座談会…開催日:2020年9月29日
③ 北海道、コロナ禍の克服とインバウンド再興へのシナリオ
インバウンドの先行きはまだ見えない。だが、来るべき旅行志向の変化に対応する戦略は見えている。観光地としての北海道の伸びしろは大きい。

コロナ禍の北海道観光をどうみるか

塩谷 「観光文化」では、コロナ禍の今、全国の観光地がどんな状況なのかを取材しています。何といっても北海道は一大デスティネーションですので、その動向は重要です。まず、北海道観光の旅行市場の現況を、小磯先生にマクロの視点からお話を伺えますか。
小磯 北海道にとって今回のコロナ危機の大きな問題点は、最近の北海道経済が、インバウンドを中心とする外からの観光消費によって支えられてきたということです。そのタイミングで今回のコロナの危機が来て、特にインバウンド消費がまったく途絶えてしまい、なおかつ当面見通しが大変厳しい。コロナ直前の北海道における観光消費の実態を見てみると、年間1兆5000億円くらいです。北海道のGDPが19兆4301億円(2017年度)ですから、かなり大きい。その観光消費のうち28%が海外からのインバウンドによるものでしたが、これが消えてしまった。今後インバウンドが回復するまでは、72%という国内消費を、様々なコロナの感染症対策を行いながら、長い時間軸の中でより効率的に需要を高めていく、これが北海道にとっての大事な戦略です。結構厳しい見方もあるのですが、ほとんど域外の観光消費に頼っているハワイなどに比べれば、国内からの域内需要はまだあるとも言えます。
 特に厳しかったのは、道内の移動にもかなりの制約があった4〜6月ですが、6月19日に道内の移動制限の解除があり、7月には「どうみん割」(※1)という北海道の独自の政策が打ち出され、その反響は非常に大きいものがありました。道内需要をうまく引き出していくことが、当面の観光事業者を支えていく需要喚起策になったわけです。その後、国内の移動制限が緩和され、特に10月から東京のGo Toトラベルキャンペーンが解禁になる中で、国内需要回復の戦略に沿って、北海道経済を支える観光需要をしっかりと支えていくことが重要です。
 新型コロナウイルス感染症の拡大がこれだけ長期的に続いてくると、観光事業者、交通事業者は体力的に疲弊してきています。そこは政策的にしっかりサポートして、観光産業を支えていく、事業者が活動できる体力をしっかり維持していくという、ソフト面も含めたインフラを守ることが大切です。今進められている金融政策の支援、事業支援、それから観光需要の喚起に向けた政策を息長く続けていく必要があるのではないかと思います。
塩谷 小林さんは、今の北海道の観光産業の状況を、日本政策投資銀行(以下「DBJ」)という金融機関にいらっしゃる視点から、どんなふうにご覧になっているのでしょうか。
小林 今、小磯先生からもお話しのあったとおり、どうみん割やGo Toトラベルキャンペーンの効果もあって、小規模、高級路線のホテルや旅館などは比較的堅調な一方で、大規模なホテル・旅館や、観光客向けの飲食物販、空港・鉄道・バス・タクシーなどの運輸は非常に今厳しい状況ではないかと思っております。コロナ禍の影響は規模や業態によって差が出ている印象がありまして、集客の構造が団体旅行やインバウンドなどリードタイムの長い商品が多かったり、「三密」になりやすい大規模施設ほど影響が大きいというふうに見ています。また、観光だけではなくて出張需要もなくなってしまいましたので、出張に来られた方が飲食や買い物をしていくといった場面が減ったのも響いていると思います。
 北海道の観光需要を統計で見ると、延べ宿泊者数は1999年が最初のピークで年間3600万人くらいでした。2000年代になると、生産年齢人口の減少などもあり2011年まで減少基調できて、2割くらい減った。そのため観光事業者のみなさんは非常に厳しい経営状況だったのですが、2012年以降、国のビザの免除や、免税の拡充、円安の影響などもあり、インバウンド客が大幅に増加をして、2017年には1999年の宿泊者数をも超えてきたというのがこの20年ぐらいの出来事でした。また、インバウンドの観光客は単に国内客の減少分を埋めただけでなく、国内客の閑散期の冬場にも雪景色とかスキー場とか、そういったものを目的に北海道観光に来られていたので、事業者としては非常に都合良く繁閑差を埋める存在で、安定的な経営に寄与してきた。そのインバウンドがこの3月以降ゼロになってしまいましたので、国内の生産年齢人口減少のような古くて新しい課題に改めて直面しているのが現状かなと思っております。


