観光を学ぶということ

第23回 東京農業大学 地域創成科学科

地域デザイン学研究室

人と自然が共生する豊かな暮らしをデザインする


町田怜子(まちだ・れいこ)
東京農業大学地域環境科学部地域創成科学科教授(博士(造園学))。2002年4月東京農業大学大学院造園学専攻博士後期課程入学。2003年9月〜2月スイスチューリッヒ連邦工科大学(ETH)アカデミックゲストとして留学。2004年4月〜2009年3月財団法人自然環境研究センター研究員。
2013年9月から東京農業大学地域環境科学部造園科学科嘱託助教。2017年4月東京農業大学地域創成科学科助教。
2018年10月から東京農業大学地域環境科学部地域創成科学科准教授。2022年4月から現職。著書に「探検!発見!わたしたちの地域デザイン」(東京農大出版会、2024年)

1.東京農業大学と観光

 東京農業大学は1891(明治24)年に創設され、東京都世田谷と神奈川県厚木、北海道オホーツクの3キャンパスに6学部23学科があります。
 東京農業大学の教育は、建学の祖である榎本武揚先生の唱えた「セオリー(理論)とプラクティス(実践)による教育の重要性」や、初代学長横井時敬先生の「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」の教育理念にあるように、豊富な現場での実践・実習教育が特色となっています。
 観光に目を向けていると、観光は地域を支える産業の一つであり、近年「サステナブルツーリズム」と呼ばれる「地球と地域の持続可能性に配慮する観光」の重要性が増しています。
 東京農業大学でも多様な学部・学科で観光の教育研究に取り組んでいます。私が所属する地域創成科学科に加えて、造園科学科、国際食料情報学部(国際農業開発学科、食料環境経済学科、アグリビジネス学科、国際食農科学科)、オホーツクキャンパスにある自然資源経営学科、厚木キャンパス農学部でも実践されています。
 私たちの研究室では学内での観光を通じた研究交流も行っており、2024年はアグリビジネス学科鈴村源太郎教授に、新潟県妙高を対象にした「教育旅行」や「グリーンツーリズム」の特別ゼミをしていただき、本研究室のゼミ合宿が実現した。

2.地域創成科学科で地域を学ぶ

 私が所属する東京農業大学地域環境科学部地域創成科学科は、「地域づくりの担い手育成」を目指し2017年に誕生しました。地域創成科学科は地域環境科学部の森林総合科学科、造園科学科、生産環境工学科に加わった新学科となります。

 「地域創成科学科」は学科名に「創生(初めて創る)」ではなく「創成(あるものを組み合わせ新しいものを創り上げる)」を使用しています。その理由は、当学科が目指す地域づくりに、「地域が持つ土地、自然、文化などを基盤に、地域にある資源を上手に組み合わせ直し、新しい価値を創出した地域再生」という想いを込めました。
 当学科の教育カリキュラムは、地域の資源を幅広く活用できる人材を育成するために、土木学(農業土木・防災)、生態学、環境科学(土と水)、地理情報システム学、造園学、観光学、経済学、社会科学の総合的な学問領域で構成されています。そして、多くの実習を通じて学生と共に現場に足を運び、地域創成を多面的・多角的に思考できる人材の育成を目指しています。
 学年ステージに合わせた教育カリキュラムをご紹介すると、1年前期の「地域交流実習」では、地域を捉える基本的な調査手法や現場でのヒアリング技術を学びます。続いて、1年の後期から2年の前期にかけて、地域を分析するための専門技術を学びます。具体的には景観調査、造園デザイン基礎、社会科学調査、動植物調査、土壌・水質調査、地形の分水嶺調査などを行っています。
 2年生からは1年間かけて世田谷区内の農の風景育成地区を対象に、社会科学・自然科学の視点から分析しビジョンを構築するプランニング実習を行っています。3年生からは、研究室に入室し卒業論文に取り組み始めます。

