活動報告
【研究懇話会】第6回
地域経済発展と社会問題改善の手段としての宿泊(&観光関連)と産業経営
当財団では2025年度、研究顧問を招いてさまざまな角度から話題を提供いただき、研究員と対話する研究懇話会を実施している。全6回の開催を予定しており、3月26日に行われた最終回は、観光地経営や観光税制度を専門分野として研究し、日本の観光政策に多くの提言を行なっている原忠之氏を講師に招いた。
米国における最前線の観光研究や実務経験に基づき、さまざまな角度からの話題提供と日本の観光産業への提言が行われた。
原 忠之(セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリティ経営学部テニュア付准教授)
「現状把握」を嫌う日本、好むアメリカ
観光振興とは地域経済を発展させ、社会問題を改善するための「手段」であると私は考えている。最も実現すべきは地域住民の生活の維持向上であり、そのために「観光を手段として使いまくれ」というのが私の基本的なスタンスだ。
中央政府や地方政府が観光を推進する目的の本質は、納税者である地域住民の生活の質を維持あるいは向上させることにある。特に人口減少と低成長が続く日本において、観光は外貨を獲得するための重要な「輸出産業」として位置付けるべきだと考える。
そのための戦略策定として私がよく実践するのは「現状把握」「理想像の設定」「時間枠の設定」のシンプルな3ステップで、まず現状を把握し、次に理想像を設定し、その理想像にどのくらいの時間をかけて移行するかを設定する。
しかし、日米の組織で働いてきた経験から感じるのは、アメリカでは現状把握を喜んで行う一方、日本では現状把握を回避する傾向があり、特に日本の行政に強く見られる。それは日本では現状を把握して何か問題が見つかると、担当者の責任問題につながるからだが、アメリカの組織で現状をあぶり出し、改善を行うとそれが担当者の手柄になる。
現状把握は中高年が人間ドックに行くように、解決の糸口を見つけるためのものだが、日本は「人間ドックに行くと悪いところが見つかるから嫌だ」と逃げ回っているような状態であり、それゆえになかなか改善が進まないと感じる。
非正規雇用の課題を宿泊産業で解決
私は、日本の社会問題として「物価高」が挙げられるのは完全な誤解であり、正しくは「国民の給料が低すぎる」ことこそが本質的な問題であると考えている。
日本は1億2000万人の人口に対して2019年時点の総雇用者数は5660万人で、その約4割を占める2165万人が非正規雇用者という特殊な状況にある。正規雇用者の平均年収は503万円なのに対して、非正規雇用者の平均年収は175万円で、男女別に見ると男性は225万円、女性は152万円でこれは米ドルに換算すると1万ドルを下回る。
また、2023年の日本の産業別平均年収のデータ(図1)を見ると、宿泊業、飲食サービス業の賃金は全産業の中で最低水準にあり、特に女性の平均年収は約171万円と低い。一方、2023年は米国の女性正規職の平均年収が5万ドル(約740万円)を達成した年で、両国間に決定的な差が生まれている。ここから、いかに日本の非正規雇用者の年収を上げ、地方出身者を地元で雇用するか、非正規雇用の女性を中心に子育て世代全体の年収を上げるかといった現状の課題が見えてくる。
この日本の現状を打破するため、私は以下(図2)の形での宿泊産業の経営改善を強く提言したい。宿泊業は固定費比率が高い産業構造であるため、売上が20%向上すれば、人件費を50%引き上げたとしても十分に吸収でき、増収増益が可能になると試算できる。
実際にインバウンド需要で宿泊産業の売上が伸びている現在、従業員の年収を1・5倍に引き上げることは経営的に十分可能だ。昭和時代の経営マインドのまま、内部留保を重視し、従業員には賞与という形で、一時的にしか利益を還元しない会社からはどんどん人が辞めている。そうした経営者にはマインドを変えてもらうか、退場してもらうべきであり、ベース(基本給)を底上げすることこそが、優秀な人材を地域に引き留める鍵となる。


すぐできる改善策は女性管理職の増加
日本はジェンダー・ギャップが大きく、G7各国の中でも各指数が圧倒的に低いが、日本の政府や企業からは改善に向けた声があまり聞かれない。
特に問題なのが「管理職的職業従事者の男女比」の0・148という指数で、これは男性管理職10人に対して女性管理職が1・4人しかいないことを示す(図3)。この比率は、すぐに変えなければいけない。それが実現可能なのは、間違いなく宿泊産業やDMOを含めた観光産業であり、全産業の中で最も簡単に着手できると思う。
ちなみにフロリダ州オーランドのDMOには役所からの出向者や公務員出身者は一人もおらず、執行役員の男女比は3対8と女性の方が多いが、これは少数派を優遇するアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)によるものではない(図4)。さまざまな人の声をよく聞き、親身に寄り添い、そこから結論を導き出してレポートを作るというDMOに不可欠な能力は、女性の方が優れているという声も多方面から聞かれる。
日本のDMO経営職階は男性スタッフが9割ほどを占めているが、世界から見ると極めて異例と言える。

