特集①-2 ハワイにおけるマーケティング戦略の変化と人材面の課題

観光研究部 主任研究員
蛯澤俊典

1.背景と目的

 Covid ― 19による全世界的なパンデミックの収束後、2022年10月11日以降の水際対策の緩和とともに、訪日外国人旅行者は月を追うごとに回復し、2024年の訪日入国者数は2019年の水準を10%以上上回る状態となっている。一方で、地方のグランドハンドリングの労働力不足や燃油の供給不足などの影響も受け、訪日の延べ宿泊者の30%以上が東京に宿泊する、東京一極集中が加速している。
 地方創生の司令塔として、観光庁が2015年以降、全国各地でDMO(現観光地域づくり法人)登録を行い、あゆみを進めてきた都心から地方への分散は、現況、未だ目を見張るような効果に至っておらず、むしろ都市への回帰、集中が起きているとも言える。この状況を打開するために、観光庁も2024年初頭から、DMOの機能強化のための有識者会議を開くに至っている。DMOの機能強化にあたり、DMO側で、課題として取り立たされているのは、人材育成、予算・財源、マーケティング・DXについてであった。
 一方でパンデミック渦中からのデジタル社会の進展や昨今の生成AIの加速度的な普及に伴い、DMOや観光団体においても、観光地経営やマーケティングを推進する上で各種デジタルツールを活用する機会が増えるとともに、それと比例するように、個人情報保護、サイバー攻撃への対策等情報セキュリティのリスクも増大している。
日進月歩で進化するデジタル技術に対して、国内の一般的な中小企業同様に、それらを活用するための専任者を内部に設置している団体はほぼない。
 このような状況を踏まえ、観光セクターで直面する課題とその解消において、世界でも課題の最前線を行くハワイにおいて、デジタル化やマーケティング戦略について、どのような取り組みを行っているのか。また、産業としての人材確保とその育成が困難になる中、どのような人材マネジメントに取り組んでいるのか。産業を推進する観光局とハワイでも代表的な複数の宿泊施設にヒアリングを行うことで、ハワイ州内での実態を探り、国内研究への示唆としたい。

2.事前の調査から

 ハワイでは、観光財源を確保(ハワイ州観光局の活動予算を税収の一定割合で確保)するために1987年から宿泊税を導入したが、年々、一般財源に使われる割合が上昇。現在は、観光局の予算の一定割合の割当もなくなり、毎年、予算を要求する形になっている。(図1)

3.主な視察調査対象

(1)観光局
・HTA:ハワイ州観光局
・IHVB:ハワイ島観光局
(2)宿泊施設
❶ハワイ島
・ロイヤルコナリゾート
・ウェスティン ハプナ ビーチ リゾート
❷オアフ島
・ハレクラニ
・ハイアット リージェンシー ワイキキビーチ リゾート アンド スパ
・アロヒラニ リゾート ワイキキビーチ

4.視察調査(ヒアリング)の結果

(1)観光局
①HTA:ハワイ州観光局
 今回のヒアリングを通して、HTA単独で事業を行うのではなく、ハワイ州内だけでも、HVCB(ハワイビジターズ&コンベンションビューロー)やOER(ホノルル市経済活性化室)と連携を取りながら実施している。対日本への発信はHTJ(日本オフィス)が請け負うも、ハワイ州内では、コロナ禍前からの住民の生活を脅かすオーバーツーリズムの問題を受け、外部向けの発信よりも、住民への発信、いわゆるインナーマーケティングを中心に行っていることがヒアリングからも見えてきた。
②IHVB:ハワイ島観光局
 ハワイ島単体の局であるが、デジタルを活用したマーケティング・プロモーションは単独では行わず、HVCBで実施していることがわかった。また、事業の方向性として、来訪促進をはかるプロモーションではなく、ローカル商品のプロデュースの強化等に注力し、コンテンツ開発に力を入れていることがわかった。(表1、図2)

(2)宿泊施設
❶ハワイ島
㋑ロイヤルコナリゾート
 特徴的な点として、地元のハワイ島から採用した人材を通して、さらにその家族等をリファラルで採用することで、採用コストを最大限抑えていることが挙げられる。
 また、一度宿泊した顧客へのコンタクトを継続的に行い、リレーションをはかることで、リピーターの獲得につなげており、マーケティングコストを抑えていることも挙げられる。
㋺ウェスティン ハプナ ビーチ リゾート
 日系ホテルではあるが、コロナ禍前の2018年より、プリンス名からウェスティンブランドに刷新し、日本およびメインランドを含め、よりグローバルな客層を取り込めるように変更している。今現在においては、円安の影響もあり、日本からの旅行者は大幅に減っており、メインラインドからの宿泊者が多くを占めるに至っている。

