ウェビナー[1]…開催日:2020年10月9日
① コロナ禍における沖縄の取り組み

山田 沖縄県は日本有数の観光リゾート地であり、コロナ禍においてどういう状況や課題があったかは、日本の観光にとっても参考になると言えます。現状の整理をしておきたいと考え、沖縄の行政、DMO、民間事業者で沖縄を代表する皆さまにお集まりいただきました。前半は春先から秋までのコロナ禍の状況について、皆さまから情報を提供いただき、後半はパネルディスカッションという形で、OCVBの前原さんを交えて意見交換を行いたいと思います。

1.行政の取り組み〜恩納村の状況

長浜 1月に発生した新型コロナウイルスが、こんなに拡大して経済の低迷や社会の混乱などを招くとは本当に想像もしませんでした。村内ではこの1年間、主催イベントが全て中止になりました。
 同時に主力産業の観光、緊急事態宣言の時には観光客もいない、レンタカーも動いていない、本当に閑散として見たこともない恩納村を体感しました。リゾートホテルや飲食店、ダイビング事業者の経営環境が悪化し、同時に恩納村の特産品である海ぶどうやもずく、パッションフルーツなどの農産物も売れにくい状況となりました。
 そうした中、恩納村では2月に対策本部を立ち上げ、まず商工組合や観光協会、農・漁協など各団体の代表に意見聴取をしました。今後どういうことが発生するのか、どんなことが必要か、何度も集まって会議を行い、その中で、私たちは国や県のコロナ対策補助事業では賄えない、隙間を埋める恩納村独自の補助メニューを進めてきました。


 感染症対策は村民の健康優先で幼児や高齢者などの弱者を守っていく、同時に村内の事業所の感染予防や事業継承、従業員の雇用を継続できるような方法を探り、今年3月の第1次補正予算から第4次まで予算化しました。その中で取り組んだ事業は14あり、主なものは3つあります。
 1つめが幼児・児童生徒の育児・学習支援です。休校に伴うオンライン授業への支援や、幼児の保育料免除、給食の無償化、GIGAスクールも早期から支援していこうと3月からスタートしています。高校生は遠距離の通学になるのでバス代の支援も行いました。
 2つめが産業支援です。恩納村にはホテルだけでなく、農林水産業や商工業もたくさん展開されています。それらが大きな被害を受けたため、農業には堆肥補助、漁業には沿岸海域の保全事業ということでダイビング事業者と漁協が一緒に海岸と海中清掃を行いました。また、従業員の雇用を守るため、国の雇用調整助成金を早く導入していただくよう支援を進めました。
 3つめが生活支援です。9月1日から「恩納村景気回復商品券」というプレミアム商品券事業を展開しています。村内事業所の活性化のために1万1000人の村民全員に1万円分の商品券を無料配布し、7000円分は共通商品券としてホテル宿泊や飲食店での食事などなんでも使え、3000円分は村内の農水産物購入専用として発行しています。この1ヶ月で3000万円近い商品券が村内に出回り、換金されています。
 コロナ禍がある程度収まった時点で、地域の事業者やホテルの総支配人を集めて第2、3波に備えて勉強会を実施しました。沖縄県立中部病院・感染症内科の高山先生を講師として、ホテルでの感染防止策や感染者が出た時の対策などについて勉強しました。

〈質疑応答〉

山田 2月に対策本部を立てたということですが、対策が住民や産業向けなど広範に広がっているのは、議論する中でこうしていこうという機運が、自然と生まれてきたのか、それとも議論をリードする人がいたのでしょうか。
長浜 経済や村民に近い団体の意見を参考にしながら行いました。恩納村には多くの団体がありますが、みんなで何度も議論をしてこの14の事業ができました。村民の声を聞き、寄り添うことが私はいちばん重要だと思っています。
山田 春ごろには観光客による地域での感染拡大の怖さもあったのではと思いますが、そうした会議の際に、観光関連の方と地元の住民代表の間に摩擦のようなものはあったのでしょうか。
長浜 恩納村には年間300万人の観光客が来ますので、私は観光客から感染することをとても心配していました。しかし、ホテルでは感染者が1、2名しか発生せず、クラスターも発生していません。また、ホテルに対して村民から観光客を拒否する声も聞かれませんでした。それ以上に、観光客が少なくなったことに対する心配の方が大きかったです。
 恩納村では車の交通量の7割がレンタカーですが、ほぼ見なくなりました。村の南側にある商店街や飲食街でたくさんの観光客が楽しむ姿もぱたっと見なくなり、ほとんどの飲食店が店を閉じて、本当に閑散とした状況でした。
山田 ダイビング事業者と漁協が連携して、お客さんが来ていない時に海をきれいにしようということでビーチクリーニングが行われました。もともとダイビング事業者と漁協はボートを出す関係でつながりがあったと思いますが、こういう企画は普通、立ち上げにくいところがあります。やろうとなった時はうまく動きましたか。
長浜 これまでダイビング事業者と漁協は、そんなに仲は良くなかっただろうと思います。みんなとても落ち込んでいましたが、「落ち込んでいても仕方ない。今やるべきことがあるだろう。こういった時こそ、私たちの資産である海を綺麗にしていこう」ということで、延べ12日をかけ、北から南までくまなく清掃しました。
 これまで人が入れなかった海や洞窟の中に入って、網や釣り糸の回収などが行えたことも大きかったと思います。この清掃を行ったことでどこが汚れているかが改めてわかったので、今後もやっていきたいと強く思いました。


山田 私も参加したのですが、ダイビング事業者の若い人たちと漁協の人たちが、楽しそうに作業していた姿が印象的でした。台風の時に漂着したかなり大きなごみなどもあったと聞いています。お客さんがいない時間をうまく活用したとても面白い取り組みだと感じました。
 ただ、こちらの事業も結構予算がかかったと思いますし、先ほど第4次補正予算まで組んだというお話がありました。失礼ながら、それほど財政的に豊かではない恩納村にとって、かなり大きな決断だったと思いますが、どのように決断されたのでしょうか。
長浜 国や県からの補助もありましたが、村からの持ち出しはかなり大きかったです。先が見えず、皆さんが不安に思っているこの時期をどうにか乗り越えないといけないということで、議会の皆さんにもご理解をいただき、予算化しました。
 ただし海の清掃活動も、ただお金を出すだけでは何も意味がなかったと思います。清掃活動をすることで、その対価としてこの時期に、恩納村の海の素晴らしさをみんなで感じてもらい、「漁協もダイビング協会もひとつにならなければ」という気づきもあってほしかった。そういうことを考えて予算を計上しました。
山田 今回のコロナ禍は間違いなく危機ではありますが、これを機に新しい恩納村の取り組みへと展開されてきたということですね。