小磯 先ほど北海道の観光収入が年間だいたい1兆5000億円と申し上げましたが、それが今回のコロナ危機でどの程度減少したのかというと、大まかな試算ですが、1月から6月まででだいたい5000億円近い観光消費がコロナ前に比べて減少しています。政府の多くの政策支援で対策を講じていますが、観光消費の減少が地域の経済に与える影響は、こういうマクロなフレームの数字で見ても大変大きなものだというのが分かります。
塩谷 私の試算では、地域経済(県内総生産)に占める観光消費の規模は沖縄で何といっても1位で20%くらいあります。以下に、山梨県、京都府、長野県がはさまっていますが、北海道も第5位と高く、8%くらいが道内総生産に占める観光消費になっています。
小磯 観光業の割合が高い地域への影響が大きいですね。
塩谷 特にここ数年設備投資が高水準で推移する中で、客室稼働率の伸びが抑えられるような状況にあったわけで、このコロナ禍における経営への影響が心配されますね。
小林 このコロナ危機以降、私どもでは、政府の指定金融機関としての危機対応融資(※2)や、当行独自の地域緊急対策プログラムなどで資金繰り支援をしておりますし、他の金融機関も資金繰り支援には最大限の努力をされています。また、北海道庁も国準拠ないしは道独自での融資により事業者を支援しております。しかし、これらはあくまで資金繰り支援の融資なので、観光事業者にとっては、借入金によって、ウィズコロナ・ポストコロナ時代に向けた新たな取り組みを始めるまでの時間を買っているとも言えます。サービス業というのは在庫を持てるわけでもなく、コロナが収まったら倍の売り上げが立つというものでもありません。この半年間に失われた期待収益は大きくて、キャパシティ以上のV字回復は難しいだろうと思っています。
 それから、これだけテレワークやリモートワークが進んでも、観光業はどうしても労働集約型のビジネスなので、ニューノーマルとも言われるテレワークや在宅勤務にもなかなか対応しがたい業種です。正規社員の方には雇用調整助成金なども使いながら、皆さん必死に雇用を支えていらっしゃいますが、臨時・派遣職員の方々の雇用継続は容易ではないと聞いています。
小磯 雇用調整も含めて今は国のかなり手厚い財政支援がある状況だという認識を持つことが必要です。昨年度に比べれば1.6倍という日本の財政規模によって支えられている。一方で、こうした従来と異なる環境下では、今の経済状況の判断には少し気を付けないといけません。
小林 この先も厳しい収益が続いて、人手不足や後継者難というこれまでも長くあった課題が複合的に組み合わさってくると、業界再編などの動きにつながる可能性もあります。


