視座

人口は今後、加速度を持って減少する

公益財団法人日本交通公社理事・
観光研究部長
山田雄一

想定以上の少子化で加速する人口減少

 2026年5月29日、政府は2025年国勢調査の速報値を発表し、総人口が前回調査(2020年)より約310万人減少したことを明らかにした。総人口の減少は以前からであるが、今回の特徴は、人口が増えたのは東京都、沖縄県の二つのみにとどまり、千葉県、埼玉県、神奈川県、愛知県は、調査開始以来または戦後初のマイナスとなったことである。これまで、人口減少は地方部の現象であり、都市部は別という意識が少なからずあったが、その常識を覆す発表であった。さらに、市町村別に見ると、全国1719市町村の9割が減少となり、減少率が5%を超えた市町村は6割に達した。
 これらは、まさしく「地方創生」政策が展望した「国全体で人口が減少する」という近未来の到来である。
 この人口減少は、少子化と高齢化によって、今後、さらに加速していくことになる。2015年から2020年にかけての減少率は0・7%であったのに、2020年から2025年は2・5%となり、今後はさらに拡大していくと見られているからだ。
 この背景には、合計特殊出生率が推計よりも減少していること(=少子化の加速)がある。社人研(国立社会保障・人口問題研究所)の中位推計では、出生数が72万人台となるのは2039年だったが、2024年時点で既に72万人台となり、70 万人台となるのは2042年だったが2025年には達してしまっているからだ。人口の再生産が見込みよりも減少することで、将来人口は、大きく減少することになる。
 特集1で整理したように、宿泊業など観光関連産業の就業者は若者・女性に大きく依存している。総人口が横ばいの状況においても、就業者数を減少させてきた同産業において、総人口が加速度的に減少していく社会において、就業者を確保することの難易度はさらに高まることになる。
 さらに、総人口の減少は、国内観光の市場規模を縮小させるのではという危惧もある。国内観光の市場規模は人口よりも、経済状況に大きく影響される特性を持つが、少子・高齢化の想定以上の速度での進展によって社会保険などの負担が上がり、経済が低迷するようになれば、国内市場も低迷していくことは否定できない。
 実際、コロナ禍以降の物価上昇、実質賃金の低下に伴って市場は弱含みになり始めている。全体としては、訪日市場の隆盛によってバランスがとれているが、訪日客が訪れていない地域では、利用者を確保できず、経営破綻、閉鎖している施設も少なくない。
 今後も、人口減少が直接的な因子とならなくても、間接的に、様々な側面において足かせとなっていくことになるだろう。特に、人口減少が都市部よりも激しく進行する地域においては、これまでできていた「普通」のことが出来なくなる状況が、どんどんと増えていくことになる。
 観光地域づくりの手法も、従来の延長線では対応できない時代となるだろう。

