特集①-3 ハワイ州の観光産業における域内調達の現状と課題
宿泊産業における食材の域内調達に着目して
観光研究部 上席主任研究員
柿島あかね
1.本視察の背景と目的
我が国の観光施策は「量」から「質」を重視する施策へと移行し、観光振興計画の成果指標(KPI)は「人数」や「消費単価」を経て、近年では「経済波及効果」やこれに関連する指標を取り上げるケースが増えている(注1)。経済効果を高めるにあたっては、「来訪者数」に1人1回あたりの「消費単価」を乗じた観光消費額を増大させるだけでなく、域外流出を抑え、経済効果を域内に留まらせるという観点も必要となる。そこで、域内調達率という概念が重要となる。これまで、観光施策においては、観光消費額に関係する来訪者数、消費単価については取り上げられる機会が多かったが、域内調達率については、取り上げられる機会は少なかった。しかし、近年では、三重県のように観光計画に(注2)域内調達率の向上を盛り込むケースもあり、観光施策でも注目されている指標となっている。
ハワイ州では観光産業と農業を「注力分野」に位置付けており、観光産業と農業が連携し、域内調達率向上を目的とした取り組みが行われてきている。我が国の観光施策においても参考にすべき点が多いのではないかと考え、今回の視察では、ハワイ州の観光産業における食材の域内調達の現状と課題、および、域内調達率を向上させるための取り組みについて、政策・プロモーション(ホノルル市郡、観光関連組織:ハワイ州観光局、ハワイ島観光局へのヒアリング結果より)、事業者(主に宿泊事業者へのヒアリング結果より)、旅行者の観点から整理を行うこととした。
2.観光産業における域内調達の位置付け
2‐1 政策・プロモーション
ハワイ州における農業は、政府部門(軍等)や観光産業に次ぐ産業である。
しかし、食材の自給率は約(注3) 10%と決して高くない。このような状況を受け、国連の持続可能な開発目標を基準にハワイ州のゴールを設定した特別プログラム(注4)“Aloha+Challenge”では、「地元産の食材供給」を大きな柱の一つとしており、2030年までに地元の食料生産量を2倍、食料の域内調達率を20〜30%とする目標を掲げている。
一方、ハワイ州における観光施策の動きに目を転じると、2019年に渡航者数が過去最高を記録し、好調に推移する一方で、人気スポットを中心とした混雑等からハワイ住民の生活に影響を及ぼす諸問題が発生していた。新型コロナの世界的流行後は、観光客に質の高い体験を提供するだけでなく、ハワイ住民の生活の質の向上にも目を向けた観光施策へとシフトチェンジしている。こうした流れの中で策定された「ハワイ観光戦略プラン2020‐2025」(ハワイ州観光局:Hawaii Tourism Authority 以下〝HTA〞)では、地域経済活性化に有益な「地産品や地産食品を購入することを奨励する取り組みを支援」することに言及している。2021年には「ハワイ観光戦略プラン2020‐2025」に基づき、観光経済と地域コミュニティ、自然資源と文化資源、住民の生活の質のバランスを保つための島別の行動計画〝Destination Management Action Plan〞(以下「DMAP」)が策定され、域内調達に関するアクションも盛り込まれた。例えば、マウイ島版では、ホテルやレストラン向けの地元産品リストの作成、カウアイ島では島内産製品の島外への販売、宣伝、ブランディングを行う〝Kaua ‘i Made Program 〞の推進、ハワイ島版では、観光産業を対象とした地元農産物や製品の購入奨励、地元生産者を対象としたオンラインでの販売支援等が挙げられている。
ハワイ島観光局(Island of Hawai‘i Visitors Bureau 以下〝IHVB〞)では、DMAPのアクションに基づき、ハワイ島内のベンダーを対象に州内および島内で製造された製品の展示会の開催、地元事業者のポップアップストアの支援等を行っている。その一例として、「ハワイアンアート&クラフトフェア」がある。同フェアは年に一度、ハワイ島ヒロで行われるフラの世界的な大会「(注5)メリー・モナーク・フェスティバル」と同時に開催され、ハワイメイドの化粧品、アパレル、ジュエリー、アクセサリー等の展示即売を行っている。世界的なイベントと同時開催することで、観光客を中心とした幅広い層への地元製品の認知と理解促進に寄与している。こうした取り組み支援の成果もあり、ハワイ島では、近年は食材に限らず、地元産のアパレル、ジュエリー、オイル等を扱う宿泊施設が増えてきている。