どうみん割と北海道の魅力再発見

塩谷 新千歳に来るまでの飛行機は結構込んでいて、キャビンアテンダントさんも「こんなに混んでいるのは久しぶりです」と話していました。10月に入ってGo Toトラベルキャンペーンで東京が解禁になると、国内市場の2割近くを東京が占めているわけですから、国内需要の回復に期待がかかります。お二人は、どうみん割やGo Toトラベルキャンペーンの効果についてどう捉えていらっしゃいますか。
小磯 どうみん割は即日完売の施設も多く、当初事業者の中からは少し額が小さいという声がありましたが、その後、国のGo Toトラベルキャンペーンが控えていたので、それまでのつなぎという位置づけでした。キャンペーンのスタートは当初8月以降と言われていましたが、かなり前倒しになりました。政府の需要喚起策はうまく国内の観光需要を引き出す形でこれまではつながってきている。問題は再び感染拡大が8月くらいから見られることです。
塩谷 特に東京でしたが。
小磯 そこで需要喚起策そのものに対する批判も含めて、国のなかで様々な議論が起こっています。大事なことは、旅行する側も、受け入れる旅行事業者の側も、感染症に向き合って密を避け、しっかりとした対策を取りながら旅行需要を高めていく、ここを目指していくことでしょう。
小林 実際どうみん割が始まってから爆発的にといいますか、瞬間蒸発的にどうみん割の予約枠がなくなるような施設もありました。道民もそうですし、Go Toトラベルキャンペーンが始まってからは本州の方も、北海道旅行に行きたいという気持ちは結構根強くあるのではないかと思います。
小磯 意外に北海道民は、道内を旅行するということがこれまで少なかったのです。旅行するとなると海外に行くという道民も多かった。それが海外に行けない状況のなかで改めて「北海道にはこんなに魅力のあるところがあったんだ」という再発見につながる、そういう機会にもなったと思います。
塩谷 北海道の場合は道央にかなり富裕な層、中流以上の層が分厚いというイメージもありますよね。
小林 私も北海道の出身ですが、子どもの頃あまり道内旅行はしなかった。数字があるわけではないですが、転勤族は離島に行ってみたり、知床に行ってみたり、阿寒に行ってみたり、すごくいろいろまわるんですよね。これまで地元の人はそれほど道内各地へ足を延ばすことがなかったので、今回は確かに地元に目を向けるひとつの良いきっかけになったと思います。
塩谷 地域ごとに見ていくと例えば釧路のある道東エリアなどは、道内旅行が増えているのでしょうか。
小磯 夏頃までの旅行需要の高まりの中で、釧路地域というのは結構高い伸びを示しています。もともと釧路は長期滞在など特色ある形の取り組みを進めてきていたので、そうした下地があって国内の需要を取り込めているように見受けられますね。
塩谷 ほかにこのコロナ禍でも堅調な地域はありますか。こうした旅行形態、宿泊施設が増えているといったことでもいいですが。
小磯 全般的にどうみん割やGo Toトラベルキャンペーンで、普段行かない高級なところにこの機会に行ってみようという傾向はみられます。これは、消費を高める戦略として私は悪くないと思います。ただ事業者によって格差が生じる面もあります。
 そうした中、北海道観光振興機構は教育旅行支援に力を入れています。当面、コロナ感染拡大で、修学旅行そのものに行けなくなりましたが、何とか復活させようという動きがあります。北海道の修学旅行はできる限り道内で、道外からの修学旅行についても比較的安心な北海道へ行こうという形で、教育旅行の需要喚起施策を進めています。感染症対策に必要な交通費や宿泊費を補填するものです。例えば密を避けるためにバスを借り上げる時にこれまでの10台から20台にするとか、部屋もこれまでの10室から倍の20室確保するといった場合、その増分について、北海道庁の予算ですが、事業者に対して支援しています。夏から始めたのですが、これは関心が非常に高くて引き合いが多い。
 Go Toトラベルキャンペーンや「どうみん割」では、より高いところに泊まるとメリットが大きいので、価格帯が上方にシフトする傾向があります。教育旅行支援策の大事なところは、その恩恵を被らない旅館であるとか、経営環境が厳しいバス事業者への支援にもつながるという点です。今回スタートしたのが11億円くらいの予算規模ですが、予想以上の引き合いがあります。今後冬場の閑散期に向かっても、スキー学習など教育旅行の需要喚起に向けて、こうした取り組みは何とか続けていきたいと思います。
小林 私の印象だと、コロナ禍以降に何かを始めたというよりも、コロナ危機の前からブランド力とか顧客基盤とかリピーターをどれだけ持っているのかというところで、非常に大きな差が出ているように思います。一朝一夕では埋めがたいほどにこれまで積み重ねてきたものが大きいなと。もともと安定したリピーターや顧客基盤のあるところは地元の方を中心にすぐ予約も戻ってきています。


