特集④ ジェントリフィケーションへの対抗
〜カナダ・ウィスラーにおける地域人材確保のためのアフォーダブル住宅政策〜
公益財団法人日本交通公社
観光研究部主任研究員
池知貴大
観光と住宅の緊張関係にどう向き合うか
多くの世界的なリゾートは、相対的に小規模な定住人口に対して、毎年数百万人規模の来訪者を受け入れており、そうした地域の経済は観光によって支えられている。しかし、こうした観光を基盤とした繁栄の足元では、その観光を支える人々自身の住宅が慢性的に不足しているケースが多く見られる。
問題の本質は、単に住宅の戸数が足りないという点ではない。観光地としての成功そのものが、住宅不足を深める力として働いている点にある。同じ住宅であっても、地域住民への長期賃貸より、旅行者への短期貸し出しや別荘・投資目的での販売の方が高い収益を生みやすいため、観光地としての成功が、地域で働く人々の住宅確保を難しくする力として働く。
その結果、観光によって地域経済が成長する一方で、そこで働く人々が地域内に住み続けることが難しくなる。
この現象は、世界のリゾートを含む多くの観光地が共通して直面している課題であり、日本の観光地においても、すでに無視できない状況となりつつある。こうした課題は、地価・賃料の上昇や住宅の非居住用途化によって、地域を支える人々が居住地から押し出されていく現象として捉えることができ、ジェントリフィケーションという言葉で語られることも多い。
本特集では、この課題に長らく向き合ってきたカナダ・ブリティッシュコロンビア州(以下「BC州」という)のウィスラーにおける制度設計を取り上げる。ウィスラーは、定住人口約1・5万人、に対し年間来訪者約340万人 を受け入れる世界的な山岳リゾートである。ウィスラーは、観光地におけるアフォーダブル住宅を、単なる福祉政策ではなく、地域を支える人材を確保するための基盤インフラとして位置づけてきた。本特集で注目するのは、観光地としての成功が住民向け住宅を観光・投資用途へ押し出してしまう構造と、その対策である。ウィスラーはこの構造に対し、住宅が観光市場へ流れ出るのを止め、観光や開発から生じる利益を住宅に還元し、そうして確保した住宅を長く地域に残すという三つの仕組みづくりを続けてきた。以下では、その制度がどのように組み立てられてきたのかを確認した上で、日本の観光地がそこから何を学び得るのかを整理する。
観光地で住宅が流出する構造
同じ住宅であっても、旅行者に短期で貸し出す場合に得られる収入は、地域住民に長期賃貸する場合に得られる家賃を大きく上回る傾向にあり、観光地として成功している場合は特にこの傾向が強くなる。
この収益差があるため、観光地における住宅は主に三つの経路で住民向け市場から流出し得る。第一は、民泊への転用である。これは既存の住宅をそのまま活用できるため、ホテル等への建て替えと比べて参入障壁が低く、最も発生しやすい経路である。第二は、ホテルや観光商業施設への転換である。住宅用地や既存建物が観光関連用途に転換されれば、地域内の住宅ストックそのものが減少する。第三は、投資・別荘保有による空き家化や地価の押し上げである。実際に居住されない住宅であっても、資産として販売・保有されることで、地域の住宅価格や賃料を押し上げる要因となる。
日本の場合では、これら三つの流出経路に住宅が入っていく契機として、特に相続不動産の存在が挙げられる。
元々の所有者が地域への愛着を持って居住していた住宅であっても、相続人である子世代が都市部に住んでおり、地域に戻る意思を持たない場合、相続後の住宅は、相続人にとって維持管理・税負担・修繕負担を伴う資産となる。
観光需要の乏しい地方部では、こうした住宅は売却も活用も難しい「負動産」となりやすい。他方で、観光地として成功している地域では、同じ住宅が、宿泊施設、別荘、投資用不動産等の需要に結びつきやすく、相続を契機に住民向け住宅ストックが市場に放出され、観光・投資用途へ移行することがある。
重要な点は、これらの経路が単独ではなく、同時並行で作用することである。仮に民泊だけを規制しても、住宅がホテルや投資・別荘保有へと移っていけば、住民向け住宅の確保という目的は十分に達成されない。本特集の関心は、住宅不足の原因を民泊のみに帰すことではなく、これら複数の経路が並行して作用する以上、課題全体への対策をどのように組み合わせる必要があるかという点にある。

