特集②-3 クライストチャーチにおける日本人観光市場の変遷と観光地としての対応

観光研究部 研究員
岩野温子

はじめに

 今回視察で訪れたニュージーランドのクライストチャーチは、南島観光の玄関口としての役割を果たしており、かつては日本からの直行便が運航していたほど(トラベルボイス(2014)1))、日本人観光客にとっても人気の旅行先であった。しかし、2010年代以降、日本人観光客の減少が続きそのマーケットは大幅に縮小している状況がある(図1)。
 この一義的な要因としては2007〜2009年のリーマンショック、2010〜2011年のカンタベリー地震、東日本大震災等が想定される。
しかしながら、(規模や種類の違いはあれども)そのような外的なショックが突発的に発生する可能性はどの観光地も有しているということもまた事実である。

 筆者はかねてより観光地の対応と観光客の満足度や再来訪の関係性について関心を持って研究を行っている。上記の観点に立てば、上記のような外的なショックによる急激な市場変化に対して、観光地としてどのように対応してきたのか(あるいはどのような点で対応が十分でなかったのか)が重要である。
 そこで本稿では、クライストチャーチを事例として、市場(特に日本人観光客の市場)の変化に観光地あるいは観光産業としてどのように対応してきたのかを見ることで、観光地のレジリエンス向上における実務的な示唆を得ることを目的とする。

調査方法

 クライストチャーチの観光市場の動向やそれに対する事業者の対応に関する報告書や報道資料等を収集し、内容をレビューした。その上で、現地に赴いて観光客や事業者が提供する各種サービスの状況を目視するとともに、現地のガイド事業者や大学の研究者と意見交換を行い、文献調査による情報を補完した。

クライストチャーチにおける日本人観光市場の変遷

 各種資料より、クライストチャーチを取り巻く日本人観光市場動向の変遷は、年代ごとに下記のように整理できる(Tourism New Zealand 2)/ Asia New Zealand Foundation 3)/ トラベルボイス 1)/ 航空新聞社 4))。

1980年代〜1990年代

 多くの日本人観光客が団体旅行を利用して訪れていた。特に、クライストチャーチは南島観光の玄関口として、ミルフォードサウンドやマウントクックへの周遊の起点となっていた。

2000年代

 2000年代初頭に成田からクライストチャーチへの直行便が運航したため、アクセスが改善し、多くの日本人観光客が訪れる地域となった。大聖堂広場周辺には、ホテルや土産店・免税店が立ち並び、街も賑わっていた。また、日本人旅行者の旅行スタイルが多様化し、団体旅行に代わってFIT(海外個人旅行)が増加したことにより、より自由でパーソナライズされた旅行体験を求め、現地では日帰りツアーも盛況であったようである。
 このように「日本人観光バブル」と現地で言われていたほど賑わっていたクライストチャーチだが、2008年に起きた世界的な金融危機であるリーマンショックにより、日本人観光客の海外旅行需要が減少し、これに伴い、クライストチャーチにあった旅行関連会社が次々と閉業を余儀なくされた。

2010年代

 その後追い打ちをかけるように、2011年2月22日にカンタベリー地震の大きな余震が発生し、クライストチャーチの街のシンボル的存在であった大聖堂の崩壊をはじめ、市街地のほとんどが壊滅的な状況となり、日本だけでなく世界からの来訪者が減ってしまった。地震後、旅行者数の回復に数年かかっており、その要因として、現在もなお修復の終わらない大聖堂のすがたや市街地の復興の遅れが観光の魅力を低下させたことが考えられる。また、同年3月11日には、日本で東日本大震災が発生し、日本人旅行者の関心が海外旅行から離れた時期と重なったことも影響したと思われる。
 さらに、カンタベリー地震前のクライストチャーチの観光関連のローカル企業は、日本人向けのプロモーションや集客を大手旅行会社に依存していたが、旅行のスタイルが団体旅行からFITに代替していったことも、衰退していった要因の一つであろう。ローカル企業が日本市場に向けて主体的に情報発信したり、集客するためのプロモーションをしたりする機会は限られていたことが、現地で日本人向けガイドツアーを行っている方へのインタビューによって明らかになっている。
 また、カンタベリー地震以降、旅行者数は少しずつ増えていったが、クライストチャーチにホテルが少ないため、滞在先が変化していった。テカポやクイーンズタウンといった他地域が観光プロモーションを強化し、特にテカポは宿泊施設が整備されており、星空観光が日本市場でも人気が高まったため、観光客がクライストチャーチに着くとすぐ、それらの他地域へ流れていった。
 このことを裏付けるように旅行ガイドブックの紙面における表現も、震災前は「クライストチャーチ」(写真1)となっていたものが、震災後には「クライストチャーチとその周辺」(写真2、3)のように、周辺地域も含めた表現に変化していることが分かる。

