特集③ 国際化による地域形成【座談会】国際化による地域形成
北海道倶知安町
国際性・多様性が根付く「日常」を地域の財産に

日本の多くの地域が人口減少と人手不足に直面する中、北海道倶知安町は「観光」を軸とした国際化によって独自の社会形成を続けている。国際的なリゾートとしての成長がもたらした恩恵とそれによって直面している課題、そして新幹線開業を見据えた2030年代への展望について語り合った。


進行○山田雄一(JTBF)
構成・文○成田美友

国際化によって塗り替えられた地域の「日常」

山田 本日はお集まりいただきありがとうございます。今回のテーマは「国際化による地域形成」です。地方創生の文脈では、観光で交流人口を増やし、それが関係人口の拡大、さらには定住につながるというシナリオが描かれがちですが、現実は人口が減少し、特にコロナ禍以降は深刻な人手不足に陥っている地域がほとんどです。しかし倶知安町は、国際化をすることによって独自の人口・経済成長を見せています。
まずは、この国際化が進展した現状をどう捉えているか、鈴木さんから伺えますか。
鈴木 私は10年間、ハワイにいた経験がありますが、ニセコエリアの現状はハワイと非常に似ていると感じています。世界約196カ国のうち半分以上の国から人々が訪れているという構図はハワイとニセコも同じです。ニセコの場合は特に冬の「パウダースノー」という資源がもたらす付加価値が圧倒的で、20年以上も前から世界中のウィンタースポーツファンを魅了し続け、「JAPOW」ジ ャ パ ウ というブランドとして確立しています。
山田 ニセコの場合、観光客の滞在スタイルも、国内の一般的な観光地とは異なりますよね。
鈴木 はい。日本人の平均滞在は4〜5泊ですが、欧米、特にアメリカ人などは10泊以上、あるいはそれ以上滞在する方も珍しくありません。こうした長期滞在型のインバウンドがもたらす経済効果は、この地域の大きな強みです。以前はオーストラリア人が中心でしたが、この5〜10年でSNSが普及したこともあり、現在は100カ国以上の国から人々が集まるようになっています。
 そうして海外からの観光客、さらには移住者が増えたことによる国際化の価値について、住民の視点から考えると、国際化が「日常」になっていることが挙げられます。語学や教育だけでなく、就職やビジネスの面でも、世界中から人が集まるこの環境によって、住民の将来設計の選択肢の幅も広がっていると感じています。
山田 そうした変化は、意思決定の場にも影響していると聞きました。
鈴木 そうですね。観光協会の組織運営も多様化しています。現在、理事20名のうち4名が外国人です。事務局から見れば、日本人か外国人かという区分けはもはや重要ではなく、その人がどのようなキャリアやバックグラウンドをもっているかを重視しています。
観光に強い人材と、開発に強い人材とがバランスよく混ざり合い、多様な視点から議論を行う。この意思決定における多様性こそが、現在の倶知安町の面白さであり、強みだと言えると思います。
山田 行政の立場からは、住民生活における国際化の恩恵をどう感じていますか。
菊地 多文化交流が「特別な行事」ではなく、住民の楽しみとして「日常」に根付き始めていると感じます。先日、韓国料理の「多文化交流サロン」を開催したのですが、子どもを含めて、外国語をまったく話せない日本の方々もたくさん参加してくださいました。
言葉が通じなくても、ジェスチャーを交えて一緒に料理を楽しみ、交流する。
倶知安町ではこうした光景が当たり前になっています。
山田 交流の「質」が変わってきているということですね。
菊地 ええ。興味深いのは、これまでまちづくりや地域の行事にあまり関心を示さなかった層が、外国人と関わることで、そうしたイベントに積極的に参加し始めていることです。外国人と接することで受ける新しい刺激が、結果的に住民のまちづくりへの主体性を引き出している。これは町にとって非常に大きな財産です。
山田 20年前には想像もつかなかったような、新しい地方の形ができつつありますね。