なお、この点は国際的にも争点となっており、実際、オンライン民泊プラットフォームは、各地の民泊規制に対して「住宅供給不足の主要な原因は民泊にあるのではない」と主張しているところ、この主張の妥当性については議論があるが、少なくとも、民泊規制だけでは住宅供給不足の解消には不十分であるというのが多くの観光地の実態である。
政策手段の分析枠組み(止める・戻す・残す)
前述の通り、観光地の住宅問題は、住宅が住民向け市場から観光用途・投資用途などを含む非居住用途へと流出していく構造として捉えることができる。供給を増やしてもそれが再び観光・投資用途へと流出する勢いの方が強ければ、住民向けストックは増えないため、政策手段として単に住宅供給量を増やすだけでは足りない。そのため、実効的な対策として、単なる住宅整備や空き家流通の促進にとどまらず、住宅をめぐる契約の自由や所有権の行使そのものに、制度として一定の規律を加えることが求められる。

この観点から、観光地の住宅問題に対する政策手段は、機能ごとに次の三つの束として理解し、こうした異なる機能を持った手段を組み合わせるべきではないかと考えられる。
・第一は、住宅が観光・投資用途を含む非居住用途へ流出するのを「止める」手段である。これには、住宅の利用用途を制限することや、実際に居住されていない住宅や投機的保有に追加的な負担を課すことなどが含まれる。
・第二は、観光開発や観光収益によって生じる利益を、住宅確保へ「戻す」手段である。これには、新たな開発に伴って一定の住宅供給や資金拠出を求めること、宿泊・観光・不動産取引等から生じる収入の一部を住宅政策に充てること(税金を含む)などが含まれる。
・第三は、確保した住宅を市場価格の変動から切り離し、地域内に長期的に「残す」手段である。これには、公的または非営利の主体が住宅を保有・管理すること、住宅の転売価格や入居対象を制限することなどが含まれる。
ウィスラーの特徴は、これらの政策手段を単独で用いるのではなく、複数を組み合わせて運用してきた点にある。厳格なゾーニング規制によって住宅の観光用途への流出を抑え、開発連動型負担金の仕組みや宿泊税等によって観光関連の開発や観光収益と住宅確保を結びつけ、さらに入居対象・賃料・再販売価格を土地に結びつけて制限することで、確保された住宅を地域内に残している。
ウィスラー制度の全体像
以下では、ウィスラーがこの制度設計をどのように具体化してきたのかを、その歴史的経緯とともに見ていく。
ウィスラーは、BC州で最初に誕生したリゾート自治体(Resort Municipality。
観光が地域経済の主軸を占めるBC州内の自治体に対し、州が特別に指定し、通常の自治体権限に加えて追加的な権限や財源措置を認める制度。1975年にウィスラーが第1号として誕生した)であり、世界各地のリゾートが経験してきた就業者住宅不足の事例から学んだ経緯を持つ。そのため、ウィスラーリゾート自治体(以下「RMOW」という)は当初から、地域で働く人々を地域内に住まわせることを重要な課題として位置づけてきた。
具体的な政策の出発点となったのが、1990年の就業者住宅サービス負担金条例(Employee Housing Service Charge Bylaw。1990年に制定後、2000年に改正・統合されている)である。※5 同条例は、新たな開発について、将来発生する雇用需要に応じた就業者住宅の整備又は住宅基金への金銭拠出を求める仕組みを導入した。
この枠組みを長期的に運用する主体として、1997年に、自治体が完全所有する法人としてウィスラー住宅公社(Whistler Housing Authority、以下「WHA」という)が設立された。
WHAは、独立して運用される主体であり、自ら所有・運営する賃貸住宅と所有型住宅を中心に、就業者住宅の開発・運営・管理を担っている。具体的には、入居・資格要件の確認を行うとともに、所有型住宅については再販売価格の上限を算定している。※6 さらに2026年からは、WHAが直接所有しない物件も含めてウィスラー域内のすべての就業者住宅について、入居資格の確認・年次審査の実務を一括して担うこととなった。※7
