特集③-2 オーバーツーリズム政策の流れと最新の動向

アムステルダム市の「バランスの取れた観光条例」を中心に

観光研究部 主任研究員
後藤健太郎

1.はじめにオーバーツーリズムの再燃と観光介入

 新型コロナウイルス感染症によるパンデミック後の観光需要の急激な回復により、一部の地域ではオーバーツーリズム(過剰観光)の再燃が聞かれる。
観光客数が一定程度回復している今、それだけを以て、新型コロナが観光業に与えた影響が消えた、とするのは時期尚早であると思う一方で、同時に目を向けなければならないのは、複数年にわたる厳しいコロナ禍において、「観光のあり方」そのものを見直し、オーバーツーリズム対策を積み重ねてきた地域も存在することだ。今回報告するアムステルダム市はその一つである。アムステルダム市は、コロナ禍に観光条例を制定し、客観的データに基づき公的介入する仕組みを構築してきた。欧州都市において、特徴的なオーバーツーリズム対策を講じている先進対策地である。

 オーバーツーリズム問題への対処については、欧州の研究では、これまでしばしば公的介入の必要性が議論されていた。コロナ禍前、問題に効果的に対処するための市場志向のアプローチの限界が指摘されており、その代わりに、今世紀に入ってから廃れてしまったかに見えた、より規制的で行政主導の観光管理アプローチの可能性が再び議論されるようになったという。そしてそれは、観光の影響が多様かつ複雑で多面的であることを示すとともに、都市には観光によってオーバーシュートしうる収容力(キャパシティ)があることを暗示しているのだという(Koens et al., 2018)。また、観光政策及び管理における単純なセクター別アプローチの時代は終わり、安定した(都市)観光に向けて前進するためには、20世紀型の経済セクターDMOは、都市ガバナンス全体のアプローチと変革、融合する必要があるとのことである(Kagermeier, 2023)。
 公的セクターによる「観光介入」(Tourism intervention)は、観光が与える負の影響を適切に管理・抑制しつつ、観光を望ましい方向に誘導する。
場合によっては、今後の方向性を検討するための猶予期間(モラトリアム)を確保するなど、介入行為の目的も様々かと思われるが、一時的なり恒久的な制限を発動し資源を投入する以上、その根拠となるデータやその手続き、行動基準が社会に対して明確に示されている必要があるだろう。アムステルダム市は、そうした仕組み構築に挑む先進事例である。
 アムステルダム市の観光政策、オーバーツーリズム対策は、日本国内でも各種取組がその都度報告されている(参考文献46、48)。そこで本稿は、コロナ禍に制定された観光条例の内容とそれに基づくアクション(3.5.)、同取組を捉えるための大局的な流れ(4.)の2つに焦点を当てて報告する。
 なお、研究を行うにあたっては、同市の公式HP(https://www.amsterdam.nl/)及びオープンリサーチ(https://openresearch.amsterdam/nl/)で公開されている情報を中心に文献資料調査を行った上で、現地視察を行った。現地では、アムステルダム市において、包括的に取り組むシティセンターアプローチ(Aanpak Binnenstad)担当者にインタビューを行った。

2.都市の成長と過密アムステルダム市の観光と住民の疎外感

 アムステルダム市は、オランダ王国の首都で、人口約93万人を擁する国内最大の都市である。駐在員や留学生などが世界中から集まるビジネスの拠点都市、研究拠点が置かれる知的都市でもある。自由で寛容な都市イメージを有し、多様性は同市の特性を表す一つである。2025年には、建都750周年を迎える。環状運河の景観は、2010年に世界遺産にも登録された【写真①】。市内には、アムステルダム国立美術館やファン・ゴッホ美術館など大小様々な施設が立地し、世界有数の芸術・文化都市として世界中から観光客が訪れる。2019年の年間観光客数は、2200万人、そのうち1000万人が宿泊客、1130万人が日帰り観光客、70万人がクルーズ客であった。
 (日本との違いとして)アムステルダムの(過剰)観光を捉える上で重要なのは、都市が成長下にあるということである。同市の人口は約20年間で20万人増加しており、2038年には100万人を超える見込みである。深刻な住宅不足の中で、住宅市場を圧迫する民泊の急速な増加や、観光客向け店舗等の増加による生活消費環境の変化(景観の均質化、モノカルチャー化)、観光客による迷惑行為や混雑(混雑の原因は観光客の増加だけではない)などにより、住民は疎外感を感じていたのである。新型コロナウイルス感染症により、観光産業は大きな打撃を受ける一方で、元の状態に中途半端に戻ることを望まない住民の意向もあり、アムステルダム市は「観光のあり方」そのものを見直しつつ、次なるオーバーツーリズム対策を打ち出した。