2.ホテル事業者の取り組み〜
かりゆしグループの状況

玉城 当ホテルは1962年10月に開業して今年58年目を迎えます。現在は北部に3軒、南部に5軒、離島に1軒、合計9軒のホテルを運営しています。総客室数は1244室、総収容人数は3400名です。他にコンドミニアム事業なども展開しています。
 9番目のホテルは今年3月に開業予定でしたが、新型コロナの感染拡大に伴い、海外からの資材や備品などの遅れが生じ、開業が一番コロナ禍の厳しい7月になりました。
 通年を通し平均稼働率は85〜95%でしたが、今年の3月頃から急激に落ち、グループ全体で平均10%まで落ち込みました。さらに4月から10%の落ち込みが予想され、急遽グループ全体の半数にあたる4軒を一時的に閉館する形で対応しました。お客様には丁寧に状況を説明し、営業している4軒のホテルにご案内してそこに集約しました。
 営業を続けたホテルについても、館内店舗・施設の時短や営業の見直しを行いながら継続してきました。6月に入ると閉めていたホテル4軒の営業を再開しましたが、持ち直したかなというところで再び感染拡大ということになり、県から緊急事態宣言が発令されました。その後も状況が改善されず、緊急事態宣言が延長され、各ホテルの稼働率は軒並み低迷しました。
 9月中盤あたりから、地元の地域クーポンの活用やGo Toトラベルキャンペーンの東京除外解除などにより、若干集客が伸びてきています。離島と本島を比べると、離島のホテルの方がやや回復力が高く、かなり稼働率も上がっています。本島についてはラグジュアリークラスが伸びてきており、地域やホテルによってばらつきが出てきています。
 コロナ禍では、いろいろ悩んで試行錯誤ながら対応してきました。いち早く感染症対策を打ち出し、滞在中のお客様には丁寧に説明をし、予約を受けているお客様にもしっかり発信すべく、ホームページやSNSで発信してきました。
 従業員も心配している状況でしたので、こまやかな説明をしながらスタッフ向けの感染症対策にも取り組んできました。社内に清掃衛生プロジェクトチームを発足させ、私が陣頭指揮を執り、役員や総支配人や役職者で構成し、現場チェックとミーティングを重ねて取り組みました。
 まずはマニュアル作りということで、国や県、業界の取り組みを参考にしながら、ゲスト用とスタッフ用に分けて作成しました。また、感染症対策機器についても効果が期待できるものは積極的に導入を進めてきました。その成果として、お客様の問い合わせには素早く対応することができ、スタッフにも安心感を与えることができました。対応が早かったことでいい結果が得られたかなと思います。
 我々のホテルはビーチリゾートとシティリゾートに分かれていて、ビーチリゾートは当然宿泊型ですが、那覇市内のシティリゾートは宿泊以外にバンケットもかなりのウェイトを占めています。その対策もしっかりしなくてはということで、現場検証をしながらひとつひとつバンケットの対応マニュアルも作りました。


 単に作っただけでなく、実践しているところを見てもらうことが今後の利用につながるだろうということで、内覧会を開催しました。例えば受付からバンケットホールへの導線や、ソーシャルディスタンスをとった会場セッティング、料理の出し方などを第1弾で見ていただき、第2弾ではセミナーも同時開催しました。
 こうした取り組みは新聞やテレビにも取り上げられ、安心や結果にもつながっており、コロナ禍でも結婚式やセミナーが行われたほか、来週はディナーショーも開催します。しっかり対策をとって前進していくことが大事だと思っており、やるべきことをやって、経済活動に目を向けていくことが大事かなと思っています。
山田 4、5月は国の緊急事態宣言が出て、沖縄も厳しい状況だったと思いますが、雇用対策はいかがだったでしょうか。
玉城 雇用調整助成金などを活用しつつ、グループの中で人の動きをコントロールしていました。いろいろな雇用分野があるので、適正な人数を保ちつつ、休んでもらったり休業補償したりしていました。
 また、ホテルは休館してもやることがいっぱいあります。特に、これまで稼働率が高くてできなかった細かい部分のメインテナンスや音が出る修理をしっかりやりました。そこで人員の調整をしました。

〈質疑応答〉

山田 従業員の皆さんは感染の怖さもあったと思いますが、それだけでなくこのまま雇用してもらえるのかといった不安もあったのでしょうか。
玉城 当然、そういう気持ちはあったと思いますが、我々としては、まだまだ先の取り組み、プロジェクトがいっぱいありますので、「今はこういう状況だけど、持ち直す時期が来る」と、従業員に気持ちを伝え続けました。
 ただ単に厳しいと怯えているだけでなく、将来はこうなる、そのために今やるべきことはこういうことだとしっかり伝えながら、やってきました。不安もあったと思いますが、先のことをポジティブに考え、伝えていくことが非常に大事だと思いました。従業員がポジティブでないとお客様も不安ですから。
山田 6、7月から全館開けたということでしたが、ちょうど7月上旬から沖縄で感染が拡大しました。かりゆしは沖縄県内資本の地元に密着しているホテルで、夏休みの書き入れ時に地元で感染拡大した状況での営業は、なかなか厳しい判断もあったのでは。
玉城 周りのホテルが一時的に閉館している中で、我々は宿泊やバンケットの取り込みを行ってきました。周りからするとその考え方が、危険に映ったところもあるかもしれませんが、沖縄資本でフットワークの軽い事業環境にある我々が示さないと周りもなかなか動きづらいだろうし、黙って見ているだけではなく、少しずつ行動しながら周りを盛り上げていく形がいいのかなと。非常にリスクが大きいですが、どこかがやらなければいけないと考えました。58年も観光業にいる沖縄の企業としてしっかり前に向かっていくことが必要だと思っています。
山田 夏から秋にかけて、お客様にも感染症対策はしっかり守っていただけているのか、それとも旅先で少し緩んでしまう感じなのでしょうか。
玉城 例えばお部屋を出てからマスクを忘れても慌てて取りに行かれるといったようにしっかり意識はされていると思います。小さなことですが、そういうことが徐々に見られるようになりましたので、お客様も非常に注意されていると感じます。
山田 ホテル側の対策にお客様の方も協力いただけているということですね。