進行しているさらに大きな社会・経済・環境の変化

 そもそも、なぜ、少子化が進み、地方から人口流出が起きるのか。
 日本では、政治の失敗という文脈で語られることが多いが、これらは大なり小なり世界規模で生じている事象であり、日本政府だけの責任に帰結させることは乱暴である。
 産業革命以前の社会は、封建制度を統治システムとしていた。当時の主産業は農業であり、少数の支配階級が、多数の農奴階級を使役し食料(農産物)を生産していた。当時の農奴階級の人口は、そのまま労働力、生産力を示すものであったから、一定の規模が維持されたが、職業選択や居住地選択の自由はなく、域外への旅行ですら大きく制限されていた。なお、農生産される食料の量に限界があったため、人口が大きく増えることも制限されていた。
つまり、この時代は、人口減少も(増大も)人口流出も存在せず、何世代にもわたって同じ時間が反復的に繰り返されるものだった。
 この構造が大きく変わったのは、産業革命と市民革命である。二つの革命によって、農奴階級は、中産階級となり職業選択、居住地選択の自由を得ることになった。これは、人権という点では大きな前進であるが、地域から都市部への人口流出が始まったのは、このタイミングである。
 さらに、都市部に出た人々が世代を経る中で、個々人の基本的人権に関する意識が高まっていくことになる。出自や人種、性別によって差別されることはないという意識の高まりは、婚姻や出産に対する意識も変化させることになっていく。実際、日本で二つの革命が起きたのは明治期であるが、結婚のきっかけは、戦前、お見合い結婚が7割を超えており、戦後、1950年代でも過半数であった。これが、1960年代後半には恋愛結婚が過半数を占めるようになり、1990年代には9割以上が恋愛結婚となった。すなわち、現在の「適齢期」世代の親のほとんどは、恋愛結婚であり、その子世代も恋愛結婚を当然のものと考えるようになっていく。「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」という大手メディアが2017年に発したフレーズは、結婚観を象徴するものだろう。
 これは、人権意識として極めて妥当な変化であると考えられるが、問題は「自由」であるが故に高まるハードルもあるということだ。端的に言えば、結婚したいと思っても、相手も同じくそう思わなければ結婚することが出来ない。異性に対するコミュニケーション能力には個人差があるし、マッチングのズレも存在する。実際、恋愛結婚がお見合い結婚を上回ったとされる1960年代でも恋愛結婚が増えたわけではなく、お見合い結婚が減ったのが理由である。結婚のきっかけとしてお見合い結婚が選択肢とならなくなれば、婚姻率は低下し、再生産される子供の数も減少することになる。
 現在、相対的に低所得者の婚姻率が低いことを理由に、経済的な低迷が婚姻率を下げているという議論があるが、恋愛結婚が「相手を選ぶ」カップリングである以上、景気の良し悪しではなく、所得の相対性が影響していると考えるべきだろう。
 地方部から都市部(特に東京圏)への人口流出も同様である。職業選択と居住地選択の自由があるが故に、個々人は、自身にとって最適と考える進路を選ぶことは当然である。年齢別に見て、最も転居が多いのは高卒から大卒までの20歳前後であることは、そうした人々の意識の表れだろう。
 このように考えれば、人口に係る諸問題は、政治的に引き起こされたというよりも、我々の人権意識が高まった結果となる。この認識は、同時に「かつてのような」状況とはなり得ないということを示すものでもある。
 ただ、この八方塞がりとも感じられる状況に、一つの風穴が開き始めている。
 それが情報革命である。
 インターネットの普及と、それを活用した生成AIの発展によって、我々の就労形態は大きく変化している。これが、今後、どのような方向に向かい、どのように社会を変えていくのかを推し量ることは難しいが、一つ、確実に言えることは、就業地と居住地の関係が薄れるだろうということだ。
 産業革命以前も以降も、我々は、基本的に「働く場所」の側に住むことが求められた。産業革命以降、地方から都市部への人口移動が起きたのも、自身にとって好適な職業が都市部にあった(出来た)ことが大きい。しかしながら、多くのものがオンライン上に格納され接続されるようになった現在、場所によらず働くことができる人々が増えてきている。さらに、終身雇用が色濃かった日本においても転職が一般的となり、ライフステージに応じて職業や働き方を選択し、組み合わせることができるようになってきている。両者が重なりあうことで、例えば「結婚までは都心でバリバリ働いていたが、子育て期間は豊かな自然環境の地域に住み、リモート主体で働く」といったことが現実的な選択となっている。若い頃から投資による資産形成に取り組む人も増えており、就労による収入に過度に依存しない層が出現してきていることも、こうした動きを加速させている。
 彼らが居住地として選択するのは、そこに仕事が有るか無いかではなく、自身のライフステージ/ライフスタイルに沿った地域であり、訪れるだけでなく住むのにも快適な地域である。
 地域が就業の場を用意しなくても、そこに豊かな生活環境があり、快適に過ごせることができるのであれば、若者だけでなく多くの人々が集まってくるということは、観光文化269号で取り上げた石垣市の事例が証明している。
 観光的な魅力を地域が持つことで、定住する人々を惹き付けることが出来る時代になってきているということを認識しておきたい。
 また、本号の特集2で取り上げたKURABITO STAYは、地域を元気にしたいという女性が、自ら仕事を創り出した事例である。地方において、農業や製造業を、ゼロから立ち上げていくことのハードルは極めて高いが、観光領域においては、パッションと戦略があれば、世界市場を相手に、自立した事業を立ち上げることが可能であることを示している。この事例も、地域に対する想いが原動力となっており、ネット社会となった現在だからこそ実現できた起業と言えるだろう。

