② 保護地域における協働とガバナンス
行政や土地所有者、観光関係者、NPOなど多様な関係者の連携・協力によって管理運営される国立公園における「協働型ガバナンス」のあり方とは。
北海道・礼文島における固有種「レブンアツモリソウ」保全の活動を通じて考察する。

森林総合研究所 環境計画研究室 室長
八巻一成

1 はじめに

 近年、政策の実施をめぐる政府を含む関係者の役割や協働※ⅰ のあり方を論じる際に、「ガバナンス」という言葉がよく用いられる。では、「ガバナンス」とは何を意味するのであろうか。また、国立公園のような自然環境や生物多様性の保全を目的として設置された保護地域の管理運営において、「ガバナンス」はどのような意味を持つのであろうか。
 環境省は2014年に、「国立公園における協働型管理運営を進めるための提言」を出した。これを受けて、協働型のガバナンスを推進していくこととなった。周知のように、わが国の国立公園は土地所有に関わりなく指定される地域制を採用している。そのため、国立公園の管理には環境省や都道府県、自治体ばかりではなく、土地所有者や地域の資源利用に対して権利を有する人々や、観光に従事する人々、NPOやボランティアといった多くの人々が関わってくる。こうした多様な関係者が連携・協力して行う協働型の国立公園の管理運営において、「ガバナンス」は重要な意味を持ってくる。そこで本稿では、保護地域における協働型ガバナンスのあり方について検討したい。

2 ガバナンスとは何か

「ガバナンス」とは近年、政府による様々な政策の行きづまりが顕在化するようになってきている中で主張されてきた考え方である。ガバナンスという概念の特徴は、従来のように政策実施プロセスの中心に政府や行政を置くのではなく、それらを含む関係者の関係性から理解しようとする点にあり、そこに有益かつ新たな視座が存在する。環境保全や資源管理といった分野におけるガバナンスの定義として知られるのが、松下(2007)の「上(政府)からの統治と下(市民社会)からの自治を統合し、持続可能な社会の構築に向け、関係する主体がその多様性と多元性を生かしながら積極的に関与し、問題解決を図るプロセス」というものである。この定義ではガバナンスを、これまでの政府を中心とした上からの統治ではなく、市民社会も加えた新たな統治のあり方として位置づけている。ガバナンスという概念は、政府中心による統治の限界を踏まえて、新たな統治のあり方を構築しようとすることを念頭に置いたものであると言える。
 このようなガバナンスの本質を、関係する主体間のネットワークという点から理解しようとしたのがローズ(Rhodes1997)である。ローズはガバナンスの特徴を、「組織間をつなぐネットワーク構成員間の相互関係によって自己組織化するネットワーク」と捉えた。ネットワーク構成員とは、統治に関わる組織や個人を指しており、これら構成員のネットワークによってガバナンスが形作られる。また、自己組織化とは、「協働によって問題解決を進めていくプロセスで生成される、公式および非公式なネットワーク(Armitage et al.2009)」であり、ネットワークがあたかも自律的に機能する組織体のように振る舞う様を意味している。こうしたプロセスは信頼の醸成、制度の発達を促し、それが課題解決へ向けた協力行動へとつながっていくのである(Yamaki2015)。要するに、当事者同士が各々の所属する組織の壁を越えて自律的に連携・協力し、あたかも一つの大きな組織として有機的に機能しながら問題に対処していこうとする様が、望ましいガバナンスの姿としてイメージされている。
 さて、ガバナンスと似た概念に「マネジメント※ⅱ」がある(八巻2017)。保護地域におけるガバナンスとは、保護地域で解決すべき政策課題を具体的な施策に落とし込んでいく際の意思決定に関わる領域を指す。そこでは、国や都道府県、市町村、地元NPOといった様々な関係者間の利害関係や、意思決定に至るプロセスのあり方等が問われる。一方、こうして具現化された施策を実施するための領域がマネジメントである(図1)。マネジメントでは、施策を実行していく上での取り組みの具体的な進め方や内容等が問題となってくる。マネジメントが課題解決へ向けて何をどうするかといった、施策の具体的な実施手段や行動を指す領域であるのに対し、ガバナンスは目標や課題解決の方針を誰がどのように決めるのかといった、意思決定での権力関係や責任の所在に関わる領域である(Borrini-Feyerabend et al. 2013)。つまり、保護地域の管理運営には、ガバナンスとマネジメントを両輪とする取り組みの推進が不可欠だと言える。


