⑥全日本空輸株式会社
コロナ後の大きな課題は若い世代の需要回復
4月時点ではビジネスが先行して順調に回復
山田 国際線の戻りはどういう感じでしょうか。
大前 この4月の状況ですと、私どもの生産量がコロナ前の2019年との比較で大体60パーセント台半ばぐらいまで戻してきております。4月に中国線が少し再開できましたので、このレベルまで来ました。年度末までには生産量を8割ぐらいまで戻していきたいという計画です。
足元の旅客数でいきますと、全体でいえば6割ぐらいまで回復している状況です。ただし、これはご承知のとおり海外から日本にお越しいただくお客様、あるいは日本を通過して北米=アジア間を移動されるお客様も含めてですので、日本発はどうかという話になりますと、実態としては4割ぐらいの戻りという感じですね。
山田 生産量が6割半ばで、需要が約6割だと座席の稼働率そのものが結構高いところに来ているという感じでしょうか。
大前 そうですね。海外発のお客様にかなりご利用いただいておりますので、座席の稼働率という点ではコロナ前の水準に近いところまで戻せております。
山田 私はコロナのときも海外に行っていたのですけど、そのときもお客様は羽田で降りずに、ほとんどが乗り換えという状況でした。コロナの前と現状のところで座席の稼働率はともかくとして、その中の需要の構成は大きく変わってきたということでしょうか。
大前 今は海外発のお客様のシェアが高くなっています。日本発もビジネス目的かレジャー目的かという点で回復の状況を比較しますと、やはりビジネスが相対的に需要の構成が高くなっており、レジャーより戻りが早いという状況です。
山田 ビジネス需要の戻りが早いというのは、想定どおりの感じで戻ってきているのか、想定したよりちょっと遅いのか、どちらでしょうか。
大前 ほぼ想定どおり、もしかしたら、想定よりいいかもしれないというイメージです。このコロナの間にオンラインミーティングが一般化したことにより、業務出張がそれに代替され、ビジネス需要はかなりダメージを受けるのではないかという悲観的な見方もしておりました。今のところは、幅広い業種でどうしても出張に行かなければいけない層を中心に、想定どおりに戻っていると思っています。
山田 業務需要が減ると、人数だけではなくてビジネスクラスの利用とかが減るのでは、みたいなことをいわれていましたけど、その辺は心配したほどではなかったということでしょうか。
大前 ええ。今はマーケットの回復期ですので、コロナが落ち着くとともに順調に回復してくると思います。ただ絶対量として、コロナ前の100パーセントに戻るかどうかというのは冷静に見ていかなければいけないと思っています。順調に回復は進むものの、回復曲線の最後が寝てしまい、結局、コロナ前の水準には戻らないのではないか、こういうリスクも想定しておかなければいけないと考えております。
山田 先ほど、生産量が今は約6割で、年度中で8割ぐらいというのは、いったん飛行機を減便した関係で、もう一回動かせるようにしていくのに時間がかかるということなのでしょうか。
大前 その部分もございますけれども、やはり今年度の課題になるのは、欧州線と中国線です。欧州については今のウクライナの情勢により、迂回ルートを余儀なくされていますので、その関係でなかなか思うように生産量が戻せない状況にございます。また、中国もどういうスピード感でコロナ前の状況まで戻ってくるのかは不透明です。
アジア線や北米線の生産量は8、9割ぐらいまで戻していますので、年度末までにどういう形で進むのかは、ヨーロッパと中国の状況次第かと。ただ、欧州線については、今年度中はまだ厳しいかと思っております。
山田 生産量の話は技術的な問題というよりは、その辺の需要の見通しをしながらどう就航便を戻すかという判断ということですね。
レジャーの完全回復は来年度半ばごろの見通し
山田 ビジネスは戻りとしては順調という話でしたけれど、レジャー目的の海外旅行はどんな感じでしょうか。
大前 これはなかなか難しい状況です。ただ、それでも動き始めていると実感していますのは、このゴールデンウィークの予約の状況を見るとハワイと、欧州線を中心に予約率が高くなってきております。ピークのところがそれなりに戻ってきているのはいい傾向です。この流れがピークのところだけではなくて、どういう形で全体的に戻ってくるのかは今後の課題です。
ただ、日本発のレジャー需要が本当にコロナの前の水準に戻るのは来年度、しかも来年度の半ばぐらいかなという見通しです。
山田 戻りが遅い原因というのはどのようにお考えですか。
