③株式会社風の旅行社
「コロナ後もやることは変わらないのです」
4月から通常営業に戻り、旅行商品もほぼ出そろう
相澤 昨年から海外旅行を再開されて、今は旅行商品も増えているようですが、現在の状況をお聞かせいただけますでしょうか。
原 海外ツアーは昨年の夏のモンゴルから再開しました。100名以上の方にモンゴルへ行っていただきました。秋以降はネパールがオンシーズンになりますので期待しましたが、うちだけでなく業界全体に海外旅行全般が伸び悩みましたが、弊社もダメでした。
この春にモンゴルや中央アジアを中心に新しいパンフレットを出しました。しかし、うちの主力商品の一つのチベットは中国が開かず、まだできていません。ブータンも国の観光政策が大きく変わってしまい取り組めていません。それ以外の国・地域はほとんどできています。
今年2月の初めに、このパンフレットをお客様にダイレクトメールで送ったところ、ようやく予約が増えてきました。だいぶ夏の予約も入っています。営業日も3月までは週4日にして、副業をしながら雇用調整助成金(以下雇調金)をもらう態勢を続けましが、この4月から通常営業に戻しました。
コロナ前と一番変わったのはツアー代金ですね。1・2倍から1・5倍ぐらいになりました。飛行機代も高いし、現地の費用もかなり上がっています。
相澤 燃油価格も上がっていますしね。
原 コロナで3年間海外に行けずお金がたまったからとおっしゃって、高くても行ってくださるお客様もいらっしゃいます。ただ、こんなことが果たしてどこまで続くのか、海外旅行は高値に留まってしまうのか心配ですね。航空座席が潤沢になれば、値段は下がって来るかもしれませんが、現地の費用は下がりそうもないですね。
相澤 現地の費用が上がっているのは何が影響しているのですか。
原 うちはアジアのツアーが多いですが、アジア全般の経済成長が著しく物価が非常に高騰しています。コロナで観光は大打撃を受けました。失ったものを取り戻したいと高い値段を付けている場合もあるかもしれません。人件費もかなり上がってきましたね。
相澤 それは必ずしも悪いことではないので悩ましいところですね。
原 販売する側にとっては安い方がいいですが、現地にとっては悪いことではないですね。例えば、物価が安くても従来から現地手配代金が高かった中南米では、アメリカやヨーロッパの相場に引っ張られて高い値段設定が行われてきました。アジアもそれだけ収益率も高くなれば、悪いことではありません。アジアもそうなってきましたね。
相澤 この3年間で日本は慎重な政策を取っていて、海外に行く時期も遅い方だと思いますが、その間に日本以外のアジアの方が行っていた影響はありましたか。
原 韓国の方が圧倒的に早く動いていますので、日本に対する期待感がありながらも、日本人はどうして来てくれないのかという失望感が広がっています。先週ネパールに行きましたが、日本人はほとんどいなかったですね。
相澤 では新型コロナウィルス感染症の5類移行が大きなきっかけになりそうですか。
原 それは一変すると思っています。
相澤 御社のお客様は行きたい思いが前からあって早く動いたのでしょうか。
原 そうですね、今年は、全般的に予 約が早い。こんなに早いのはあまり経 験がないですね。ただ、飛行機も供給 が少なく混んでいますから、お客様が 「さあ、行こう」と思っても予約が取 れないという現象が起きていますね。
相澤 お客様の価格に関する反応はど うでしょうか。「高くても仕方がない」 という感じでしょうか。
原 そうですね。高いですねって言わ れます。僕らも自分たちで高いって思 いますから。一番心配しているのは、 現地が同じクオリティーでできるかで す。スタッフが足りないとか、従来契 約していた自動車会社がなくなったの で新しいところでやりましょうとか、 そういうことが一つ一つうまく動くの かはちょっと心配ですね。
相澤 今の時点でも現地のスタッフは まだ戻ってないという感じですか。
原 アジアは仕事がない今の段階で夏 のために人を用意してくれといっても なかなか難しい。しかし、旅行の仕事 はアジアではまだまだ実入りのいい仕 事。仕事があれば戻ってくるでしょう。 予約が入ったら人を確保する。その作 業を一つ一つやるしかありません。他 の仕事についてしまった以前のガイド たちに声を掛けています。
この3年は顧客との絆と雇用の維持に尽力
相澤 コロナの間、お客様と関係が途切れないようにすることが御社にとって重要だったのではないでしょうか。
原 その通りです。ですから2020年6月から物販の通信販売「縁shop5」を始めました。旅行を売ることができないから物でも売ろうと。これで利益を上げるのは大変ですが、物販のパンフレットも基本的には旅行パンフレットと作り方は同じです。途中からは東京都の助成金を受けて、旅行会社5社でやっています。