ワーケーション、空港民営化の展望

塩谷 宿泊業でお客さんが減っている部分を異業種に参入する形で埋めるといった動きはあるのでしょうか。
小林 飲食店であればテイクアウトを始めたり、交通機関であれば貨客混載輸送を検討してみたり、あるいはワーケーションへの取り組みなど、いろんな試行錯誤がされています。
小磯 今、大きな議論となっているワーケーションは、これまでの観光需要を広げていくもので、働き方の変化の動きをうまく観光地、リゾート地として受け止めていく期待される取り組みです。ただし具体化までには時間もかかるでしょう。先ほどの釧路の長期滞在への取り組みでは、従来の観光事業者だけの枠組みではなくて、地元の不動産会社などにも呼びかけて、幅広い情報を自治体が集約して、ある程度長期、そこで生活者として滞在できるような安定的な仕組みづくりに向けた議論がなされています。個別の事業者だけの取り組みだとなかなかうまくいかない。また、その地域への行きやすさ、例えばワーケーションという形で行けば格安の航空料金でそこに行けるとか、地元の交通機関は格安で使えるよ、といったトータルな受け入れの仕組みが必要でしょう。そういう議論は、実はこれからの北海道の観光戦略にとってすごく重要なことなので、この機会にしっかりと提示していくことが大切だと思います。
 経済活動という観点で見て、コロナ禍による大きな変化のひとつは働き方の変化かもしれません。これまでは、いい会社に勤めたいということになると東京の会社で、本社が東京にあるから、東京に住まないとだめ。でも、働き方の変化によって、仕事したい場所は東京であったとしても、自分が生活をし、働く場所を別に選ぶことができるならば、地方にとってはチャンスです。
塩谷 北海道の環境の良さが強みになるというところですね。
小磯 そういう観点でこれからの時代の変化を予想すると、観光地の戦略というのは色々な人たちを対象に、そこに来てもらう、そこに住んでもらう、そこで仕事をしてもらうという、そういう選択肢を与えられるような観光地づくりを進める必要があります。
 象徴的なのはルピシアという渋谷区代官山にあった茶類販売大手の企業です。ニセコのヒラフにお店があり、素敵なレストランやティールームもあるので、私もよく行っていたのですが、そのルピシアが今年の7月に本社をニセコ町に移したのです。これは画期的なことで、オーナーの方がたまたまニセコに観光で来て、そこが魅力的な観光地なので自分のお店も出して、というようなつながりがあったところへ、このコロナの問題で、オンラインで仕事ができる時代に東京に本社を置く意味が本当にあるのかと思い至ったということでしょう。
 観光との関わりで知った地域である安心感、それが結果的に移転につながるという、一番これが大事です。東京に一極集中していた様々なビジネス機能が分散する動きが、このコロナ禍における働き方の変化によって出てきている。この流れをしっかりと受け止めた観光政策というのが、地域の経済を支える観光産業の発展につながると思います。
塩谷 今北海道では7つの空港の民営化も進められています。新千歳、函館、旭川、帯広、釧路、女満別、そして稚内ですね。
小磯 北海道はちょうど今年7空港を一括して民間委託して運営していくというスタートの年だったのですが、コロナの問題で結果的に非常に残念なスタートになりました。ただ長い目で見れば、北海道内の各地域の拠点になる7つの空港を一括して民間が運営し、民の発想と機動力で空港を活性化していき、空港の乗降客数を増やしていけば北海道の観光消費も拡大していくわけです。まさに北海道の観光戦略の目的と一緒ですから、北海道観光振興機構は7空港の民間運営会社である北海道エアポートと、観光政策は連携して進めましょうと話し合いをしています。空港を利用する人は、空港に来るのが目的ではなく空港のある地域に来ることが目的なわけで、ビジネスであれ、観光であれ、やはりその地域の魅力を高めていく必要があります。そのためにも、そこでの移動が快適であり、そこでの滞在や食の提供がすばらしいといった、そんなトータルな魅力で乗降客を増やしていく必要があります。
塩谷 空港事業を核として、エリアとしての魅力を集積させていくということですね。その上で、今は難しいですが、国際化も進めていく必要がありますね。
小林 北海道エアポートは私どもDBJも出資をしていますし、人も派遣しています。北海道エアポートでは、国際ゲートウエイ機能を7空港に分散・拡大し、北海道全域で周遊観光流動を創出することを掲げています。例えば新千歳から入って女満別や函館もまわっていくといった広域周遊観光がより進展すれば、滞在日数も、消費も増えていきます。


