特集③-4 都市近郊の訪問先としての『新しいスタイルの国立公園』

観光研究部 副主任研究員
那須 將

1.はじめに

 国立公園は、端的には国が指定する自然地域の公園である。国際的には「自然の生物多様性およびその基盤となる生態学的構造、環境プロセスの保護と、教育・レクリエーションの促進を主目的として指定される公園※1」と定義され、自然資源の保護とあわせて、公衆に開かれた園地として利用されることを想定された空間といえる。国立公園の目的を達成するための仕組みは国によって異なり、公園の指定や運営に係る法令規程類、公園区域の土地所有、管理の主体や手法はさまざまである。例として、日本の国立公園は土地の所有に関わらず区域を定めて指定する地域制公園であるが、アメリカの国立公園は管理当局が公園区域の土地を所有する営造物公園として運営されている。
 本邦では1934年に最初の国立公園が誕生し、以降現在までに35箇所の国立公園が指定されている※2。設立以来、国立公園は観光の文脈と密接に関わってきた。近年の事例としては政府が2016年に取りまとめた「明日の日本を支える観光ビジョン」において、日本の国立公園を世界水準のナショナルパークとしてブランド化する指針が示された。また、2023年に閣議決定された「観光立国推進基本計画」においても、先行計画から引き続き、国立公園の魅力向上とブランド化が謳われている。
 日本の国立公園が世界水準の魅力を発揮するにあたり、直接的な競合、すなわち旅行者からみた訪問先としての比較対象となるのは、世界各国の国立公園である。一方で、当財団は受託業務を通して海外の国立公園について調査する機会を得てきたが、その際に目にする情報はアメリカ、オーストラリア等の国立公園が中心であり、取得可能な情報が一部の国に偏在している感覚があった。他方、個別的な事例に目を向けると、小林(2014)はフランスにおける国土整備・地域振興政策の中で、一定の地理的・歴史的共通性を持つ地域が指定され、複数の自治体および関連機関により運営される「地方自然公園制度(Parcs de naturel regional)」が誕生したことを報告している※3。また、昨年度に視察を行ったスイスでは2007年以降の法整備により、従来は営造物制の国立公園を所管していた『国家重要公園(Parcsd’importance nationale)』の枠組みに、地域制公園である『地域自然公園(Parcs naturels régionaux)』と『郊外自然公園(Parcs naturels périurbains)』が追加される等、政策上の新たな展開がみられた。※4
 これらの事例においては、公園単位での改善に留まらず既存の公園制度そのものを変更することにより、観光を視野に入れた自然地域の管理運営のためのシステムとして、国立公園を積極的に活用するといった方向性が示唆される。各国の国立公園に係るこのような知見は、世界水準のナショナルパークを目指す本邦の国立公園施策においても有益なものと考えられる。そこで、今年度の視察ではオランダの国立公園に着目し、事前調査としてオランダの国立公園政策の展開について整理した上で、現地視察としてハーグ市近郊の国立公園候補地域を訪問した。
 なお、本稿で取り上げる制度や計画等の名称には、オランダ公用語以外による表記が確立されていない語句を含む。上記『国家重要公園』のように、本稿のうち二重かぎ括弧を付した語句は筆者による仮訳であり、対応する日本語が公的機関等により確定されていない語の訳出が含まれる点に留意されたい。

2.国立公園政策の展開

 オランダの国土面積は4万1864平方キロメートルであり、広域自治体である12の州に区分されている。※5・6九州と同程度の国土に、21箇所の国立公園(Nationaal Park)が指定されている。※7本稿執筆時点におけるオランダの国立公園の根拠法は、2024年1月に発効した『環境法(Omgevingswet)』であり、同法において国立公園は『重要な自然科学的または景観的性質を持つ地域』と定義される。所管省庁であるLVVN※8大臣が公園指定の権限を有し、指定に係る基準は同法の規則である『2024‐2030 年の国立公園指定に関する政策規則(Beleidsregel aanwijzing Nationale Parken2024 – 2030)』に整理されている。 
 21公園の名称および指定年は右下掲表の通りである。指定年に着目すると、大きく1930年から1950年までの期間と、1989年から2006年までの期間、および2018年以降の期間に、国立公園の指定が行われていることが分かる。このことはオランダの国立公園政策の展開経緯に関連しており、指定が行われたそれぞれの期間を指してNationaal Park 1.0/2.0/ 3.0と表現する文献もみられる。※10
 既在文献によると、第一の期間には自然保護区等の3箇所が国立公園としての指定を受けたものの、その動きは民間団体が主導し、政府は国立公園候補地域の選定や公園指定には消極的であった。第二次世界大戦の終戦後には農業的価値の低い半自然地域が保護区の指定を受けたものの、戦災復興と農地拡大が優先され、自然や景観の保護は優先課題とみなされなかった。※11
 続く第二の期間において、オランダは1969年にIUCN※12に加盟した。また同年のIUCN決議において、国立公園が満たすべき基準が整理された。加盟国としてIUCNの定める基準に沿った制度を導入する必要が生じたオランダ政府は、国立公園制度の整備を進めるとともに、検討委員会を設置して国立公園の候補となる地域の検討を行った。1975年、検討委員会は生態学的価値に基づく国立公園の設置について答申し、これを受けた政府は1989年から2006年にかけて18箇所の国立公園の指定を行った。※13

