特集②-2 オーストラリアにおける文化資源の観光活用の状況

観光研究部 主任研究員
後藤伸一

はじめに

 昨今、日本においても「文化観光」という言葉を耳にする機会が増えたように思える。これはインバウンドなど、観光への関心が高まっていることや、2020年、国が文化観光の推進を目的として「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律(略称 文化観光推進法)」を施行したことが要因の一つと考えられる。現在、私は文化財(特に無形)の保存と活用の観点から観光の役割について研究を進めており、この状況は喜ばしい反面、観光により文化財の価値が損なわれることがないか少々心配しているところである。
 今回は、世界の文化観光の取り組みはどのような状況か、特に私の研究分野である無形の文化財と関係が深い「先住民族の文化の保存継承に観光は寄与している」という仮説に基づいてオーストラリアにおける考え方や見せ方について調査・視察を実施た。その報告をしたいと思う。

文化観光とは、何か

 まず、世界の文化観光の動きに目を向けると、2001年、国連世界観光機関がCultural Heritage and Tourism Develepmentというレポートの中で「文化と観光は共生関係にある」とし、観光を文化遺産の保存に活用することの重要性を示した。また、2017 年には第22回国連世界観光機関総会において「訪問者の主な動機が観光地における有形および無形の文化的名所/プロダクトを学び、発見し、体験し、消費する形の観光活動」と初めて文化観光の定義が為された。続いて日本では文化観光推進法において、文化観光は「有形又は無形の文化的所産その他の文化に関する資源(以下「文化資源」)の観覧、文化資源に関する体験活動その他の活動を通じて文化についての理解を深めることを目的とする観光」と位置付けられた。
 共通して文化観光では単に文化財を見て終わるということではなく、「学び」「発見」という言葉に表わされるように観光客がより観光地の文化を「理解」することが重視されている。また、国連世界観光機関は文化観光において、多くの歴史的・文化的背景を有する世界の先住民族の重要性を示している。

オーストラリアの文化観光

 では、オーストラリアにおける文化観光とは何か。オーストラリアと言えば、大自然を活かしたアクティビティやリゾートといったイメージが強く、歴史・文化というイメージは東アジアやヨーロッパと比較すると弱い印象がある。実際に、オーストラリアのUNESCO世界遺産は計20件あるが、自然遺産が12件、複合遺産が4件、文化遺産は4件である。文化関連として有名な複合遺産として、ウルル=カタ・ジュタ国立公園、文化遺産としてはシドニー・オペラハウスやオーストラリア囚人遺跡群などが代表例である。一方で、日本は文化遺産が21件、自然遺産が5件であり、比較するとその違いがよくわかる。
 では、特徴的なオーストラリアの歴史や文化は何か。例えばドットペイントで色鮮やかに描かれたアボリジナルアートなどは極めて特徴的な先住民族の文化である。また、2019年に実施されたアナング族の聖地、ウルル(エアーズロック)の登山禁止は記憶に新しく、オーバーツーリズムやレスポンシブルツーリズムの観点からも特徴的な事例である。加えてもう1点、大英帝国の流刑植民地として開発・発展してきた歴史、その歴史を色濃く反映した都市設計や食文化も特徴的である。「先住民族」「入植」に係るもの、大きく分けてこの2つがオーストラリアの文化観光の代表的要素と言える。

先住民族観光に着目

 今回は特にオーストラリアの先住民族観光に着目し、そこからオーストラリアの文化観光の見せ方や考え方に迫ってみることにした。まず始めに気になる点は、オーストラリアの観光計画に先住民族観光が記載されているかという点である。確認すると、2009年「National Long-Term Tourism Strategy」、2011年「Tourism 2020」、2022年「THRIVE 2030」と過去3件の観光計画には先住民族観光の記載があり、具体的な政策も記載されていた。例えばTHRIVE 2030の中で「優先事項7:先住民族の体験を含む、ユニークで高品質な商品を育成する」という政策が明記されており、先住民族観光に取り組んでいることがうかがえる。一方で、気になる点としては「格差是正に関する国家合意の関連目標の推進と強化に寄与する」とも記載があり、先住民族観光推進の目的には文化観光の推進の側面と共に、格差是正等オーストラリアが抱える社会問題への対策という側面もあることも示唆された。

Discover Aboriginal Experiences

 具体的な事業としてオーストラリア政府観光局が取り組むDiscover Aboriginal Experiencesを紹介したい。この事業は2017年に始まり、現在も継続されている。日本の観光庁、環境省、文化庁が推進する旅行商品等の高付加価値化の推進事業に類似しており、先住民族観光に特化した高付加価値化事業と言えばわかりやすいかもしれない。事業の目的は先住民族にとって有意義な雇用機会を創出し、伝統的な先住民族の土地における文化の保存と継承を支援することで、内容は各地の小規模な先住民族観光企業と提携し、体験プログラムを高付加価値化しプロモーションを実施するものである。
 現在、48社(内29社が先住民族の企業)が参加し、200件を超えるプログラムが提供されている。原則、地域の先住民族がガイドを務め、極めて本格的な「学び」「発見」「理解」の要素を組み込んだプログラムとなっている。3泊、4泊するプログラムも多く、単価も高額である点も特徴だ。