インバウンド、個の観光へのシフトとアドベンチャートラベル

塩谷 このあたりでインバウントの話に入らせていただきたいと思います。私どもとDBJとの共同調査である「DBJ・JTBFアジア・欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」は、実は小林さんが立ち上げに尽力された調査でもありで、私も初期の頃から協力させて頂きました。今年8月には、新型コロナ影響度調査の結果をリリースしまして、多くのメディアで取り上げられて大変な反響がありました。調査にあたった柿島主任研究員からポイントだけ説明願います。
柿島 調査を行ったのは今年6月で、世界的にロックダウンが終わり第2波が来る手前の、明るい兆しがある中だったので、結構ポジティブな意見が出ています。今後半年間で実施するレジャーについては、いちばん初めに外食や外での運動という日常生活の延長線上のレジャー、次いで国内旅行、海外旅行の順となっており、どの国の人もあまり変わりません。海外旅行に今年中に行きたいという人は2割くらいで、かなり厳しい状況だということを確認しました。一方で収束した後に行きたい国では、調査対象国12カ国・地域のほとんどの国で日本が1位になっており、日本の潜在的な需要というのはコロナ禍においても十分にあるということを確認しています。コロナ収束後の旅行のなかでいちばん気にしていることは、どの国・地域の人もやはり清潔さ(図4)。これに対して日本は非常に高い評価を受けておりまして、海外30カ国・地域のなかでも1位でした。日本は〝行きたい国〞でもあるし、清潔な部分もとても評価されているということで、収束後はインバウンドが戻ってくるのは非常に期待が持てるだろうというポジティブな結果でした。
 ただ、いくつか課題がありまして、海外からいらっしゃる方からは、釧路でいうカヌーであるとか、湿原を歩くとかといった体験への評価が若干低いというところがあり、そこは改善をするほうがよいかという結果も出ています。



塩谷 かなり潜在需要は強いという結果が出たわけですが、補足しますと、ではどこへ行きたいですかという質問には、1位は東京で2位が北海道なんです。北海道への潜在需要には引き続き大きなものがあります。
小林 北海道支店からも調査レポートの北海道版を9月中旬にリリースしまして、いろいろなメディアに好意的に取り上げていただきました。日本の人気、北海道の人気の高さがこの調査ではっきり分かったと思っています。
小磯 私なりに見ると、コロナによって、過密や集中を避けるという傾向、狭いところに閉じこもるような傾向がある中で、過密の少ない北海道には高いポテンシャルがあります。しかし、新しい旅行志向の変化に対応するためには、これまで以上に、集団大衆型から個の観光へとシフトさせていくための戦略も必要になります。そうした中、阿寒湖温泉地域で始まったアドベンチャートラベルに、今、北海道全体で取り組もうとしています。自然体験、文化体験といった要素が含まれるアドベンチャートラベルという旅行スタイルには、高い消費効果が期待でき、これからの北海道戦略として大切な取り組みです。北海道観光推進機構はその実行委員会という形で、来年9月に札幌で開催されるアドベンチャートラベル・ワールドサミット2021(ATWS2021北海道)の準備を進めています。
塩谷 どのような内容になるのですか。
小磯 サミットの前段階で、北海道を中心に、道外も含めて実際のアドベンチャートラベルのツアーを催行して、最終的にワールドサミットのBtoBの商談会につなげ、世界のインバウンド需要を北海道で受けとめていこうというものです。したがって今はどういうツアー商品を展開していけるのか、それが世界的な基準をクリアできるのか、そこに向けて準備しています。
小林 そうですね、今一番のトピックスだと思います。もちろんオリンピックの開催も予定されていますが、「北海道のATWS、来年頑張ろう」という感じです。
柿島 アドベンチャー系の体験となると欧米などの国の方からの評価が厳しいという調査結果も出ています。
小磯 来年の9月のサミットはそこをいかに高めていくかというスタートだと思います。これまでのアドベンチャートラベルというのは、一部の人達向けの展開でしたが、これを契機に、北海道に来れば質の高いガイドがいて、多種多様な自然体験、文化体験、アクティビティをしっかり楽しめる、そういう形のツアーを安定的に提供できることを目指しています。
塩谷 北海道は昔から自然ガイドの独自の登録制度(「北海道アウトドア資格制度」)をお持ちですよね。
小磯 そういう伝統のある制度を活用したアドベンチャートラベル認証制度についても検討を進めています。