求められる経営学的な発想

 これからの地域づくりにおいては、こうした「変化」を適切に捉え利用していくことが必要となる。
 しかしながら、我々は、なんとなく「べき論」に沿った思考を展開しやすい。世界は平和であったほうが良いし、物価は落ち着いてほしいし、子どもの数は増えてほしいといったことだ。これらは、決して間違ってはいないが現実は変わらない。政府が動くことによって変えることが出来る部分もあるが、変えることが出来ない部分の方が多いのが現実だ。少子化が指摘されてから30年以上、続いていることが、その証左だろう。
 そうした現実において、我々が現場において為すべきことは、社会変化の是非を論じることではなく、現状および生じている変化を所与の条件として、それを前提とした対応を行っていくことではないだろうか。
 例えば、観光計画で「ありがち」なパターンなのだが、取り組む事業をズラッと並べて、最後にこれらの事業を行うために人材・組織・資金の「整備」が必要と提言することである。事業を展開するのに、それを担う人材や組織、資金が必要であることは当然であるが、事業を設定すれば、それらが自然と湧き出てくるわけではない。特に、人材や組織は「必要だ」と叫んでみたところで、容易に獲得できるものではない。魅力的な事業が提言されながら、実行に至らず、計画書だけが書棚に格納されてしまう理由は、これである。
 こうした現実において有効となるのは、経営学的な発想である。
 経営学的な発想では、まず、自身の経営資源の状況を把握し、そこから展開可能な事業の組み合わせを考えることになるからだ。
 総人口が減る。地域からの人口流出も存在している。そうした現実において投下可能な経営資源は何か。その経営資源で対応可能な政策課題は何か。そういった発想で、政策や計画を立案していく発想である。
 この発想では「自分たちで出来ること」が起点となるから、地味に見えがちな事業であっても、その実行の可能性は高い。

経営資源を育てる

 このように経営学的な発想に立つと、いかに魅力的な計画を作るかではなく、どれだけ自身の経営資源を増やすことができるかということが重要であることに気づく。
 計画の実現する可能性は、その計画が魅力的であるかではなく、自身が展開可能な経営資源量によって規定されるからだ。
 特集2で示した事例は、地域にパッションを持った女性が入ってきて、彼女が核となって、それまで観光に縁がなかった人々が観光に関心を持ち、観光地域づくりに対応する人材となっていったプロセスである。KURABI TO STAYのキャパシティは、さほど大きなものではないから、観光客数という点でのインパクトは限定的である。それこそ、軽井沢を訪れる人々とは桁が大きく違う。それでも、観光振興に投下できる経営資源が、ほぼゼロであった地域が、一人の女性の参入によって、5年余りで、「なんか色々出来そう」な地域に変化したことは大きい。
 特集3は、観光客が国際化したことで、地域住民の構成も国際化していった事例である。地元の人々にとっては、当たり前の存在であったJAPOWが、オセアニアの人々によって再発見され、それに魅せられた人々が移住。
現地コミュニティと融合していったことで、同地は国際化が引き起こす課題の先進地ともなったが、同時に、日本の人材や資本だけではなし得ない様々な事業が展開されるようになり、スノーリゾートとして圧倒的な競争力を得るに至っている。日本国内で初めて「定率制」の宿泊税が導入できたのも、国内だけでなく、海外を知っている人たちが多くいて、定率制に対する理解が高かったことが指摘できる。
 いずれの事例も、観光振興されたから女性や外国人がやってきたわけではなく、地域に思い入れを持つ人々が、地域に入ってきたことで、地域の経営資源が増え、地域でやれることが増え、注目されるまでに至った。
 もちろん、いずれの事例も、地域内で様々なハレーションは起きており、一直線で現在の状況に至っているわけではない。特に特集3の倶知安町は、その国際化が否定的な論調で語られることも少なくない。
 ただ、それを乗り越え、地域に人材や事業者が定着し、育ってきたことが今日の状況につながっている。

