激に顕在化した課題に迅速に対応するための、より短期的で具体的な行動計画として整理される。
ハワイ島のDMAPは、ハワイ島観光戦略プラン2020‐2025におけるビジョン「Ola ka ‘Āina、Ola ke Kānaka(健康な土地、健康な人々)」を踏襲し、自然環境、文化、地域社会の調和を重視し、観光を通じて持続可能な未来を築くことを目指したアクションプランで、設定している目標は以下の6つである。
①ハワイ島の住民の生活の質を向上させる。
②ハワイ島の自然資源の維持、強化、保護を支援する。
③本物のハワイ文化が永続し、住民や観光客が体験するもの、資料、マーケティング活動において正確に紹介されることを確保する。
④ハワイ島での体験に対する観光客の満足度を維持し、向上させる。
⑤ハワイ島の観光産業による経済への貢献を強化する。
⑥住民と観光産業間のコミュニケーションと理解を深める。
右記の目標のもと、DMAPでは持続可能な観光を実現するための「ポノ(正しさ、調和)」に基づくガイドラインの制定をはじめ、火山や星空観察などの観光資源に対する訪問者管理の強化、地元文化とハワイ語の継承を支援するトレーニングプログラムの導入など、様々な具体的なアクションを設定している。
4.島別のDMAPの特徴
DMAPは新型コロナによる観光停止期間において、関係者および住民参加による徹底的なボトムアップ型の策定プロセスを採用した点が特徴となっている。そのため、従来のトップダウン型の戦略と比較して、より地域(島)の特性および実情を反映した内容となっていることが想定される。
以下、各島のDMAPの内容の特徴について記載する。
⚫オアフ島
観光地の持続可能性の向上と観光客数の抑制が主要な課題として据えられている。その上でアクションとして、特にホットスポット(ハナウマ湾やダイヤモンドヘッドなど)に対して事前予約システムを導入し、観光客の集中・混雑を管理することを目指した。また、地元経済を活性化するため、「バイローカル」キャンペーンで地元産品やサービスの利用を促進している他、交通渋滞緩和策として公共交通の利用を推進し、訪問者への教育を通じて地域資源の保護を意識づける取り組みなどが特徴となっている。
⚫ハワイ島
自然資源と文化的資産の保護を主要な目標としている。特に火山や星空観察など、独自の観光資源の保全に力を入れており、ホットスポットの管理や規制の導入が進められている。これらの取り組みは、地元住民の協力のもとで行われ、観光と地域社会の共存を図る。さらに、ハワイ文化を継承するための教育プログラムやトレーニングプランが、訪問者と住民の双方に向けて実施されている。
⚫マウイ島
観光による環境負荷の軽減と地域経済の多様化に焦点を当てている。例えば、「ロード・トゥ・ハナ」の利用者管理やサンゴ礁保護を目的としたミネラルサンスクリーン条例の制定が顕著な施策である。また、オンライン予約システムを通じた観光スポットの管理や、地元経済支援のための「地元で買い物」キャンペーンが展開されている。環境保護と経済支援を両立させている点が特徴である。
⚫カウアイ島
観光の再定義と住民の生活の質向上を目指している。特にハエナ州立公園では、オンライン予約システムやシャトルサービスを導入し、観光客の流れを管理している。また、地元文化の振興と環境保全を目的とした啓発活動や、地元産品を支える「メイドインカウアイ」キャンペーンが進められている。交通渋滞緩和や訪問者教育の強化を通じて、観光の持続可能性を高めている点が特徴である。
⚫まとめ
こうした違いは、それぞれの島が抱える課題や資源の特性を反映したものであるが、いずれの島においても持続可能性を重視している点では一致している。一方、オアフ島とカウアイ島が訪問者数の管理や交通渋滞の緩和など観光客数の抑制と管理に特に重点を置いていることや、ハワイ島とマウイ島は、自然環境の保全に力を入れており、火山、星空、サンゴ礁など、それぞれの特徴的な資源を守る取り組みが進められていることがうかがい知れる。また、オアフ島とマウイ島では「バイローカル」や「地元で買い物」キャンペーンを通じて地域経済の支援を図っていることなどの違いも分かる。(図2)
5.さいごに
新型コロナ以前に何度も訪れていた思い出深いハワイ。久しぶりの訪問に胸を躍らせ、ハワイアン航空の機内で旅立ちの気分を味わっていた。しかし、ハワイ島・コナ国際空港に到着した時点で高熱に襲われ、体調が急変。楽しみにしていた滞在期間のほとんどをホテルのベッドの上で過ごすことになり、視察の多くを同行メンバーに託す形となってしまった。それでも、滞在先のホテルは快適で、窓から眺める青い海と広がる空が心を癒してくれた。
地元のフルーツを味わい、アメリカらしい効き目抜群の風邪薬に頼ったことで、思ったよりも早く回復の兆しを感じることができた。ただ、それ以上に心強かったのは、同行メンバーが私に代わり、視察やヒアリングをしっかりとこなしてくれたこと。改めてその協力に深く感謝したい。
ハワイの美しさと、仲間の支えを身に染みて感じた今回の滞在は、これまでとは異なる意味で忘れられないものとなった。