観光客の訪問が多いと思われる博物館に着目

 今回のオーストラリア視察でDiscover Aboriginal Experiencesへの参加を試みたが、残念ながら叶わなかった。理由として本格的なものが多いこと、2日間以上のプログラムや不定期開催等の条件の縛りがありスケジュール調整が難しかったことがある。そのため、地域の文化観光の起点となる博物館に着目した。その中でも比較的観光客の訪問が多いと思われる博物館を訪問し、見せ方やガイドツアーなどのプログラムの状況を視察することにした。

オーストラリアン・ミュージアム(シドニー)視察

 オーストラリアン・ミュージアムはシドニーに位置し、1827年に設立されたオーストラリアで最も古い博物館である。毎週1回、1日2回( 20ドル)、Discover Aboriginal Experiencesのプログラムも実施しており、ウェブサイトを開くと「オーストラリアン・ミュージアムは、この博物館が位置する土地と水域の最初の人々であり、伝統的な守護者であるガディガル族を尊重し、認識しています。私たちはアボリジナルの長老たちに敬意を表し、彼らの国との継続的なつながりを認識します」と先住民族への敬意が見られる。
 実際に訪問すると、受付正面奥に「First Nation Gallery」という先住民族の歴史文化を紹介する展示スペースがあり、この地の先住民族であるガディガル族、その他各地の先住民族の歴史文化を紹介している。特徴的な点は、展示は全て先住民族の学芸員や関係者によって企画されていることである。そのため、展示の説明文が少々被害者視点に寄って書かれており、少々違和感があった。しかし、よく考えれば当然のことであると、我に返ることになった。先住民族は土地や文化、生活を奪われた側であることに気づく非常に良い機会となった。

ロックス ディスカバリーミュージアム(シドニー)視察

 ロックス ディスカバリーミュージアムは、ニューサウスウェールズ州が運営する2005年にオープンした比較的小さな博物館で、歴史地区であるロックスに1844年に建てられた古い建物を活用して同地区で収集された文化財を展示する博物館である。
 特にこのロックス地区はオーストラリアの始まりの地とも言われ、植民地化、開拓、貿易によりシドニーの礎を築いた地域であることから、「入植者」の観点では誇らしい場所である。一方で、「先住民族」の観点ではどうかと考えると、土地が奪われ、天然痘によりガディガル族の90%が亡くなった悲しい歴史の地、また、白豪主義が広まり先住民族に対して差別が始まった場所となる。
 受付を務めていたニューサウスウェールズ州の職員の方の話によると、「この差別は現在も続くもので、根深く大きな社会課題になっている」とのことであった。そのためこの博物館は社会の分断や差別をなくしていくことも目的の一つとしており、ニューサウスウェールズ州は「革新的な和解行動計画(Innovate Reconciliation Action Plan)」を策定し、その計画に基づいて若い世代を対象にした学習ツアー等を積極的に実施している。
 その話から、文化観光の推進は単に歴史を学び、文化に触れることで観光客の満足度が上がるということだけではなく、他者の尊重や差別の解消など社会課題の解決に寄与する可能性があることが実感できた。

オーストラリア・アボリジナル・トレス海峡諸島民研究所(AIATSIS)/オーストラリア国立博物館(キャンベラ)視察

 今回の視察の目的の一つがこのオーストラリア・アボリジナル・トレス海峡諸島民研究所(AIATSIS)の訪問である。AIATSIS は1989年、オーストラリアにおける先住民族とトレス海峡島民の文化や歴史、言語、社会に関する研究を促進、支援するため、AIATSIS法が制定され、この法律により設立された国立機関である。主に、研究、出版、図書館運営、文化財の記録・修復・返還、学習プログラムの開発・実施等に取り組んでいる。
 職員の方の話を一部紹介すると以下の通りである。
・現在約350名の職員がおり、その内の約180名が研究者。研究者を中心にして約2000件のプロジェクトに取り組んでいる。
・先住民族は200以上の異なる背景の集団に分かれており、文化財の修復や記録を実施。これらは保存継承の観点で重要であるが大変な事業である。
・正しい知識を拡げるためプロモーションが重要と考えており、イベントを積極的に実施している。国際交流を推進するチームがあり、世界の先住民族と連携した取り組みを進めている。
・新たに先住民族に特化した展示施設を建設することが決定。国立博物館内にある先住民族の展示を大幅に拡張することができる。
 話を聞く限りでは先住民族に係る取り組みを法律に基づき、国の予算を活用しながら積極的に進めているようであった。
 また、私の研究テーマである文化財(特に無形)の保存と活用の観点から「真正性を考慮すると、先住民族を観光資源化することは問題ないのか」と投げかけたところ、「先住民族とコミュニケーションを取るためには『尊敬』『畏敬』の念を持って接することが重要で、正しい『知識』を拡げるためのプロモーションが必要。外部の観光セクションとの連携も重要と考えており、最近、組織内に観光担当も設置した」との回答であった。観光に対して前向きな捉え方であった。
 続いてAIATSIS 職員の方の案内でオーストラリア国立博物館を視察した。建物はAshton Raggatt Mc Dougall の設計で2001年に開館。
21万点以上のオーストラリアの歴史と文化を代表する収蔵品を有し、展示は「先住民族とトレス海峡諸島民の文化」「1788年のヨーロッパ人入植者以降の歴史と文化」「人間とオーストラリアの自然環境の相互作用」の大きく3つに区分されている。単に先住民族に係る収蔵品の展示だけではなく、先住民族の山火事を防ぐための方法など、先住民族が持つ「知識」や織物や絵画に関わる「技術」等の無形文化財の紹介を丁寧にしている点は特徴的であると感じた。