3.バランスの取れた観光条例の制定とデータの整備

3‐1・条例(2021)の概要

―帯域幅の設定(上限値・下限値)
 アムステルダム市では、コロナ禍に「バランスの取れた観光条例」を制定した。これは、2020年6月の住民グループによる発案(請願)「アムステルダムには選択肢がある(Amsterdam heefteen keuze)」を受けて、2017年7月に市議会が可決したものである。同バランス条例は、全8条で構成される【図1】。内容の詳細は後述するとして、条例の説明にその趣旨が明記されている。
本質的に、観光業はアムステルダムにとってプラスです。それは健全な財政、雇用、文化の豊かさ、都市の活気と威信に貢献します。
ただし、最適値は存在します。一定数の観光客が来ると都市のバランスが崩れ、観光のデメリットがメリットを上回ってしまいます。
市長と市会議員は、住民、事業者、訪問者の利益の間のバランスが崩れた場合、または崩れる恐れがある場合に積極的に介入することが期待されています。」(太字は筆者による)
 この介入行動を規定する同条例のポイントは3点である。一つ目に、観測・予測データに基づく行動を規定していること、二つ目に、アムステルダム市での年間宿泊数の「帯域幅」(上限値・下限値)を設定していること。年間1000万〜2000万の間を許容範囲とし、さらに行動を発動する「信号値」として1200万と1800万を設定していること。三つ目は、対策の検討および採択可否判断について時限を設けていることである。宿泊数が信号値を超える恐れがある場合、市議会は6カ月以内に対策を検討・提案し、その後3か月以内に最終政策文書の採択可否を決定することになっている。
市当局はこれに基づいて対策を行う。

 なお、先述の住民による発案は上限値として年間宿泊数1200万人(2014年の宿泊数)を提案していたが、観光業のみならず文化施設がコロナ禍で大きく影響を受けた状況を鑑み、その後、調整が行われ、下限値も設定されることとなった(Kleijn, 2021)。
 ここからは、条例とリンクする2つの主要な調査について紹介する。

3‐2・宿泊数の需要予測

 アムステルダム市では、毎年、宿泊数、日帰り訪問回数、クルーズ船客数の予測を行っている。予測公表年の暦年と、その後の2暦年分の予測値を、3つのシナリオ(高・中・低)のもとで算出している【図2】。同予測は、過去のデータをベースに、観光、経済、モビリティ分野の専門的知見を補足して推計される。同予測には、住宅の民間賃貸やホテル開発に関する市の政策も考慮されている。予測最終年の予測値が信号値を超える場合は、市議会は、6か月以内に対策案を提案する必要がある。

3‐3・観光収容力の測定

 同じくアムステルダム市では、都市の観光収容力を測定している(過去3回実施)。観光収容力は、「生活の質を(大幅に)損なうことなく、近隣地区が耐えられる観光の圧力」と定義されている。これは観光による圧力(原因)が近隣地区の生活の質(結果)を犠牲にする可能性があるという想定に基づく。同条例に基づき2年ごとに測定を行い、市議会に報告する。
 観光収容力は、「観光による圧力(観光供給量・利用量)」と「観光に関連する生活の質」の2つのパラメーターと、各7つの指標で構成される【図3上段】。これらの指標は、次の3つの手順で設定された。

