源氏物語千年紀を祝う (観光文化 186号)

2007.11.22

観光文化186

特 集 : 源氏物語千年紀を祝う

来年は、『源氏物語』誕生千年を迎える。一千年の長きにわたり読み継がれ、今日でも人々を魅了する古典文学(文化資本)として、二十以上の言語で翻訳されている。今号では、日本が誇る古典文学の精華『源氏物語』の価値や今日的な意義をたずね、千年紀に向けたさまざまな取り組みを紹介する。

発行年月
2007年11月
判型・ページ数
B5判・32ページ
価格
本体価格 1,400円 + 税

【186号 PDF版】
PDF版の転載はご遠慮ください。

[巻頭言] 源氏物語千年紀を迎えるにあたり
      京都造形芸術大学名誉学長  源氏物語千年紀委員会企画部会長  芳賀 徹

 『源氏物語』五十四帖はつぎつぎに紅や白や墨色の、色さまざまの大輪の花を咲き開かせてゆく牡丹の群れのようである。愛の苦しみがあり、よろこびがあり、切なく深い悲しみがある。宮廷貴族の権勢の榮耀があり、闘いと衰亡があり、庶民の声さえそこにまぎれこむ。そしてすべての生は花の香と夕映えと月の光につつまれて、「もののあはれ」を低唱しながら、死の薄闇のなかに消えてゆく。
 ちょうど一千年前、この日本列島の平安の都で、一人の女房によって、すべて大和ことばで、このような深遠な大長篇の小説が書かれていたとは―。ただ驚嘆する以外にない。『源氏物語』は日本文明のもっとも美しい華であるばかりではない。世界文学史上の、また世界の文化史上の一つの奇蹟でもある。
 昨秋、源氏物語千年紀委員会が発足するにあたって、発起人の一人として私は右のような言葉を記した。ただ、この中で『源氏』は世界文学史上の一奇蹟と書いて、少しばかり心配になって、もう一度世界文学史年表の類をのぞいてみた。すると確かに、『源氏』の同時代には、こと恋愛小説に関しては、これに匹敵するものが他のどこにもないのである。
 スペインのコルドバ生まれのアラブの神学者イブン・ハズムが恋愛論『鳩の首輪』を書いたのが一番近くて、一〇二七年のことだという。だが、これは『源氏』のような犀利な愛の心理の物語ではなかった。中世フランス語の最古の叙事詩『ロランの歌』が成立するのは一〇五〇年のころだというが、これはむしろ『平家物語』のような武勲の物語であった。唐宋の中国にも恋愛詩はあったろうが、恋愛小説は『紅楼夢』が最初で、これはなんと清朝一八世紀の作である。
 『源氏物語』はやはり奇蹟だ。しかも紫式部の前後には、同じ一条帝の宮廷に清少納言も和泉式部も赤染衛門も仕え、みなその絢爛たる才を誇り、周りの男性貴族の秀才たちとも丁々発止で教養を競い合っていた。
 一一世紀初頭の都の一隅でなぜそのような文芸の練磨と創造が可能であったのか。そして彼らがみな深くその身に宿していた「もののあはれ」の感情、つまり人間存在の不安と不確かさという思想は、今日の私たちの心底をどれほど強く揺さぶって近代人の傲慢から目覚めさせてくれるのか。
 二〇〇八年十一月、京都と東京で内外の文人、学者を集めて行われる予定の『源氏千年紀国際会議』は、この源氏の不思議とその精神史的意味を解き明かす重大な一つの機会となるはずである。

(はが とおる)

  • 観光文化 186号
  • 巻頭言
    源氏物語千年紀を迎えるにあたり 芳賀 徹 P1
  • 特集 源氏物語千年紀を祝う
  • 特集1 千年の命を生きる『源氏物語』の魅力と現代的な意義 伊井春樹 P2
  • 特集2 『源氏物語』継承の歩みとその今日的状況 渋谷栄一 P6
  • 特集3 源氏物語千年紀事業について 木咲圭二 P10
  • 特集4 年の差は九百九十歳-源氏物語千年紀に向けて 岸本育男 P14
  • 視点 財団法人日本交通公社の調査研究小史(その2) -観光計画分野を中心に 梅川智也 P17
  • ◆連載
    連載I あの町この町 第24回  木の文化-愛媛県・久万高原町 池内 紀 P22
  • 連載II 明治のジャパノロジスト F.ブリンクリーの「美しい国ニッポン」(3)  英字紙発行で明治政府を代弁する 沢木泰昭 P28
  • 連載III ホスピタリティの手触り45 女の心をもった男たち 山口由美 P30
  • 新着図書紹介 P32

機関誌「観光文化」 バックナンバー