また、2021年にはホノルル市郡(市役所)の中に経済再活性化局(〝 Office of Economic Revitalization〞以下〝OER〞)が新設され、HTAと連携しながら住民に目を向けた新たな(注6)「再生観光」を推進している。「再生観光」の大きな柱の一つに「地産地消」がある。O E R では先述の“ Aloha+Challenge”の「2030年までに地元の食料生産量を2倍、食料の域内調達率を20〜30%」を目標に据え、中長期的な域内調達率向上を視野に入れた取り組みを推進している。具体的な取り組みとして、観光産業に地元産食材の活用を働きかけることにより、生産者を支援する仕組み(注7)〝o‘ahu GOOD FOOD purchasingprogram〞がある。同プログラムでは、2022年より、〝o‘ahu GOOD FOOD SHOW〞をスタートさせた。地元産食材の市場拡大を目的として、生産者と観光事業者、病院、学校等とのマッチングの機会を提供している。また、この場では、観光事業者を中心とする29の団体が域内調達率の把握と定期的な報告、生産者は雇用促進、持続可能な農業経営を行うこと等について署名した(写真1)。取り組み開始から2年が経過し、徐々に成果も表れ始めている。例えばホテル、飲食店、学校、病院等から一定の需要があり、かつ、購買力が高い顧客を確保する生産者が増えてきており、安定的な売り上げの実現や設備投資につながる生産者も出てきている。また、観光事業者等による域内調達率に関する報告データによれば、観光産業全体の域内調達率も年々向上している(具体的な数値は現在のところ非公開)。
このように、観光産業と農業の連携の形ができつつあるようだ。
2‐2 宿泊事業者の現状と課題
観光産業の現場における食材の域内調達の現状を明らかにするため、今回の視察ではハワイ島、オアフ島合わせて5軒のホテルを対象にヒアリング調査を実施した。ヒアリングを実施した宿泊施設においては、地産地消に対して積極的である。主な理由としては、地域貢献に加え、州内で調達する方がアメリカ本土から調達するより、輸送費がかからず、低コスト化できるというハワイ特有の理由も存在する。一方で、ホテルチェーンの場合は、本部で食材をまとめて購入することで低コスト化を実現しているケースもあり、時期、量、品目等によって域内調達、域外調達のバランスを取りながら進めているのが実情のようだ。また、今回ヒアリングを実施した宿泊施設の一つであるウェスティンハプナビーチリゾートでは、敷地内の畑(写真2)で収穫した農作物を一部のレストランで提供している。他にも生産者と独自のネットワークを構築し、ほぼ地元産の魚介類を提供する施設、コナコーヒーを自ら焙煎して飲む体験を提供する施設等、様々な工夫や取り組みが行われていた。
宿泊施設側から、共通の課題として挙げられたのは「安定供給」である。
宿泊施設の場合、ビュッフェ形式の食事を提供することもあり、特に大規模施設では一定量の安定供給が重要となる。先に挙げた〝o‘ahu GOOD FOOD program〞では、安定供給に対応するため、複数の農家からグループを形成しているが、観光産業側から見ると需要に追い付いていない側面もあるようだ。また、州内で安定的に調達できる品目が葉物野菜(例:サラダリーフ、クレソン)や一部果物(例:パパイヤ、パイナップル)に限定されていること、肉、魚介類、卵、牛乳については供給が需要に追い付かず、大半をアメリカ本土から調達していることから、種類、量ともに州内調達が限定的であるという声も聞かれた。
2‐3 地産地消に対する旅行者の評価
Linnes et al(2022)は、ハワイを訪問したアメリカ本土からの観光客のうち、ハワイの農業を支援するために追加で支払う意向がある人は全体の約8割と高水準であり、さらに、どの程度追加で支払うかを尋ねたところ「5%」が最も多く、追加で支払う意向がある人の約4割となったことを明らかにしている。同じレストランチェーンであっても、ハワイ州の店舗は輸送コストが上乗せされるため、アメリカ本土の店舗に比べて10〜15%程度割高である。同じく割高な料金を支払うのであれば、地元食材の購入を通じて地域貢献することに支出したいと考える人が多く、さらに、旅行者は食事を通じて、文化体験を求めていることも同研究では明らかにしている。実際に今回の宿泊施設のヒアリング調査からも、ロコモコ、ポキ、アサイーボール等、ハワイの食文化を体験することができるメニューが好評で、利益にもつながっていると回答した施設もあった。
研究成果や宿泊施設へのヒアリング結果を踏まえると、顧客とのコミュニケーションの過程において、食材の背景にあるストーリーや食文化を伝えたり、先に紹介したコナコーヒーを自ら焙煎して飲む体験のように、体験として提供することで、旅行者の地域貢献意識への訴求、旅行体験の満足度の向上に寄与するのではないだろうか。
3.おわりに
ハワイ州の観光産業における域内調達については、積極的な施策展開、プロモーションの実施、一部の宿泊事業者ではあるものの、事業者も概ね肯定的であることが確認された。また、旅行者にとっても、旅行体験の満足度向上に寄与し、地域の維持・存続に対する貢献意識にも訴求するという利点がある。ハワイ観光を取り巻く主なステークホルダーが域内調達に肯定的な一方で、各所で課題として取り上げられたのが安定供給や大型需要への対応である。〝o‘ahu GOOD FOOD purchasing program〞では、こうした課題にアプローチすべく、既に取り組みを進めてきているが、ヒアリング調査から、宿泊事業者の需要に対応しきれていないことがうかがえる。ハワイ大学が運営する(注8)“Go Farm Hawaii”では、新規農業従事者を対象とした研修プログラムの提供や、農産品のマーケティング戦略のサポート、SNS等を活用したプロモーション、資金調達、土地のマッチング等の農家を対象としたビジネス支援とコンサルティングサービスが提供され、農業における生産力強化も進められている。