大前 過去、紛争や疫病、例えば鳥インフルエンザやSARSなど、いろいろなイベントが発生するたびに、日本のレジャーマーケットの戻りは海外と比べると遅い状況ということを経験してきました。日本人旅行者はマインド的に渡航再開に慎重という傾向があると思っています。ただ、いずれの場合も、どこかのタイミングでスイッチが入ると一気に戻ってきましたので、このスイッチが入るタイミングがいつなのかという部分が一つです。
もう一つは経済的な要素、これは明らかにあると思っています。ここのところは少し落ち着いてきましたが、一時期かなり進行した円安の問題があります。それから世界的なインフレの状況ですね。加えて燃油サーチャージです。こうした状況が経済的に海外旅行へのハードルを高くしている状況ですね。
為替は少し落ち着きましたし、燃油も足元、下がってきていますので、こういった傾向が続けばお客様のマインドがだんだん海外に、となってくるはずです。そうすると先ほど申し上げた「スイッチ」が入り始めるのではないかと期待はしているのですけど、それがこの夏なのか、あるいは夏を越えた年度後半なのかが難しいですね。
山田 御社としては、できるだけ早く戻していくために、こういうことについて取り組みをしようか、何かお考えはありますか。
大前 まさに、そこが今年度の最も大きな課題です。こういう状況だから仕方ないと諦めるわけにはいきませんので、私どものほうでもお客様が海外にご旅行したくなる仕掛けをしっかり作っていきたいと考えております。
マーケットとの適切なコミュニケーションやいろいろなキャンペーン等、計画しておりますが、この辺りの機運づくりというのは、私どもだけではなく業界全体で取り組まなければいけない課題だと思っています。今回のパンデミックは、影響が甚大であったこととそれが長期間に続いたこととが相まって、お客様の心が海外旅行から遠のいてしまったところは間違いなくありますので、それを何とか再び近づけていくような努力をしていきたいと思っています。実は3月に国際線のキャンペーンとして、期間限定で国内線乗継運賃を無料とさせていただきました。まだ水際対策も続き、全体のマーケットそのものが動いていたわけではないので、このキャンペーンの効果も限定的ではございましたが、こういった取り組み、工夫をいくつも積み重ねながら、お客様のマインドを醸成していければと思っております。
レジャー需要回復のタイミングをいかに手前に持ってきて、より多くの方に海外旅行をもう一度、楽しんでいただけるか今年度、私どもの最大の課題として取り組んでまいりたいと思っています。
山田 御社の2 階建てハワイ便「FLYING HONU」は結構インパクトがあると思うのですけども、お客様の反応はどうですか。
大前 コロナの間に飛べなかったときからお客様からの再就航への期待は非常に大きい状況でした。コロナの間も地上でこの機材を活用したレストランの取り組みなど、お客様から高いご支持をいただきました。ようやく4月20日からデイリーで「FLYING HONU」が飛ぶようになりますし、夏休みの7月後半にはもう1日もう1便、成田―ホノルルを増便する計画です。こちらの増便分については「FLYING HONU」が週3回の運航予定となります。そうなると、週10便、「FLYING HONU」が飛ぶことになりますので、先ほど申し上げたレジャーマーケットの回復に向けた起爆剤として貢献できればと思っております。
山田 日本人がイメージする海外旅行といったとき、象徴的な存在はハワイだと思うので、ハワイ旅行が注目を浴びて戻ってくるようになると、私も海外行こうかな、という雰囲気がつくっていけるのかと思います。昨年9月にハワイに行ったときに、メインランドのお客様は戻っているのに、日本人はほぼいないという状況でした。現地としては、前のように観光客を増やすことについて議論はあるのですが、日本人はハワイに対して敬意を払ってくれるので戻ってきてほしいのだけど、なかなか動かないのですよね、という話をされていました。
大前 レジャーマーケットの早期回復に向けた取り組みは、もちろん全体的に進めるのですけども、まさにご指摘いただいたとおりハワイはその象徴だとわれわれも思っていますので、ハワイを中心に計画をしっかり立てて、着実に実行し、ここが一つの起爆剤になって、全体が盛り上がってくればいいと思っています。
若年層の回復は東アジア中心。他地域への拡大が今後の課題
山田 海外旅行を戻していくとなると、業界で連携していくことも重要だと思いますが、業界や会社横断的にこういうことをやったらいいのでは、というお考えはありますか。
大前 レジャーセグメントの回復という意味では、先ほどのハワイをどうやって盛り上げていくのかという部分も含めて、旅行業界全体としてこの夏に向けて何か取り組めることができればと思っています。
