特集③-1 アムステルダム・ヴェネツィア視察の全体像と需要の分散
観光研究部 上席主任研究員
五木田玲子
1.視察の背景と目的
アムステルダム、ヴェネツィアと聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。無数の運河が縦横に張り巡らされている水の都を挙げる人も多いだろうが、近年は、オーバーツーリズム(観光過剰)の問題が深刻化している都市と答える人も少なくないだろう。コロナ禍が明け、世界中で観光客の移動が再開するなかで、日本においても訪日外客数がコロナ禍以前の水準以上に回復、2024年1〜10月累計は過去最多を更新した。これにともない、一部の地域では、観光客来訪に起因する混雑や交通渋滞、住民の生活環境に負の影響を与えるような状況が発生している。アムステルダムやヴェネツィアでは、日本よりも早くからこのようなオーバーツーリズムの状況に直面し、様々な対策が包括的に行われてきた。今回の視察先を選定した背景はここにある。オーバーツーリズムと向き合う欧州都市の観光地マネジメントを学ぶべく、アムステルダム・ヴェネツィアの視察を行った。アムステルダムにおけるオーバーツーリズム政策の流れとコロナ禍以降の最新の動向については後藤の論考を参照されたい。五木田はオーバーツーリズム対策としての各種取り組みのなかから需要の分散を取り上げ、江﨑はシティカードをベースにした観光地マネジメントに焦点を当てた。那須は都市近郊の訪問先としての新しいスタイルの国立公園に着目した。
2.オーバーツーリズム対策としての需要の分散
アムステルダムでは、2015年以降、住民の生活の質を第一に掲げたオーバーツーリズム政策に取り組んでいる(政策の流れについては後藤の論考を参照)。2019年に発表された実施プログラム1)では、「生活の質とホスピタリティの間の新たなバランス」を目標に掲げ、2つの重点分野、6つの対策を打ち出した【図3】。そのなかの対策のひとつが「観光客の分散」である。日本においても、時期・時間・空間等による分散施策は各地で試みられているが、観光客の訪問場所や活動に関する意識・意思を変えさせるのは非常に難しい。そこで、様々なオーバーツーリズム対策が先進的に講じられてきたアムステルダムでは、どのような分散施策が行われているのか、整理を行った。
(1)一定空間内における分散
ある一定空間内においての分散施策例としては、ガイドツアーの人数制限が挙げられる2)。アムステルダム中心市街地で4人以上のグループを案内するガイドには、そのエリアに入るための許可証の取得が義務づけられている(許可証の取得には212・30ユーロが必要)。ツアー人数の上限は15人に制限されており、時間は8時〜22時に限定、終日立ち入り禁止エリアも設定されている【図4】。異なるツアーグループが同じ場所にとどまることは認められておらず、ツアー中は異なるグループ間の交流不可といったルールも設けられている。違反したガイドには、個人の場合は190ユーロ、企業に所属する場合は950ユーロの罰金が科せられ、3回違反すると許可証は無効となる。
(2)中心市街地からの分散
中心市街地からの分散施策例としては、大型バスの中心市街地への乗り入れ禁止が挙げられる3)。
7.5トンを超える大型バスは、地図の着色された部分への乗り入れは原則禁止されており、このエリア外に駐車する必要がある【図5】。寄港するクルーズ船の段階的な削減にも取り組んでいる。アムステルダム市は、2026年までにアムステルダム中央駅近くにあるクルーズターミナルの寄港船舶隻数の上限を現在の190隻から100隻に約半減、2035年までにクルーズターミナルを撤去する計画としている4)。また、2018年には、エリア別の観光税率の設定(中心市街地:6%、郊外:4%)も試行された。2024年1月からは市内一律12・5%となり、現時点での欧州最高額の観光税が設定されている。定額料金で市内の美術館や観光施設、交通機
関等が利用できるI amsterdam City Card も、アムステルダムの多様な魅力を伝えるだけではなく、中心市街地に集中する需要の分散に寄与している。なお、観光税については後藤、シティカードについては江﨑の論考で触れているため参照されたい。
(3)圏域内での分散
アムステルダムでは、近隣自治体との連携による需要の分散も図られている。その一つが、「アムステルダムを訪れて、オランダを見よう(Amsterdam Bezoeken, Holland Zien:ABHZ)」と名付けられたマーケティング・プロモーション戦略である5)。2009年、アムステルダム市は、アムステルダムを訪れる外国人観光客にアムステルダム都市圏(MRA:Metropolitan Region Amsterdam)にも足を延ばして訪問してもらうことを目的とし、MRA内の自治体やアムステルダム&パートナーズ等と連携して共同戦略を策定した。