マーケティングの重視と二次交通の規制緩和

塩谷 北海道観光振興機構はいろいろな事業を展開されていますが、ほかのインバウンド施策についても教えていただけますか。
小磯 マーケティングですね。これまでのインバウンド施策では、プロモーション活動が重視されがちだったのですが、彼らが何を求めているのかを改めてしっかり把握して、そのニーズに合った対応をしていくことが大事だと思います。ホームページの作り方であったり、滞在時におけるガイドの対応であったり、通訳の問題であったり、海外からの観光客がどこに不便さを感じているかを把握し、国内で、道内で、政策的にどういう対応がなされているのかを把握し、検証しながら政策を改善していく必要があります。観光振興機構としては2年前からマーケティング機能に重点を置いた組織改編を行っています。
塩谷 小林さん、DBJのインバウンドへの取り組みに関連して補足などがあればお願いします。
小林 北海道は日本全体より10年早く人口減少が進んでいるということをよく鈴木知事もおっしゃいますが、インバウンド客という交流人口が定住人口の減少を補ってきたわけです。私も昨年着任した時に、街中に外国人があふれていて、ドラッグストアで買物したり、バスやレンタカーで観光する姿を目にしました。しかし、マーケットのニーズも変化するでしょうから、北海道が飽きられないよう、常に地域の価値を磨き上げていく必要があります。いたずらに人数を追うのではなく、クオリティの高い観光地としてブランドを確立していくべきです。
 そういう意味で、先ほどの話にも出ましたが、空港運営だけではなく、二次交通との接続や、そこから先の宿泊施設や観光地との接続であったり、インバウンドが周遊しやすい仕掛けを当行としても後押しできればと思っています。ファイナンスと情報発信の両面で地域を盛り上げていきたいと考えています。
塩谷 空港を中心としたエリア全体を支援していくスキームのようなものは何かあるのですか。
小林 北海道でMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)をすぐにやれるかというと、そこにはまだ時間がかかるかもしれませんが、ゆくゆくはバスや鉄道といった二次交通との連携促進、自動運転の普及などにより、北海道をもうちょっと自由に周遊できるようにしたいですね。観光客はどうしても道央圏に集中しがちなところがあるものですから、そういった形で、道東や道北、道南圏にも足を延ばしやすいような環境整備をしていきたいとは思っています。
小磯 インバウンドの効果というのは小林さんがおっしゃったように、単に北海道の観光消費の3割近くを支えているだけではなくて、これまでの北海道観光の大きな課題であった閑散期と繁忙期の差をかなり埋めてくれていたのです。在庫を持てないサービス産業の宿命として、常に一定の需要が必要ですから、インバウンドがいま途絶えているということは大変影響が大きいわけです。インバウンドの復活は、安定的な北海道の観光産業にとって非常に大事です。
 それから北海道観光の大きな課題のひとつが、地域間の不均衡で、新千歳空港を中心とする道央圏に集客が偏ってきています。戦後の流れをみると、少なくとも20世紀の後半というのは結構バランスが良かったのです。これはローカル航空路線が多くあり、観光戦略と航空戦略が一体となって進められていたという状況がありました。それが次第に、航空自由化の流れのなかで、道央圏にどんどん集約されていったという経緯があります。
 しかし北海道全体を盛り上げていくという面では、地域間のバランスが必要です。その中での非常に大事な動きが今回の7空港一括のコンセッションです。コロナの問題で今は厳しくなっていますが、民営化された空港会社の事業期間は30年ですから、これからの長期戦略として、それぞれの空港を拠点として周遊させることで道央圏への集中構造を緩和させつつ、新千歳も国際化の拠点としてさらに発展させていくというシナリオを展開していきたいと思います。
 そのために当面必要なのは、空港で降りた後の足の問題です。
塩谷 特に外国人にとっては地域での足の問題は大きいですよね。
小磯 インバウンドに向けて回りやすさについての対策は非常に大きな課題です。まず情報提供で、ここにアクセスすればわかりやすく情報が得られるというホームページを一元的に整備することが大切です。また、交通の仕組みというのは意外に縦割りです。それをいかに地域で横につなぐかという取り組みが重要で、それが進めば、乗り継ぎや周遊が旅行者にとってより楽になるでしょう。
塩谷 地域ごとに公共交通協議会などが設置されていますよね。しかし、何か新しい取り組みをやろうとするとなかなかまとまりにくいです。
小磯 私もいろんな地域で総合的な交通利用に向けた検討会や協議会などに参加してきましたが、交通事業者それぞれの立場での主張をされるだけで、全体の意見をとりまとめて調整していく強力な手立てというものがない。
 今、新政権になってデジタル改革と規制緩和をかなり強力に推し進めています。地域交通を改善するための一つの鍵は規制緩和です。例えば公共交通の事業には色々な規制があって、それは一面では地域の足を守るという政策目的に沿っているわけですが、規制を緩和して観光需要を高めることも必要です。
 例えば、コロナ危機の中でタクシー業界も大変な状況で、今は物を運ぶとか、食品などのデリバリーの役割などもコロナ下の特例措置として認められました。今後これが恒久的に規制緩和されれば、公共交通の利用にも柔軟性が出てくるでしょう。コロナを機に観光戦略として地域交通についての前向きな議論が展開されることを期待しています。
塩谷 客貨混載、あるいは貨客混載とも言いますけれども、地域ではかなりニーズがあるように思います。
小磯 観光客が地域で公共交通の路線バスに乗るというのは実際には難しいのですが、例えば空いている自家用車を活用した送迎システムや、団体用の専用のバスが通りすがりに個人客もそこで拾っていくような、そういう柔軟な仕組みがあれば、それだけで地域の魅力になるのではないかなと思います。
塩谷 各地で特区構想を進めていこうとしたものが、省庁の壁などもあってややスローダウンした形になっていますよね。
小磯 新政権が規制緩和に向けて思い切った改革をする動きは、観光産業にとってもプラスになると思います。色々と提案していくことが大切だと思います。