教育現場に見る境界線のない新しい社会の形 

沼田 何より、次世代を担う子どもたちの感覚が素晴らしいと感じています。私の娘は中学2年生ですが、幼稚園の頃から同じクラスに海外にルーツをもつ子や外国籍の子がいるのが当たり前でした。中学の部活動でも、体格のいいチームメイトと競い合う中で、お互いの能力や強みを認めつつ、同じ目標に向かって切磋琢磨しています。彼らにとって、ルーツの違いは「壁」ではなく、単なる「個性の違い」にすぎません。
菊地 私の小学生の娘も、学校で英語を「教科」として学ぶ前に、日常の中で「友達の言葉」としていろいろな外国語にふれています。たとえば、クラスに日本語が話せない子が入ってきたとき、先生が翻訳機を使って対応する姿を間近で見て、子どもたちは「言葉が通じなくても、どうすれば一緒にできるか」と考えるような視点を自然と身につけているように思います。
山田 大人が抱きがちな外国人への抵抗感を、子どもたちはまったくもっていないということですね。
菊地 その通りです。たとえば学校の制作物では、各自の国籍やルーツを反映した自由なデザインや色使いが見られるなど、それぞれの発想の違いが互いに良い刺激になっているように思います。バックボーンが違っても、意見を交わし合うことが当たり前。そんな感覚をもつ子どもたちが育っていることは、この町の持続可能性を考えたときに、非常にポジティブな要素だと言えると思います。
山田 人口動態を見ても、札幌市周辺の自治体が苦戦する中で、倶知安町は急激な人口減少を免れています。これは20年間に及ぶ観光政策の成功と、それに伴う国際化の蓄積が、新しい社会基盤をつくり上げた結果だと言えるように思います。そこには、既存の日本社会の概念では測れない、新しいコミュニティの可能性がありますね。

「来るもの拒まず」の風土が生んだ地域資源の新たな価値

山田 倶知安町がなぜここまで国際化を実現できたのか、その秘訣を深掘りしたいと思います。多くの自治体がインバウンド誘致に苦戦する中で、倶知安町には成功を収めるための歴史的・文化的背景があったのでしょうか。
沼田 まず行政の視点から言えるのは、このエリアは過疎地ではなく、一定の人口規模と活気を維持していたということと、この町はもともと転勤族が多く、外から来るものを拒まない土壌をもっていたということです。本州の歴史ある観光地のように、先祖代々の土地を何がなんでも守るという感覚がそこまで強くなかったということが大きいかもしれません。
山田 土地に対する執着が少なかったことが、海外からの移住者や資本を受け入れやすくしたということですね。
沼田 そうですね。土地の売買や流動化が比較的スムーズに進んだ背景には、そうした土壌があったと思います。また、地元の商業者たちも、新しく参入してきた事業者を村八分にするような排他的な動きをせず、むしろ新しい需要に応える仲間として歓迎する雰囲気がありました。こうした「進取の気性」と「寛容さ」が、国際化の基礎をつくったのだと思います。
鈴木 インバウンドの大きな転換点としては、2001年のアメリカ同時多発テロ(9・11)が挙げられます。これを機に、それまで北米に足を運んでいたオーストラリア人観光客が、安全で時差が少なく、圧倒的な雪質を誇るニセコエリアに目を向けるようになりました。このとき、急増したオーストラリア人に対して、地元の宿泊事業者らが「ウェルカム」の姿勢で対応したことが非常に大きかったとも思います。
山田 観光カリスマにも選ばれたロス・フィンドレー氏をはじめ、地元の資源を大切にする外国人が初期にやってきたことも幸運でしたね。地元の人々も、彼らが地域を愛していることを感じ取ったからこそ、協力関係が築けたのだと思います。