ウィスラーの就業者住宅ストックの中心を占めるのが、2010年のチーカマス・クロッシング(Cheakamus Crossing)地区である。バンクーバー冬季五輪の選手村として整備された同地区は、BC州が選手村用地として土地を寄贈し、バンクーバー五輪組織委員会が3750万カナダドルを拠出し、RMOWの完全子会社であるウィスラー2020開発公社(Whistler2020 Development Corporation)が開発主体となって整備された。※8 五輪後には、就業者向け所有住宅221戸、就業者向け賃貸住宅151戸、ホステル110床、一戸建て住宅や二世帯住宅(デュプレックス)42区画と、隣接した複数世帯が連棟した低層住宅(タウンハウス)60戸を含む住宅型へ一括転換された。同プロジェクトは、後述の住宅協定等による入居資格制限やコア消費者物価指数(Core Consumer Price Index。カナダ統計局が公表する消費者物価指数のうち、食料・エネルギー価格など変動の大きい品目を除いたコア指数。以下「CCPI」という)連動の再販売価格規制が、適用されている代表例である。
その後、2025年から2026年にかけて、RMOWは、上下水道、道路、レクリエーション、就業者住宅に係る5つの条例を一本化し、新たに公共交通と公園の2区分を加えた合計7区分を対象とする工事・サービス料金条例(Works and Services Charges Bylaw)を統合・現代化する作業を進め、2026年3月に最終採択・施行した。同条例は、後述の「『戻す』:開発負担金と観光収益の還元」で詳述するとおり、開発連動型の負担を付与する仕組みを負担算出方式の見直しとともに現代化し、就業者住宅を含むインフラ負担の枠組みを更新したものである。
「止める」と「残す」:住宅を観光市場から切り離す仕組み
ウィスラー制度の基本は、住宅を観光市場から制度的に切り離すことにある。その方法は、大きく二段階に分かれる。第一に、観光客向け住宅と住民向け住宅が立地できる場所を、ゾーニング規制によって明確に分けることで非居住用途への流出を「止め」、第二に、就業者住宅として確保された住宅について、入居資格、利用方法、売買価格、賃料等を権利制限として土地に結びつけ、長期的に地域内に「残す」ことである。
ウィスラーにはホテルや民泊等を含めて約9400戸の観光客向け宿泊施設があるが、観光客に供し得るのは、ゾーニング上「観光客宿泊用途(tourist accommodation)」又は「一時的宿泊用途(temporary accommodation)」が認められた物件に限られる。一方、居住用ゾーニング上にある住宅は、滞在期間の長短を問わず、観光客向けに広告・賃貸することができない。無許可で観光客向け宿泊施設を運営した場合は、最大で一日あたり3000カナダドルの違反金が科され得る。※9
もっとも、ゾーニング規制は、住宅用途以外への転用を拒む仕組みではあるが、住宅の所有・賃貸の相手方や価格水準を拘束するものではない。そのため、居住用ゾーニングの内部でも、住宅が一般の市場価格で取引されていけば、別荘や投資用物件としての側面が強くなることで就業者が取得し得る価格水準を超えてしまい、ゾーニング規制だけでは、住宅を長期的に就業者向け住宅として地域内に残すには十分ではない。
そこでウィスラーでは、就業者住宅として確保された住宅について、住宅の利用・処分に関する制限を土地に結びつける仕組みを用いている。その中心となるのが、BC州地方自治法(Local Government Act )第483条に基づく住宅協定(Housing Agreement)※10 と、BC州土地権利法(Land Title Act)第219条に基づく制限(Covenant) である。※11
地方自治法第483条により、自治体と所有者は、入居対象、占有形態、住宅の利用可能性、賃料・売買価格およびそれらの上昇率等を住宅協定で定めることができ、当該協定の通知が土地登記所に登録されることにより、当該土地の権利を取得する承継人にも法律上当然、拘束力が及ぶ。また、土地権利法第219条は、土地の利用・処分に関する制限を、自治体等を権利者として登記することを認めており、登記上の制限は土地に付随する負担として、所有者が変わってもその承継人を引き続き拘束できる。
例えば、バンクーバー冬季五輪の選手村として整備されたチーカマス・クロッシング地区における中古物件の住宅協定では、※12 住宅又はその権利について、原則として、ウィスラー域内等において年間平均週20時間以上働く就業者、又は退職者等以外に売却・譲渡することができないものとされ、住宅を賃貸する場合についても、その相手方は原則として就業者又は退職者に限られる。さらに、賃貸時の月額賃料およびその増額幅も、CCPIの変動に基づく範囲に限定されている。
