観光を学ぶということ
ゼミを通して見る大学の今
第20回長野大学環境ツーリズム学部

熊谷ゼミ
学生が自らの成長を楽しむ最も重要な場

1.環境ツーリズム学部とゼミの位置づけ

 長野大学環境ツーリズム学部は、社会学をベースに環境(資源)、観光、地域社会(コミュニティ)・地域ビジネスが融合した教育研究を目指しており、教室での座学だけでなく、地域の多様な現場で体験的に学ぶフィールドワーク型の学修に特徴を置いている。
その学びは、過疎化・高齢化が進む地域の課題を題材に、本学が立地する信州の学海とも称された地域の在野知と大学の専門知の連携研究や地域協働型教育によって実現を図るもので、その中心的な科目がゼミナールである。
 ゼミは全学年で展開されており、1年生はアカデミックスキルの向上と学部の専門的学びの準備、2〜3年生は前述した環境、観光、地域社会等を各々専門とする教員の「専門ゼミ」に属して地域現場での体験型学びを行い、4年生ではその延長上に卒業研究をまとめるカリキュラムとしている。ゼミは、本学の建学の理念である「清爽な自然環境を活かした理想的教育研究の場の建設」「少人数教育により人間的接触を深め、全人的人間形成」「地域社会との密接な結びつきにより、学問理論の生活化」を実現するものとも換言でき、学生が地域の中で成長し、地域社会から成長を認められるとともに、自らの成長を楽しむ最も重要な場でもある。

2.専門ゼミのテーマと運営方針

❶ 専門ゼミの運営概要
 専門ゼミにおける熊谷ゼミのテーマは、教員の専門、研究テーマ等に基づき「観光・交通・景観まちづくりとそのプランニング」と設定している。教員は、長らく観光・景観政策研究や、自治体等の計画・設計の業務に携わってきた実務家教員であり、この実績と人的ネットワーク等を活かすゼミである。専門ゼミは通年履修科目であり、私のゼミは週1回、2限連続を基本に開講している。
 過疎化・高齢化が進展する長野県においては、交流人口、関係人口を増やし地域創生を図っていくことが重要課題となっており、本県の卓越した観光資源を生かして、観光関連産業のさらなる育成と、そのベースとなる観光まちづくりが不可欠である。一方で、スキー場を中心とした従来型の観光事業や観光まちづくり現場では、観光客ニーズへの対応の遅れ、事業継承者不足等の多くの課題を抱えている。
 こうした観光地域に立地する大学・観光系学部の一つとして、観光事業や観光まちづくりの現場に近いロケーションを生かして、実際の地域組織と連携した学修(教育)と研究、地域貢献を渾然一体となって進めることを私のモットーとしており、専門ゼミはその中心的な取組の場として注力している。
 専門ゼミ(4年生は卒業研究ゼミと称するがこれを合わせて)に限ってみても、熊谷ゼミ生は60人程度と大所帯となっている。一方で専門ゼミの延長上で卒業研究に取り組むことが望まれる。こうしたことから専門ゼミは、図1に示すように、①全体ゼミ、②チーム学修ゼミ、③個人研究の3つから構成し、正課の授業においては①②を中心に組み合わせている。①全体ゼミは、熊谷ゼミの大テーマの下、年度毎に設定している具体的なテーマ(最近2年は「エリアリノベーション」)に沿って、教員または外部講師による情報提供を行い、それに基づく意見交換や、長野県および近県を対象地とした先進地フィールドワーク(写真1)を実施するほか、②チーム学修の成果共有等を行っている。