2020年代〜現在

 世界的なパンデミックにより、国際観光は一時停止したが、旅行再開後は自然やアウトドアを重視する観光地としてニュージーランドが再注目されている。また、日本人観光客のうち、若い世代はSNS映えするスポットを求め、高齢者層はゆっくりとした旅行や文化体験を重視する傾向があり、クライストチャーチはどちらの需要にも応えられる要素を持っているといえる。さらに、環境に配慮した観光が重要視される中で、ニュージーランドのエコツーリズムや持続可能な観光への取り組みが注目されている。

考察

 見てきたように、クライストチャーチの市場(特に日本人観光客の市場)においては、リーマンショックやカンタベリー地震が大きなショックとして影響していることが改めて確認できた。ここでは、それらから導かれる現時点での課題と考えうる対応について考察する。

①賑わいの創出

 クライストチャーチの街は、震災前は、小さな路地がたくさんあり、そこには小売店が立ち並び、賑わっていたようである。しかし、震災によって、多くの古い建物も活気も失われてしまった。政府の再建計画であるChristchurch Central Recovery Plan 5)では、大きなスペースを確保することに重点を置いており、小売店等がテナントとして入るには難しい状況のようであるが、元のような小さなスペースを確保することで、たくさんの小さなビジネス、アート、宝石店、衣料品店など、観光客のショッピングを面白くし、その場所に活気を与えることができるのではないだろうか。現状は大きなスペースがメインでそれができないため、活気もなくなり、ショッピングのあり方やダウンタウンでの観光客の体験が大きく変わってしまっている。これは、現地の大学の研究者からも伺った。
 実際街中を歩いてみると、大きなスペースを持つ建物が並び、テナントが入っていないところが何か所も見受けられた。しかし、リバーサイドマーケット(写真4)など震災後に新しく整備された商業施設や街中の壁面アート(写真5)によって、新しい賑わいも生まれているように感じられたため、賑わいの創出が進み始めたところなのかもしれない。

②ローカル企業の能動的姿勢と情報発信の促進

 観光に関するローカル企業の現状については、現地で日本人観光客向けのツアーガイドをされている方から伺った話によると、「ローカルの旅行関連会社の受動的な体制は変わらず、地震後も大手旅行会社への依存が続いており、自発的なプロモーション活動が不足していることで、最新情報の発信が停滞している」という状況のようである。
 Oppermann(1997) 6)は、ニュージーランドを訪れた初回訪問者とリピーターを比較し、初回訪問者は多様な観光対象を選択したのに対し、リピーターは初回訪問者よりも長期滞在し、選択された観光対象も限定的であることを示した。このことからは、訪問者の訪問回数によって求めている内容や情報が異なるため、それぞれに合ったプロモーションが重要であるといえる。また、岡村&福重(2007) 7)は、訪問回数による観光者の目的の違いについてアンケート調査を行い、リピーターを獲得するためには観光者の興味をひく情報発信が必要であると指摘している。このことから、目的に応じた現地の新しい観光スポットや楽しみ方に関する情報を受け取ってもらうことが重要だということがわかる。ニュージーランド航空やニュージーランド政府観光局のサイトでおすすめ観光スポットを調べることができるが、これらの情報に加えて、現地ガイドだけが知るスポットやSNS映えスポットなどの情報が発信されるようになることが求められているのかもしれない。