コロナ中は、オンラインツアーを多くの会社がやりましたが、手間と時間がものすごくかかる。現地のスタッフを使えばお金も払わなくてはなりません。うちはスタッフを休業させて雇調金をもらっていましたから、わざわざ会社に出てきてオンラインツアーを作るなんてできませんでした。2020年の4〜6月末までは全休とし、スタッフには、コロナに感染しないようにしろ。コロナは長引く。収束しても暫くは苦しい。これからは給料が減るからその分、今のうちに副業で稼いでおけ、と言いました。国内旅行をやるようになってからは一部のスタッフは週2日ほど出社しましたが、とにかく雇調金をもらうことに徹しました。
3年間でスタッフは21人中3人減りました。再スタートに当たっては、人を確保することを第一に考え、4月に2人補充しました。だから、コロナ後の新しい戦略といわれても、あまり変わりません。とりあえずの目標は元へ戻ることです。
ただ、働き方は変わりました、従来は正規雇用でフルタイムが基本でしたが、今は週3日勤務のスタッフも複数います。社内の雰囲気も、そういう働き方があってもいいというふうに変わってきました。特に、子育て中のスタッフはテレワークだとやりやすいと言っています。この4月は全員出勤としましたが、秋を目途にテレワークも導入しようと考えています。家でPCが使えて、各自のスマホを会社の電話として使用できる仕組みも秋頃までに整備する予定です。労務管理のルールも整備してスタートという感じです。
オンラインツアーやSNSで新規開拓に挑戦
原 コロナ禍の間はやらなかったのですが、最近、オンラインツアーを始めました。
相澤 ホームページで拝見しました。
原 オンラインツアーを旅行の代わりとしてお金を取って利益を出していくことは、僕は考えなかったですね。ただ、説明会やオンラインツアーによって、うちを使っていただけるきっかけを作り、応援してくれる輪を広げていくためならいいのではないかと。
Webのクリック広告のような砂に水をまくような広告ではなく、オンラインツアーなどでうちを知ってもらって、うちの商品が届くお客様を増やしていく。要はプッシュ型の営業ですね。
今まではダイレクトメールを送るくらいで、一般のお客様にはなかなかうちの名前や商品は届かなかったので、そこを何とか届けていきたい。でも単独ではなかなかできないので、世界仮想旅行社と組みました。そこのお客様に対しても、うちのオンラインツアーが紹介されているので、大体1回200人ぐらい集まるのですよ。
相澤 御社の顧客ではない方の割合はどれくらいでしょうか。
原 かなり高いですね。
相澤 では新規顧客が広がりますね。
原 そうですね。LINEの公式アカウントも開設しましたが、SNSを使って販路を拡大していくのは、なかなか難しいと思います。
今、考えているのは、人と人のつながり。例えばFacebook でも中心になる人がいて、「いいね!」をクリックする人がいて、フォロワーがいてという世界ですよね。そういう中心になる人物をつなげて、そのフォロワーにうちの商品が届くようにしていこうという戦略です。
相澤 規模が小さくて丁寧なつながり。
原 そうですね。昔流でいえば口コミ、今でいうとSNSを使った口コミの世界にこのオンラインツアーとか、オンライン説明会とかで対応していこうかと。これはコロナ禍で学んだいいところです。コロナ前はオンラインで、なんて思いもしなかったです。
相澤 説明会自体はずっと丁寧にやられていたかと思いますけれど。
原 そうですね。リアルな説明会は予約率がすごく高いので、人数は少なくても構わないのです。ただオンラインはぐっと下がっちゃう、そこがちょっと違いますね。だからリアルもどう混ぜてやるかというのは考えています。
相澤 忙しくなってうれしい悲鳴を上げられるようになるといいですね。
原 でも、収益として残るのかというのは、やってみないと分からなくて。
何となく忙しそうだけど、予約が効率的に回らなくて、成果が残らないということもあります。だから、今年は予算を立てるのが本当に難しいし、立てたところで意味があるのかという疑問もあります。出るお金は予想がつくので、あとはそれに見合った収益ですが、今の段階では、これくらい上がるといいなという希望値ですよ。
相澤 お客様の話をもう少し伺いたいのですけれど、最近はZ世代に注目が集まっていますが、御社としてはどう捉えていらっしゃいますか。
原 もちろん、若い世代に広がっていけばいいですけど、弊社の売り方とこの値段じゃ無理だよなと思っています。だから、そこはあんまり意識していません。僕らは、作りたいものを作って売って、いいなと思う人が買ってくれるだけだから元々マーケティングなんてあまり考えたことはありません。
ただ、弊社がやっているようなことが好きな方は、必ず一定数はいるだろうと思っています。
相澤 数がたくさん必要なわけではないですしね。
原 みなさんは、100人ハワイに行く人がいたら100人を顧客にしようとしますよね。でも、うちは1〜2人しか取りに行きません。そこが違うと思います。弊社の主要なデスティネーションの一つであるモンゴルですら100人中取りに行くのは10人ほどです。万人に受けるツアーは、どうしても平均値になります。行きやすいツアーは、差別化が難しくなります。ただ、内容ではなくて値段が高くて弊社のツアーに参加できないという場合もあります。例えば乗馬は若い人にこそ向いていますが値段が障壁になっています。ツアーを4日間にして値段を下げる。そんな工夫はしますが、クオリティーは落としません。
