特集 観光振興による人口定着を考える

特集① 観光と人口定着の関係性

公益財団法人日本交通公社理事・観光研究部長
山田雄一

地方創生政策において謳われた観光の効果

 今から10年余り前の2014年。日本創成会議は通称:増田レポートにおいて、2010年から2040年の間に、20〜39歳の女性が5割以上減少する896の市町村を「消滅可能性都市」として発表した。
 日本の人口は、2005年に戦後初めて減少し、2008年以降は継続して減少。毎年、大都市レベルの人口が減少する状況となっていたが、その実感は乏しかった。その中で、若年女性の人口に注目することで各市区町村の再生産人口を推計し、中長期的な将来を可視化した本レポートは社会的に高い関心を集めた。
 この増田レポートに合わせるように、政府は2014年11月に「まち・ひと・しごと創生法」を公布・施行し、12月には石破茂氏をトップとした「まち・ひと・しごと創生本部」を設置した。
地方の人口減少に対する政策は過去にも行われていたが、これまでは「日本全体では人口は増えている」状況にあり、都市から地方への人口移動を課題としていた。しかしながら、地方創生においては、国全体の人口減少を前提とし、各地域がそれぞれ自立的な対応が必要であることを示した。その上で、地方の人口定着には、住む魅力のある街、生き生きと暮らす人々、そして、収入が得られ地域経済が育つ仕事という網羅的な対応が必要であるとし、具体的な方向性として観光、農業、高齢者タウン(日本版CCRC)の整備を掲げた。観光が注目されたのは、人口減少社会では、定住人口を増やすことは難しいが、交流人口(関係人口)を増やすことができれば、経済面で地域を支えていくことができるのではという発想である。
 その後、内閣府は、日本社会における観光の可能性に注目し、2016年3月に「明日の日本を支える観光ビジョン」(以下、観光ビジョン)を策定した。さらに、2017年3月には、この観光ビジョンを下敷きに第3次観光立国推進基本計画を閣議決定。2019年には国際観光旅客税を導入し、観光を強力に推進していく体制を構築することになる。コロナ禍によるパンデミックを経て、観光立国推進基本計画は2023年度から第4次へと移行し、この春には第5次計画が始動している。第4次も第5次も、大枠の目標設定は観光ビジョンまたは第3次のそれと変わらないが、より強調されるようになっているのは、質に注目した持続可能性の強化である。
 例えば、第5次の観光立国推進基本計画では、新たに「宿泊業が創出した付加価値額」が目標値として設定されている。その目標値は6・8兆円。2024年時点の4・3兆円比158%であり、達成するには年率で8%程度の成長が必要であるが、名目経済成長率が年率3〜4%程度にとどまっている日本経済にとっては、十分に野心的な数値である。
 こうした野心的な目標設定が行われた背景には、観光が隆盛しても、産業別に見て、宿泊や飲食業の賃金水準が最低ランクにとどまり続けていることに対する課題感があったものと考えられる。前述したように、地方創生以降、我が国の観光政策は定住人口を交流人口で補完するという政策目的が付与されているが、実際に地域で発生したの
は、低賃金の仕事と、人手不足という
状況であったからだ。
 まち・ひと・しごとが目指したのは、魅力的な街と仕事を創ることで人を惹きつけることであったが、観光によって魅力的な街を創れても、それだけでは、付加価値(=給与)の高い仕事は生まれず、人手不足状態になっているというのが実状である。

労働力の推移

 我々は、よほどの資産家でないかぎり働かないと生きていくことはできない。また、一部フルオンラインでできる仕事はあるものの、基本的には、就労の場と居住の場は近接することになるので、仕事があるところに人は住む。
であれば、観光が振興されることで仕事は増え、就業者は増えるというのは、当然のことのように思われる。
 我が国の観光は、1980年代後半から90年代半ばにかけてバブル景気にて隆盛した後、国内市場が縮小し、それが下げ止まったのは2010年、リーマン・ショック後となる。その後、2010年代半ばになると訪日市場が伸長するようになり、下げ止まった国内市場と相まって量的な拡大が進んできた。

