①「デスティネーション・ガバナンス」の研究動向

公益財団法人日本交通公社
総務部企画創発課
上席主任研究員
菅野正洋

1「デスティネーション・ガバナンス」と「観光ガバナンス」

「デスティネーション・マネジメント」の限界を超え、より良い観光地域の形成に繋がると期待される「デスティネーション・ガバナンス」(Destination Governance)であるが、その概念については未だ判然としない部分も多い。そこで、本特集では、まず、学術研究分野において、多数の事例がある「観光ガバナンス」(Tourism Governance)との関係を見ることで「デスティネーション・ガバナンス」の概念について整理していきたい。
「観光ガバナンス」については、森重ら(2014)が、「観光に関わる意思決定や合意形成の仕組みやプロセス」とした上で、対象とする課題の範囲(イシュー)やそのスケールに応じて「観光企業ガバナンス」「観光地域ガバナンス」「観光グローバル・ガバナンス」の3つの視点として整理している(森重ら、2014)。


また、同じく森重ら(2018)は、「観光ガバナンス」研究の潮流として、「地理的スケールから見た研究」「企業ガバナンス(コーポレートガバナンス)から見た研究」「ガバナンスの類型や発展段階による研究」「災害や危機管理に関する研究」といったものがあると指摘し、特に地理的スケールで見た場合、「国家レベル」や「地域社会レベル」、さらには国家や地域を超えた「国際レベル」のそれぞれがあるとしている。
この場合、「観光(Tourism)」は、需要と供給の相互作用によるものであるのに対し、「デスティネーション」は、着地に軸足を置くものであるから、本稿において対象とする「デスティネーション・ガバナンス」は、「観光ガバナンス」の中でも地理的スケールを整理軸とした際に、対象とする範囲を「地域社会レベル」で捉える「観光地域ガバナンス」として位置づけられる。
すなわち、「デスティネーション・ガバナンス」は、観光に関わる様々な事象を意思決定や合意形成の仕組みやプロセスなどのガバナンス視点で捉え、整理しようという考え方の一つである。

2「デスティネーション・マネジメント」と「デスティネーション・ガバナンス」

では、マネジメント視点でデスティネーションを捉える「デスティネーション・マネジメント」と、ガバナンス視点でデスティネーションを捉える「デスティネーション・ガバナンス」はどのように異なるのであろうか。
Beritelli(2011)は、「デスティネーション・マネジメント」が計画の実効性担保、あるいは地域の活動主体の持続性や正当性といった組織論に焦点を当てる、いわば「政策と戦略」の次元にあるのに対して、「デスティネーション・ガバナンス」は規範やルール、あるいはその結果としてなぜ意思決定や活動が行われるのか(あるいは行われないのか)という条件に着目する「規範、ルール、文化」の次元にあると説明している。
また、Pechlanerら(2015)は、「デスティネーション・マネジメント」が「目的」に関係するのに対して「デスティネーション・ガバナンス」は「特定の結果を達成するための手段」や「適用される手段の効果が発散する理由」に関係するとしている。
また、国立公園等の保護地域におけるガバナンスを論じたBorriniら(2013)は、「マネジメント」が「目的追求のために何がなされるか」「その行動の意味は何か」を追求するものであるのに対して、「ガバナンス」は「誰が(目的、行動、意味を)決定するのか」「その決定はどのようになされるか」「誰が権限を有し、かつ説明責任を負うのか」といった点を追求するものであると説明している。
これらの説明に共通しているのは、「デスティネーション・マネジメント」が観光地で「何(What)」に取り組むかという概念であるのに対し、「デスティネーション・ガバナンス」は「誰が(Who)」「どのように(How)」「なぜ(Why)」取り組むかに着目する概念であるという両者の関係性である。