しかし、数が必要なマーケットでは、このツアー代金の高騰は深刻ですね。
特に、若い人が行くマーケットで値段がかなり上がっています。この前グアムに行きましたが、嘗ては5万円くらいだったツアー代金が、今は15万円もしています。
相澤 厳しいですね。
原 うちのお客様はツアー代金が多少上がっても高いと言いながら行ってくれます。でも、5万〜6万円で行っていた人たちが15万円じゃ行かないでしょうね。
相澤 いざ再開となって爆発的に増えた後が心配ですね。
原 3年行かなかったから行きたいっていう人は1回、2回は行きますが、その後、クールダウンしたときに、料金がある程度下がっていてくれないと海外旅行市場はつらいという感じはします。これが一番、懸念材料かな。人が足りないっていうのもありますけど、旅行業の場合は人を育てるのに10年もかかるようなことはありませんから、次第にそろってくると思います。
相澤 何か解決策はあるのでしょうか。
原 航空座席の需給バランスが戻ってくれば徐々に、という感じですかね。
あとは、燃油サーチャージを航空券代金に含めて外出ししない航空会社も出てきましたから、そういう会社がどんどん出てきて一つの流れを作っていけば変わるかもしれない。
相澤 政府も、最近はアウトバウンド政策を推進していますけれど、その辺は効果があるとお考えですか。
原 主に教育旅行に対するイベントや政策を採るのかな。効果が出てほしいですね。また、レジャー市場や海外旅行全般に対しても予算を付けて施策を行ってもらいたいと思いますね。
インバウンドの目標が非常に高いですよね。それだけに注目するのではなく、アウトバウンドはどうするのかっていう話ですよね。ちょうどインバウンドがこれから回復してくる、それと一緒にアウトバウンドも回復させましょうっていうタイミングでいいので
はないかと思います。
コロナ後も中小がやることはほぼ変わらない
原 コロナ禍の3年間、大手旅行会社はソリューションビジネス等で新しい活路を見いだしたと思います。旅行会社は、高付加価値商品を創造することで高収益に転換すべきだと長年いわれてきましたが、それはあまりにも一変倒過ぎましたね。店舗を閉めホールセールを止める、即ち低収益赤字部門を捨てるという選択は、コロナ以前から上がっていたとは思いますが、できなかったことです。
身軽になった大手旅行会社は、こぞって、旅行の中で高収益が見込める添乗員付きツアーや、ヨーロッパのフルペンションのようなツアーを売っていこうとしています。もちろん団体やMICEなどもあります。それ以外は流通の世界で、ダイナミックパッケージということで線引きがされました。
そこが大きく変わったと思います。
しかし、中小はあんまり変わってないですよ。中小で流通型の安売りをしてきた会社は、ここ10年ほどでほとんど姿を消しているので、今はオリジナリティーのあるツアーを作っているか、あるいは自社の顧客をきちんと持っている、受注型のオーガナイザーを持っている、そういう旅行会社が多いと思います。そうした会社は、うちも含めて従来と同じことをやっていくと思います。
相澤 航空路線が再開すればやることは変わらずということですね。
原 そう思います。逆に大手さんの店舗が少なくなってきたので、代わりに中小が受け皿になっていくということも十分考えられます。ただ、航空券やホテルだけを対面で販売する時代じゃありません。ネットに特化した会社も一部ありますけれど、中小はITに多額の投資などできませんから、今まで以上に顧客とどうつながるかです。
再び起こった時の対応を考えなければならない
原 SARSやMERSは上陸しなかった。新型インフルエンザは上陸しましたが、大事にはならなかったので、日本は感染症に対する準備がほとんどできないままコロナ禍になってしまったのですね。僕はSARSのときにも雇調金を受けていますから、今回、2020年の2月にはハローワークに行って雇調金について教えてもらって3月2日から受給しました。
相澤 その経験があって早く動けたのですね。
原 そう。コロナが上陸した瞬間、雇調金しかないと思いました。中国の取り扱い比率の条件撤廃や上限額の引き上げ、クーリング期間の撤廃などを、JATA(日本旅行業協会)の越智事務局長(当時)と話して、政府に働きかけてもらうよう要望しました。
相澤 声を上げてくださったからこそですね。
原 ただ、せっかく再開したところで水を差すようだけど、また同じような状況になったときどうするかは考えておかなければいけないです。また雇調金に頼るなんて出来るかどうかも分からないですからね。
原 優二氏(はら・ゆうじ)
株式会社風の旅行社代表取締役
長野県飯田市出身。東京都職員、長野県小学校教員を経て東京の旅行会社に勤務。
1991年(株)風の旅行社を設立、代表取締役就任。
2015年から(株)ピース・イン・ツアー代表取締役兼務。
現在、(一社)日本旅行業協会(JATA)副会長、同法制委員会委員長