③新たな観光コンテンツの開発

 クライストチャーチは南島の玄関口として、海外からの観光客にとって重要な役割を果たしている。しかし、宿泊施設が少なく、その多くが再建に携わる人々に利用されることにより、観光に来ても泊まるところがないため、クライストチャーチに滞在する期間は短くなったという見方もある(Orchiston, et al.(2012) 8)/ Reserve Bank of New Zealand.(2012) 9))。
 滞在期間が短くなったのは、他にも、他地域への観光客流出や初回訪問者が多いといったことが考えられる。そこでの滞在が思い出深いものになるような新しい観光コンテンツを開発する必要があるのかもしれない。観光地の復興には、地域の主体性が重要であり、地元自治体をはじめ、地域内の組織や住民の協力のもと、例えば新たな観光コンテンツの開発により、地域の観光を復活させている例は多くある。
 一方、クライストチャーチでは、先に挙げたように、ローカルの旅行関連会社の受動的な体制は変わらず、震災後も大手旅行会社への依存が続いており、自発的なプロモーション活動が不足していることで、最新情報の発信が停滞している。また、街のシンボルであった大聖堂の再建もなかなか進んでいないようだが、それに頼らず、新しい観光コンテンツの開発や街全体の魅力向上につながる取り組みが必要なのではないだろうか。

おわりに

 クライストチャーチの日本人観光市場は、地震や経済変動、旅行トレンドの変化など多くの要因に影響を受けてきた。かつて「ガーデンシティ」と呼ばれ、美しい庭園やイギリス風の建築物が並ぶ観光地であったクライストチャーチは、現在、震災を経験した街の再生という視点から、新しい建築や現代的なアートが注目され、これは所感であるが、生まれ変わろうとしているように感じられた。ヒアリングにおいても話されていたが、日本は震災が起きたら復興を目指しがちではあるが、クライストチャーチのように、街を新たにつくりなおしてしまうという方法もあることに気づかされた。生まれ変わったクライストチャーチの街で、観光客が短期的な観光だけではなく、時間をかけて堪能できるような、ローカルの自然、文化、歴史を活用した多面的な体験メニューを用意し、滞在型の旅行もできるようなプランの提案を促進していくことが重要であると考える。
 現在のクライストチャーチへの日本人旅行者は多くはないが、旅先での満足度と再訪意向が強い地域である 10)。例えば、体験を通じて地域の人との交流の機会を設けるような、時間をかける滞在型観光を提案することで、帰国してからも地域情報に敏感になったり、コンタクトを取り続けたりと、お互いに何かあった時は協力し合える関係をつくることが、これからの観光地復興にとってのポイントになるのではないだろうか。岩永(2020) 11)は、観光地がリレーションの経験を提供し、その後の施策をも通じて地域コミットメントを十分に向上させれば、旅行者を単に通り過ぎる旅人ではなく、地域を支える主体となる関係人口に転じせしめることができると示している。
 このように旅行後も関係し続けられる関係人口を増やしていくことが、日本の観光地復興においても重要になると思われる。

<参考文献>
1)トラベルボイス
https://www.travelvoice.jp/20140306-17886
https://www.travelvoice.jp/20181220-121331
2)Tourism New Zealand
https://www.tourismnewzealand.com/news-and-activity/activity-in-japan-results-in-boost-for-destination-new-zealand/
https://www.tourismnewzealand.com/assets/insights/market-overview/TNZ-Insights-Infographic-Market-Snapshots-2024-Japan.pdf
3)Asia New Zealand Foundation(2023), Visit provides insights into Japanese tourism
https://www.asianz.org.nz/media/japan-visit-provides-insights-into-japanese-tourism
4)航空新聞社
https://www.jwing.net/news/11177
5)Department of the Prime Minister and Cabinet (DPMC)
https://www.dpmc.govt.nz/sites/default/files/2024-04/greater-christchurch-recovery-update-issue-12-august-2012.pdf
6)Oppermann, Martin(1997),
First-time and repeat visitors to New Zealand, Tourism Management, 18 (3), pp.177-181.
7)岡村薫・福重元嗣(2007), リピーター観光客育成に向けた観光プロモーション策,
Discussion Papers In Economics And Business, 07-42.
8)Caroline Orchiston, Erica Seville, John Vargo(2012),
Tourism Recovery and Resilience after the Canterbury Earthquakes,
Report 6 Prepared for Asia Pacific Economic Cooperation (APEC).
9)Reserve Bank of New Zealand(2012), Bulletin(, 75), No.3.
10)公益財団法人日本交通公社(2024), 旅行年報2024, 35-55.
11)岩永洋平(2020), 観光リピート意向と関係人口はいかに形成されるか
-リピート循環モデルによる検証-,『 地域活性研究』,(12), 15-24.