外部視点による地方版スタートアップ

沼田 当時の動きを振り返ると、まさに地方版スタートアップのような形でした。フィンドレー氏たちが導入した夏のラフティングや、コンドミニアム経営といったビジネスモデルは、当時の日本には存在しなかった概念です。
これらは地元の人間だけの視点では、まず生まれてこなかったでしょう。
山田 既存の観光業の延長線上ではない、まったく新しい価値の創造だったわけですね。
沼田 彼らの手法は、日本人の感覚とはまったく違いました。日本人の事業者は、まず足元を固めてから少しずつ進める積み上げ型が多いですが、海外の事業者はまず大きなビジョンを掲げて投資を集め、驚くようなスケールからスタートします。そして、その高い目標から逆算して、日本の法体系や規制の壁と交渉しながら落としどころを探っていきます。
 その過程で、住民の不動産に対する考え方も変わりました。倶知安町では今、住宅が本当の意味での資産になっています。定年後に家を売却して次のライフスタイルの糧にするという選択肢が、海外事業者の参入によって当たり前に存在しています。これも、他の日本の地方都市とは異なる点ではないかと思います。

持続的な国際化でさまざまな文化が混ざり合う

山田 今のお話にあったような、オーストラリアの方々による起業や投資の連鎖は、まさに外部の視点が地域の価値を再定義した象徴的な出来事だと思います。彼らは、単にビジネスチャンスを求めて町に来るのではなく、この地の環境に自らのライフスタイルを重ね、それを実現する場所として倶知安町を選んでいるということですね。こうした動きが独自の定住モデルを生んでいるように感じます。そうして、単なる労働者としてではなく、倶知安町で暮らしたいと思わせる魅力はどこにあるのでしょうか。
鈴木 カギは自己実現にあると考えています。移住者の多くは、最初は旅行者としてやってきます。ビーチリゾートや多様な文化に魅力を感じてハワイにやってくる旅行者と同じように、彼らはスキーやスノーボードといったアクティビティのために、パウダースノーに代表されるこの地の豊かな自然環境に魅せられてやってきます。そしていつしか、その魅力に自身のライフスタイルを重ね合わせるようになるんです。
山田 まずは遊びに来て、この場所のファンになることから始まるということですね。
鈴木 そうです。そして「ここなら自分の望む暮らしと、やりがいのある仕事を両立できる」と直感した人々が、30代、40代という現役世代で移住してきます。彼らは自ら不動産業や観光業、あるいは新しいサービス業を立ち上げる力をもっています。日本中の観光地が人手不足対策として外国人を「労働力」として呼び込もうとしているのに対し、倶知安町の場合は「ファンが住み着き、自分たちで仕事をつくり出していく」という自律的な好循環が生まれていると言えるでしょう。

共感とリスペクトが新たな文化を育む

山田 労働力としてではなく、プレイヤーとして外国人が定着している。これは非常に強いモデルです。
鈴木 もうひとつ重要なのは、お互いの価値を認め合う関係性です。住民が、観光客が来る価値を認め、観光客や移住者が、地元の人々が守ってきた文化をリスペクトする。その結果、100カ国以上から旅行者が訪れ、70カ国以上の人々が住んでいるこの町では、今まさにそれぞれの国の文化が混ざり合うようにして暮らしています。きっと数十年後には、「ニセコモデル」と呼べるような新しい文化が育まれているのではないでしょうか。
沼田 行政の立場から見ても、彼らは単なる外国人ではなく、地域課題を共に解決するパートナーになりつつあります。交渉の手法は違っても、地域を良くしたいというビジョンに共感があれば、新しい仕組みはつくれます。たとえば、海外の投資家が住宅を買い取る際も、昔ながらの手続きに固執せず、スピード感をもって一括で引き受けるような新しいビジネス慣習が生まれており、それが地域の新陳代謝を促しています。
鈴木 外部の視点が日常に組み込まれ、JAPOWのように、住民が気付かなかった価値が世界に広まる。このプロセスこそが、倶知安町の国際化の本質だと思います。