ステップ❶ リストの作成

 関連する可能性のあるテーマ、指標、データソースのリストを作成するにあたり、調査統計部署は様々な地方自治体の政策部門、地方自治体および国の機関から専門的な知見を収集した上で、文献調査と専門家会議を通じて、100を超える指標リストを作成した。

ステップ❷ 測定基準のテスト

 リスト化した指標を、調査統計部署が地区レベルでのデータが入手可能か、全てまたはほとんどの地区データで利用可能か、データは定期的に入手可能か(年次または隔年)という基準でテストした。
 その結果、「観光に関連する生活の質」というテーマで63、「観光による圧力」というテーマで36の指標が分類された。

ステップ❸ 指標の選択

 約100の指標と、別調査で測定している住民の「近隣の満足度」と「近隣の開発」という2つの中核指標との相関関係を分析した上で(少なくともどちらか1つと線形関係を有する)、回帰分析の結果に基づいて最終的な指標選択が行われた。その後、調査統計部署によって使いやすさなどをテストし設定された。
 近隣地区の観光収容力は、「観光による圧力」に関する合計スコアと「観光に関連する生活の質」に関する合計スコアの組み合わせによって決まる。
各指標の測定単位が異なることから、それぞれを四分位しスコア化。それぞれの合計スコアを用いて4象限に分類。観光による圧力を横軸、観光に関連する生活の質を縦軸に取った場合、第四象限が観光による圧力が高く且つ生活の質が低く、近隣地区の観光収容力は逼迫していると判定される【図3中下段】。2023年調査では110地区で測定が行われた。
 なお、同調査報告書の記載の通り、この四象限による分類では、実地での群衆イメージは得られない。そのため実際の混雑状況を監視するために、報告書では各地区の指標ごとの絶対スコアを示す表が付されている。
 また、条例では、両調査結果を照らし合わせた際に生じる特定状況によっては、住民の体感に合わせて帯域幅や信号値等を変更することも重要としている。

4.アムステルダム市の観光関連政策とオーバーツーリズム対策の流れ

 ここでは、同条例制定に至る背景として、前後の大局的な流れを整理する【図4】(便宜的に2004年以降としているが、観光政策自体はそれ以前から行われている)。アムステルダム市の観光関連政策、オーバーツーリズム対策は非常に多岐にわたる。それらを包括的に位置づける計画文書等から、観光及び観光客(訪問者)に対する考え方や姿勢、価値観を中心に見ていく。

4‐1・シティマーケティング(2002〜)

「I amsterdam」
 アムステルダムは、2002年にシティマーケティングを開始した。都市間競争の激化により、世界におけるアムステルダムの主導的地位は、当時脅威に晒されていた。そこで、同市は、自都市の特徴は多様性にあるとの認識のもと、都市のプロファイリングを行うともに、多くの効果が見込めるか、精神性が近いか、そして、相互に必要とし且つ消費者・共創者という両立場で関心を有し一緒に地位強化を図れるか、という観点から7つのターゲットを設定した。海外からの訪問者や観光客はその一つである。2003年には、新組織Amsterdam Partners を設立し、2004年9月には、アムステルダムの核となる価値観、精神を体現するステートメント「I amsterdam」を発表した(Gemeente Amsterdam, 2004)。アムステルダムは、市内はもとより国内外で戦略的なコミュニケーションを続け、地位回復に努めた。
 その後は、2008年に発生した経済危機の影響からの回復を図る中で、2013年には、運河400周年イベントの開催やアムステルダム国立美術館のリニューアルオープンを行うとともに、観光団体を含む3団体を統合してAmsterdam Marketing へと改組し、推進力の強化を図った。また、2013年からの2年間、時限的に観光税(宿泊)の税率を引き上げることで財源を確保し、観光振興に取り組んだ。

4‐2・「バランスの取れた都市」(2015〜)