 上記のように国立公園制度の設計と指定が進む一方、オランダでは1990年代以降、自然政策分野を含む国の政策全般において地方分権・地域化が進行し、国立公園についても関係者の自発的な参加と、利害関係者の協議に基づく運営体制への移行が図られた。※14 2007年には関係法令の改正と統合により、国立公園の指定は国、公園計画やプログラムの承認は州が実施する体制が構築された。さらに2013年には、各公園に設置された『協議組織(Overlegorgaan)』の運営、『管理‐開発計画(BIP:Beheer-en Inrichtingsplan)』の推進と達成、運営に係る財政の責任が、政府からそれぞれの公園が所在する自治州へ移管された。このように国立公園行政の「小さな政府」化の進展を経た後に、現在まで続く第三の期間が始まることとなる。

 2014年にオランダ国会下院において、政府に対して、『新しいスタイルの国立公園(Nationale Parken Nieuwe Stijl)』の検討を求める動議が提出された。下院からの要請を受け、政府は2015年から2018年までの政策プログラム『世界クラスの国立公園を目指して(Naar Nationale Parken van Wereldklasse 2015 -2018)』を策定するとともに、2016年には同プログラムの推進を目的として、政府を含む14の利害関係者が『国立公園協定(Nationale Parken Deal)』 を締結した。協定の締結に係る官報には、取り組みの指針に係る事項として上記(カコミ)の記述がみられ、『新しいスタイルの国立公園』の目指す方向性をうかがうことができる。
 2016年以降、政府および『国立公園協定』の参加者による議論を経て、新たな国立公園の指定基準が整理される。並行して、オランダ国内の3地域で国立公園の新規指定を目指す動きが進展し、運営体制の構築、必要な計画や文書類の作成が行われた。政府は各地域から提出された申請文書を審査し、2018年にNationaal Park Nieuw Landを、2024年にVan Gogh Nationaal Parkを、それぞれ新たな国立公園として指定した。

3.現地視察:Hollandse Duinen国立公園

 事前調査の結果を踏まえ、今回の視察ではハーグ市近郊に位置するNationaal Park Hollandse Duinen(NPHD)を往訪した。NPHDは南ホラント州の北海沿岸に位置する国立公園の候補地域であり、47㎞にわたる海岸線から内陸部にかけての約450平方キロメートルを公園区域とする。
その範囲は南ホラント州下の14の基礎自治体にまたがり、域内には約100万人が居住する地域制公園である。
 2015年以降の『世界クラスの国立公園を目指して』に係る取り組みの一部として、2018年に政府の主導により、「オランダで最も美しい自然保護区」の投票が実施された。13の最終候補のうち、NPHDは3位に選出され、政府から最大30万ユーロの開発整備予算が与えられることとなった。
投票への参加に前後して現地では国立公園指定に向けた動きが活発化し、2022年には国立公園の指定を求める申請書が、NPHDから政府に提出された。同申請については政府により保留の判断がなされたものの、NPHDは2024年9月に、現行の要件に準じた修正申請を提出している。
 NPHDにおける主たる風景の一つは、北海沿岸部の砂丘である。海岸から内陸に向けていくつかの段丘を形成する砂地の上には、その微地形に応じて草本、灌木、疎林などさまざまな植生が分布する。
 海岸一帯も公園区域に含まれているが、一部の区域については19世紀以降現在まで、海浜リゾートとしての利用がなされてきた。歴史的建造物であるクアハウス等を中心に、飲食、宿泊、娯楽等の施設が集中的に整備されており、一見すると国立公園とは思われない区画についても、NPHDの公園区域に含まれている。
 公園区域は沿岸部だけでなく、内陸側の都市域にも設定されている。ハーグの森(Haagse Bos)はデン・ハーグ中央駅至近に位置する面積100平方メートル程度の緑地帯であり、中世に貴族の私設狩猟地として保護を受けたのち、さまざまな開発圧に晒されながらも、森林として維持されてきた。
全域がNPHD公園区域の一部であり、域内ではハーグ市当局等の関係組織により、公共緑地としての再整備や、NPHDビジターセンターの建設が進められている。
 ここで海岸部に再び目を向けると、海に接した砂質土壌の地下には海水が浸透し、比重の小さい真水は海水よりも地表近くに滞留する。このため、雨水や河川からの真水の流入量と採水量を均衡させることにより、砂丘は採水地として機能する。NPHDでは19世紀から現在まで、水道会社であるDunea 社が採水を行い、近隣都市圏に上水を提供してきた。
 同社はNPHD内で採水地となる3地区を直接管理しているが、自社の事業に関わる区画の管理に留まらず、NPHDの国立公園指定に向けた組織形成、計画策定等で主導的な役割を果たしてきた。公園内では同社により整備されたと思われる標識、案内板、休憩所、無料の給水設備などの施設が複数みられる。また過去に使用されていた給水塔は、砂丘部におけるランドマークの一つとなっている。