3.旅行会社の取り組み〜
沖縄ツーリストの状況

 今日は、観光業界の中でも最も被害が大きい旅行会社という立場と、オーナー経営者という立場から話せることをお話ししたいと思います。
 本当に未曾有の危機的な状況で、4、5月の売り上げはほとんどゼロになり、8月も再度どん底になりましたが、経営者としておそらく100年、200年の歴史の中でもこういうことは経験できないだろうと。ある意味、貴重な経験をしている状況です。
 そういう中でこの9カ月間、役員、社員の協力も得ながらかなりのスピードで、変化に対応するために経費削減や組織の縮小などを行ってきました。3月には休業体制をいち早く整えて300人の休業を決め、NHKのニュースでも報道されましたが、雇用調整助成金を本格的に利用したのも、全国的に相当早かったと思います。
 こうした危機下では資金繰りが一番の課題です。我々は12月決算ですが、1〜8月の取扱額は旅行部もレンタカー部も全く一緒で前年比77.8%減となり、トータルでは140億円の減収となりました。
 これをカバーするのは公的助成だけではもちろん無理なので、資産等を売却しながら資金繰りと収益にあてている状況です。5月と7月には投資をしていたニュージーランド・クイーンズタウンの土地を売却しています。5月には空港関連の子会社の株を売却し、自社で持っていた社宅用マンションの売却もしています。
 それでもやはり固定費はかかるので2月の時点で決断し、コロナ禍が発生して約6ヶ月目の9月始めまでに東京と大阪支店、札幌の北海道ツアーズは約1/3の家賃の事務所に移転を終了しました。福岡・名古屋・仙台支店についてはリアル店舗を廃止しリモートの形で営業しています。経費削減や資産整理の部分においては、おそらく全国の中堅旅行会社の中でも一番「筋肉質」になってきていると思います。
 「おきなわ彩発見キャンペーン」やGo Toトラベルキャンペーンの効果もあり、伸びているのが直接お客様と接触しない販売方法であるOTA部門で、前年比180%となっており、デジタル化へのシフトは今後も続くのではと思います。
 10月1日にGo Toトラベルの東京除外が解除されるということで、9月の連休明けからは本土から沖縄への旅行者は、我が社も金額ベースで対前年比の前年同日また同週を上回っています。人数ベースでも増えていると思いますが、団体はまだ動いていません。
 我々が得意としていたインバウンドも来年8月までは厳しいという話も聞いており、国内団体もなかなか厳しい状況だと思っています。また、沖縄発の国内旅行は本土から沖縄よりもスローな出だしです。沖縄発の海外旅行はもちろんゼロが続き、しばらくは流通としての旅行会社は厳しいと思っています。
 国や県の支援については、今回持続化給付金や家賃補助が出ていますが、規模に関わらず家賃補助も最大1カ月100万円ということで、我々は家賃を圧縮したものの、月々の家賃が大体1100万円だったので、はっきり言ってあまり効果はないと言えます。また、140億円の売り上げを落としている中で持続化給付金の200万円をもらっても砂漠に水を撒くようなもので、一番頼れるのは雇用調整助成金ということになります。ぜひ、海外旅行やインバウンドが普通に戻るまでは継続してほしいと、いろんなところで言っています。
 今後に向けて、どういうことを考えていくかです。我々は沖縄のお客様の県内旅行、国内旅行、海外旅行、そして本土のお客様の沖縄旅行、本土の他の地域へといった形で、マトリクスで事業を管理しています。


 今まで稼ぎ頭だった海外のお客様を沖縄へ送ったり、国内のお客さんを沖縄へ送る部分は、2022〜23年頃にもう1回ジャンプするために今は縮小して「屈身している」といった状況です。早め早めに撤退すべきは撤退することが必要ではと思いました。
 県の第6次観光振興基本計画もありますが、これが県の現状の目標です。観光収入も重要ですが、延べ宿泊者数の目標をもっと明確に出すべきであり、さらに、国内・海外・県内の個別目標を設定することも常に重要ではと思います。
 私はこの目標設定を行った審議会の会長だったのですが、入域観光客数はKPIの5つの目標の中でも順番を一番下に設定しています。世界中の先進国で、頭数で管理しているところなんてないと思うので、そういう目標は私はなくてもいいと思っています。どこも延べ宿泊者数で管理していると思うので、それを目標に掲げるべきだと思っています。
 北海道の延べ宿泊者数が3600万人泊ぐらい、沖縄は約2700万人泊です。その2700万人泊を次期目標では4200万人泊くらいを目標に掲げるのでしょうが、その際に国内・海外・県内で個別目標を設定し、クルーズは全く別物として考えるべきだと思います。延べ宿泊者数であれば県内移動でも目標を設定できます。
 なぜこれを今強調したいかというと、2001年のアメリカ同時多発テロの時と比べると、今回は県内での「自助・共助・公助」の中の共助がとても薄いからです。もちろん、観光業界以外も大変で、今回は風評ではなく実際に感染症に罹患するかもしれないという怖さがありましたが、2001年の時は県内の大手企業において、公的なお金ではなく自分たちの福利厚生の一環として多くの社員が県内に宿泊したわけです。
 今回は100%公的資金に頼ってしまっていますが、それでは予算が尽きた時に終わってしまうので、やはり200万人泊、300万人泊といった県内の宿泊目標を平時から掲げ、例えば永年勤続の副賞として県内で泊まれるホテル券を提供するといったことが日常的に行われていれば、今回の「おきなわ彩発見キャンペーン」や市町村の施策もかなりスムーズに、公的な資金と同時に企業も一部負担するといったこともできたと思います。そういった意味ではやはり国内・海外・県内の個別目標が必要ではと思います。
 もう一つは、那覇空港の旅行者専用相談センター(Traveler’s Access Center Okinawa:TACO)についてです。今は体温をチェックし、疑わしい人への問診までしかできていませんが、TACOを観光業界と医療関係者、県の保健医療部と文化観光スポーツ部が共同して作ったことはとても評価されるべきことだと思います。
 那覇空港は2000万人の乗降客がいるわけですから、このTACOを診療所に格上げし、将来的には産官学が一緒になってツーリストホスピタル構想を第6次振興計画などで考えていくことも必要だと思います。
 ツーリストホスピタルとは地域医療と協力体制はとりますがそれには縛られず、観光客に関連の深い感染症や毒性生物などを専門に扱う司令塔の病院で、「地域医療が崩壊するから観光客は後回し」みたいなことにならないよう、そういうものが必要ではないかと思います。ツーリストホスピタルであれば医療ツーリズムも可能で、いわゆる保険診療ではなく、海外旅行保険に入っている人たちが来るので、例えば盲腸の手術をしたら500万円取ればいいわけです。
 また、宿泊税については自主財源が必要ということでコロナ禍前まではどのホテルも基本的に賛成ではないものの「導入も仕方ないか」という考えだったと思います。しかしコロナ禍の後は、やはり宿泊税という建て付けは非常に厳しいと思います。
 そこで私が提案したいのが、「観光復興くじ」の創設です。10年前は「観光振興くじ」という名前で当時の副知事と内閣府にプレゼンし、審議官も「いいね」と言ってくれたのですが、総務省の壁が厚く実現しませんでした。第6次振興計画とは別に、「観光復興くじ」みたいなものを観光の危機管理の財源として持っておく必要があるのではと思います。

