宮沢賢治とイーハトーブ (観光文化 185号)

2007.09.27

観光文化185

特 集 :宮沢賢治とイーハトーブ

地球環境問題や精神的な荒廃を抱える現代社会。多くの課題を鋭く指摘した宮沢賢治を生み育んだ「イーハトーブ(岩手県)」の世界への関心が高まっています。今号では、宮沢賢治の生誕百十一年を記念し、自然との交感を通じて彼が体現した岩手の精神風土を紹介します。

発行年月
2007年9月
判型・ページ数
B5判・32ページ
価格
本体価格 1,400円 + 税

【185号 PDF版】
PDF版の転載はご遠慮ください。

[巻頭言]イーハトーブの風景  前岩手県知事(現 総務大臣) 増田 寛也

 本年の四月末まで、岩手県の知事を十二年間務めた。この間、いったい何回新幹線に乗ったことだろう。恐らく、五百回は下るまい。地方の時代といわれながら、出張とはほとんど東京との間だけを往復することだった。
 盛岡~東京間、わずか二時間二十分。随分早くなったと思う。東京での仕事の帰りに、ぼんやりと車窓を眺めていると、春には新緑のまぶしさ、秋には黄金色の稲穂や紅葉などが目に映え、四季の移ろいを感じ、ほっと息をつく一刻でもあった。
 東京生まれ、東京育ちの私にとって、子供のころ、毎年の夏休みに岩手の親戚の所を訪ねるのがとても楽しみだった。当時は、盛岡に行くとなれば一日がかりの大旅行となる。いつも私をとても可愛がってくれた祖父と二人だけの旅。祖父は車窓からの眺めが良いからと、わざわざ常磐線経由の急行列車を選んだ。片道十二時間、蒸気機関車で行くのんびりとした時代だった。
 トンネルの中では車内が煙で満たされ、ススで真っ黒になりながらやっと着いたその地は、東京とは全くの別世界。澄んだ空気に、重厚でゆったりとした、東京とは異なる時間が流れていた。
 朝早くからカブトムシを集め、川に魚を追い、夜はホタル狩り。圧巻は、夜空にきらめく満点の星。プラネタリウムの中の疑似空間ではなく、本物の天の川やいくつもの流れ星を見たのはこの時が初めてだった。首の痛くなるのも忘れて飽きることなく見つめた夜空。そこは『銀河鉄道の夜』であり、確かにイーハトーブの世界が広がっていた。
 今年は宮沢賢治生誕百十一年。生前彼の業績は、世間からはほとんど無視されていたが、時代は巡り、賢治は二一世紀に最も重視される詩人になるだろうといわれている。否、詩人としてだけではない。童話作家として、農業技術者として、地質学者として、天文学者として、はたまた音楽家や宗教家として。
 賢治という人は、人間のあらゆる可能性を体現し、一つひとつの専門的な領域を抜け出て、まさに普遍的な人間として昇華したのではないか。
 それは、賢治の才能がなせるものか、あるいは、その時代と時代の空気が生み出した奇跡か。花巻、盛岡、岩手山、小岩井農場……。岩手県内各地を歩けば、賢治を育てた同じ空気が時空を超えて流れていることに気づく。
 まさにイーハトーブの風景が現代に広がっているのである。

(ますだ ひろや)

  • 観光文化 185号
  • 巻頭言
    イーハトーブの風景 増田寛也 P1
  • 特集1 イーハトーブの揺りかご―宮沢賢治と岩手大学 大野眞男 P2
  • 特集2 賢治を育てたイーハトーブの自然 瀬川 強 P6
  • 特集3 宮沢賢治とイーハトーブの人々 奥田 博 P10
  • 特集4 岩手の環境ルネッサンス・地域づくりに挑戦 谷村和郎 P14
  • 連載
    連載I あの町この町 第23回  他言無用 ・・・佐賀県・有田町 池内 紀 P18
  • 連載II 明治のジャパノロジスト F.ブリンクリーの「美しい国ニッポン」(2) お雇いさんが時間外で辞書編纂してしまった 沢木泰昭 P24
  • 連載III ホスピタリティの手触り44  どこでもフィットネス 山口由美 P26
  • 視点 財団法人日本交通公社の調査研究小史(その1) ―観光計画を中心に 梅川智也 P28
  • 新着図書紹介 P32

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