急成長ゆえのミスマッチと独自の課題

山田 ここまで、たくさんのポジティブな面を挙げていただきましたが、その一方で、国際化が急速に進んだことによるゆがみも出ているだろうと想像できます。特に行政の現場ではどのような苦労がありますか。
沼田 正直、対応は大変です。開発が先行し、後から都市計画やルールを追いかけてつくるような状態が続いています。既存の日本の法体系や税制、政策概念と、現状のスピード感や実態とのミスマッチが随所で起きています。
民泊のルールづくりや、海外事業者の交渉手法の違いへの対応など、国の対応を待っていられないことも多く、独自の課題が山積みです。
菊地 最も深刻なのは住宅問題だと思います。夏場は住民がおらず閑散としているアパートがあっても、そうした住宅は、冬場にやってくる約3千人の雇用者のために確保されてしまっています。そのため、一般の若い世代が住む場所が不足している状態です。不動産を見ても、地価の高騰と物価高が重なり、昔であれば数千万円で建てられた家が、今は土地すら買えない価格になっています。
山田 高度成長期の都市化と同じようなことが、人口減少社会の日本でここだけ起きているわけですね。
沼田 その通りです。昔なら公団住宅の供給や公共交通機関の整備が行われたと思いますが、社会全体が縮小傾向にある今はそれが難しい。実際に町営住宅の建て替えだけで手一杯ですし、バスの運行数も運転手不足で増やせません。こうしたミスマッチは非常に難しい問題です。

重要なのは自律的な財源確保とエリアマネジメント

鈴木 ただこれらの社会課題は、国際化したからこそ起きたわけで、これらの課題解決に取り組むことは、全国でこれから起こりうる社会課題を解決する先行事例として、プラスに考えることができるとも思います。たとえば今、各地で取り沙汰されているオーバーツーリズムによる渋滞課題については、「パークアンドバスライド」をはじめとする対策をいち早く講じました。全国で問題になっている物価高も、ニセコエリアではコロナ禍明けの3年くらい前からすでに問題になっていました。これについても、その時点から
「Kutchan ID+」※3や「Kutchan Magical Dining」などを通して、解決に向けて歩みを進めてきています。問題が先行して起きているからこそ、解決策も早く生まれる。それを他の地域にシェアすることで、日本全体の社会課題解決につなげていくこともできると考えています。

若者が安心して暮らせるまちづくりを

山田 最後に、2030年代、新幹線開業も見据えた将来像について伺います。倶知安町は国際的なリゾートとして、これからどのような方向を目指していくべきでしょうか。
沼田 個別最適のビジネスをどう全体最適に調整していくかという交通整理は引き続き重要です。ビジネスの分野では、個別最適が先行して強くなりがちですが、それをいかに地域全体の価値につながるよう整理していくか。行政としてはそこを突きつめていかなければならないと感じています。
山田 全体最適という意味では、全国に先駆けて導入した定率の「宿泊税」も、エリア全体の景観や利便性を考える、つまりエリアマネジメントのための財源が必要だという議論からスタートしています。先ほどのお話にあったように、国や既存の制度に頼れないからこそ、自分たちで財源を確保し、独自の解決策を模索せざるを得ないということですね。
菊地 私は人口の「土台」を支える若者世代の流出に危機感をもっています。国際化による華やかな成長の裏で、倶知安町も全国の自治体と同様、若い女性の人口減少という課題を抱えています。インフラがどれだけ国際的にスケールアップしても、それを支える地域側の基盤である若い世代が「住みたい」と思える環境がなければ、町はどこかで崩れてしまいます。若い世代がこの町で安定した収入を得て、安心して住み続けられる環境を、住宅政策を含めて早急に整える必要があります。
山田 確かに、住宅問題は「定住」を阻む最大の壁になっていますね。
菊地 その通りです。今は古い住宅が市場に出てきても、そのほとんどが冬場の雇用者向けのシェアハウスなどへと変わってしまいます。本来なら高齢者が手放した家を若い世代が買い取って住み着くという流れが理想ですが、空き家自体が存在しないという状態です。収入がまだ安定していない若い世代でも、この町に自分たちの居場所を確保できるような住宅政策、あるいは安定した収入を得られる仕組みを早急に整える必要があります。これをつくらなければ、新幹線が来ても人は素通りするだけになってしまうでしょう。
鈴木 住宅問題について言えば、ハワイの事例が参考になるかもしれません。ハワイでは15年ほど前から、新築コンドミニアムを建設する際、オーナーオキュパント制度といわれる、一定割合を住民向けに優先販売枠として確保する法規制があります。たとえばアフォーダブルハウジングという中間所得者層向けの住宅プログラムでは、1億円の物件でも住民枠は5千万〜7千万円で提供されます。倶知安町も今後、こうした独自の法規制やハード整備への着手が必要になるフェーズに来ているのではないでしょうか。