〈質疑応答〉

山田 2、3月から非常に大規模に、スピード感を持って社内改革に取り組まれてきた印象がありますが、社員の方からの提案も受けながら進めてきたのでしょうか。
 実は昨年10月頃の方が、資金繰りは辛かったかもしれません。それは韓国のインバウンドがいきなりゼロになったからです。2020年は那覇空港の第二滑走路ができ、東京五輪の年ということで先行投資を相当行い、韓国・香港マーケットでも一番になろうと動いていました。そこに韓国がゼロになるというカウンターパンチを受け、その状況に対応した組織を作ろうと組織改革を既に始めていました。北海道のレンタカーは今年の3月末日で撤退して地元企業に譲渡していますが、韓国マーケットがゼロになった時点で「これは長引くぞ」と考え、沖縄以外の資産売却などをその頃から考えていたからです。全国的にも当社は会社規模に対してインバウンドの割合が大きく、沖縄においては一定のシェアを持っており、北海道のレンタカーでも冬場は韓国の人たちが結構入っていました。
 コロナ禍は災害と言うか外部要因ではありますが、それでも経営者として負の遺産を次世代に残さないよう、深い傷口が後遺症にならないよう企業の財務体質をどうしていくかというのは、最大の責務ではないかと思います。オーナー経営者としては、これからもどんどん大胆なことをやっていこうと思いますが、見栄などを捨てて撤退すべきは撤退し、世界的には、海外旅行やインバウンドが戻るのは2023年頃からと言われていることも考慮していきたいと思います。
山田 見せていただいたマトリクスによれば、ポートフォリオを組み上げて沖縄だけではなく世界に向け事業とサステナビリティを広げてきた。コロナ禍で裏目に出てしまうところもありましたが、韓国インバウンドの件で危機感を感じて迅速に取り組んできたことが奏功した面もあると思います。
 まだ功を奏してないですけどね(笑)。

ディスカッション
修学旅行など団体への対応

山田 ではここから沖縄観光コンベンションビューローの前原さんに加わっていただき、意見交換を行いたいと思います。前原さんから、お三方のお話をお聞きしての感想などをお話しいただけますか。
前原 県内状況についてお話がありましたが、初期の頃は県民の方から、観光客が感染の原因になったのではという声があったのは確かです。その要因として一番重要なのは県からの情報公開が十分でなかったように感じます。
 その頃は感染者の年代や性別くらいの情報しか出しませんでした。居住地も「○○保健所の管内」といった形で、どこで感染が広がっているかがまったくわからず、それに加えて5月の連休前に知事から沖縄への渡航自粛のメッセージが発せられ、「やっぱり」という認識が広まってしまったのではと思います。
 その後、数字の根拠が欲しいなどいろんな形で観光事業者の声を我々から県に届けてきました。先ほどからお話に出ている沖縄県立中部病院・感染症内科の高山医師も「観光客は感染拡大の大きな要因とはなっていない」というメッセージを発し続けていました。
 最近は、毎日、感染の報告を行っている保健所の先生からも同様のコメントが発せられるようになって、マスコミもようやくそれらを取り上げるようになってきたと言えます。一定の理解は広がってきたと思いますが、お年寄りがいる家庭などではまだ不安は拭えていないという状況です。
山田 沖縄観光は国内でも例を見ない形で、成長してきました(図2)。過去に観光客数が落ちたのは、沖縄海洋博の開催年とリーマンショック、東日本大震災くらいで、特に近年は非常に伸びていました。しかし今年は1月以降、このように一気に落ち込んでいます(図3)。沖縄観光にとっては今までに直面したことがない危機であることは間違いなく、今年は90年台半ば頃の数字まで落ちるのではと予想されています。


 観光客数はGoogleの検索量にかなり比例すると指摘されており、「沖縄」あるいは「OKINAWA」というワードでの検索量を見ると、近年特に急増してきたのは「OKINAWA」です。観光客の急増と連動しており、インバウンドにかなり支えられていたことの証明でもあると思います。今回、インバウンドが喪失し、回復までに年単位の期間が予想される中、国内需要が戻ったとしても当面の間、沖縄観光は厳しい状況だと見ています。
 では、こういった状況を踏まえ、沖縄はどうしていくべきかという話を皆さんとしていきたいと思います。8月は沖縄の観光が再起動できるだろうと思っていたところ、県内での感染拡大もあり、ブレーキがかかりました。秋冬に向けての沖縄観光をどこまで立ち上げていくのかは大きなテーマになってくるかと思いますが、玉城さんは修学旅行など団体の取り込みをどう考えておられますか。
玉城 10、11月は修学旅行のトップシーズンです。その分が今年は失われましたが、我々のホテルでは12月もありますし、1月以降もかなり混み合ってきています。修学旅行というのは重要であり、県もしっかり取り組み方を示していますが、もっとアピールする必要があるだろうと思います。まだ回復には時間がかかりますが、年を越すと気持ちも変化すると思うので、その変化の中でムードを高めていくことが結果的に、修学旅行の再開にもつながるのではと思います。