非正規雇用の女性の収入向上で起きたこと
2023年、予測されていた米国経済の景気後退を回避できた背景には、女性の平均収入が上がったことに伴う「体験消費」の拡大があった。男性は収入が上がると自動車や時計などの固定資産に支出することが多いのに対し、女性の支出の多くはエンターテインメント鑑賞やヘアサロンやネイルサロン、ドレス仕立屋といった地元密着型の「労働集約型産業」に還元され、この消費行動が地域の隅々にまで資金を循環させ、地域経済を底上げしたと考えられる。GDP算出公式の左辺はGDP(Y)で右辺は C+I+G+(EX -IM)であるが、Yを1とした場合、米国では個人消費(C)が0・7と右辺の諸要素中最大値故に、個人消費が10 %上昇すれば他の数値変動がない場合はYのGDPは年率7%上昇する経済構造である。ちなみに日本経済も右辺最大は個人消費(C)であり0・6で、多くの人が経済効果を過大評価する企業設備投資は0・15、政府支出も0・25に過ぎないので、政府の土木工事やAI等設備投資よりも倍以上のGDP浮揚効果があるのが個人消費増である。そこで社会の最底辺に位置する「女性・宿泊外食産業・非正規」の三要素のうち二つ以上が当てはまる層への産業界主導による大幅賃上げを仕掛けると、数が多い層故に日本経済GDP浮揚効果が大きい、それは米国経済で既に証明されている。
・GDP:Y=
C+I+G+EX -IM
Y:GDP、C:個人消費、
I:企業設備投資、G:政府支出、
EX:輸出、IM:輸入
・米国100=70+18+17+(-5)
・日本100=60+15+25+0
私はこれを、地域経済を循環させるための極めて有効なモデルと見ている。日本でもこうした経済の動きを生み出すため、「非正規雇用の女性の年収を5年で300万円まで引き上げる」という具体的な数値目標を設定すべきだと考える。(図5)
賃上げの原資は単価アップであり、日本の地方の観光地にはそれぞれ特別な観光資源があるので、単価上昇の余地は十分にある。ちなみに、アメリカにはスパという巨大なマーケットがある。以下(図6)がその概要だが、このマーケットと、日本の各地域にある温泉が結びついていないのは大変もったいないと感じる。
また、英語で仕事ができる人の給料にプレミアムがつくのは世界共通なので、日本でも手当を支給することが必要だと考える。例えば英検一級やTOEFL iBT 80点以上のスタッフには月額10万円をプラスすれば300万円に120万円上乗せで年収420万円となり、大都市圏への若者の流出防止や、地方の出生率向上の効果が期待できる。
アメリカでは政府に期待せず、産業界が自ら取り組むのが通例で、日本も政府に頼る発想を捨て、業界をどうするかを自分たちで考え、こうした施策を自らの力ですぐに実施するべきだと考える。

グローバルゲートウェイとしての北海道の潜在力
私が広島大学で客員教授を務めていたとき、東広島市は米国の半導体メモリーメーカー、マイクロンの工場誘致に成功したが、米国人幹部は誰も東広島市に住まず、新神戸から通っていると聞いた。台湾のTSMC(台湾積体電路製造)の工場を誘致した熊本県菊陽町も同様の状況と聞いており、幹部は福岡や熊本に住み、運転手付きの車で通う形が多いのではと思う。
これは、外国人が家族で住める広い居住空間や彼らが楽しめる文化・娯楽インフラなどの欠如によるもので、せっかく立派な工場を作っても、高い年収の外国人幹部がその地域に住んで消費してくれなければ、地域に経済効果を生むことができない。日本の各地域において、長期的な展望に基づく世界視野での都市環境整備を行わなければ、大きな機会損失につながると考える。
こうした問題に気づいているのが北海道千歳市で、私は北海道に対して世界と日本をつなぐゲートウェイとなり得る可能性を見ている。例えばニューヨーク市のハブ空港の一つであるニューアーク・リハティー国際空港から日本に行く場合、札幌や旭川から入る方が、羽田に入るより1時間半から2時間早く着くことができる。北海道を「世界から一番近い日本」として、日本あるいはアジアのゲートウェイとするビジネスモデルは十分考え得る。
新千歳空港は日本人利用者が8割強を占めているので、旭川空港を海外からのゲートウェイとして使うことも考えられる。北海道の人口と同規模のフィンランドのヘルシンキ空港が、新千歳空港と逆に自国民以外の利用客がほぼ9割と、ヨーロッパのゲートウェイ機能を果たしているように、北海道も北米からの直行便などを活用し、日本全体の玄関口としてのビジネスモデルを再構築する余地があると考える。