❷ 観光まちづくり現場でのチーム学修
 専門ゼミの中心的な学修の場が②チーム学修である。図2に示すような地域協働学修の一部または全体を通年で展開する中で、地域課題を客観的・論理に捉え、その解決に向けたクリエイティブな企画・計画を立てる知識や手法を実体験的に学ぶとともに、観光まちづくりに必要なコミュニケーション能力や表現力等を養っている。また、実際に観光の実態やニーズを把握するための調査結果提供や、社会実験、イベント開催、旅行商品やカフェメニュー等の商品開発・提供、古民家等のリノベーション協働、情報発信等の実施・協力を通して、地域の観光まちづくりに少なからず貢献することで、学生はまちづくりの意義を実感するとともに、地域とのギブ・アンド・テイクの関係を築いたり、その企画や行動を認めてもらい成長を感じる機会とすることを目指す。
 このチーム学修は、本学が立地する上田市、上田地域定住自立圏およびその周辺地域において、毎年度5〜6チーム編成している。ゼミ生は、ゼミの2〜3回に1回ほどの頻度で地域協働学修の現場に赴いて関係者の話を聞き、地域組織と連携して多様な調査や事業を行っている。このようなゼミの内容から、正課外の休日の活動時間も少なくない。教員としては、ゼミの教育効果を高めるため、地域協働学修の連携先である観光事業や観光まちづくりのリーダーとの信頼関係の構築、教育方針やチーム学修ゼミの狙い、内容のすり合わせに苦心している。
 なお、こうした連携先のリーダーの皆さんは、当該地域と観光事業に自負と自信を持ち、強い信念を持ってまちづくりに取り組んでいる方々であるとともに、人生経験豊かな方々でもある。
地域協働学修を通してこのような方々と日常的に交流し、観光まちづくり現場での今日的・未来的な課題や社会潮流を知ることで、卒業後のキャリア形成にもつなげられる。実際に、熊谷ゼミでの地域協働学修を通して対象地域に惚れ込み、在学中(4年生)に地域おこし協力隊員に就任した学生も複数輩出している。また先に示した近年のゼミのテーマである「エリアリノベーション」の学修では、古民家や町屋等の活用の可能性を学ぶ中で、分散型宿泊施設およびまちづくりの全国的なオペレーション企業に職を求め、活躍するような学生も出てきている。
 ここまで堅い前置きのような内容に終始してしまった。以下は具体的な地域協働型のチーム学修ゼミの内容や成果を紹介していきたい。

3.地域協働型チーム学修ゼミの内容

❶ 上田市柳町の観光まちづくり学修
 真田氏の築いた上田城下、北国街道沿道の古い商人町が柳町であり、長い歴史を持つ酒蔵、みそ蔵、ワイナリー直営店、天然酵母を使った有名パン等発酵食品の店舗や工房が建ち並んでいる。
2004年度から導入された街並み環境整備事業等が発端となって徐々に観光対象化し、2018年には市内の定番観光対象と組み合わせた旅行商品化により、一気に観光地化が進展。まとまった駐車場がない柳町に多い日には10台以上の大型バスが来訪する状況になり、観光交通や観光公害の問題が急浮上していた。
 熊谷ゼミでも、2019年度頃より柳町観光振興会や上田市都市計画課等と連携した地域協働学修に取り組んでいる。ゼミ生は、柳町の一角で定期的にご提供いただいているサテライトゼミ室を拠点にして、急激に問題化した観光交通量やその受け皿となる近隣駐車場の実態、観光客の満足度・地域住民の意識等に関する調査を実施。同時に、地域住民からの指導に基づきゼミ生が観光客のガイドを担う「学生ガイド」(写真2)や、日時を限定し道路使用許可を受けて実施する社会実験「路上オープンカフェ」の支援とその効果検証等を通し、観光調査の方法論や観光まちづくりの実践のプロセス、インフラの多目的利用等の政策動向を現場で学んでいる。
 学生の学修成果は、信州上田景観・花と緑のまちづくりフォーラム(2019年度)において学生発表させていただいたり、2022年度には市長提言の場も設けられた。今年(2023年)度は、柳町を含めた城下町一帯が観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業」に採択されたため、歴史資源の掘り起こし、活用可能な空き家調査、観光客のニーズ調査等にゼミ生が関わり、JTB総合研究所等の専門家の指導を受けるなど、より有効な学びを展開しているところである。