 こうした経緯を踏まえれば、2010年頃から「仕事」は増え、就業者も増えていると考えられる。
 しかし実際は、そうした動きにはなっていない。図1は、1985年から2020年までの宿泊業の男女別就業者数を示したものであるが、バブル期に隆盛した所までは連動しているものの、その後、市場規模が下げ止まり、再拡大しているにもかかわらず一貫して就業者数は減少していることが解る。さらに図2は、全就業者数に占める宿泊業就業者の比率(シェア)の推移を示したものであるが、これも一貫して減少している。特に、女性の下落率は大きい。
 さらに、この間、有効求人倍率は大きく変動しており、日本経済は人手不足も余りも経験してきたが、そうした景気変動の影響も関係なく、一貫して減少している。
 これは観光市場の動きも景気変動も、就業者の増減数の間に相関性が乏しく、宿泊業から「人が離れている」ことを示している。特に、女性のシェアが低下しているのは、女性にとって他にも「選べる」職業が増えていることが背景にあると考えられる。
 こうした構造は、日本全体で起きているのだろうか。相対的に「仕事」が少なく、地方創生の観点から期待される地方部では、観光が雇用を底支えしているのではないかという考えもあるだろう。そこで、観光市場が底だった2005年から、訪日市場で隆盛した2020年で、都道府県別・男女別に宿泊業就業者数の変化を示したのが図3である。
 この結果から解るように、就業者数の減少は、ほぼ全都道府県で生じており、2005年から2020年にかけて就業者数が増えたのは男性では京都府と沖縄県のみ。女性でも東京都、千葉県、大阪府、埼玉県、京都府、沖縄県だけである。都道府県別に最も就業者数が多いのは北海道、東京都であるが、15年間で北海道では男女合わせて約1万人の減少、東京都も男性だけ見れば4千人の減少となっている。
 つまり、就業者数が増えたのは、ごく僅かな地域であり、かつ、その傾向は都市部/地方部で単純に区分できるものではないことが解る。

人手の推計

 こうした実態は、我が国における観光振興の持続可能性に対する一つの疑問を提示する。それは、観光振興に必要な人手を地域は提供できるのかという疑問である。
 宿泊業の就業者総数が長期的に減少していることに加え、我が国には、労働者を投下できる余地がほとんど残されていないからだ。かつて、活用が叫ばれた女性や高齢者の雇用はすでに拡がっている。高齢者に関しては、むしろ、団塊世代の人々が後期高齢者となっていくことを考えれば労働市場からの退出の方が多くなっていくだろう。
 独立行政法人労働政策研究・研修機構の低位推計によれば、就業者総数は2024年時点ですでに減少となっている。高位推計であっても2030年が就業者数のピークであり、以降減少するとしている。さらに、産業別にみると観光関連産業の中核となる宿泊・飲食業については、推計の低位/高位にかかわらず、推計期間中、一貫して減少するとしている。高位推計では、労働力総量のピークは2030年であるにもかかわらず、宿泊・飲食業の就業者数が2020年代前半から減少していくのは、他産業、特に医療・福祉業のシェアの拡大が関係している可能性がある。2022年時点の宿泊・飲食業の就業者数シェアは5・6%であるが、2030年には5・2%(高位推計)となっている。対して、医療・福祉業は13・3%から14・7%にシェアを伸ばす試算となっている。なお、現在、最も就業者数が多い(シェアが高い)産業は卸売・小売業であるが、2035年には、いずれの推計シナリオでも医療・福祉業となっている。団塊世代は、労働市場から退出するだけでなく、医療・福祉業に多くの雇用を張り付かせることになるわけだ。
 こうした展望において、地域において観光業が雇用を確保することは容易ではない。
 JTBF山田と川村(コーホート分析による少子高齢社会における宿泊・飲食業の労働力の将来推計/観光研究Vol36/2024)によれば、2030年には2020年比で総就業者
数は87%に減少するとされ、60〜80%程度しか確保できない市町村も多くなると予測している。
 すでに宿泊業への就業者が多くの都道府県で減少していることと併せて考えれば、観光が振興されれば仕事ができて、就業者が増えていくということは、成立しがたいフローであると言えるだろう。