3 デスティネーション・ガバナンスの研究動向

(1)デスティネーション・ガバナンスの要素に関する研究

では、デスティネーション・ガバナンスは、どのような要素で構成されているのであろうか。Ruhanenら(2010)は、社会科学や企業マネジメントの分野における53の研究をレビューし、ガバナンスの概念として40の要素を抽出している。
また、Volggerら(2017)は、南チロル地方の3つのDMO関係者へのインタビューを行い、その発言内容をテキストマイニング手法で分析し、ガバナンスの概念を抽出した上で、前途のRuhanenらの結果と比較している(図1)。

(2)デスティネーション・ガバナンスと観光地の成功に関する研究

ガバナンスを成立させていくためには、こうした多岐にわたる要素を包括的に捉え、調整していくことが求められる。その手法については、様々に研究がなされているが、ここでは大きく3つの研究領域を紹介したい。

① 企業ガバナンス概念を援用した研究

まずは、ガバナンス概念において先行する企業ガバナンスを下敷きとしたものである。Beritelliら(2007)は、企業ガバナンスの各種理論(取引コスト理論、エージェンシー理論、所有権理論、ネットワーク理論)を援用し、観光地におけるガバナンスの要素として「取引コスト」「力の非対称性」「相互依存」「信頼・制御」「知識/非公式」「属人的なつながり」の6つを抽出している。
その上で、6つの要素を計測するために記録、算出、調査、観測が可能な複数の量的・質的項目から「観光地の発展」「現在のサイズと直近のパフォーマンス」「発展への推進力」「相互信頼と内的ムード」を設定し、スイス、アルプス地方のの12の観光地について定性評価を行い、デスティネーション・ガバナンスの成功要因を検討している。
Pechlanerら(2012)は、企業ガバナンスの質を計測するための項目として「利害関係者の関与」「効果」「効率」「透明性・説明責任」を抽出し、南チロル地方の3観光地におけるDMO、観光協会、地方自治体、農業者協会、ホテルレストラン協会等にインタビューを行い、その発言内容を一種のテキストマイニング手法で分析することで、整理した4項目がどのように発言の内容に現れているかを分析している。

② 地域リーダーのリーダーシップに着目した研究

次に、デスティネーション・ガバナンスの要諦として、リーダーシップに着目したものである。BeritelliとBieger(2014)は、観光地に影響を与えるリーダーシップの要素として、「信頼性」「効果的なコミュニケーション」「相互理解」「嗜好性」「付き合いやすさ」を抽出している。そのうえで、4つの観光地において、地域リーダーが「将来の観光地の発展に影響がある」と考える個人について、これらの5要素に関する評価を行い、地域リーダーの「信頼性」「効果的なコミュニケーション」が「観光地の発展に対する影響」と有意な正の相関関係があることを示している。

③ DMOの成功に着目した研究

3つ目は、具体的なDMO活動から、適切なガバナンスの形態を導き出そうという取り組みである。VolggerとPechlaner(2014)は、観光地としての成功をDMOの成功とリンクさせ、DMOの成功を評価する要素として「ネットワーク形成の力」「ネットワークの受容性」「透明性」「経営資源」「専門性」を抽出している。その上で、スイス、アルプス地方のDMOのマネージャーにアンケートを実施し、これらの要素について評価を得て、各要素がDMOの成功にどのように影響しているのかを、構造方程式モデリング(SEM)で分析している。
この他にも、ガバナンス形成のポイントについては、多くの研究が行われている。例えば、NordinとSvensson(2007)は、官民連携と公式・非公式のネットワーク、資源の相互依存といった点に着目し、観光地ガバナンスが観光地としての発展にどのような影響を与えるかについて、スウェーデンのスキーリゾートを対象としてケーススタディを行い、「信頼」「連携したリスク保有」「非公式な構造」「戦略的な合意」に基づく官民連携が観光地としての成長のレベルに正の影響を与えることを示している。

(3)デスティネーション・ガバナンスの類型化に関する研究

こうした「要素」に関する研究と並行して進められているのが、ガバナンス手法の全体的な形態の類型化である。これは、観光地が多様であり、それを構成するステークホルダーも地域によって異なるため、最適なガバナンス手法も地域タイプによって異なることが想定されるという理由からである。
類型化については、例えば、d’Angellaら(2010)は、「ガバナンスの機能」(集中−分散)と「調整メカニズム」(強い−弱い)の2軸で分類し、「規範型」「大手企業型」「起業家型」「断片型」の4類型を示している。