「ニセコ・ファン」を一生の資産に変える教育と文化の発信

沼田 また、今後10年というスパンでは、気候変動の影響も無視できません。
今後、世界的に雪が降らなくなる中で、倶知安町だけが選ばれる場所として過熱するのか、あるいはウィンタースポーツ市場全体がシュリンクしてしまうのか。そこは注視していく必要があると思っています。
 いずれの道に進むにせよ、国際化によって「本物にふれる」機会を住民が享受できる環境は守り、伸ばしていくべきだと考えています。先日の雪まつりでも、多文化交流を担当する地域おこし協力隊の方が、インドネシアのスープを提供してくれたのですが、それが驚くほどおいしくて。こうした本物の異文化が日常に溶け込んでいる環境こそが、倶知安町の新しい魅力になります。これを一過性のイベントに留めず、町の当たり前の風景にしていくことが大切だと思っています。
鈴木 観光の視点で言うと、新幹線や高速道路の延伸はプラスの材料になります。しかし、それを単なる「交通の利便性」に留めてはいけないと考えています。私たちが目指すべきは、一時的なワーカーではなく、この町に深く関わり続けるコアなファンを増やし、定着させることです。
山田 その点では、観光以外の文化的ブランドをどう磨くか、そしてそれを外に向けてどうアピールしていくかがカギになりそうですね。
鈴木 はい。ハワイがサーフィンをしない人からも憧れのリゾートであるように、倶知安町もウィンタースポーツ以外の文化的な魅力を外に向けて発信していくべきだと思います。
山田  日本のマウンテンリゾート業界には、若い頃にカナダのウィスラーで過ごした経験をもつ人が多く、それが日本国内での「ウィスラー推し」の強さにつながっていると感じています。
ウィスラーは単なるスキーリゾートではなく、ワーキングホリデーやさまざまな研修、体験ができる場所で、若者が2〜3年を過ごす土壌があります。
それと同じように、世界中の若者がニセコエリアで数年を過ごして最高の「青春」を経験する。そうすると彼らは、帰国後も一生「ニセコ・ファン」として、世界中で町の魅力を語り続けてくれることと思います。
菊地  面白い視点ですね。そんなプラットフォームとしての機能をもてれば、人口減少社会においても、世界中の「ニセコ・ファン」がこの町を支え続けてくれることになりそうです。
山田 その先に、ハワイとも異なる、まったく新しい形の国際リゾートとしての倶知安町の未来が広がっているのではないかと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

<注>
1…ロス・フィンドレー氏:オーストラリア出身で、1989年に来日。ニセコエリアのパウダースノーと豊かな自然に魅せられ、1992年に倶知安町に移住し、1995年にニセコアドベンチャーセンター(NAC)を設立。ニセコにラフティングアクティビティを導入し、冬だけではない通年型の観光地としての成長に貢献した。
2…パークアンドバスライド:ニセコひらふエリアの渋滞緩和や駐車場不足解消のため、2023年から毎冬実施している実証実験。郊外の無料駐車場に車を停め、無料バスでスキー場などへ移動する仕組みで、冬の混雑期の交通対策として定着しつつある。
3…Kutchan ID+:くっちゃんアイディープラス/倶知安町民向けのデジタル町民証明サービス。国際リゾート化に伴う物価高騰から住民の暮らしを守るため、2024年に開始。マイナンバーカードで本人確認のうえ登録し、提示することで町内の店舗などで割引・優待を受けることができる。
4…Kutchan Magical Dining:くっちゃんマジカルダイニング/倶知安町民限定のプレミアム飲食券事業。町内のリゾートエリアにある飲食店を住民に楽しんでもらう目的で2025年に初開催。チケットの購入にはKutchan ID+による本人確認が必要。