❷ 上田市別所温泉柏屋別荘リノベーション学修
 古刹が集積し信州の鎌倉とも呼ばれる塩田平に位置する古湯・別所温泉において象徴的な湯宿の一つであった「柏屋別荘」は、2017年に百年以上続いた営業の幕を閉じ、廃業旅館として放置されていた。新オーナーである東京の信田商事株式会社・信田直昭氏の意向を受け、熊谷ゼミ生が参加し活用のアイデア検討や地域を巻き込むためのシンポジウム等活用の機運づくりに取り組んでいる。また、本施設をゼミ学修の場とすることを通して、コワーキングスペースやMICEのユニークベニュー、サテライトオフィス、サウナ施設等としてリノベーションし利活用するプロセスを実践的に学ばせていただいている。
 本ゼミが対象とするエリアにおいて、空き家や空き店舗、低未利用の公共施設、廃業宿泊施設は増加しており、地域社会に暗い影を落としている。これらを歴史的な資源と捉えてリノベーションし、有効活用する方策が求められてきた。そのプロセスにおいてどのような課題があり、それを解決するためにはどのような知恵や技術、ステークホルダーとの連携が必要か、効率的かつ事業収益も加味したリノベーション手法とはいかなるものか等について、柏屋別荘のリノベーション事業では体験的に学ぶことができている。
 新生柏屋別荘は、昨年(2022年)度、都市環境デザイン会議研究報告会や外務省のラオス国立大学生招聘事業といったMICE事業の誘致に成功し、これらのカンファレンス運営をゼミ生が支援または企画運営するとともに、ゼミの関連学修成果を発表したり外国人と交流する機会が生まれ、学びの幅を広げる機会となった。また観光庁の補助事業として実施した「柏屋別荘活用アイデアコンペ」(写真3)への参加を通して、全国の都市計画専門家の英知を学ぶ機会にも恵まれた。なお柏屋別荘においても、コワーキングスペースの一部をゼミ学修用のミーティングルームとして提供いただいている。

❸ 立科町道の駅を通した6次産業化や地域再生学修
 本学は、地域の産業界や公共公益団体等の多様な主体との連携による研究教育活動と社会貢献を目指して産学官連携に積極的に取り組んでおり、立科町商工会との連携協定は足かけ15年の歴史を紡いできた。その一環として、立科町まちづくり協議会ユーユーたてしな、農事組合法人蓼科農ん喜村と協働したゼミ学修を継続的に実施している。
 特に近年は、農ん喜村が指定管理者として運営している道の駅・女神の里たてしなの活性化や魅力向上を題材にし、道の駅開きのイベントにおける学生企画プログラムの開催をはじめ、隣接する町有施設・耕福館、クラインガルテンを取り込んだ道の駅バージョンアップ計画の策定(写真4)、その実現可能性を検証するためのオープンカフェ等の社会実験に取り組み、その成果を指定管理者に提言・報告している。なお、この取組は、2019年度に国土交通省関東地方整備局が実施した「道の駅」学生コンテストにおいて優秀な活動として表彰されている(この内容は本誌250号に寄稿)。
 その後も毎年秋に開催される道の駅主催の収穫祭において、特産のリンゴを食材としたミニパフェやスムージー、ベーグル等のカフェメニューをゼミ生が発案し、事業者と連携して開発・提供、準備した商品を全て売り切る効果を上げている。これは、商品開発において何回も試作と試食を繰り返し、試行錯誤しながら商品開発を行う学修プロセスや、学生がデザインを学びながら作成したポップやフライヤー等の情報発信が結実したものである。
 本学部の三田育雄客員教授がコンサルタント時代にプロデュースした道の駅・川場田園プラザが、川場村の過疎地域指定脱却の大きな成功要因となったように、道の駅はやりようによって絶大な地域振興効果をもたらす。学生は、道の駅・女神の里たてしなの現場学修と、毎年のように実施する川場田園プラザ等先進道の駅のフィールドワークを通し、6次産業化拠点と観光ゲートウェイとしての道の駅の可能性や、その地域振興の仕組みについて格好の学びを得ている。

❹ その他の観光まちづくり現場における地域協働学修
 熊谷ゼミでは、須坂市峰の原高原におけるペンション村の事業継承やリゾート再生も10年にわたり題材としており、地元観光協会、須坂市、長野県観光機構、Airbnb 等との地域協働学修に取り組んできた。
 また景観まちづくりについては、文化財保護法の重要伝統的建造物群保存地区制度の契機の一つとなった妻籠宿に出向き、妻籠を愛する会幹部との意見交換を行ったり、重伝建選定を目指す小諸市での地域協働学修も継続実施している。
 昨年度産学官協定を締結した三菱地所株式会社の協力による「大丸有」開発や横浜MM 21における都市景観形成、教員が実務として携わった新幹線飯山駅観光交流センター等を教材(写真5)とした、都市景観がテーマのチーム学修もある。
 以上、観光まちづくり現場には、地元事業者やステークホルダーとともに第一線で活躍する専門家、研究者も集っている。これらの皆さんの理解ある指導は、熊谷ゼミの学修にとって欠かせない存在であり、この場を借りて感謝を申し上げる次第である。