3.鈴木忠義先生の観光学をもとに

 私は地域創成科学科の3年後期の観光の講義「文化産業観光計画学」を担当しています。私の観光学の講義は、東京農業大学造園科学科で教鞭をとられた鈴木忠義先生の観光学を基盤としています。鈴木忠義先生から教えていただいた「教育の要点は長所を発見するところで、欠点をあげつらうことではない、地域計画も教育もどちらも同じことだ」は私の教育研究の原点となっています。
 私の講義は、鈴木忠義先生の歴史上の社会現象から観光の本質に迫る「なぜ人は旅をするのか」の問いから始めます。
 その後、観光施策と具体的な観光事例を紹介しながら観光学の学びを深めます。国立公園の事例では阿蘇や富士山、屋久島。農山村の事例では九州黒川温泉、山梨県北杜市の山を守るトレイルランニング大会「スリーピークス八ヶ岳トレイル」、群馬県川場村、世界農業遺産に認定された伊豆のわさび田、ドイツやスイスのグリーンツーリズム、そして、都市観光の事例を学生に紹介しています。さらに、鈴木忠義先生の思考の枠組み、地域づくりの構造をもとに、学生が重ねの理論で観光計画を策定することが単位取得の課題となります。
 加えて、学生には観光現場の声を直接学んでほしいという願いから、石川県里山振興室の「里山里海ビジネス人材発掘出前授業」と連携した講義も行っています。スローツーリズムに係る石川県の取り組み、移住・観光の実践者のビジネスの内容、学生とのディスカッションを行っています。この講義では東京農業大学卒業生で「里山まるごとホテル」の代表、現在は「のと復耕ラボ」代表の山本亮さんに特別講義をしていただいたこともあります。石川県は2024年1月1日に能登地震が発生し甚大な被害を受けました。石川県と本講義でつながっていた学生達は、震災後すぐに能登復興支援の活動を行っています。

4.地域デザイン学研究室の教育研究

 私たちの研究室は地域デザイン学研究室という名称で、研究室名に「デザイン」が付いています。例えば、素敵な建築を見たときなどに「良いデザインだね!」と話したりしますが、地域にも「デザイン」は存在します。私たちは、地域の資源を見つけ、過去・現在・未来から地域を見つめ、どのような地域になったらよいのか、なぜそのような地域になるとよいのか、どうすればそのような地域になるか、その目標を考え、目標を皆で共有し計画を立てて、実現することを「地域デザイン」と呼んでいます。
 具体的には、地域の豊かな自然資源や優れた文化資源を有効に活用し、適正な産業資本や社会資本を投資しながら、安心・安全で、元気な地域を再生するために、地域らしい生業を創成するための地域振興、環境計画、交流連携、保全管理等に関する実学を研究しています。
 地域デザイン学研究室は、入江彰昭教授(博士(造園学))、森林経済学が専門の茂木もも子准教授(農学博士(農学)博士)と私の3名で運営しています。研究室は3年生26名、4年生26名、大学院生5名が在籍する大所帯です。地域デザイン学研究室のゼミでは、各施策・白書の輪読に始まり、夏休みには現場に入るゼミ合宿を学生が企画し地域計画の提案をしています。その後、緑地設計の演習、「リサーチ・デザイン」(田村正紀著 2006、白桃書房)を輪読した後、文献ゼミを行い、卒業論文に取り組みます。卒業論文は主担当の教員が担当しますが、文献ゼミ等や卒論の進捗発表会は研究室全員で行っています。
 地域デザイン学研究室の研究フィールドは、福島県鮫川村、群馬県川場村、茨城県阿見町、千葉県いすみ市、熊本県阿蘇、山梨県北杜市、山梨県・静岡県富士山、神奈川県伊勢原市、石川県能登半島など多岐にわたります。
 研究テーマとして、国立公園の利用やファンツーリズムなどのニューツーリズムの観光に関する研究に加えて、農福連携、伝統産業、有機農業、環境教育、グリーンインフラなど幅広いテーマを扱っています。学生は卒業後、環境省や農林水産水省などの省庁、県庁や市などの地方公務員、星野リゾートや総合建設コンサルタント、公園財団、鉄道会社、地方銀行、JAなど幅広い職種で活躍しています。