―住民中心、生活の質を第一
 成長を続ける都市アムステルダム市は、2015年に『バランスの取れた都市(Stad in Balans)』開始文書を公表した。人口は毎年平均1万人増加、宿泊客数は2008年から2014年の間に450万人から720万人へと増加する中で、ホテルベッド数の不足、民泊の増加(違法を含む)等に伴う住宅不足、住宅・賃貸価格の高騰、混雑や迷惑行為の増加などが発生。アムステルダム市は、成長に伴うジレンマや緊張感を抱え、社会のバランスが崩れ、分断につながることを懸念した。同文書は、「成長と生活の質」の新たなバランスを模索する第一歩であり、アムステルダム市の今後の進路として「まちが住民、企業、訪問者にとって魅力的であり続けること」を掲げた。都市そのものを拡大することで、訪問者を分散させ、周辺の都市開発を刺激しようとした。世界的に観光の成長が見込まれる中で、リピーターと質の高い観光客に焦点を当て、訪問者を空間的および時間的に分散させることに焦点を当てて取組を行っていった。
 その後の2019年には、『バランスの取れた都市2018‐2022』実施プログラムが公表された。同文書では、最初に「訪問者は大歓迎ですが、中心となるのは住民です。」と考えが明確に述べられている。副題の通り、生活の質とホスピタリティの間の新たなバランスを意識しているが、そのバランスを見つけるために「再び生活の質を第一に考える必要がある」としている点が、「成長と生活の質」のバランスを掲げていた開始文書時との違いと言えよう。それまでの政策は、観光客数を減らすことや、観光産業の成長に歯止めをかけることを目的とはしておらず、「市内の他の需要とのバランスを取ること」を目的としていた。観光客の分散は、市街地への圧力を軽減することを目的とし、より多くの観光客を継続的に誘致するという根本的な現状に挑むものではなかったと後に評価する研究もある(Kuenen et al., 2023)。
2018年以降は、同年12月にアムステルダム国立美術館前の「I amsterdam」モニュメントが撤去され、2019年3月にAmsterdam Marketing がAmsterdam & Partnersへと改名され、誘客プロモーションではなく、周遊促進や迷惑行為の軽減などを目的とした活動に今まで以上に重きを置くなど、対策強化が図られた。

4‐3・「シティセンターアプローチ」(2020〜)

―包括的な対策
 シティセンターアプローチ(Aanpak Binnenstad)は、2020年5月に発表され、同原則を反映した実施プログラムが同年12月に議会で採択、2021年から開始された。シティセンターアプローチは、バランスの取れた都市(シティインバランス)とシティセンターアプローチの取組を統合したものである。短期及び長期の両対策とビジョンから構成される。市中心部の課題を広範にまとめて扱うとともに、優先順位を設定し、的を絞った対策によって市中心部を強化することを目的とする。同プログラム書は、市内中心部での既存の連携先、住民団体、事業者、不動産オーナー、文化・教育機関等とのパートナーシップにより共同で作成された成果物であり、ガイドラインでもある。野心(Ambitie)では、「市中心部は、再びアムステルダムの全ての住民が来るのを楽しみ、住民が家にいると感じる場所にならなければならない」「私たちはオープンで国際的な都市中心部として国内外からの訪問者を引き続き歓迎するが、それは彼らが私たちと同じ基本的価値観を支持している場合に限る。」(太字は筆者による)と、コロナ禍前の「バランス」、「住民中心」「生活の質を第一」から一歩踏み込んでいる。
 6つの優先事項「1機能の混合(融合)と多様性」「2管理と執行」「3価値ある観光経済」「4文化的多様性と近隣地域のアイデンティティの強化」「5より多種多様な住宅供給の促進」「6公共空間における居住空間と緑の増加」に対して約80のプロジェクトが毎年実施されており、毎年3つの観測結果を報告しながら進められている。

4‐4・観光経済ビジョン(2020、2022)