当然のことながら観光庁とも連携を進めてまいります。もちろんインバウンドも非常に重要な政策課題ですが、アウトバウンドをどうするのかということも大きなテーマと認識しています。そういった部分を含めてマーケットの回復に向けていろいろ協調する機会が出てくると思いますので、その辺りもしっかり取り組んでまいりたいと思います。
また、私どものジョイントベンチャーのパートナー、ユナイテッド航空とルフトハンザと一緒にどうやってできるのかも重要です。さまざまな取り組みを進める必要があると考えております。
山田 観光庁や国の政策は国内旅行とインバウンドをやるのですけど、どうしてもアウトバウンドは日本に直接お金が落ちるわけではないところでちょっと浮いてしまっていて、JATAさんがアウトバウンドも重要ということを入れて、おまけのように付いてくるみたいなことが続いてきましたよね。
特に御社とかは、アウトバウンドはほっといてもある程度需要があるけれど、それだと片道しかないのでインバウンドを増やさなくてはと言っておられた。
そうした状況がコロナを経て、ある意味逆転してしまったところがありますよね。
インバウンドが入ってきたことは当然重要なのですけど、限られた航空座席のところでインバウンドのお客様ばかり増えて、国内からの需要が増えてこないと、国内のお客様たちは、さっきの価格の問題もそうですけど、外に出ていけないみたいな人も出てきかねない。状況がここ数年でだいぶ変わったのではないかと思っていて。
われわれは、政府に提言するつもりではないのですけれど、放っておいてもみんなが海外に行くのではなく、ちょっと状況が変わりました、だから、そこは丁寧にやっていかないといけないのではないかということはメッセージとして出していきたいですね。
大前 経済的な問題が少し緩んでくれば、だいぶハードルは低くなってくるのですけど、コロナ前から「若者が海外に行きたがらない」というような話があったじゃないですか。これがコロナ禍を経てどうなっているのかは冷静に見極めなきゃいけないと思っています。そういった傾向がさらに加速してしまっているのかどうなのかというところですね。若い世代が海外への旅行にもっとアクティブになってもらえることがいろいろな意味で日本にとってもプラスだと思っていますし、当然、弊社もそのためにどう貢献できるのかという点は大きな課題だと認識していますので、しっかりと取り組んでいきたいとは思っています。
この春の状況を見ると、若い方が意外と東アジア方面に結構、移動されていました。ただ、今のところ比較的手ごろな価格で渡航できる東アジア方面に限ったような状況ですので、この動きをさらに拡大していくためには、コロナ前からいわれていた根本的な課題に取り組まなければいけないと思っています。若い方にどう海外旅行を楽しんでもらえるのか、ポストコロナの状況で私どもがどう取り組んでいけるのかは大きなテーマとなっています。
山田 今回、特集の中で簡単な調査を行ったのですけど、個人的な直感でいうと、国内市場では今の若い人たちが最後のとりでじゃないかと思っていて。
というのは、バブル世代で海外旅行をかなり経験した親に育てられてきたある種、最後の世代で、この下は就職氷河期世代の子どもたちなので、さらに海外旅行とかが落ちてきてしまう。だから、国内のマーケット、レジャー施設とかでは、若い人がコロナの中でも戻ってきているという話は定性的にも、定量的にも出てきています。なので、この3年間、特に海外旅行に関して断絶があったので、この20代ぐらいの人たちが海外旅行というものをちゃんと経験する。すると結婚して子どもができたときにライフスタイルとして海外旅行とか国内旅行、そういったものをつないでいってくれるのではないかと。
逆に今、この人たちに経験を積ませないと、その子どもたちも行かないので、国内のマーケットが縮小してしまうのではという危惧を持っています。
そういう意味で、海外旅行のこの1、2年ぐらいの回復が後々まで影響していくようになるかなというのはちょっと思っているのですよね。
進行○
山田雄一
(公益財団法人日本交通公社理事・
観光研究部長・旅の図書館長)
相澤美穂子
(同観光研究部上席主任研究員)
大前圭司氏(おおまえ・けいじ)
全日本空輸株式会社
執行役員 CX推進室副室長 兼
グローバルマーケティング部部長
全日本空輸株式会社入社。
2002年よりレベニューマネジメント部員として国際線を担当。
以降、同部主席部員、人事部主席部員、レベニューマネジメント部国際チームリーダーを歴任。
2016年から米州室営業VPとしてロサンゼルス駐在。2021年に帰任し、CX推進室マーケティング企画部長に就任。
本年4月から現職