〝観光を学ぶ〞ということ ゼミを通して見る大学の今

第8回 九州産業大学 地域共創学部
千ゼミ

九州にある大学として、九州とアジアの観光に重きを置いた教育と研究が特色。その研究成果は多くの受賞歴を誇っている。

1.地域共創学部観光学科のコースとゼミ

九州産業大学の地域共創学部は、2018年4月に新設され、観光学科と地域づくり学科となります。1999年から続いた商学部観光産業学科を観光学科に再編し、そこに地域づくり学科を新たに設け、地域の新たな活力や持続可能な観光の明日を、〝「地域」と「共」に「創」る〞ことを標榜しグローカリスト育成を目指しています。九州の観光は他の地域と比べて大きな違いがあります。国内観光においては域内観光の割合が高く、国際観光においてはアジア度(九州入国者の中でアジアが占める割合は95.8%、訪日外国人旅行者の中でアジアが占める割合は83.7%(2019年))が非常に高いのが特徴です。
九州観光の実態を反映し、九州やアジアの観光に重点をおいた教育、実践を行っていますが、その一つが2年生(150名)が全員、24日(1日8時間フル勤務)以上の有給インターンシップを履修することです。派遣先には福岡県内を中心に九州圏内の企業が多いですが、韓国、カナダでの海外インターンシップもあります。就業体験を通じて、仕事や企業、業界、社会への理解を深め、その知識をPBL(Problem-Based Learning、問題解決型学習)で活かせるようにしています。本学の建学理想は「産学一如」(「産」(産業界)と「学」(大学)とを連携させ、「学」を「産」に活かす教育(理論と実践の統合)を志向すること)ですが、その具現に必要な知識、実践力を2年次から選択する三つのコース(グローバル・ツーリズム、地域・観光デザイン、ホスピタリティ・マネジメント)にそれぞれ設けられたPBL科目を通して習得し、学んだ知識を使える知識に変える学修を促しています。

2.ゼミ生が作るゼミの形

私はグローバル・ツーリズムコースに所属しており、「アジア観光論」という科目を担当し、現在2、3年次のゼミを受け持っています。ゼミでは「アジアの国際観光と九州の観光振興」をメインテーマに国際観光と観光振興に関する専門知識を深め、提案力が身につく指導を心掛けています。ゼミでは2年次に上がる直前にゼミ選考を行っていますが、選考方法として先輩による面接を重視しています。先輩にはこのような経験を通して自分自身を客観的に見る機会を与えるためです。ゼミを希望するほとんどの学生が国際観光をテーマに研究を進めたいという希望を持っていますが、ゼミでフィールドワークを必須としているため、選考では社会人基礎力(「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」)を鍛えようとする意識、意欲があるかを確認しています。
ゼミの1回目の授業では「私がゼミで意識して取り組みたいこと、それを上手く実行するには」をテーマに作文を書かせます。参加学生がどのようなゼミを期待しているのかを把握し、共通項となるゼミ像を明確にし、皆で共有することで自主性を引き出し高めるためです。昨年の2年次生の意見を総合したものが「主体性を持って積極的に参加し、徹底的に調べ、専門知識やコミュニケーション力を高める」です。硬い表現になっていますが、皆が意識するよう定期的に振り返りをしながら、ゼミの活性化を図っています。

3.気づきを与える外部評価

ゼミでは共通テーマの他に、学生自身が設定する小テーマ研究を認めています。研究の目的がきちんと書けるように、研究の理由や根拠を明確にして自分の考えを書くように指導していますが、意外とここに多くの時間を割くことになります。しかし、研究の目的を明確にすることでやる気を起こすことができると思っています。学生はゼミの中で研究の進捗状況を何回か発表することになりますが、結論に至るまで「調べる」「話す」「聴く」「議論する」を繰り返して行っています。研究の成果を外部の懸賞論文大会、企画コンペなどに投稿・発表し、審査委員の講評や結果などを参考に、最終的に学生自身が1年間を振り返り、ゼミ活動を自己評価することにしています。
昨年と一昨年にゼミ生が外部で発表した研究成果の中からいくつか紹介します。
❶「新上五島町における観光の現状と課題」(日本観光研究学会九州・韓国南部支部大学生論文発表大会で九州運輸局長賞を受賞、2019年)


❷「福岡県八女市における古民家再生とまちの活性化に関する現状と課題」((公財)九州運輸振興センター懸賞論文で最優秀賞受賞、2018年)


❸「Yellow Sea-Visit Northeast Asia」(日中韓大学(院)生アイディア公募展(ポスター部門)で奨励賞受賞、2019年)


③は、九州は欧米からの認知度が低く、関東圏からの観光客誘致も簡単ではないため、日韓中の環黄海地域に周辺地域間で連携し国際観光圏を形成することで、ヨーロッパの地中海のような一大国際観光拠点にしようといった内容です。