人口が多い地域ほど観光客も増える

 観光と人口との関係という点では、もう一つ、疑問がある。
 地方創生戦略の視点で見た観光による地域振興は、定住者が減少する中でもインバウンドを含む観光客(交流人口・関係人口)を増大させることで、地域経済を維持し、人口縮小社会に対応していこうということになる。これは、政策として観光を振興させたいのは都市部ではなく、人口減少が進む地方部であるということになる。
 日本の場合、高度成長期に都市部に大量の人々が集中し、そこが需要の源となって国内観光が普及してきた。そのため、観光地といえば地方部という印象が強い。しかしながら、観光客が利用する飲食物販などのサービス業(ホスピタリティ産業)が地域で成立するには、地域内にも一定の需要(内需)が必要となる。観光客が訪問する理由となるコンテンツも、都市部であれば内需と併せて頻繁に創造することができるが、人口の少ない地域では成立させることは難しい。さらに、地域を訪れるには交通網の整備も重要な要素となるが、人口が少ない地域の交通サービスは自ずと限定されてしまう。
 これらは、観光振興が成立しやすいのは、地方部ではなく、都市部なのではないかという疑問を導出させる。
 実際、JTBF山田と柿島は2016年、宿泊客数を対象に分析を行い、①人口が多いと観光客数は多い。②人口が多いと観光客数を増やしやすい。
③観光客数の多い地域では人口が増減すると観光客も増減するが、観光客数の少ない地域では人口が増減しても観光客の増減には影響がない。という3点を明らかにしている(観光客数と人口規模の関係/日本国際観光学会論文集23巻)。この研究では、観光客数と人口規模の因果関係は示されていないが、人口規模⇒観光客数という因果と考えるのが自然であろう。
 このことは、人口の少ない地域、それも、人口減少が進む地域で観光振興に取り組むことの難易度が高いことを示している。

パレート分布する社会

 ところで、自由経済下にある現実社会は、構成要素の2〜3割で全体の7〜8割を占めることが経験上、明らかになっている。こうした極端な偏在はパレート分布と呼ばれるが、観光も例外ではない。例えば、宿泊・飲食業の就業者は全市町村の上位約20%で、全就業者の約80%を占める典型的なパレート分布である(図4)。就業者数と観光客数は比例状態にあることが確認されているため、観光客も同様に限られた地域に集中して訪れていることになる。さらに、国内の宿泊観光旅行市場も国民の3割で85%程度を寡占するパレート分布である。
 このように現実社会は大きく偏在しており、少数ながら全体を支配する構成要素「ヘッド」と、その他の「テール」では、置かれている状況も、そこから生み出されるパフォーマンスも大きく異なっている。

 例えば、宿泊・飲食業の就業者のヘッドとなる自治体は、テールとなる自治体に対して統計的に有為な水準で人口減少が抑制され、かつ、就業者数も増加していることが確認されている。また、増田レポートがフォーカスした若年女性についても、2010年から2020年にかけて、20〜24歳から30〜34歳へのコーホート分析において、ヘッド自治体はテール自治体よりも、増加傾向にあることも確認できている。
 つまり、全体を俯瞰すると観光と就業者、人口との関係は確認できないが、観光振興が実現できている一部の地域においては、その波及効果が出ていると考えられる。ただ、それは「観光だけ」で実現できているのではなく、そもそもの人口規模や産業集積といった要素も影響しているのだ。
 これらのことから導出されるのは、各主体は様々な要素の集合体であり「同じ」ではないということだ。「同じ」ではないので、同じ行動をしても結果は同じとはならない。
 観光による人口定着効果、若年女性の惹きつけ効果が発動する地域もあるが、それは、その他の要素も作用した結果であって、観光に取り組むだけで得られたものではないし、要素構成の異なる他地域が、その取組を模倣したところで得られるものではないということだ。