 ガバナンスやマネジメントには、「良い」ものと「悪い」ものとがある。そこで、希少種が生息する保護地域で、希少種の保護と地元住民による自然資源利用の両立をどのように図るかという課題を取り上げ、①希少種を厳正に保護するために、自然資源利用を政府がトップダウンで規制する場合と、②地元住民の意見を最大限に尊重するため、希少種の生息に影響を及ぼす恐れのある自然資源利用を規制しない場合、の2つのケースを考えてみよう。前者の場合、希少種を保護するための取り組みがうまくいけばマネジメントは「良い」と評価できるかもしれないが、地元住民の権利が全く尊重されておらずガバナンスの点では問題がある。一方、後者の場合、地元住民の権利が尊重されているという点では「良い」ガバナンスと言えるかもしれないが、希少種の生息が脅かされるリスクが生じ、マネジメントという点では問題である。このように、バランスの良いガバナンスとマネジメントの実現こそが、保護地域の管理運営に求められているのである。
 要するに、できる限り質の高いガバナンスの実現がまず重要となってくるのであるが、では「良い」ガバナンスとはどのようものなのであろうか。良いガバナンスの状態を、指標を用いて評価しようとする試みがあり、これらの指標が望ましい水準に達していれば良いガバナンスであるとされる(表1)(Eagles et al. 2013)。しかし、ガバナンスが良い水準にあるからといって、ガバナンスの自己組織化が図られているとは限らない。これらの指標は、ガバナンスの状態を判断するための物差しにしか過ぎないからである。

3 ガバナンスの自己組織化を支える条件

 では、ガバナンスの自己組織化には何が必要となるのであろうか。ここでは北海道最北端の島、礼文島(写真1)に生息するレブンアツモリソウ保全の取り組みを事例として考えてみよう(写真2※ⅲ)。アツモリソウの変種とされるレブンアツモリソウは、世界で礼文島のみに咲く固有種であり、日本版レッドデータブックで絶滅の恐れのある種である絶滅危惧IB類に分類されている。この植物は、5月下旬から6月上旬にかけてクリーム色の可憐な花を咲かせ、観光客に人気が高い(写真3)。しかしその可憐な花ゆえに、これまで受難の歴史を歩んできた。かつては島の至る所でその姿が見られたと言われているが、多くの盗掘被害に遭い、個体数を激減させてしまった。そこで、礼文町では監視員を配置して盗掘のパトロールを行ったり、残り少なくなった自生地に有刺鉄線を張り保護活動を図るなどの対策を実施してきた。1994年には通称「種の保存法」にもとづき、国や北海道、町といった行政に加えて、地元関係者、研究者らの協働による保全活動が開始された。現在、自生地の保全と人工培養技術による個体数の復元を目指した取り組みが、関係者の協働で進められている。


 この取り組みに対する関係者の認識を探ったところ、「組織間の協力体制」、「監視やパトロール」、「啓蒙活動」、「保全対策全体」では7割前後が十分良いと評価していた(図2)(八巻2012)。つまり、関係者の多くがこの取り組みをかなりうまくいっていると捉えていることが分かった。その背景にあるのがソーシャル・キャピタル(社会関係資本)である(稲葉2011)。ソーシャル・キャピタルとは「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」を指す(パットナム2006)。人的なつながりとしての社会ネットワークを基盤として生み出される信頼や相互扶助、ルール遵守の意識、規範が、個人や組織間の協力関係を促すとされる。本事例においても、ソーシャル・キャピタルが機能していると考えられ、例えば、パトロール活動によって盗掘被害が大幅に減少したのは、監視、パトロール活動に関わる関係者のソーシャル・キャピタルが生み出した連携・協力の成果であり、それが、保全活動に対する肯定的な評価につながったと考えられる。


 一方、「政策の立案体制」について十分良いとする回答は4割程度にとどまり、あまり良い評価が得られなかった。人工培養技術を用いた個体数復元には、地元関係者に加えて行政、研究者間の連携・協力が欠かせない。こうした立場が異なる関係者が協働していくためには、互いの立場や認識の違いを超えて理解、協力関係を築いていく必要がある。組織や立場の垣根を越えた認識の共有や合意の形成が、取り組みのまさに大きな課題となっており、それが低い評価につながったものと考えられる。こうした課題の解決へ向けて不可欠となるものが、リーダーシップの存在とビジョンの共有だ(八巻2011)。ネットワークの自己組織化を促し、ネットワークを一定の方向へ導いていく力の鍵となるのがリーダーシップであり、その方向性を示すものがビジョンである。つまり、関係者間のソーシャル・キャピタルを基盤として解決すべき課題に対する認識が共有され、その課題解決というビジョンの達成へ向けてリーダーシップが発揮される時に、ガバナンスの「自己組織化」が図られるのである。調査では、「誰がリーダーシップをとっているのか分からない」という意見がたびたび聞かれたが、リーダーシップのあり方はあらゆる協働型ガバナンスにおける普遍的課題でもある。さらにそれに加えて、関係者間で合意されたルールや、連携・協力を引き出すインセンティブといった、自己組織化を促すための制度や財源等を整えることもまた、協働のガバナンスを駆動させていくために重要な条件と言える(八巻2011)。