❷オアフ島
㋑ハレクラニ
 ハワイの中でも、100年以上続く老舗であり、名門であることからも、リピーターが50%前後を占める。それらリピーターをはじめとする顧客情報管理により、徹底したホスピタリティを実践し、新規でもリピーター化させていくことで、マーケティングコストを下げつつ、高い満足度を維持している。

㋺ハイアット リージェンシー ワイキキ ビーチ リゾート アンド スパ
 昨今の円安の影響等を大きく受け、日本人の比率が下がっている中、旧来のレガシーエージェントとの関係性を重視し、OTAよりも優遇することで、レガシーからの高い送客比率を維持していることが大きな特徴である。
㋩アロヒラニ リゾート ワイキキビーチ
 ハイゲートグループにより、2018年に再開発されたホテルで、ブランドとしてもまだ、日本を含めてあまり認知されていないことで、ウェブの運用を含めたデジタルマーケティングやマーケティング全般を内製している。そのためにそれらをディレクションできる人材を採用し、自社内で運用を回していることが大きな特徴である。(表3)

5.現地で得た知見からの考察

(1)観光局
 パンデミック前からすでに、誘客と住民生活との調和の必要性が認識されていたが、特に今回のパンデミックを通して、そのことが大きくクローズアップされるに至った。
 それにより、組織としてのマーケティング活動とそのあり方が大きく変わり、誘客するためのマーケティングから、地域内のインナーマーケティング、地域内のマネジメントの重要性が大きくなった。今回の視察およびヒアリングの際に、実際の事業自体の取り組みを通して感じたことである。
 人材面で言えば、誘客のためのマーケティングやデジタルマーケティングの知見やスキルよりも、地域内での連携のためのマネジメントや住民への活動への理解・浸透に重きが置かれ、住民とのリレーションを深められる人材が必要であると推察する。

(2)宿泊施設
 ハワイのホテルでも、昨今の市場環境の激変によるターゲティングの変更、人材確保/採用コストの増大が特に課題となった。
 そのような中、経営戦略上、各事業者はともに生き残りをかけ、それぞれ以下のように、戦略の変更を図った。
◇ターゲット市場のピボット:米国メインランド↓ワールドワイド(ウェスティンハプナ)
◇チャネル戦略の選択と集中:toBで少数大手に集中(ハイアット)
◇リブランディングと認知度強化:デジタルマーケティングの内製化(アロヒラニ)  
◇リピーター重視と地縁採用:マーケティングコストと採用コストを削減(ロイヤルコナ)
◇徹底したホスピタリティ:高リピート性、マーケティングコスト減(ハレクラニ)
 いずれにしても市場が大きく変化する中、各事業者が自社のコアコンピタンスに集中したうえでの戦略や戦術の変更を行ったと考えられる。(図3)

6.おわりに

 今回、課題の最前線であるハワイを視察することで、日本の観光振興におけるデジタルおよびマーケティングの課題につながる知見を得ることができた。
 しかしながら、そのような視点で見たときには、ハワイの観光局レイヤーにおいては、すでに単純な誘客のためのマーケティング活動は一段落しており、すでに課題は地域内において必要なマネジメント活動に移っていた。結果として、組織で働く人材面においてもマーケティング人材ではなく、マネジメント人材の重要性が高いと感じた。これは観光振興における段階「フェーズ」の差とも言え、日本国内においても京都、ニセコ、鎌倉等、現時点でもオーバーツーリズムが顕在化している地域と同様であると思われる。

 一方で、宿泊施設に目を向けると、パンデミック以降、市場が激変する中、各事業者とも生き残りをかけ、事業戦略やマーケティング戦略の変更や修正をかけながら、対応していることが読み取れた。これはオーバーツーリズムであっても、その内部は、当然レッドオーシャンとなっており、気を抜けば淘汰されるような激しい競争環境の中、しのぎを削っていることの裏付けでもある。
 今回の視察を通して、ある種成熟しつつも、地殻変動も同時に起きている混沌とした、ハワイという市場の二面性を垣間見る形になった。