オーストラリアの文化観光から見えてきた気付き

 オーストラリアの社会情勢・背景に対して自分自身が認識不足、調査不足であったことは反省点であった。高いビルが立ち並び現代的な美しい都市を想像し、また、先住民族の描くドットペイントの美しさに目が奪われ、先住民族の立場で考える歴史や現在の差別・格差について事前に気付くことができていなかった。現地を訪問し、視察やヒアリングをする中で、社会的な背景と観光、或いは文化が強く結びついていることを感じるに至った。また、オーストラリア全体で多文化共生社会に向け試行錯誤している途上であることを、文化観光を起点に感じることができた。これは私にとって極めて良い気付きであった。文化の側面を掘り下げることは、より深くその国、地域の「今の社会情勢」やそこに住む人々の「今の価値観」を知るきっかけになると実感できたためである。
 次に、ロックス ディスカバリーミュージアムの取り組みとして、社会課題の解決に観光、特に文化観光を活用している点は非常に興味深いと感じた。博物館を起点に「尊敬」「畏敬」の念を持って、先住民族と共に街歩き等の観光プログラム化を目指すことは、そこに関係する方々の相互理解を深める効果があることが1つ目の利点として、挙げられる。2つ目の利点は、参加した観光客、或いは地域・近隣住民にその理念や考え方を伝えることができることである。例えば国勢調査で先住民族を人口に数えるようになったのは最近の話である。差別解消に向けた取り組みは70年代から始まったもので、約50年を経て2023年、国による「先住民族の声を反映するための組織の設立」の賛否を問う国民投票がされたものの否決されており、根深い差別があるとうかがえる。観光を相互理解やそのためのプロモーションの手段として活用していくことは、昨今の世界的な格差、貧困、紛争などの状況を鑑みると、その解決のヒントになる可能性を感じるところである。

今後の研究

 今回のオーストラリア視察から文化観光の可能性やその効果が多様であることを感じることができた。現在の日本では文化観光の高付加価値化が進み、ラグジュアリー層向けの商品開発になっているようにも見受けられる。
オーストラリアのような「尊敬」「畏敬」の念を大切にし、社会課題解決に寄与するための文化観光という考え方も忘れてはいけないと感じた。また、事前に「先住民族の文化の保存継承に観光が寄与している」と仮説を立て、その良いスパイラルを想像していたが、実際はそこまで単純なものではなかった。今後は、他の国・地域の文化観光の現状・背景、その取り組みにも着目し、更に文化観光の可能性について研究を深めていきたいと思う。

<参考文献>
1)国連世界観光機関 Cultural Heritage and Tourism Development
2)文化庁 文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する基本方針 2020
3)文化庁ウェブサイト 文化観光 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/index.html
4)国連世界観光機関 ウェブサイト Tourism and Culture https://www.unwto.org/tourism-and-culture
5)ウルルカタジュタ国立公園ウェブサイト https://uluru.gov.au
6)オーストラリア インフラ・運輸・地方開発・通信・芸術省 National Long-Term Tourism Strategy
7)オーストラリア インフラ・運輸・地方開発・通信・芸術省 Tourism 2020
8)オーストラリア インフラ・運輸・地方開発・通信・芸術省 THRIVE 2030
9)オーストラリア政府観光局 2018-19年度年次報告書
10)オーストラリア政府観光局 2019-20年度年次報告書
11)オーストラリア政府観光局 Discover Aboriginal Experiences ウェブサイト https://www.discoveraboriginalexperiences.com/home-page
12)Australian Museum ウェブサイト https://australian.museum
13)ロックス ディスカバリーミュージアム ウェブサイト https://rocksdiscoverymuseum.com
14)オーストラリア・アボリジナル・トレス海峡諸島民研究所(AIATSIS) ウェブサイト https://aiatsis.gov.au
15)オーストラリア国立博物館 ウェブサイト https://www.nma.gov.au