4 おわりに

 保護地域における協働型ガバナンスの実現には、関係者の連携・協力を生み出すソーシャル・キャピタルの醸成に加えて、リーダーシップの存在、ビジョンの共有、そしてそれを支えるしくみの整備が不可欠である。しかし、保護地域における協働型ガバナンスのあるべき姿が、われわれの前にはっきりと見え始めてきているとはまだ言い難い。保護地域におけるより良いガバナンス像を求めて、現場での様々な試行や研究のさらなる深化など、多くのチャレンジが今まさに求められていると言えるだろう。(やまき かずしげ)

 

 

 

 

 
八巻一成(やまき・かずしげ)
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 森林管理研究領域 環境計画研究室 室長。博士(農学、北海道大学 1999)。筑波大学第三学群社会工学類卒。1988年国立研究開発法人森林総合研究所 入所。北海道支所、東北支所等を経て現職。専門は森林の持続可能な利用と保全、および森林を活かした地域づくり。著書に「田舎暮らし」と豊かさ―コモンズと山村振興―」(共著、日本林業調査会、2016)、「中国の森林・林業・木材産業」(共著、日本林業調査会、2014)、「イギリス国立公園の現状と未来―進化する自然公園制度の確立に向けて―」(共編著、北海道大学出版会、2012)など

 

【注】
ⅰ…ここでは協働を、「関係者が共に参加しながら、目標へ向かって課題解決を図っていくこと」と定義する(Yamaki, K. 2016)。
ⅱ…マネジメントは通常、「管理」、「経営」と訳されることが多いが、本稿では以下で定義するような意味で用いることとする。なお、管理や運営全般に関わる一般的な意味合いを持つ「管理運営」という用語とは区別して用いる。
ⅲ…生息地域は国立公園、天然記念物、国有林保護林といった複数の保護地域に指定されている。

 

【参考文献】
○Armitage, D. R., Plummer, R., Berkes, F., Arthur, R. I., Charles, A. T., Davidson-Hunt,I. J., Diduck, A. P., Doubleday, N. C., Johnson, D. S., Marshke, M., McConney, P., Pinkerton, E. W., and Wolenberg, E. K. (2009) Adaptive Co-Management for Social Ecological Complexity. Frontiers in Ecology and the Environment 7(2), pp.95-102
○Borrini-Feyerabend, G., N. Dudley, T. Jaeger, B. Lassen, N. Pathak Broome, A. Phillips and T. Sandwith (2013). Governance of protected areas: from understanding to action. Best Practice Protected Area Guidelines Series No. 20, Gland, Switzerland, IUCN, 124pp.
○Eagles, P.F., Romagosa, F., Buteau-Duitschaever, W.C., Havitz, M., Glover, T.D. & McCutcheon, B. (2013) Good governance in protected areas: an evaluation of stakeholders’ perceptions in British Columbia and Ontario Provincial Parks. Journal of Sustainable Tourism, 21:60-79.
○稲葉洋二(2011)ソーシャル・キャピタル入門-孤立から絆へ、中央公論社
○松下和夫編著(2007)環境ガバナンス論、京都大学出版会
○パットナム、ロバート・D(柴内康文訳)(2006)孤独なボウリング-米国コミュニティの崩壊と再生、柏書房
○Rhodes, R.A.W. (1997) Understanding Governance: Policy Networks, Governance, Reflexivity and Accountability. Open University Press,235pp.
○八巻一成・庄子康・林雅秀(2011)自然資源管理のガバナンス−レブンアツモリソウ保全を事例に−、林業経済研究、57(3)、2-11
○八巻一成(2012)森林における市民参加と協働を考える、森林科学、64、18-21
○Yamaki, K. (2015) Network governance of endangered species conservation: a case study of Rebun Lady’s-Slipper, Journal for Nature Conservation, 24,83-92
○Yamaki, K. (2016) Role of social networks in urban forest management collaboration: A case study in northern Japan, Urban Forestry & Urban Greening, 18,212-220
○八巻一成(2017)都市林におけるガバナンスの評価に関する検討:野幌国有林を事例として、森林総合研究所報告、16(4)、239-248