本物志向への対応、アイヌ文化の発信

塩谷 先ほどプロモーションの話が出たのですが、今後インバウンドではどの国に注力したいとか、ロードマップのようなものは道庁や観光振興機構で作られていますか。
小磯 アジア中心のこれまでのインバウンドの流れに対して、消費額あるいは、消費効果の高い欧米向けに新しい展開をしていこうという流れがあります。
塩谷 昨年までのデータでは、欧州の人には九州のほうが人気があるようです。北海道は割合ヨーロッパと似た景観というところもあるのでしょう。じゃあどういったところに価値を作っていくべきかという点ですが。
小磯 ひとつは体験だと思います。私はフライフィッシングをやりますが、道東はかなり魅力的な地域です。バードウォッチングもそうです。根室あたりは、貴重な野鳥のサンクチュアリで、世界トップクラスの魅力があります。そこではそういう個別のマニア層に対してクオリティの高い、資源をうまく生かした体験型ツーリズムをピンポイントで発信していく必要があります。彼らの消費額はとてつもなく高く、私が昔道東でヒアリングしたフランスから来たバードウォッチャーは、2カ月くらい高級ホテルに滞在していました。これからは欧米のそうした富裕層を狙うのも重要です。
 もうひとつは、7月に「ウポポイ」がオープンしたばかりですが、北海道の持っているアイヌ文化の発信です。アイヌの方々に対する政策として、これまでの福祉政策や文化政策に加えて、観光振興など産業政策を取り込んだ新たなアイヌ施策推進法ができました。以前、日本に来る台湾の人たちに、北海道で印象に残った場所について調査をしたことがありますが、1位が白老のポロトコタンでした。海外の方々にとってそれぞれの地域における少数民族の持っている伝統や文化への関心というのは我々が考えている以上に高いようです。
 阿寒湖温泉地域がアイヌの方々と共生している姿というのは、私は大きな魅力だと思います。実は阿寒湖温泉地域は、もともと居住していたアイヌの人たちはいないのです。前田一歩園財団の前田光子さんが道内のアイヌの方々に土地を無償で提供して、道内のアイヌの人たちが集まってきて、そこで共生が始まり、素晴らしい文化が生まれた。そういう歴史的背景も含めて外から来た方たちに伝える。阿寒湖温泉に泊まり、そこでアイヌの文化とふれあいながら地域を深く知るというのはこれからのインバウンド政策として大事だと思います。
小林 北海道に来られるインバウンドの地域別の構成は、日本全国とそれほど大きく変わらず、韓国、中国、台湾、香港、この4地域から7〜8割来ています。一方で先ほどの共同調査の結果では、北海道を訪問したいという方はタイ、シンガポール、マレーシアで非常に多い回答がありましたので、東南アジアなどはまだまだ開拓の余地が大きいと思います。欧米では認知度は高くないですが、自然体験にかける予算は多い人たちですので、来年のATWSは良い機会になると思っています。
塩谷 小林さんはスキー1級とおっしゃっていましたが。
小林 スキー場にはコロナ前までは欧米の方、オーストラリアの方、さらにはアジアからも多くいらしてました。海外の著名なスキー場でも、最近は天然雪が豊富に降る地域はどんどん減っていますので、雪に惹かれて本物志向の方が来ています。ニセコだけではなく富良野など他地域のウィンタースポーツもまだ伸びるだろうと思いますね。


