私は歩くことが好きだ。はじめは健康のために歩いていたが、そのうちに、歩くといろいろな発見があることに気づいた。
たとえば、先日、私は松江に旅した。ここにあるルイス・コンフォート・ティファニーの美術館を見に行ったのである。19世紀末のアール・ヌーヴォー・ガラスの作家で、その名からわかるように、ニューヨークの有名な宝飾店の息子であった。
美術館を見てから、松江の町を歩いた。松江といえば小泉八雲が住んだ地である。彼の 旧居を訪ねたりしているうちに、私は面白いことに気づいた。ティファニーと八雲は同じころにニューヨークにいたのだ。19世紀末にアメリカで、日本文化へのあこがれ〈ジャポニズム〉があり、二人は共に、日本に魅せられた。ティファニーは日本美術に影響を受けてアール・ヌーヴォー・ガラスをつくり、八雲は自ら日本に赴き、松江に住んだのである。
そして今、八雲の町、松江にティファニー美術館ができた。面白い縁である。私はこれまで、二人を別々に知っていたのだが、松江にやってきて、この町を歩いたことで、二人の結びつきを見つけたのであった。
私たちは、視覚的なものが非常に発達した時代にいる。座っていても、世界中の映像が入ってくる。視覚性、ヴィジュアルがなにより重視される。〈観光〉といったことばも、観が入っている。だが、観という字に、見るという字が入っていることに注目してほしい。目の下になにかついている。これは足なのである。つまり〈見る〉は、目に足が伴っていなければならない、という意味ではないだろうか。
私たちは、あまりに目だけで見るようになっているのではないだろうか。しかし本来見るとは、現地に足を運んで、自分の目によって見ることなのではないだろうか。私はそう思って『足が未来をつくる・・〈視覚の帝国〉から〈足の文化〉へ』(洋泉社新書、2004年)という本を書いた。見ることは、目と足の共同作業なのだ。なにかを本当に見ること、知ること、そしてそれを記録することは、そこまではるばる自分の足を運んで、訪ねなければならないのだ。その映像だけを座っていて呼び寄せているだけでは、だれかの見たものを見ているだけなのである。
私たちは歩いていかなければならない。自分で歩いていって、はじめて人間は親しい友を得るのであり、そこに文化が生まれるのだ。
(うんの ひろし)