観光による人口定着に向けて

 地域に人々を呼び込むというのは、ある意味、万国共通の課題であるが、観光地においては難易度が相対的に高い。観光産業の給与水準は他産業より低めとなり、いわゆるリゾートバイトであればともかく、一生の仕事としていくにはハードルが高い。特集1で就業者の性別・年代について整理したが、職業選択/居住地選択の自由度が高まっている現在、「観光業を選んだのだから、一生、従事しなさい」なんていう言説は全く成立しない。
 そうした状況において、特集4で整理したのは、北米リゾートで展開が進められている観光産業従事者向けのアフォーダブル住宅の事例である。
 これは、一種の公営住宅であるが、日本のそれと大きく異なるのは、観光業の従業者を対象とし、かつ、彼らが世帯を持ち長く生活していくことが出来るようにデザインされていることである。これによって、地域で働く若者は、「あと◯年、就業を継続していけば、家族で暮らせる家を確保できる」と未来を思い描くことができる。これは、婚姻や子育てなどライフステージが変化しても、この地で働き、住み続けることができると思えることに繫がる。
観光業の就業者を短期就業者ではなく、何十年という時間軸で地域を支える人材としていく取り組みである。
 また、米国では、飲食業就業者の給与を高めるために、(チップが発生しないタイプの)飲食費に「人件費サーチャージ」を付与することを認めている州もある。本来、給与水準は市場の中で定まっていくものであるが、低賃金となりやすい飲食業の人件費を直接的に高めようという取り組みである。チップ文化がある国であるため、飲食業での人件費の考え方は、日本と異なるが「観光業は相対的に賃金が低い」という事実を行政として、正面から捉えた施策と言えるだろう。
 労働市場的に恵まれている北米ですら、こうした取り組みを行っているにも拘わらず、少子化が進み、若年層の確保難易度が指数的に高まっていく日本では、こうした取り組みに拡がりは見られない。
 例えば、観光業は土日や夜間勤務など勤務時間が不規則となり、子どもを持つ親の就労には、保育園や学童保育のサポートが欠かせない。日本の制度でも事業所内保育所を設置することは出来るが、その補助率は一般より低く、夜間対応可能な学童保育はほとんど無い。そのため、親は、子どもに対して、ある種の後ろめたさを感じながら就労¥することを余儀なくされる。特にシングルマザー/ファーザーの負担は大きい。また、ラーケーションによって、平日に学校を休むことが出来る地域は増えてきているが、観光客が多い土日が休業日であることに変わりなく、子どもたちだけで週末を過ごすことになる。さらに言えば、平日の昼間しか対応できない行政手続きも多く存在する。
 観光を地域経済の核としていくのであれば、地域の経営資源となる観光業で働く人たちが「ここであれば、家族と共に豊かに暮らしていくことができる」「自分たちは大切にされている」と感じるような環境をつくっていくことが重要ではないか。

観光を手段とした地域づくりが導く未来

 転職が当たり前となった社会において、人々を地域に呼び込み経営資源を増やしていくには、従来の発想を超えて寄り添っていく必要がある。
 地方創生の文脈では、観光を振興させることが人口定着に繫がるという発想だったが、それを実現するには、観光の振興だけでなく、そこで働く人々のライフステージも展望した取り組みが必要になるという認識を持ちたい。
 もう一つ、重要となるのが「地域も変わっていく」という意識を持つことだろう。
 地域に女性や外国人が入ってきて、活動していくということは、多くの地域にとって「初体験」となる。我々は現状維持バイアスを強く持っているため、こうした変化を無意識に否定的に捉えてしまいがちである。
 自身と異なる価値観、文化を持った人々に対する我々の反応は二つに分かれる。それは、異文化として排除する反応と、自分と異なっていて面白いとする反応である。
 そもそも「観光振興」は、地域外から人々を呼び込む行為である。もちろん、観光客が地域に対して一定の敬意を持つことは必要だが、それでも観光客と地域住民との間に相互作用が生じ、それは、地域に変化を促すことになる。就業者を一時的な労働者ではなく、住民としていくことは、この延長線上にある。
 人口縮小社会において、観光によって、どういう地域を目指していくのか。
 情報革命が進む現在、就業者の定着という切り口を、将来的な地域デザインを考えていく機会としてほしい。