塩谷 マニアの方や本物志向の方はSNSでの発信も熱心ですし、そこからマニアとまではいかないくらいの周辺層までマーケットが広がっていく流れもありますね。

発地国との結びつき強化と食産業との連携

小林 情報発信という観点では、しばらく国際便が再開できない状況ですから、国やJNTOの事業を通じて日本というデスティネーションが忘れられないようにしてほしいですね。
柿島 私も発地国側で日本旅行へのエンゲージメントを強める取り組みが増えると良いなと思っています。いろいろ事例を調べていますが、台湾のホテルの2泊3日のプランで、ホテルに入ると日本人のコンシェルジュが付いて、日本の浴衣を着せて日本から取り寄せた食材で食事を出して、築地のセリを体験できるような商品もあります。
小磯 台湾のなかで?
柿島 はい。成熟した市場だからこそできる企画なのかもしれないですが、日本に行きたくてしょうがない層に向けて商品を作ったようです。香港も同じような成熟市場ですが、いくつかの旅行会社のホームページを見ると、今は日本へのパッケージツアー商品を販売できないので、各社が農産品を売っているんですね。北海道ではメロンや白いコーンがダントツの人気です。そういった形で日本に行きたくても行けない中で、代わりに現地でできることを探して、それをビジネスにつなげています。日本の地域側からもそうした仕掛けがもっとできるのではないでしょうか。
塩谷 物産と観光を連動させて、観光を輸出促進に役立てていく取り組みは北海道でも、食を中心にかなり進んでいると思いますね。
小林 国内のほうは今月からですか、ようやく東京の百貨店でまた北海道の物産展が再開したところでして、かなり来客があったと聞きます。海外での物産展もコロナ前には盛んでした。
柿島 海外を視察すると北海道ブランドは強力で、台湾に行くと、台湾で作っているものなのに「北海道牛乳で作ったラテ」とか「北海道チーズ」といった商品名で売られているものを見かけます。もう「北海道」というブランドはかなり浸透していますね。
小磯 観光産業と食産業を一体化させて地域戦略を推し進めていくことが大事だと思います。特に北海道の場合、食の魅力というのが昔から言われていますが、最近は観光消費のなかでも食への関心がますます高くなってきています。本物の食を提供し、それをきっかけに食産業そのものも発展していくという好循環を目指す。そのためには、観光と食に関わる組織も連携、融合していく取り組みが長期的には大事です。
小林 4月に苫小牧に先進的な大型冷凍冷蔵倉庫が竣工したところですが、食も第一次産業だけではなくて、物流や食品製造加工も含めて鮮度のいいものをそのまま、もしくは付加価値をつけてタイムリーに海外へ届けられるようになれば、まさに観光と食の連動ということに通じると思っています。北海道エアポートと苫小牧埠頭は、『空』と『海』の2つの港から日本国内外への貨物の移出・輸出の増加に連携して取り組むため、「北海道ダブルポート連携 基本協定」を2020年6月に締結しており、北海道における新たな取り組みとして注目しています。
塩谷 グルメというのは観光活動としてみると一年通じてばらつきが少ない分野ですし、温泉なども年間通じてばらつきが少ない。こういった資源をうまく組み合わせて需要を平準化していけるならば、北海道観光はまだまだ十分やれるという強みがあります。
小磯 温泉や食に、ワーケーションとか、紅葉のような隠れた季節の資源と組み合わせて、季節を通して安定した需要をつくりあげていくことが大切です。
塩谷 そういう意味では本当に可能性の大きな地域だと思いますね。

※1…「どうみん割」とは北海道庁による「観光誘客促進道民割引事業」の別称。財源は地方創生臨時交付金で予算規模(割引総額)は23億円、事業期間は20年7月から21年1月迄。割引額は最大半額(上限1万円)。日帰りを含む道民の道内旅行を対象とし、コロナ対策に対応した「新北海道スタイル」を実践する宿泊施設やアウトドア事業者などを組み込んだ旅行商品に割引を適用。Go Toトラベルキャンペーン終了後の2月から第二弾を予定。
※2…初動対応時における被災事業者の緊急的な資金需要に対して、機動的かつ迅速に対応すべく創設されたDBJの独自プログラム。