 我々のホテルで非常に力を入れて取り組んでおり、今動き始めているのがスポーツMICEです。続々と実施も決定してきています。かなり人泊数が長く、1ヶ月といったものもあります。今までは野球中心でしたが、ロードバイクやトライアスロン、ラグビー、サッカーなどいろいろなスポーツがあり、長期で入ってきていますので、そうしたところの強化をしっかり図るべきだと考えています。
 コロナ禍で厳しい状況ですが、選手にはそれぞれの取り組み方があり、野外でしっかりトレーニングをするので、その環境を作っていくことがポイントになるのではと思っています。私からも、スポーツMICEにしっかり取り組むよう会社に指示を出しています。
 もう一つ、1月末にeスポーツの大会の開催も決定しました。今、できる施設が限られていますが、そこから広がる観光のコンテンツも出てくるのではと期待しています。新しいコンテンツを見つけながら、いろいろなものにチャレンジしていくことが重要ではと考えています。
山田 団体受け入れについては先ほどご紹介いただいたグループとしてのバンケット対応などが生きてくるのではとお考えですか。
玉城 そうですね。これまでニューノーマルなバンケットの形に取り組んでアピールしてきたので、そうしたこともきっかけになって決まったと思います。安心安全な感染症対策をしっかり打ち出すことが集客につながる部分もあるので、今後もしっかりと続けていくことが非常に大事で、それによって与えられる安心感が、さらに成果につながることもあると思います。
山田 東会長のお話でOTA部門は好調だが、その他の旅行は厳しいというお話がありました。この秋冬に向けて、グループや団体旅行についてはどのようにお考えでしょうか。
 本土の営業拠点は大分縮小していますが、見積もりの依頼はだいぶ増えてきています。我々はBtoCだけでなく、沖縄のホールセラーとして旅行会社に対して旅行を手配するツアーオペレーター的なBtoBの役割も持っています。従来、海外旅行を中心に販売していた旅行会社が海外に行けないので国内旅行にシフトしている中、飛行機で行ける冬場も温暖なリゾートということで、シニア層を含めた質の高い旅行の小団体が沖縄の方を向いている感触はあります。
 修学旅行以外のGo Toトラベルキャンペーンが1月いっぱいまでとされていますが、3、4月まで年度を超えても実施してもらえれば、、例えば沖縄に今までは憧れだった人たちが花粉症のシーズンに2〜3週間の長期滞在をするとか、ハワイや東南アジアに寒さをしのいで旅行していた人たちが沖縄に来てくれるのではと思います。先ほど玉城さんのお話に出たスポーツキャンプなども魅力的ですね。
 来年は2月12日が春節で、その頃にインバウンドも来てくれたら嬉しいですが、そういう期待は今は持たない方がいいと思います。私は台湾からのインバウンド受け入れは遅くとも10月ぐらいには再開するのではと思っていたのですが、まったく見通しが立たない状況ですよね。
 ですから、そういう期待をするのはやめ、国内あるいは県内のお客さんに動いていただく形にシフトしていきたいと思っています。
山田 恩納村のホテルも、これまで修学旅行をかなり受け入れています。特に近年の沖縄の修学旅行はホテルに泊まるだけでなく、民泊など地元の方との交流がある種のセールスポイントとなっていました。今回のコロナ禍ではそうした面がジレンマとなる中、長浜村長は野球キャンプの誘致なども含めてどのようにお考えでしょうか。
長浜 今まで村内のホテルでは修学旅行の学生を受け入れていました。体験学習や民泊によって、地域の人とのふれあいも行ってきましたが、恩納村としては、皆さんにいつでも帰ってきてもらえるように、清掃活動などをやっていこうと思っています。
 子供達を受け入れるには健康が一番大切ですが、飛行機などの移動手段にも不安があると思いますので、安心して移動できる手段が考えられないかと思っています。村内の取り組みとしては、秋にキャンプがありますが、誘致はこれまで通りしていこうと思っています。また、修学旅行については県内の小中学校の生徒にリゾートホテルで過ごしてもらいたいということで、恩納村の観光協会や商工会と一緒に誘致活動をしていきたいと考えています。


従来の枠組みを超えた連携が必要

山田 修学旅行や団体旅行はホテルや旅館だけではなく、交通などいろんな分野が協力しないと沖縄が旅行先に選ばれない面もあるかと思います。今、長浜さんからお話があったように、沖縄は飛行機でないと行けないので、飛行機に対する不安が払拭されないと、団体の誘致は結構難しい面もあるかと思いますが、前原さんはどのようにお考えでしょうか。
前原 その辺りは航空キャリアとのタイアップが必要だと思っています。OCVBとしては県に6項目の緊急事業提案を行っています(P13参照)。そこではOCVBが委託を受けている予算の見直しを補正も含めて要求していますが、団体が非常に厳しい中、修学旅行は一定のボリュームのある団体旅行なので影響が大きいということで、防疫観光のガイドラインを策定して発表しています。
 機内だけでなく、飛行機を降りた後についても、「本当に大丈夫なのか」という問い合わせがTACOにも多く寄せられています。今の状況は、サーモグラフィで発熱が確認された場合は看護師が面接をし、国の検疫所に協力をいただいて空港の中で抗原検査ができますが、検疫所が開いている時間帯に限られます。また、修学旅行などの大人数には対応できないという限界があります。
 そこをなんとかできないかということで、県の文化観光スポーツ部と保健医療部を交えて協議を行っています。もう一つは修学旅行で来られる方に安心感を持ってもらいたいということで、沖縄滞在中に参加したお子さんが体調を崩した場合の支援パッケージを何か追加できないかと県にお願いをしています。
 例えば、お子さんが発熱した時に保護者が現地に駆けつけるケースもあると思います。その際の県内移動の支援であったり、軽症者が待機するホテルはありますが、PCR検査を受けて待機できる場所がない状態なので、そういうところも含めてパッケージで修学旅行を支援するメニューが必要ではと県に提案しているところです。
 OCVBとして行っているのは、修学旅行をキャンセルした学校へのフォローで、オンラインを使った学習会などを実施していこうと考えています。
山田 下地会長と先日お話しした時、OCVBはこれまで沖縄の魅力を発信し、プロモーションすることが主なミッションだったが、こういう事態になって医療や産業とつながり、経営についても考えなければということで、かなり広範な分野をカバーしなければいけないと。非常にご苦労され、職員の方も今までやったことがない、畑違いのことをいきなりやらないといけない状況になっていると思います。先ほど、県の情報発信の話がありましたが、この半年間の危機の中で皆さんのネットワークはつながってきているのでしょうか。
前原 東会長からもお話があったように、空港に診療所を作ることは次の振興計画の大きな課題になっており、これは私も非常に重要なことだと思います。ただそれには県庁内部で、高山医師も言っているように「医療は観光のインフラ」という認識の共有を図っていく必要があると思います。
山田 個人的には、医療と観光がお互いに協調していくことは、今後必然になってくるのではないかと思います。ホテル事業は元々他の業種より食中毒など、かなり感染症対策を行っていますが、今回のようなコロナ禍ではその比ではなく、民間団体だけで対応できる話ではありません。
 一方で医療サービスは基本的に地域住民のために作られており、日本は皆保険制度でもあり、その中でインバウンドのお客様はどう位置付けられるのかということだと思います。東さんからも指摘がありましたが、今後の観光振興は今までの枠組みの範囲だけで考えるのではなく、より幅広い視野で考えることが必要ではと思います。
 冒頭の長浜村長のお話にありましたが、恩納村では首長がかなりリーダーシップを発揮することでいろいろな業種が速やかに連携できたわけで、今後はコロナ禍の教訓を元に、それを県レベルまで展開していく必要があると思います。
 ちょうど沖縄県では新しい振興計画を作っているタイミングでもあり、今後5年、10年先に沖縄観光はどういうチャレンジをしていくべきか、その時にはこうなるのではといったお話をいただきたいと思います。
玉城 先のことは非常に難しい部分がありますが、沖縄は非常にポテンシャルが高く、インフラ整備も進んでいます。南部から北部への道路も、来年春から夏までには開通し、これまでネックだった部分が少しずつ解消され、一つの面として広がることで、いろいろなコンテンツを発見できるのではと思います。
 一番は創造力を生かしてやっていくということで、我々業界人だけでなく、もっと一般の方々からもしっかり意見を吸い上げて、どのようにさらに沖縄を良くしていくかを考える場を作ってもいいのかなと考えています。我々も一般社員や周りの声も聴きながら、先に向かってポジティブにやっていく必要があると思っています。
 次期振興計画策定の会議でも私は観光産業こそが沖縄の経済をリードすると唱えており、県が掲げるテクノロジーとリゾートが融合した「リゾテック」のように、医療や教育など他産業との融合は非常に重要で、付加価値を上げると思います。
 10年後を考えると牽引する産業であることは紛れもない事実であり、世界においても同じだと思います。世界的には10人に1人が観光産業に従事していると国連世界観光機関(UNWTO)の統計でも出ていますし、コロナ禍を乗り切った後、人の動きは必ず戻ってくると思っています。
 皮肉も込めて言うと、日本やアジアというのは真面目、勤勉なんですよね。どういうことかと言うと、安くて良いものをお客様に届けようという気持ちを強く持っているわけです。その気持ちが巡り巡って収益が取れない過当競争を生んでいると思っています。
 悲惨なバス事故の後にバスの下限料金が設定され、日本のバス会社の経営状況はすごく良くなりました。同じように観光においても、いわゆるダンピングを防ぐ仕組みを確立する知恵を絞っていかないといけないと思います。
 特にインバウンドは頭数ではなく延べ宿泊者数を目標に持つべきで、インバウンドの団体についても、日本に3カ月滞在の観光ビザで来る発地側のガイドを排除するような準備をこれからするべきだと思います。
 イタリアでは地元の雇用を守るため、日本語ができなくてもイタリア人ガイドがバスに乗ってきます。沖縄においても、例えばインバウンドのバス観光の場合は必ず、地元のガイドが乗るといった形にすれば、仕組みとして安売りを防げると思います。
 今、インバウンドが一度休みになっている間に、次に受け入れるためのルールを決め、収益性、生産性のある観光産業を作っていかないと、インバウンドが戻っても「利益なき繁忙」を繰り返してしまいます。危機が来たら大変なことになるという悪循環から脱していかないといけないと思っています。
前原 コロナ禍の前は1000万人を受け入れていたわけで、一定の観光インフラが揃っており、沖縄観光のポテンシャルは落ちていないと思います。今後、これを復活させていく際に、コロナ禍を経験して思うのは、やはり地域の方々の理解を得るためには、観光を数値化、可視化して示していく必要があるということです。KPIに加えてもいいと思いますが、そういうものを誘客と合わせて掲げていく施策も実施していく必要があると感じています。
山田 ハワイ州政府が2000年頃に観光の枠組みをかなり変え、目標項目から観光客の人数を外し、消費額や住民の観光に対する理解度に切り替えました。今回のコロナ禍は不幸ではありますが、沖縄の観光が今後どういう方向に進むのか、改めて考えるいい機会かもしれません。
 では最後に沖縄県観光客の約3割を支える恩納村を預かる長浜村長から、これから5年、10年後を見た時に、取り組んでいきたいことをお話しいただければと思います。
長浜 日本全国及び世界が大災害に見舞われ、先は見えないですが、5年、10年後には収束すると思っています。こういった大災害の時は早め早めの対策が必要だと思っています。よく言われる自助・共助・公助を進めることの大切さを実感しています。
 今回、恩納村ではホテル支配人が集まるGM会を始め、観光協会、商工会など各種団体がスクラムを組んでコロナ禍対策を進めているところです。やはり一人ではできないので、みんなで一緒になって、知恵を出し合ってコロナ禍を乗り越えていきたいと思います。
 幸いにも村内には、「一緒に手を携えて頑張ろう」という方々がたくさんおります。恩納村のリーディング産業は観光ですので、これを機会に「恩納村は観光で成り立っていて、これからも観光でやっていく」と、村民と一緒に観光立村を推進していきたいと思います。