また、宿泊事業者からは、州内で安定的に調達できる品目が少ないことも課題として挙げられた。経済効果の域外流出を抑えるという観点では、多くの品目をできる限り域内で調達することが望ましいが、一方で、全ての品目を域内で調達しようとすると、非効率、不経済を招くこともあり、現実的には難しい。“Aloha+Challenge”では、肉、魚等の品目ごとに現状と今後の域内調達の方向性を公表している(注9)。これによると、例えば、牛肉を州内で生産するにあたっては、人件費、加工技術、良質な飼料の不足等、いくつもの課題があることや、州内には食肉加工後の廃棄物を管理するスペースが限られていることも示している。その上で、牛肉については、アメリカ本土から調達する方が経済的であると判断している。近年、我が国の観光施策においても域内調達率が注目されているが、“ Aloha+Challenge”のように、まずは、地域内の主要な品目の生産の現状、域内調達を向上させるにあたっての課題等を整理し、域内調達率を向上すべき品目を選択し、現状からどの程度向上させるのか、また、これらの積み上げによって、地域全体の域内調達率や経済効果の向上にどの程度貢献するのか検討することが重要ではないだろうか。
新型コロナ収束後、ハワイでは住民の生活の質の向上に重きを置いた観光施策が進められる中で、農業と観光の連携フレームや、様々な立場から域内調達率向上に資する取り組みが進められており、これまで以上に、官民一体となった域内調達率向上への機運が高まっていることを感じた。今後の取り組みにも引き続き注目していきたい。
<参考文献>
●Hawaii Tourism Authority (2020). Strategic Plan 2020-2025.
https://www.allhawaii.jp/business/article/555/download/23021815421721963.pdf/hta-strategic-plan-2020-2025J.pdf
●Hawaii Tourism Authority (2021). Destination Management Action Plans.
https://www.hawaiitourismauthority.org/what-we-do/destination-management/
●C Linnes, J.T. Weinland, G Ronzoni, J Lema, J Agrusa, (2022) The local food supply, willingness to pay and the sustainability of an island destination. Journal of Hospitality and Tourism Insights 6(3), 1328-1366.
<注>
注1…例えば観光庁が選定する「高付加価値なインバウンド観光地づくりモデル観光地」のマスタープランでは、
成果指標として「経済波及効果」、雇用創出効果、地域経済の自立度を把握する指標「域内経済循環率」を挙げている地域もある。
https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/inbound_kaifuku/kofukakachi.html
注2…「三重県観光振興基本計画<令和6年度~令和8年度>」では、持続可能な観光マネジメントの取組内容として域内調達率の向上を挙げている。
https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/001130483.pdf
注3…ハワイ州レスポンシブル・ツーリズム情報サイト“Malama Hawaii”の“Aloha + Challenge”のページによると
現在のハワイ州の食料自給率は約10%とされている。
https://www.allhawaii.jp/malamahawaii/aloha_challenge/
注4…https://alohachallenge.hawaii.gov/
注5…https://www.merriemonarch.com/
注6…OERが推進する再生観光の柱は「地産池消」「(レンタカー以外の)公共交通の利用促進」「民泊規制」「混雑スポットの管理」
注7…https://www.revitalizeoahu.org/oahugoodfood
注8…https://gofarmhawaii.org/
注9…https://alohachallenge.hawaii.gov/pages/lfp-01-production