❹「ビートルで行く魅力ある釜山旅行」(2019年)
④は、JR九州高速船(株)から2020年7月に予定していた「クイーンビートル」の就航に合わせ、若者向け旅行商品を企画したいという依頼を受け、学生たちが現地調査を行い、九州運輸局からの助言もいただき、また旅行会社との打ち合わせを行いながら旅行商品をつくり、2020年1月に学内でプレスリリースを行いました。テレビ、新聞などのマスコミ6社が取材するほど、当時は関心の高さが窺える取り組みでした。
これらの活動に参加した学生に感想を聞いたところ、次のような回答がありましたので、併せて紹介します。


〝私は、日中韓アイディア公募への参加・JR高速船ビートルの方との旅行商品の造成を通して、アイディアを振り絞ること・自分の意見を相手に伝える難しさと、工夫した資料作成の大変さを学びました。完成するまでは苦戦しましたが、やり遂げた時は達成感と安堵を味わうことができました。観光業界に携わる方々と触れ合い、アドバイスをもらい、将来旅行企画の仕事に就きたい私にとって大変勉強になり、貴重な経験となりました。〞
〝日中韓の学生による観光アイデアの発表や、JR九州高速船ビートルさんとの活動を通して自分自身が一段と成長したと感じます。また、二つの活動を通して、視野を広げ物事を考えることの重要性を強く学びました。今後の残りの大学生活では、色々なことに挑戦し、視野を広げた様々な角度から物事を考えられるようになりたいと思います。〞

何より学生たちがチャレンジすること、一歩を踏み出すことの大切さに気付いたこと、そこから自分自身を成長させ、また自分の隠れた才能を引き出すことができたことに大きな意味があるのではないかと思います。

4.ゼミ運営上の課題

前述したように、ゼミ活動を総括する際には学生自身が1年間の研究成果を、外部の大会等に出て、そこから得た評価を踏まえて最終的な自己評価を行うことになっていますが、ゼミ生全員がゴールに辿り着くわけではありません。最近のことですが、初めて途中でリタイアした学生がいました。数回のフィールドワーク、まとめの作業にプレッシャーを感じたようです。また、外部の評価を受けるまでには完成度を高められなかった学生・グループもあります。ここで共通しているのは、小グループではなく、個人で取り組む学生に良く見られるということです。個人研究では、1人で研究に必要な全てのプロセスをこなしていかなければならないので、大学院生のように自身の研究テーマをもち研究に没頭するよう強く求められることもなく、モチベーションを維持することが難しいようです。しかし、大変な個人研究に取り組み、成果を出し、大きく成長する学生もいます。学生には研究の楽しさに気づき、継続する力を身につけてほしいと思っていますが、個人研究を希望する学生に対しては個人研究の意思を確認するとともに、個人研究の難しさも丁寧に説明する必要があると感じています。
成果を出す個人またはグループは目的意識が明確で、特に小グループにおいては仲間意識の強いメンバー構成となっています。ゼミでは、学生たちが自主的にゼミ新歓コンパ、学年合同で行う顔合わせコンパ、夏休みのゼミ合宿(教員指導)を行い、ゼミ生間の親睦を図っていますが、研究は別次元のもので、チームワークが大きく影響します。これを考えると、急いでグループを決めるより、もう少し時間をかけて個々人の趣向や関心分野を重視しながら関連性を探り、効果的にチームづくりをすることも大事であると認識しています。外部の大会で発表することを義務付けたため、物事の決定を急がせた節がありましたが、これからは〝急がば回れ〞を意識したいと思います。

5.コロナ禍の中のゼミ活動

フィールドワークを重視するゼミでは、コロナ禍によって活動が制限され、本来の目的の達成ができなくなっていると思われます。本来、ゼミは参加者同士が対話型・双方向型(=参加型)で行いながら、「聴く」「調べる」「話す」過程を通して意見を出し合い、活発なコミュニケーションのもとで進めていく授業の形式であることを考えれば、ニューノーマル時代では従来のフィールドワークをベースとするやり方を継続することが難しく、ゼミ活動のあり方を模索する必要性を感じています。コロナ禍の中でも学生に研究に対するワクワク感や刺激を与えられるやり方はないだろうか、コロナが終息するまで考え続けていきたいと思います。

千 相哲(せん・そうてつ)
九州産業大学地域共創学部 教授。専門は、観光学。立教大学大学院社会学研究科単位取得満期退学(社会学博士)。立教大学助手を経て、1999年に九州産業大学に着任。九州産業大学商学部長(2010年〜2017年)を務め、現在、地域共創学部長(2018年〜)。主な著書に『九州地域学』(編著、晃洋書房、2019年)、『九州観光学』(編著、晃洋書房、2018年)、『九州発「国のかたち」を問う〜日韓トンネル構想への期待』(共著、山岳出版社、2020年)などがある。観光まちづくり、観光振興等に関する多数の委員を歴任している。