長浜善巳(ながはま・よしみ)
沖縄県恩納村長。1965年沖縄県国頭郡恩納村生まれ。2006年から2期、恩納村議会議員として村監査員等を歴任。2015年から現職、現在2期目。就任当初より、選挙公約で掲げた人材育成や観光産業を担う人材など、観光の視点から地域づくりを担う人材、国際的視野を持つグローバルな人材を育成するとともに、2016年には恩納村観光協会を立ち上げ、2018年「サンゴの村」宣言を行った。

   

前原正人(まえはら・まさと)
一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)専務理事(沖縄県文化観光スポーツ部 参事監)。1963年生まれ。琉球大学法文学部法政学科卒。1987年沖縄県庁入庁。沖縄県文化観光スポーツ部観光振興課長、文化振興課長、観光政策課長、沖縄県知事公室秘書防災統括監を経て、2020年から現職。

   

東良和(ひがし・よしかず)
沖縄ツーリスト株式会社代表取締役会長兼CEO。1960年沖縄県那覇市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、日本航空勤務を経て米国コーネル大学ホテルスクール大学院へ。1990年沖縄ツーリスト㈱入社。2004年代表取締役社長、2014年から現職。ほか一般社団法人日本旅行業協会理事、観光庁Visit Japan大使、沖縄経済同友会副代表幹事など。

   

玉城智司(たましろ・ともじ)
株式会社かりゆし代表取締役社長。沖縄県名護市生まれ。1987年、有限会社ホテルなは(現・株式会社かりゆし)入社。沖縄かりゆしアーバンリゾート・ナハ、沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ、Okinawa Spa Resort EXESの総支配人を経て2020年4月より現職。

   

コーディネーター
山田雄一
(公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部長)
編集協力
井上理江