また、Hall(2011)は観光政策における「ガバナンス」の類型を「実行方法」(階層的−非階層的)と「行動主体」(官−民)の2軸で分類し、「階層型」「市場型」「ネットワーク型」「コミュニティ型」の4類型を示している。


階層型:国あるいは国際機関によるガバナンス
市場型:政府機能の市場化・民営化によるガバナンス
ネットワーク型:官民連携によるガバナンス
コミュニティ型:民間のパートナーシップ、コミュニティによるガバナンス
この4類型に照らすと、従来の行政や観光協会が中心となって行う観光振興の姿は「階層型」のガバナンス、また、本来公的な目的性が強い観光地マネジメントという機能・役割を、国によって登録された日本版DMOという組織によって“民営化”して実行する近年の観光振興の姿は「市場型」として位置づけられるであろう。対して、今回の特集で取り上げられている礼文島(特集2)や標津町(特集3)での取り組みはいずれも官民が連携した「ネットワーク型」として位置づけられる。
さらに、我が国では、地域の生活や暮らしの維持といった課題を目的として、地域住民が中心となって様々な関係主体が参加する協議組織(地域運営組織、Region Management Organization:RMO)の役割に期待が高まっており(内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局、2016)、積極的に観光振興や交流事業に取り組む事例も見られる。このような取り組みは「コミュニティ型」として位置づけられるだろう。

(4)関係者(アクター)間のネットワーク構造に関する研究

前述のデスティネーション・ガバナンスの類型化に関する研究では、例示した2つの研究のいずれにおいても、分類軸の一つに「ガバナンスの機能が集中しているのか、分散しているのか」「実行方法が階層的なのか非階層的(フラット)なのか」という、「ガバナンスを担う主体間のネットワークの構造や形態に関する視点」が含まれていることが特徴である。
このように、観光地における関係者(アクター)間の連携やネットワークは、デスティネーション・ガバナンスの状況を示す一つの側面とされており(Pechlanerら、2015)、社会ネットワーク分析(Social Network Analysis)の手法を活用して観光地におけるガバナンスの状況を検証するケーススタディも数多く行われている(ÖztürkとEraydın,2010;Yamaki,2015など)。

4 まとめ

「観光ガバナンス」の中でも「地域社会レベル」の地理的スケールを対象とする概念として位置づけられる「デスティネーション・ガバナンス」は、従来の「何に取り組むか」という「デスティネーション・マネジメント」を「誰が」「どのように」「なぜ」取り組むかという、そのプロセスの側面により着目して拡張した概念であることがわかった。
この際、企業ガバナンスやリーダーシップ、DMO活動等の様々な視点からガバナンスを位置づけて観光地の成功と関連付ける試みや、多様なありようが存在するガバナンスの類型化、さらには地域の関係者間のガバナンス構造の可視化など、その実相を様々なアプローチから捉えようとする研究が見られることもわかった。
これらの研究動向においては、観光文化234号の特集でも整理したように、観光地が行動原理の異なる多様な主体の集合体であり、その不確実性ゆえに、従来の「マネジメント」概念のみでは対応に限界があることが、その背景として改めて指摘できるだろう。

 

【参考文献】
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○森重昌之,海津ゆりえ,内田純一,&敷田麻実.(2019).観光まちづくりの推進に向けた観光ガバナンス研究の動向と可能性.観光研究,30(1),29-36.
○内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局.(2016).地域の課題解決を目指す地域運営組織-その量的拡大と質的向上に向けて-最終報告.
○Beritelli, P. (2011). Tourist destination governance through local elites: Looking beyond the stakeholder level (Doctoral dissertation, Universi-tät St. Gallen).
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○Hall, C. M. (2011). A typology of governance and its implications for tourism policy analysis. Journal of Sustainable Tourism, 19(4-5),437-457.
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