―イメージ、自由の解釈、価値観
 コロナ禍にアムステルダム市では2つの観光計画が策定された。『ビジョン2025 アムステルダムの観光経済のリデザイン』(Amsterdam & Partners, 2020)と『観光経済ビジョン2035』(Gemeente Amsterdam, 2022c)である。後計画は、2022年に報告された年間宿泊数の最終暦年(2024年)の予測値が信号値を超えたことから、そのための措置として、同年11月にまず策定されたものである。
早期の具体的な行動や個々の対策が望ましい結果につながるわけではなく、対策の総和が重要、との考えからまずビジョン作成が行われた(Gemeente Amsterdam, 2022b)。同時に観光宿泊施設(ホテルのキャパシティマネジメントにも言及)と、迷惑行為・オーバーツーリズムに関する提案文書も公表された。2024年からは、シティセンターアプローチとビジターエコノミープログラムの2つが実施されている。
 計画に話を戻すと、両計画に共通する特徴は、①アムステルダムの自由とは何かを再定義していること、そして、②自分たちが望むことと取り除きたいこと、望む観光と望まない観光を明確に区別し明示していることである。前計画では、「観光客がいなければ、街のバランスも崩れてしまいます」とバランスに対する認識を示すとともに、消費単価の高い「質の良い観光客」という用語を捨て「価値ある観光客」(=自分たちの独自の価値観、性格、アイデンティティのために訪れ、自身で価値を付加する観光客)に積極的に焦点を当てるとする。また、後計画では、アムステルダムをより良い街とし、住民にとってのプラスとなる変化は、住む人、働く人、そして訪れる人に対しても魅力的に映り、新しい訪問者を引き寄せる。「魅力的な都市」が抱えることになるパラドックスに対処するという明確な意思表示もされている。迷惑行為や過密状態に対処するには介入が必要とし、街を住みやすい場所に保つためには、無責任な成長ではなく制限を選択する必要があるとのことである
(DutchNews, 2022)。

5.条例に基づく措置

 観光条例では、講じる措置として選択肢が明記されている【図5】。ここでは、宿泊数に基づく対応に絞って、前後の周辺情報も合わせて整理する。

5‐1・宿泊施設に対する規制

 アムステルダム市では、近年、観光宿泊施設に対して、新規建設や既存施設の収容力拡大を阻止するための措置を講じる、厳格な宿泊施設政策を取っている【表1】。開発エリアが指定されており、『宿泊ポリシー』では、ホテルのコンセプト、近隣地域への関与、持続可能性、社会起業家精神に関して厳しい条件が定められている。近年の宿泊施設の収容力の状況は【図6】の通り。追加情報として、アムステルダム市の宿泊施設の収容人数は、2010年からの2022年の12年間で約43000増加。アムステルダム都市圏(市を除く)でも宿泊施設の収容人数は、同12年間で約12000増加した。アムステルダム市の客室稼働率は80%以上(コロナ前)である。アムステルダム市の宿泊客数のうち、民泊の宿泊客数は減少、抑制状態にある。

 当初は、不足する宿泊施設を補うとともに、多様な宿泊施設を提供し、地元の生活を味わう滞在を提供するという役割を果たしていた。その後は宿泊規制等により、市内での宿泊数は規制されているものの、周辺自治体で宿泊施設が増加し(ウォーターベッド効果)、そのことにより日帰りでアムステルダムを訪問する観光客が増加するのではないか。同時に、迷惑行為やオーバーツーリズムが他地域に転移しないかが懸念されている(Gemeente Amsterdam, 2022a)。