また、こうした住宅については、投機的な売買を防ぐため、再販売価格にも上限が設けられている。具体的には、前回の売買価格を基礎とし、CCPIの変動率を反映させる方式が用いられている。一般の住宅価格指数に連動させる場合と比べて価格上昇幅が抑えられるため、就業者層にとって手の届く価格水準を維持しやすい仕組みである。
このように、ウィスラーでは就業者向けとして整備された住宅について、売却・譲渡の相手方、賃貸の相手方、賃料水準およびその上昇幅、再販売価格を一体的に制限することで、対象住宅が一般の観光客向けや投機的な不動産市場に流出することを防いでいる。
所有者は市場価格の上昇をそのまま享受することはできないが、その分、そうした住宅は、地域の就業者等のための住宅として地域内に循環し続けるように設計されている。
なお、空き家・投機目的保有に対する課税としては、BC州の投機・空家税(Speculation and Vacancy Tax)があるが、ウィスラーに関しては適用外とされている。※13 また連邦レベルでは、カナダ国内の住宅を所有する外国人に適用される未活用住宅税(Underused Housing Tax)が2022年に導入され、ウィスラーで主要な観光客向け宿泊物件に対しても適用されたが(所有者が28日以上利用する場合等の免除規定あり)、リゾートコミュニティへの影響等を理由に2025年以降廃止された。※14
「戻す」:開発負担金と観光収益の還元
住宅の供給面では、州・連邦からの外部資金が呼び水として活用される一方、ウィスラーの仕組みの特徴は、観光地としての成長そのものが生み出す開発負担金や観光収益を、地域内の住宅供給に振り分け直す重層的な仕組みにある。
州・連邦資金の代表例はカナダ住宅・抵当公社(Canada Mortgage and Housing Corporation)が運営する住宅促進基金(Housing Accelerator Fund)であり、ウィスラーは同基金の第二ラウンドで250万カナダドルの拠出を受けることが予定されている。同基金は、自治体がゾーニング・※15 許可プロセスの規制緩和や住宅供給促進のアクションプランを提示・達成した際に資金が交付される仕組みで、ウィスラーの場合は、今後3年間で62戸、10年間で814戸の住宅供給を促進することが連邦政府との間で予め取り決められている。
これに対し、観光地としての成長が生む負担を地域内で住宅に戻す仕組みとして、まず開発負担金の活用がある。
新規開発に伴って必要となるインフラ等の費用を開発側に負担させる枠組みが開発負担金であり、ウィスラーでは2026年3月、この枠組みを更新する工事・サービス料金条例が採択・施行された。
改正前は、上下水道・道路・レクリエーション・就業者住宅の4分野について5件の条例に分かれて運用され、2000年の改正以来約25年間、実質的な見直しがなされていなかった。課金額は開発規模にかかわらず区画単位の固定額で算出され、就業者住宅向けの負担金は商業施設・工業施設・観光宿泊施設の開発のみを対象とし、新規住宅の建築は対象外であった。
新条例は、課金方式を区画単位の固定額から建物規模に応じた額へ改めるとともに、就業者住宅向け負担金の対象も、アフォーダブルな就業者住宅を除く一般的な新規建築へと拡大した。
これにより今後20年間で約6400万カナダドル、年平均約320万カナダドルの収入が見込まれ、うち約1770万カナダドルが就業者住宅の財源に充てられる予定である。新規開発が新たな雇用需要を生む場合、※16 開発側には、①開発敷地内での住宅供給、②ウィスラー域内の敷地外供給、③それも困難な場合の現金拠出、という順序で住宅供給への貢献が求められる。
同様に、観光収益そのものを※17 住宅に戻す仕組みとして、宿泊税の活用がある。BC州の市町村・地方区宿泊税(Municipal and Regional District Tax、以下「MRDT」という)は、導入地域における短期宿泊の売上に最大3%課される税で、1987年の創設以来、本来は観光マーケティング・観光関連プログラム・プロジェクトの財源として位置づけられ、住宅への充当は認められてこなかった。