ABHZでは、MRA内の地域を6つの特徴的なテーマエリアとして位置づけて展開し、周辺地域を含めた一体的な地域として紹介することで、アムステルダム市内の混雑スポットの分散化促進を図っている【図6】。第1 期(2009‐2013年)では主に経済効果を重視していたが、第2期(2013‐2016年)ではバランスに重きが置かれるようになり、第3期(2017‐2020年)、第4期(2021‐2024年)は住民の住みやすさの促進がより重視されている。なお、この戦略は海外からの訪問者を対象としているため、オランダ語では展開していない。ABHZでは、テーマ別エリア展開の他、圏域内のエリアの公共交通機関が定額で乗り放題になるAmsterdam & Region Travel Ticket や、サイクリングルートの整備推進などの取り組みも行っている。
(4)国レベルでの分散
オランダ政府観光局(Netherlands Board of Tourism & Conventions:NBTC。当時の名称はNBTC Holland Marketing)は、2015年、観光客を時間的及び空間的に国全体に分散させることを目指し、オランダを移動距離が比較的短い1つの都市として位置づけた「HollandCity戦略」を開始した6)。
この戦略の中心となったのが、ゴッホ、花、水など、外国人観光客がオランダを訪れる理由となりうるオランダの特徴的な共通テーマで、オランダ国内のさまざまな場所を繋ぐストーリーラインである【図7】。例えば、ゴッホの作品は、アムステルダムのゴッホ美術館だけでなく、ゴッホの生誕地であるズンデルトなどオランダ国内の他の地域でも鑑賞することができる。このように、オランダ各地に点在するゴッホのゆかりの地を紹介することで、観光客の地方訪問を促すというものである。NBTC Holland Marketingの当時のゼネラルマネージャーであるJos Vranken 氏は、「私たちは、ストーリーを通して人々をメインルートから離れるように促したいと考えている。こうすることで、人々は我が国でより多くの場所や商品を体験することで経験がより豊かになり、同時に、地域の収益力が強化されることに繋がる」と述べている。
(5)他都市への分散
本来は観光面で競合関係にある都市間において、協力して観光客を再分配するという施策は大変興味深い。
2017年、アムステルダム市とハーグ市の間で、「From Capital City to Court City」という協定が結ばれた7)。これは、アムステルダムのオーバーツーリズムを管理するとともに、ハーグの観光を促進することを目的とし、観光客の再分配と観光地間の観光協力を試みたものである。実施内容は、スキポール空港やアムステルダム市内、インターネットなどでのハーグのプロモーションが主なものであり、アムステルダムにとっては、特に中心市街地への観光の圧力を緩和するためのより広範な分散アプローチの一環として実施された。アムステルダムへの関心が高まる中、滞在中または再訪時のハーグ来訪を促すことは、観光客を「外」に誘うという目標達成に貢献する。一方、ハーグではさらなる観光客の受け入れ、それによる成長が可能であることから、オランダ第2の観光都市を目指す取り組みとして行われた。
(6)分散の効果
今回の視察では、この取り組みを含む観光地管理・都市政策を研究対象としているインホラント応用科学大学の研究者Ellen Bulthuis 氏、Geeske Sibrijns 氏と需要の分散のあり方やその効果に関する意見交換を行った【写真3・4】。
①都市間の観光協定(キャンペーン)について
取り組みは、一定期間滞在する旅行者に対して、あるいは、次回の訪問先として、ハーグ選択の意識づけを意図するものであった。この取り組みが成功であったかという点は難しく、ハーグの観光客は確かに増えているが、対してアムステルダムの観光客が減っている訳ではなく、またハーグの観光客増加の要因がこの協定であったのかは明確でない。
ハーグ選択の意識づけが可能となるのは、元々ハーグに興味がある人に限られる。ハーグに人を惹きつけるためには、アムステルダムとの比較で語るのではなく、ハーグ自体の魅力が感じられるアプローチが必要であり、ターゲットグループを明確に設定してその対象に働きかけていくことが重要である。また、需要分散を意図する協定に基づいたプロモーションを行う場合、代替目的地の観光インフラが整っていなければ効果的に機能しない。
②需要の分散について
アムステルダム目的の国内客需要の分散は難しいため、分散の対象は主に外国人観光客となる。なかでも対象とすべきは長期滞在者とリピーター。初回来訪者や短期滞在者は、施策を講じても行動変容を促す余地がない。また、エリアの中の具体的な場所を特定して対策を行う必要がある。一定の抑制策を取ったとしても、結局来訪目的となる対象や、安い食事や飲物、滞在環境が提供され続けている限り、明確な効果をもたらさない。観光客に、より強く行動変容を促すためには、クルーズ船の受け入れ停止、観光税のさらなる引き上げ等の選択肢もあるが、一方で、経済面とのバランスや、国の施策との整合性の点も考慮する必要がある。