5‐2・観光税の税率引き上げ

 アムステルダム市の観光税(Toeristenbelasting)(宿泊税)は、近年は、短いスパンで条例を改正し税率を引き上げている。現在は、欧州で最も高い税率12・5%である【表2】。
税率引き上げの目的は、地元住民へのサービスに資金を提供することであり、必ずしも人々が市を訪れるのを思いとどまらせることではないという(DutchNews, 2023)。同引き上げの検討にあたっては、市は、税率変更によって予想される影響を事前調査した。同調査レポート(参考文献40)によると、観光税の引き上げは抑制効果がないわけでないが宿泊数に与える影響は限定的で、主に税収増につながると予想された。「税収増加」が目的の場合は、比較的効果的である一方、宿泊数を1800万人以下に抑えるためには、税率を少なくとも現在の3倍以上に引き上げる必要があるとのことである【図7】。結局のところ、ほとんどの観光客がアムステルダム市に滞在する一方で、宿泊者の減少分のうちの半数は、周辺自治体に宿泊しアムステルダム市内を日帰りで往復訪問するため、宿泊者数の減少ほど迷惑行為は減少しない。その中で、税収は他の自治体に流れ込む構図になると同レポートは指摘する。
 別のレポート(参考文献2)でも、「都市での宿泊者による迷惑行為は減るが、都市に来る目的の一つである宴会に伴う迷惑行為は減らない」と指摘されており、「観光税の徴収は確かにアムステルダム市における望ましくない観光と闘うための手段の一つとなりうるが、観光と闘う独立した手段を構成することはできない」と述べる。条例に明記されている「その他の措置」も含めた対策の総和がやはり必要となる。

6.むすびにかえて

最適なバランスを求めて

●様々な空間レベルでの対策

 アムステルダム市が講じることができるオーバーツーリズム対策は、市議会が持つ権限の範囲に限られる。基礎自治体のみで完結することは難しい。
交通、航空など、市域を超えた政策が関連することはいうまでもない。
 より異なる空間レベルに目を向けると、アムステルダム都市圏(MRA)では、2019年にホテルポリシー(参考文献30)を策定するとともに、2022年には、都市圏レベルでも観光収容力を測定している(参考文献6)【表1】。広域レベルでは、積極的に促進を図るところ、バランスが取れているところ、抑制を図るところなどをデータで把握しながら、各地域の特性(DNA)を主軸に観光復興を進めていくこととしている。
 国レベルに目を向けると、オランダ観光協会(NBTC)は、2019年に、国レベルの観光計画『Perspective Destination Netherlands 2030』を策定している。観光地の宣伝から観光地の管理と開発を始めるべきとし、「私たちは共通の利益(=公共の利益)と地域住民を第一に考える」と、その姿勢を明確に打ち出している。国レベルでは、オーバーツーリズム状態にはなく、都市、地域、州のプロフィールと目的に合致する、歓迎したい観光客を選択することが重要と述べる。同計画では、国レベルで地域の特徴とDNAも定義しており、大きな方針転換が読み取れる。

●今後の研究課題と日本への示唆

 アムステルダム市の観光政策、特に「バランスの取れた観光条例」に基づく措置は、2022年の予測結果に基づくものであり、現在進行形の取組であることから、ここではその評価を控え、今後も注視していくこととしたい。
また地域住民、地域コミュニティをはじめとした多様なステークホルダーの関与の具体や、オーバーツーリズムを超えた、地域の魅力再構築の動き、ホスピタリティ産業(HORECA(ホテル、レストラン、カフェ))政策については、今後の課題としたい。
 最後に、日本の状況を踏まえると、客観的データを用いて状態を判定し、観光をより適切に促進していく視点が重要となろう。アムステルダム市の包括的な取組をオーバーツーリズムのためだけの手立てと捉えないで、その調査方法や、対応の仕組みを日本の観光地の状況に合わせて上手く活用していけるかが刻々と変わる環境変化の中で問われてくる。

【謝辞】
 本調査研究の実施にあたり、インタビューにご対応いただきましたアムステルダム市に感謝申し上げます。なお、本稿は、市のオープンデータを中心とした文献資料調査に基づき著者が整理したものであり、その一切に対する責任は、著者が負うものです。

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46) 坪原紳二(2022):アムステルダム市のオーバーツーリズム対策,都市計画論文集,57(1),pp.76-89
47) 坪原紳二(2023):【巻頭言】ポストコロナの持続可能な観光とまちづくり,観光コミュニティ研究,第2号,p1
48) 沼田壮人(2020):第6章アムステルダム、住民生活の優先を明確化した網羅的な政策対応,『ポスト・オーバーツーリズム界隈を再生する観光戦略』阿部大輔
編,学芸出版社,pp.119-134