4.まとめ

 オランダの国立公園は1930年に始まり、政府による本格的な制度設計と公園指定は、1960年代から2000年代にかけて行われた。政府の権限・責任の段階的な縮小を経て、国立公園の新たな位置づけが模索される中で、2010年代からは『新しいスタイルの国立公園』を目指す施策が展開された。ここでは国立公園地域の持続可能な保護と発展、従来の「チューリップと風車」に匹敵する国家的イメージの確立、旅行目的地としての魅力向上による郊外地域の発展などが企図されており、観光による地方創生の文脈の中で国立公園の魅力向上とブランド化を目指す日本の取り組みとは一定の相似性がみられる。一方でオランダにおいては施策指針の変更に留まらず、関連する法令規定類や指定に係る基準など、既存の国立公園行政の枠組みについても改善を図ることにより、ダイナミックな施策展開がなされていると考えられる。とりわけ国立公園の従来的なイメージの刷新(リブランド)については、今回の視察時点で既に一定の効果が感じられる状況であり、今後の『新しいスタイルの国立公園』の展開・成熟に伴って、さらに大きな進展が見込まれるのではないか。
 『新しいスタイルの国立公園』としての指定を目指すNPHDでは、民間水道事業者であるDunea社を筆頭に、官民連携による総合的な協働管理手法が確立されていた。計画文書によれば、NPHDの運営には50を超える利害関係者が参加しており、公園内の事業実施にあたっては各組織からの投資による予算調達も含めて、利害関係者の協働が前提となっている。情報発信や計画策定などの取り組みだけでなく、各種施設についても高い水準で整備されており、民間の主導による広範なパートナーシップによって、ソフト・ハード両面への積極的な投資がなされている状況が示唆された。Dunea 社は公園区域内に採水地を有することから、高品質な水源の維持、ならびに自社のブランド向上の観点から、NPHDの国立公園指定に対して高いモチベーションを有するものと推察される。他方、それぞれの関係者がどのような動機を持って国立公園指定という目標に賛同し、NPHDの運営に参画しているのかについては、今後さらに研究すべき課題である。
 また、今回の視察では国家的な枠組みとしての国立公園制度と、地域における実装の状況という2つの視点から調査を行った。他方、国立公園は人々に開かれた空間であり、利用者の動態や体験といった側面についても整理が必要である。大きな変化の途上にある『新しいスタイルの国立公園』について、その動向と成果を継続的に把握することを通して、オランダと同様に協働型の管理運営を想定する日本の国立公園にとって有益な知見を得ることが期待される。

<脚注・出所>
※1 …IUCN(2012): 保護地域管理カテゴリー適用ガイドライン:
https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/PAPS-016-Ja.pdf
※2 …2024年11月時点
※3 …小林国之(2014):フランス農村振興政策における地域振興主体としての地方自然公園制度の
意義,北海道大学農經論叢,69,pp1-12
※4 …那須將(2024):スイスにおける自然地域の保護制度(公益財団法人日本交通公社
『観光文化 第260号』),pp22-24
※5 …外務省:オランダ王国,https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/netherlands/data.html
※6 …本稿では同国のカリブ海領土および旧特別自治領を対象としない。
※7 …2024年11月時点
※8 …蘭)Ministerie van Landbouw, Visserij, Voedselzekerheid en Natuur, 英)Ministry of
Agriculture, Fisheries, Food Security and Nature
※9 …CLO(2022): Nationale parken, 2022:
https://www.clo.nl/nl131410 および政府官報(Staatscourant 2024, 32539)を元に作成。
ただしNoは本稿執筆時点の国立公園に対して指定年に基づき筆者が付したもので、左記出典
によらない。
※10…G.M. Leltz et al (2022): Nationaal Park 3.0: LANDSCHAP 39(3), pp143-151
※11…Joks Janssen (2009): Protected landscapes in the Netherlands: changing ideas and
approaches: Planning Perspectives 24 (4), pp 435-455
※12…International Union for Conservation of Nature and Natural Resources / 自然及び天然
資源の保全に関する国際同盟(通称:国際自然保護連合)
※13…Hans Renes (2011): THE DUTCH NATIONAL LANDSCAPES 1975-2010:
POLICIES, AIMS AND RESULTS: Tijdschrift voor Economische en Sociale Geografie
102(2), pp236-244
※14…Alwin Gerritsen & Marcel Pleijte (2006): National Parks in the Netherlands: a policy
arrangement on the brink of change: Paper for the International Conference Civil
Society and Environmental Conflicts, pp1-13
※15…Koninkrijk der Nederlanden (2016): Staatscourant 2016, 16774: https://zoek.officielebekendmakingen.nl/stcrt-2016-16774.html / 取り組みの指針に係る箇所から一部を抜粋
し、仮訳。