5.最近の研究から

 私の研究フィールドの一つは学生時代から続く熊本県阿蘇の草原です。阿蘇の草原は野焼き、放牧・採草、輪地切り(防火帯)など一連の人の営みで維持されています。そして、2024年に国立公園指定90周年を迎えた歴史のある国立公園です。本稿では学生と共に取り組んだ最近の阿蘇の研究活動を紹介します。
 阿蘇を卒業論文テーマに取り組む学生は、阿蘇グリーンストック開催の講習会に参加して野焼きを体験し現状を学びます。そして、草原の伝統的な管理を継承するため、新たな草原利用の価値を創出し、草原の恵みを持続的に享受できる仕組みを考えています。
 これまで阿蘇に関する卒業論文のテーマとして、「風景地保護協定制度に対する認識と課題〜阿蘇国立公園を事例として「阿蘇の神楽文化の継承と地域コミュニティ(2021)」に取り組みました。
 2022年からは、「草原ライド」と呼ばれる阿蘇の草原内を電動アシスト付き自転車(e-bike)でめぐる草原アクティビティに関する研究も始めています。草原ライドに着目している理由として、①草原ライドが野焼きで重要な輪地切(防火帯)された場所などをコースとして利用している点、②通常立ち入れない牧野内を草原ガイドと共に楽しめる点、③草原ライドの参加料の一部は牧野組合に納付される点です。つまり、草原ライドは草原の維持管理とアクティビティがつながる新しい草原活用であり、従来の車で楽しむ草原観光に比べて自分の足で草原を満喫する環境にやさしいサステナブルツーリズムとも言えます。この草原ライドを活用した取り組みは、世界的に評価され持続可能な観光地の国際的な認証団体である「グリーン・デスティネーションズ」から「世界の持続可能な観光地100選」に選ばれています。
 学生との研究では「阿蘇くじゅう国立公園の二次的草原を活用した地元観光ガイドの現状と課題(2022)」、「牧野道を活用した草原ライド参加者の草原保全の意識に関する研究(2023)」に取り組みました。その結果、私たちの研究では、観光客が草原ライドで草原の魅力を体感することにより、野焼き、採草、畜産等の草原と人とのかかわりへの理解が深まること、そして、担い手不足が深刻な野焼き、輪地切等の草原保全活動の新たな担い手になることが期待されました。
 また、草原保全の新たなインセンティブを目指して、トヨタ研究財団から助成をいただき、「半自然草地の保全にむけた炭素主流化によるカーボンオフセット創出温帯域最大の野焼き草地・阿蘇での検証」のプロジェクトを東京農業大学の土壌学加藤拓教授、森林生態学今井伸夫教授、植生学の山田晋教授、環境情報学下嶋聖准教授、茂木もも子准教授と共に取り組んでいます。このプロジェクトではカーボンクレジットの仕組みを構築するために、自然資源管理と安全管理の認識から「阿蘇くじゅう国立公園における牧野組合の野焼き支援ボランティアの導入要因(2023)」を調査し、地域や野焼きに関わる人にクレジットを還元する仕組みの構築も検討しています。

6.地域と共に創り上げていく観光を目指して

 私の卒業論文、修士論文の教育研究は、すべて地域の皆さんのご協力・信頼関係があってこそ実施できています。学生は卒業論文や修士論文を通じて、論理思考力や学術的知見を習得し地域への愛着を深めていきます。学生は「この地域のために自分の研究を頑張るぞ!」という使命感を研究のやる気スイッチにしています。研究を通じて地域の現状と向き合い、様々な現場の声を聞き、データと向き合い、地域に進捗報告繰り返しながら研究論文を作り上げていくプロセスの中で、学生は地域への深い感謝の気持ちと共に大きく成長していきます。
 私は研究を通じて地域の皆さんと一緒に学生を育てさせていただき、学生が成長して大学での学びや地域での出会いを誇りに、自信をもって社会に飛び立ってくれる姿を見るときが、一番の幸せを感じる瞬間です。
 地域デザインの良いところは、自分たちで目標を決めて自分たちの手で未来を創ることができる点です。その中で、特に風景や観光に関しては「どんな地域になりたいのか?」「どんな人と一緒に地域を創っていきたいのか?」というまちづくりの目標・ビジョンを立場の異なる人とも共感しやすく、地域デザインの目標像になります。これからも学生と一緒に、地域と共に創り上げていく観光「環境・社会・経済の調和を保ち地域全体を豊かにする観光」を目指して教育研究を頑張っていきたいと思います。