転機となったのは、BC州の2018年予算(住宅対策プラン「Homes for B.C.」)である。同予算でアフォーダブル住宅へのMRDT収入の使途拡大が政策方針として示されたことを※18 受け、州は同年、指定宿泊地域税規則(Designated Accommodation Area Tax Regulation)を改正し、アフォーダブル住宅をMRDTの許容される資金使途として正式に追加した。※19
ウィスラーは、2018‐2022年戦略プラン、さらに2023‐2027年戦略プランにおいて、住宅を使途として正式に位置づけ、※20 MRDT収入を住宅供給に振り向けている。2023年にはMRDT関連で297万カナダドルがアフォーダブル住宅に投じられ、うち200万カナダドルは、Airbnb 等のオンライン宿泊プラットフォーム経由で徴収されたMRDT収入によるものであった。※21
ウィスラーにおける制度の特徴:地域人材確保の基盤として
ウィスラーにおける制度の特徴は、アフォーダブル住宅を低所得者保護の枠組みから、観光地を維持するための就業者住宅へと再定義した点にある。
北米でアフォーダブル住宅は一般に、光熱費を含む住居費が世帯総所得の30%以内に収まる住宅を指す。そのため、対象は住居費負担に耐えられない低所得世帯であり、家賃補助や公的供給がその中心的な手法となってきた。これに対し観光地においては、必ずしも低所得者ではない中間層の就業者であっても、地域内に住み続けることが困難になる。観光地としての成功によって、別荘需要、短期賃貸への転用、富裕層の移住といった複合要因が賃貸・所有の両市場を同時に押し上げ、価格上昇の影響が幅広い所得層に及ぶためである。観光地の運営は、宿泊・飲食・小売・交通・清掃・施設管理など多様な現場人材によって支えられるとともに、医療・教育・保育・福祉・行政といった地域の日常生活を支える人材と一体となって成り立っており、住宅価格の上昇によってこれらの人材が地域外へ押し出されれば、観光地としての受け入れ能力そのものが損なわれる。所得を基準とする伝統的な制度設計は、こうした構造に対応しきれない。
ウィスラーの制度は、入居資格を所得ではなく「地域で働くこと」と結びつけることにより、アフォーダブル住宅を地域人材確保の基盤として位置づけている。ウィスラーは就業者の75%を地域内に居住させることを政策目標として掲げており、WHAはその主要な実施主体として、観光地の運営に必要な人材が地域内に住み続けられる構造を制度として確保する役割を担っている。
日本の観光地への示唆
日本でも、観光を支える人材と、地域の日常生活を支える人材の両者が同じ地域に住めていることが、観光地としての持続可能性を維持する前提となる。住宅価格の上昇によってこれらの人材が地域外へ押し出されれば、観光サービスの質だけでなく、地域そのものの運営基盤が損なわれる。
もっとも、土地利用規制、住宅政策、地方税制度、自治体の権限、民間不動産市場等の構造は国や地域によって異なるため、日本の観光地がウィスラーと同じ制度をそのまま採用できるわけではない。日本の観光地がウィスラーから学び得るのは、個別の制度そのものではなく、制度設計の発想である。
その発想とは、観光地の住宅問題を低所得者保護の範囲に閉じ込めず、地域を支える人材を維持するための基盤政策として捉え直すことであり、その上で、①住宅が観光・投資用途へ流出することを「止める」、②観光・開発から生じる収益の一部を住宅確保へ「戻す」、③確保した住宅を地域人材向けに長期的に「残す」、という三つの機能を一体的に設計することである。ウィスラーにおける開発負担金条例や宿泊税の住宅充当も、それ単体ではなく、ゾーニングによる用途の確保、WHAによる入居資格管理、再販価格の長期統制、州・連邦資金の活用といった他の仕組みと組み合わさることで、地域人材の居住を確保するための一体的な装置として機能している。
そして、こうした制度が束としての設計を求められるのは、アフォーダブル住宅に限られた話ではない。観光地は、住民・就業者・観光客・事業者・投資家といった複数の利害主体が交錯する場であり、住宅のみならず、交通、環境、文化財、公共空間、地域経済、労働市場といった諸領域においても、観光地ならではの構造的圧力に直面する。これらに対応する政策もまた、個別の制度をその都度導入するのではなく、観光地としての特性を踏まえて統合的・整合的に設計されることが求められる。
<注>
1…Statistics Canada(2026, January 14). Table 17-10-0155-01: Population estimates.