施策の効果については様々な考え方があり、観光の影響が広範囲に拡大するという見方もできる。分散施策とはかなり難しい取り組みである。難しさの要因の一つは、問題を押しつけ合う側面があること。アムステルダムでホテルの建設や民泊を制限したとしても、郊外やEU圏内の他都市にその問題を押しつけることになる(ウォーターベッド効果)。分散は良策にも愚策にもなるものであり、故に需要分散だけでなく、他の施策を含めてアプローチを検討する必要がある。さらには、観光だけの問題ではなく、都市としての問題としてとらえる必要がある。アムステルダムを訪れるのは観光客だけでない。アムステルダムには住民や労働者を含めて多くの流動人口が流入しており、それら全体がキャパシティからあふれて問題が生じている。
2023年に行われた「Stay Away キャンペーン」は来訪者がアムステルダムに抱くイメージや意識を変えることを意図しているが、こういった取り組みは、アムステルダムでは1960年代から継続的に行われてきた。禁止事項が書かれた看板は設置されているが、取締りの実施や罰金の徴収などは適用できていないこともあり、有効性は限定的である。理想的には観光客数が横ばいとなるのが良いが、現実としては増加するだろう。出来ることは、都市のイメージを変えていくことによって来訪者の意識を変え、行動変容を促すことである。
(7)おわりに
ここまでアムステルダムで行われてきた分散施策についてみてきたが、今回のもうひとつの視察先であるヴェネツィアでは、空間的な対策としては、一つのグループの人数は25人までに制限し、25人以下をガイドする場合も橋の途中で立ち止まらない等のルールを設けている。また、2024年から導入された入島料の徴収については、2025年はハイシーズンを中心とした実施時期の拡大が発表されており、季節的な分散が意図されていることが想定される。また、入島料の徴収にあたり入島料徴収対象者以外も含めた登録制にしたことで、需要の分散を含めた今後の観光地マネジメントに入手した来訪者データを活用することが期待される。現地で話を伺った際、「基本方針としては観光客を温かく迎え入れたい。その上で上手く分散してほしいと考えている」という言葉が印象的であった。ヴェネツィアの状況については江﨑の論考も参照されたい。
今回の視察では、訪れた場所場所で一緒に行ったメンバーと、これは〝賑わい〞なのか〝混雑〞なのかと議論したが、包括的な対策の成果なのだろうか、アムステルダムでは混雑を感じる状況に出くわすことはなかった。分散施策は、施設や地点における密の回避や、十分に利用されていない地域を開発するにおいては効果がある。その一方で、地域全体としては、ウォーターベッド効果や観光のスプロール化等により、結果的に観光客の受け入れ増大に繋がる可能性があることにも留意する必要がある。
【謝辞】
本調査研究の実施にあたり、意見交換にご対応いただきましたインホラント応用科学大学のEllen Bulthuis氏Geeske
Sibrijns 氏に感謝申し上げます。
<参考文献>
1) アムステルダム市(2019):City in Balance
2018-2022 Towards a new equilibrium
between quality of life and hospitality
2) アムステルダム市 ウェブサイト (https://www.amsterdam.nl/en/business/rules-permit-tours/),2024年12月5日最終閲覧
3) アムステルダム市 ウェブサイト (https://www.amsterdam.nl/en/traffic-transport/coaches-tour-buses/),2024年12月5日最終閲覧
4) Will Payne (2024): Amsterdam to move cruise
terminal out of city centre by 2035,Cruise
Trade News,28 June 2024
5) アムステルダム&パートナーズ ウェブサイト (https://www.iamsterdam.com/en/amsterdam-and-partners/amsterdam-bezoeken-holland-zien),2024年12月5日最終閲覧
6) OECD (2020): OECD Tourism Trends and Policies 2020
7) Sibrijns, G. R., & Vanneste, D. (2021):Managing
overtourism in collaboration: The case of ‘From
Capital City to Court City’, a tourism redistribution
policy project between Amsterdam and The
Hague. Journal of Destination Marketing &
Management, 20, 100569.
8) Yuval, F.(2021). To Compete or Cooperate?
Intermunicipal Management of Overtourism.
Journal of Travel Research, 61(6), 1327-1341.