注目すべき2つのセグメント

 観光を人口減少への対抗手段として展開し、その成果を得るには、単純に観光振興に取り組めばよいのではなく、意図的に、人口定着が生じるように取り組むことが必要となる。特に、人口が少ない、すでに減少が大きく進んでいる地域においては、地域と産業を支えるための取り組みを別に走らせなければ、地方創生戦略が目指したような成果を得ることは難しいだろう。
 地域の持続可能性を高めるための人口定着において、戦略的なセグメントとなるのは、増田レポートでも指摘している女性、そして、国際化の中で、その存在感を高めてきている外国人の2つであろう。
 各地域における20代(20〜29歳)の転入超過数を10代(10〜19歳)の転出超過数で除したものを、若者回復率と呼ぶが、これは明確に男女差があり、男性は40〜50%台であるのに対し、女性は20%台という傾向が定着しつつある。
 例えば、若者回復率という指標を早くから取り入れていた兵庫県豊岡市では、2010年には男性は34・7%、女性は33・4%と差が少なかったが、2015年には52・2%、26・7%、2020年には41・6%、28・5%となっている。男性の若者回復率が高まったのは同市のUターン/Jターン政策の成果とも言えるが、女性には、そうした取り組みが全く響いていない、むしろ、女性から避けられている状況であることが窺える。
 豊岡市は全国的にも知名度のある「城崎温泉」を有する地域であるが、それでも女性が「戻らない」のは、観光だけで女性を惹きつけることはできないことの証左でもある。
 なぜ、男女で若者回復率に大きな差が生じるのかについては、様々な研究がなされているが、都市だから地方だからということ以上に、SNSの普及もあり、女性が活躍している地域に、女性が集まりやすくなっていることが指摘できる。ジェンダーギャップを完全に無くすことは、どの地域、社会でも容易ではない。それでも女性が集まり、活躍していけば、女性が暮らしやすい、住みたいと感じさせる要素が蓄積されていき、それが、新たな移住者を呼び込むことにつながっていく。これは、一定の元本があれば金利+複利で資産が増えていくようなもので、現在の観光集客がSNSによる情報拡散で規定されていく状況にも似ている。
 つまり、まずは起点となる「元本」を地域に創ることが重要となる。こちらについては、特集2で事例を示したい。
 一方、外国人については、様々な意見があるが、人口政策という点ではすでに無視できない存在となっている。
2005年から2020年の間に、日本人は280万人減少した一方で、外国人は120万人増加しているからだ。しかも、観光の場合、外国人は需要、すなわち顧客としても機能することになる。以前までは、観光業における外国人就労は補助的、補完的な存在であったが、訪日市場が拡大している現在においては中核的な存在となりつつある。訪日客にマーケティングを展開し、受け入れていくには言語や文化などを共有する人々であるほうが効果的であるからだ。さらに、外国人就業者が地域に増えていけば、地域住民とのインタラクションも展開されるようになる。我が国は、これまで島国として単層的な文化となりがちであったが、観光による国際化によって異文化コミュニケーションが展開されるようになることで、特徴的な地域を形成できる可能性がある。これについては、特集3で事例を示したい。
 いずれも重要なことは、他地域が行っていることを模倣するのではなく、地域が持つ自身のリソースを強化していくことで、自らユニークな存在となっていくことだろう。

<注>
※(P8)統計の関係上、市町村別では宿泊業と飲食業を分離することが難しいため、宿泊・飲食業で検証している