  
インタビュー…2020年10月7日
問われる観光の「質」

春から9月までの沖縄観光の動き

山田 この数ヶ月の沖縄の観光業界の動きをお話しください。
下地 4、5月は全国的な緊急事態宣言でなすすべがなく、6、7月でようやく回復してきたところに、思わぬところから夜の街関係で感染が広がりました。以前の新型インフルエンザやはしか流行時もそうでしたが、沖縄は歴史的に見ても子供が多く高齢者と接点が多いという社会環境が感染症の影響を受けやすく、そうした弱点が解決できないまま、1日の感染者数が20人、30人と継続しています。
 7月は27万人と徐々に伸びてきた数字を回復基調に乗せるため、国内向けの「憩うよ、沖縄。」キャンペーンを行い、夏場の需要と秋冬の修学旅行マーケットを確実に獲得した上で10月末のツーリズムエクスポで沖縄、日本の観光の回復を世界にアピールするシナリオでした。
 しかし残念ながら7月後半から感染拡大し、8月は1ヶ月間、県独自の緊急事態宣言期間に入ってしまいました。我々観光業界からの強い要望もあり、県として本土からの渡航自粛要請はしない中、感染防止対策と経済を両方回していくことになりましたが、結果的に20万人と下がってしまいました。沖縄が収益を上げる重要な時期ですが、8月は対前年比の約2割と非常に厳しい状況です。
山田 一時は県民が、観光客を感染の原因とみなす風潮もあったようですが、最近の観光に対する県民の反応はいかがですか。
下地 我々観光業界からは、「感染者の数だけでなく、感染経路などの中身をしっかり分析して公表してほしい」と、ずっと県に強く要望してきました。最近は会食や医療施設といった経路を公表するようになり、4、5月のように「観光客が感染のすべての原因」という印象は、だいぶ薄れてきたのではと思います。県外からウイルスが持ち込まれるケースがあっても、県民由来が一定数あるという事実をしっかり数字で示し、県民にも理解してもらうことが大事です。
 最近は県民にも感染要因がわかってきて、観光を動かさないと県の経済に影響が大きいこともあり、「観光客を入れるのを止めろ」という雰囲気にはなっていません。10月からGo Toトラベルに東京が追加され、不安はあるものの、8月のロスからの回復意欲が強く、少し冷静な対応になってきているかなと思います。
 9月5日に沖縄県の緊急事態宣言が解除された時、OCVBも観光業界も「解除になりました」というだけでは効果が薄いので、観光客向けに知事の動画メッセージをとにかく早く出そうと動きました。その甲斐があり、解除の3、4日後に前向きなメッセージを出せました。行政の長から節目節目にメッセージを発信することは、今回のコロナ禍では特に効果があると感じており、今後も継続したいと思っています。
山田 航空会社は機内でしっかり感染対策をしていると言っていますが、現実的にお客様はそれだけで安心感は得られていないと思います。沖縄は実質、空路しかないので、ANAやJALともう少し違う連携ができないのかと個人的に思うところがあります。
 例えば、羽田空港はほとんど稼働していないので、沖縄行きの便を密集しないサテライト的な離れたところに発着させるとか、同じくほとんど飛んでいない国際線機材を使って、ビジネスクラスをメインとして沖縄へ1日2往復くらい運航するとか。
 それなら密にならず、国際線のビジネスクラスを沖縄旅行で体験できるというインセンティブにもなりますよね。観光客が多い時間帯だけでも飛ばせば、かなりインパクトがあり、メディア的にもアピールになるのではと思います。
下地 OCVBでは県に対して6項目の緊急事業提案(P13)を行っていますが、航空会社との連携は最初に挙げている項目です。Go Toトラベルが動く中で、沖縄を選んでもらうための取り組みについて調整していますが、今の山田さんの提案はとてもいいアイデアだと思います。

観光客数を目標に置くことへの疑問

下地 現状は厳しいですが、沖縄の観光を支えるインフラはクルーズバースや宿泊施設を始め、しっかりしたハードとソフトがあります。今度はインフラとサービスと観光地経営、この3つの質のさらなる強化をしっかり図っていくことが大事と考えています。 
 昨年、沖縄県の観光客が急増した中で、需要分散や消費単価の向上といった議論があったのですが、それらが宿題として残されたままマーケットが急激に縮小した状況で、課題はさらに増えた感じです。
 観光業者からは「1000万人を達成したから、次は2000万人を目指すべき。量の拡大で経済を支えていこう」という意見もある一方「観光地の持続的発展を考えると、地域における量と質のバランスをより真剣に考えるべき」という意見も増えています。
 私はどちらかというと後者に賛成です。1000万人時代の観光客、県民、業界、地域のメリットを振り返ると課題が大きかったので、観光客数の目標をさらに高みに置くのは現実的ではないと。成果指標のあり方を深掘りするタイミングに来ており、現状をみんなで共有した上で、より幅広い関係者で沖縄観光のあるべき姿のKPIをどう考えるか、何を優先すべきかという議論が必要だと思います。
 現状は前年比の35.9%なので、2020年は年間で360万人くらいの観光客数と予測されます。4月に7万7000人でスタートしたグラフを作ると、このままでは年度で300万人を超えるか超えないかという感じで、1000万から一気に300万時代となります。
 航空会社の減便が相次ぐ状況ですが、航空会社、旅行会社、デジタル関係の連携でマーケットを動かしていこうとしています。であれば今の状況からの見通しではなく、それにどれくらい上積みできるかということでOCVBでは今年度と来年度の目標数値を出していこうというのが現在の状況です。

雇用対策や経営支援など広がる事業範囲

山田 この数ヶ月の沖縄観光を振り返り、問題に感じた点などをお話しいただければ。
下地 今後必要なのは、市場回復と経営支援の2点になるかと思います。市場回復については、感染防止対策が誘客の重要要素です。特に修学旅行などの団体がこれから増えるので、空港での対策、市中感染対策はより強化しないといけません。今、沖縄県ではLINEを活用した新型コロナ対策のお知らせシステムを作っており、10月中に導入できる予定です。安全安心は水際だけで保てないので、COCOAと組み合わせ、複数の手法で対策を強化していくことが必要だと思っています。
 同時並行で誘客プロモーションも必要ですが、今回のように感染症が広がった時は、地方自治体トップの発言が市場に与える影響が大きいことがわかったので、観光業界の取り組みは当然として、知事メッセージをさらに強化していこうと考えています。また、広報宣伝についてはデジタルを意識した取り組みを、これを機に強化しなければとも思います。
 経営支援については、OCVBはスキームを持っていないので、国や県の関係機関に支援策をお願いしていくことになります。これだけ観光客が落ち込むと県内企業も雇用を支えることが厳しい状況が予想されるので、既に失業した人に仕事を探す失業対策とは別に、他業種への転換といった対策が必要ではと県に申し入れしようかと思っています。インバウンドも来年までは厳しい中、既存の業種を維持するのは厳しい面もあるわけで、そういう対策も必要ではないかと。
 2003年のSARS流行時は医療機関と、2001の同時多発テロの時は金融支援など今までの危機では個別対策で済みましたが、沖縄観光でここまで深刻な状況はなく、今は全部をやらないといけません。これまでの観光政策は誘致・受け入れが中心でしたが、医療政策との連携や経営支援、雇用対策などがより密接に絡んできていると思います。
山田 医療との連携や経営支援についてもカバーしなければというお話ですが、OCVBという組織ではどこまでができそうで、どこからが難しいと考えていますか。
下地 OCVBが単独でやる範囲と、行政と連動する範囲とがありますが、コロナ対策では医療との連携がとても重要です。医療に関しての我々の取り組みは、那覇空港のトラベラーズアクセスセンター沖縄(TACO)が中心ですが、行政の医療部局とのやりとりは原則、観光部局を通しています。そうしないと命令系統がバラバラになるので。現場の声を観光部局経由で医療部局に届け、それに対する反応も同じルートで返ってくるので、結構時間がかかります。
 一方で、医師会や沖縄県立中部病院・感染症内科の高山さんのような優れた見識を持つ医師とは、我々は個別にネットワークを持っており、現場での観光と医療の連携は始まっていると思います。
 職員に言っているのは、「これまでの仕事をただ継続するだけでは危機は乗り越えられない」ということです。OCVBとしての収益も落ちてきており、「これまでとは別の役割を求められるので、状況に応じた対応を」と言っています。職員は大変だと思いますが。
 また、誘致活動についても、これまでは県外・海外からというのがOCVBの役割でしたが、今回のコロナ禍で、県内市場の活性化という大きなテーマが上がってきました。県民向けの「おきなわ彩発見」事業の窓口も我々が務めています。北海道は道内と道外で観光客を分けて考えていますが、沖縄県は県外と海外だけでした。これからの観光を考えるには、県内市場の活性化もOCVBの仕事としてしっかり位置付ける必要があり、そのあたりは大きな変化ではと思います。
山田 県民の方もこれまでよく沖縄で観光していれば、今回のような観光客への恐怖心や不信感が薄れると思います。自分たちに関わりがない世界だからこそ、強烈にそうした感情が出てしまう。沖縄に限らず日本のDMOは今まで地域外へのマーケティングに力を入れ、インナーへのマーケティングはあまり得意としてこなかったことが、今回アキレス腱になったのかもしれません。