https://www150.statcan.gc.ca/t1/tbl1/en/tv.action?pid=1710015501
2…Tourism Whistler(n.d.). Stats and Facts. Tourism Whistler Media Room.
https://media.whistler.com/all-about-whistler/stats-and-facts/
3…Airbnb( 2025, May 9). New analysis shows stringent STR regulations have failed to
improve the housing situation in Amsterdam and Barcelona.
https://news.airbnb.com/new-analysis-shows-stringent-str-regulations-
have-failed-to-improve-the-housing-situation-in-amsterdam-and-barcelona/
4…Resort Municipality of Whistler(2025, October 24).
History of Resident Housing in Whistler.
https://www.whistler.ca/property-housing/housing/history-of-resident-housing-in-whistler/
5…Resort Municipality of Whistler. Employee Housing Service Charge Bylaw.
https://www.whistler.ca/wp-content/uploads/2023/03/Consolidated-
Employee-Housing-Service-Charge-Bylaw-1507-2000.pdf
6…Whistler Housing Authority(n.d.). About Us.
https://whistlerhousing.ca/, Ownership overview.
https://whistlerhousing.ca/pages/purchase-overview
7…Resort Municipality of Whistler(2026, February 11).
WHA to take over all employee housing verification.
https://www.whistler.ca/news/wha-to-take-over-all-employeehousing-
verification-council-adopts-new-freedom-of-the-municipality-and-athleterecognition-
policies-new-bylaw-would-formalize-e-bike-regulations/
8…Resort Municipality of Whistler(n.d.). Cheakamus Crossing legacy.
https://www.whistler.ca/property-housing/housing/history-of-resident-housing-in-whistler/
#cheakamus-crossing-employee-neighbourhood
9…Resort Municipality of Whistler(n.d.). Tourist Accommodation Requirements.
https://www.whistler.ca/business-development/
business-licenses/tourist-accommodation-requirements/
10…Government of British Columbia. Local Government Act.
https://www.bclaws.gov.bc.ca/civix/document/id/complete/statreg/r15001_00_multi
11…Government of British Columbia. Land Title Act.
https://www.bclaws.gov.bc.ca/civix/document/id/complete/statreg/96250_00
12…Whistler Housing Authority(n.d.). Legal Documents.
https://whistlerhousing.ca/pages/legal-documents
13…Province of British Columbia(n.d.).
Speculation and vacancy tax – Designated taxable areas.
https://www2.gov.bc.ca/gov/content/taxes/speculation-vacancy-tax
14…Government of Canada(n.d.). Underused Housing Tax.
https://www.canada.ca/en/services/taxes/excise-taxes-duties-
and-levies/underused-housing-tax.html
15…Canada Mortgage and Housing Corporation(2025, February 20).
Helping build more homes, faster in Whistler.
https://www.cmhc-schl.gc.ca/media-newsroom/news-releases/
2025/helping-build-more-homes-faster-whistler
16…Resort Municipality of Whistler (2025). Administrative Report No. 25-096.
https://pub-rmow.escribemeetings.com/filestream.ashx?DocumentId=25007
17…Resort Municipality of Whistler (2026).
Official Community Plan Bylaw No. 2199, 2018, Policy 5.1.2.7.
https://www.whistler.ca/ocp/
18…Government of British Columbia (2018).
Homes for B.C.: A 30-Point Plan for Housing Affordability in British Columbia, Point 27
(“Expanding the use of MRDT revenues for affordable housing”), p.27.
https://bcbudget.gov.bc.ca/2018/homesbc/2018_Homes_For_BC.pdf
19…Government of British Columbia. Designated Accommodation Area Tax Regulation.
https://www2.gov.bc.ca/gov/content/taxes/tim/pst/daatr
20…Resort Municipality of Whistler & Tourism Whistler(2022).
MRDT Five-Year Strategic Business Plan 2023-2027.
https://content.whistler.com/general/five-year-mrdt-plan.pdf
21…Resort Municipality of Whistler (2025). Housing Facts.
https://www.whistler.ca/property-housing/housing/housing-facts/