医療は観光、観光は医療のインフラに

山田 OCVBと医療関係者は組織対組織というより、個人的ネットワークで専門家とのつながりが徐々にできており、そういう意味でも、沖縄県は日本国内で最も医療と観光の連携が進んでいると思います。それは、高山医師のような疫学系の先生が観光を否定するのではなく、リスクをどう考えるかという立場から発言していることも大きいのではと思います。
下地 高山医師から言われて重要だと思ったことがあります。「沖縄の医療は観光が拡大するにつれ、国内客の熱中症対策や事故などに、この数年は増加するインバウンド客の病気にも対応してきた。医療は観光のインフラを務めてきたつもりだ」と。そして、「今回のような医療界がパンクするような状況では、観光側も医療のインフラという意識を持ってもらえるとありがたい」と言われました。
 例えば県内の観光業界が諸手を挙げて、病院が逼迫している時にはホテルを10室ずつ待機用に提供するなどできればいいですが、観光客が感染するリスクがあり、職員も専門知識がないなどで、現実は対応できないというジレンマがあります。
 理想論ですが、例えば新設するホテルに危機管理用の部屋がいくつか確保されているとか、空港内クリニックは通常の医療機関とは異なる仕組みにするなど、沖縄の観光をさらに強くするには、受け入れ態勢が感染症を意識した構造になっていると言えるかどうかが、問われてくるかと思います。
山田 ホテルなら、例えばバリアフリールームの延長線上で考えてもいいかもしれませんね。医療サービスの量は基本、定住人口によって決まるので、観光客がどんなに多くてもこれまで厚労省は勘案しませんでしたが、今後は地域の関係人口に合わせて、社会インフラを計算する形に変えていくことが必要かもしれません。
 これからの観光地のサステナビリティを考えると、宿泊税も観光客に対する住民税のような位置付けで、観光客にも広く浅く社会インフラ、サービス整備の資金を負担いただくことも必要なのかなと思います。
下地 宿泊税については、議論に一定の方向性が見えたところでコロナ禍が起きてしまいましたが、宿泊事業者だけで考えることではなく、私としてはより広い関係者間で議論を続けたいと思っています。今すぐには出来ませんが、時期を見てもう一度しっかり向き合いたいと思っています。

300万人時代に問われる観光の「質」

山田 沖縄観光が300万人時代に逆戻りして、そこから再び需要を戻していくにあたり、同じ道を戻るのではなく、よりよく賢い方向に戻していきたいというお考えだと思います。具体的にはどんなことをやっていこうとお考えですか。
下地 コロナ禍において、すべての利害関係者に求められているのが、データ蓄積や感染防止にもつながるデジタル化の促進で、県の大きな課題だと思います。需要が戻ってきたときに集中をどう分散するかも一つのテーマですが、これもデジタルの利活用がいろんな答えを提案してくれると思います。
 もう一方で、基本に戻るのは観光人材の質の向上で、観光産業の社会的地位を高めていくことです。コロナ禍で一番影響を受けている宿泊、飲食、土産物屋で働く人が待遇の改善を含め仕事に夢が持てるようにするには、業界が収益を上げないといけません。それには、適正な利潤が獲得できる観光産業をみんなが目指す必要があり、目先の対策だけで安売りすると人材にしわ寄せが広がっていきます。
 お客様も安いものだけを求める時代ではありません。高くても納得できるもの、安心安全を求める意識が高まっています。そうしたマーケットを上の方に伸ばしていくことが一つのポイントではないかと思います。
山田 ハワイは観光客が増えれば、働く人の給料も増える構造ですが、沖縄を含めてインバウンドが増えた地域は労働生産性が落ちている傾向が見られます。ここ数年、観光客を増やしたところほど安売りに走っており、労働力もできるだけ安く獲得するという悪循環から抜け出せない。そのまま元に戻るといつまで経っても、観光業は給料が安くてきつい業界であり続けてしまいます。
 そういう意味では今、Go Toトラベルで宿の稼働率が高いことはそう悪い話ではなく、誘導すればそういう需要が動くとわかった面があり、今後はそれをどう生かすかだと思います。
 経営やマネジメントのできる人材育成は沖縄にとって重要だと思います。会計の基礎なども知っている必要があり、そこから変えないと労働生産性が上がらない。沖縄の人が自分たちで起業して、マネジメントできれば次につながります。需要回復までの2、3年の時間軸で、数値感覚を高める人材育成や起業支援は、裏を返すと県内の失業対策にもなると思います。
下地 今までの観光は労働集約的な産業で人をたくさん使い、すぐ採用できて現場に出せるけれど、マーケティング、ICT、人事管理など重要な分野での高度人材採用や社内教育等が不十分な点があったと思います。今後、そこから脱却できるかどうかです。観光産業が高度な知識や技能を求められる質の高い産業となれば、それに応じたコスト、対価を取ることができます。観光産業の評価という意味では大学との関係も重要です。コロナ禍を受けて、観光産業の人材育成がどうあるべきか、考えないといけないと思います。
(聞き手:山田雄一)


沖縄観光コンベンションビューロー会長
下地芳郎(しもじ・よしろう)
一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)会長。1981年明治大学法学部を卒業後、沖縄県庁入庁。初代香港事務所長として、香港を中心にアジア全般の観光客誘致などを担う。 観光振興課長、観光企画課長、観光政策統括監などを歴任、2001年のアメリカ同時多発テロ、2011年の東日本大震災等の影響で落ち込んだ沖縄観光の立て直しを担う。2013年琉球大学観光産業科学部教授に就任。学部長、研究部長を経て、2019年6月から現職。