視座

観光地域づくりの拡張を目指して

公益財団法人日本交通公社
理事・観光研究部長
山田雄一

高まらないリゾートに対する注目

 特集1で整理したように、我が国にリゾートという概念が移入されたのは、1980年代の後半に、当時の観光関係者が、欧米において来訪者がゆっくりと時間を過ごす様をみて、高度経済成長期に促成栽培的に整備された観光地を「次のステージ」に高めていこうとしたことが、内需拡大を迫られていた当時の社会環境に適合したためである。
 その後のバブル経済の崩壊に伴い、リゾートとして開発整備された事業の多くは頓挫し、その後の新規投資は停止。反復的・長期滞在という需要はもちろん、もともと存在していた国内短期滞在需要も右肩下がりで減少し、観光全体が低迷期に入る。こうした社会環境の変化の中で、リゾートという言葉は、バブル崩壊を象徴するワードとして、ネガティブな文脈で使われるようになった。
 その後、2010年代になると国内需要は底打ちし、2025年には、訪日客数が4千万人を超えるまでに拡大した。需要環境は大きく改善され、社会においても観光に対する注目はかつてない水準にまで高まっている。
 しかしながら、観光政策の対象は「観光」であって、リゾートというワードが使われることはほとんどない。
 現在の観光政策も地方創生の手段の一つであり、需要の地方分散が課題となっている。そして、その手段として、マーケティングやソフト・コンテンツの造成を行うことが志向されている。
一方、かつてのリゾート法(総合保養地域整備法)は、需要の地方分散を、リゾート施設整備という土木、建築の取り組みで行おうとしていた。現在でもリゾートというと、開発のイメージが付きまとうことが多い。
 これは、両者(現在の観光政策とリゾート法)が想定する「地方」概念の違いも影響しているだろう。
 現在の政策における地方は「人口減少が進む街・集落」が意識されているが、かつてのリゾート法時代は「人が住んでいない低未利用地」が意識されていた。既に開発されているが、空洞化が進んでいる地域と、(人を受け入れるには)新規に開発が必要な地域では、手法が異なるのは当然ではある。
 ただ、バブル期ですら、うまくいかなかったのに、人口縮小が続く現在に「開発投資」なんてとんでもないという「固定観念」が強すぎるのではないだろうか。

成熟化が進む欧米リゾート

 一方、特集2で示したように、かつて、日本がロールモデルとし、追いつこうと考えた欧米リゾートは、その後も、着実に整備が進められている。1980年代は新規整備であったが、その後、整備から20年、30年経っていく中で投資先は新規からリノベーションへと切り替わり、今日的な要求に耐えられる施設、空間を形成することで、魅力的なデスティネーションとしての地位を盤石なものとしている。
 さらに特筆されるのは、これらリゾートは、今や単にホテルやレジャー施設が集積している地域ではなく、DMOを含む官民連携によるマネジメント・システム、ダイナミックな投資や収益性の高い事業を実現する経営技術、人材の確保・教育システムなど、様々な仕組みが有機的につながったエコシステムをもつ地域へと変貌していることだ。
 余暇で訪れる人々だけでなく、MICEによって、非観光需要での来訪者も戦略的なターゲットとして呼び込んだり、従業員が住民として定着していけるような住宅政策を展開していたりしている。
 日帰り旅行や1泊旅行が多く、その需要源は大都市に居住する人々であった日本では、観光地は人口の少ない地方という感覚が強いが、国際的に見れば、都市かリゾートというのが定番である。
もちろん、エコ・ツーリズムや、アドベンチャー・ツーリズムといったオルタナティブな観光行動もあるが、1回の旅行における宿泊日数が多い旅行者がどこに滞在するのかと言えば、滞在環境が整っている都市かリゾートである。なぜならその方が好適だからだ。
 そのため、もともとは農村であったり、地方都市であったりした土地であっても、観光を地域振興の手段とする場合は、都市計画的な視点を含めた、数十年にわたる継続的な整備を行い、自地域に観光経済エコシステムを形成していくことが志向されている。
 観光政策の多くがソフト的な来訪目的づくり(コンテンツ開発やマーケティング)に注力されている日本とは大きな違いである。

着実に変化しつつある地域

 ただ、特集3、4で示したように国内地域にも変化が見られる。
 特集3では、長野県内、3町村の首長との対談を行ったが、いずれの地域も急増した訪日客によって、大きく地域が変わり始めていることを指摘している。それまで、日帰り/1泊旅行が主体であった客層が、訪日客の来訪によって、いきなり連泊、場合によっては1週間、2週間という長さに増えることで、様々な変化が生じているためである。
 同じ場所を訪れていても、滞在時間によって時間の使い方は大きく異なる。これらの地域を訪れる人の最大の目的は、当地でスノーアクティビティを楽しむことにある。これは、日帰り/1泊旅行でも、長期滞在者でも変わらない。ただ、滞在時間によって、スノーアクティビティを楽しむ時間的シェアは変化する。日帰り客は、ほぼ100%の時間をスノーアクティビティに使うし、1泊でも、食事や睡眠時間を除けば、同様だろう。仮に、天候が悪かったとしても、来訪目的を達成するために、ゲレンデに出ていくことになる。また、ゲレンデというのは、基本的に午後になると(人々の滑走によって)雪面が荒れていく。荒れた雪面は、多くの人にとってストレスとなるが、日帰り/1泊旅行者は、滑走時間を確保したいため、雪面が荒れていってもより遅い時間まで、ゲレンデに残りたいと考えることになる。昨今、リフト券の料金高騰が指摘されているから、なおさらだ。
 一方、長期滞在となると、「また、明日もある」という心理が働く。であれば、「今日は天気が悪いから止めておこう」「明日、ゲレンデ整備された後に、また来よう」と考え行動することができる。リフト券についても、5日間、10日間といった単位で滑走可能なリフト券を持っている人からすれば、特定日・時間の滑走へのこだわりは少ない。彼らにとって、滑走体験は、「いつでも好きな時に実施できる」一種のサブスクリプションのような存在だからだ。結果、長期滞在者の1日に占めるスノーアクティビティ時間は限定され、空いた時間が多く生まれることになる。そして、その空き時間が、バーでワインを飲みながら談笑したり、スノーモンキーを見に行ったりといった行動時間に充てられることになる。長野であれば、金沢まで日帰り観光する人々も出てくるだろう。
 すなわち、5泊、10泊の滞在というのは、1泊の滞在が単純に5回、10回繰り返されるのではなく、5泊、10泊という単位で独立した滞在スタイルであるということだ。
 このような滞在スタイルが地域に入り込んでくると、地域に求められるものも変わっていく。快適に連泊するために、リビングルームやキッチンを備えた住居系の宿泊施設が望まれるようになるし、アプレスキーを楽しむバーやカフェ、自炊するための食材を購入するスーパーへの需要も高まっていくからだ。端的に言えば、彼らは、その豊富な「時間」を利用して「暮らすように旅する」。そのため、地域との接点は、従来の客層より大きく増加する。
これは、よりオーセンティックな観光活動と言えるが、対応する地域からすれば、いきなり多くの外国人が、自分たちに近い行動、それも、自分たちも可能であれば実行したいと思うような活動を行うようになる。これは、誇らしくもあり、煩わしくもある。
 一方で、特集4で取り上げた石垣市は、訪日客による変化ではない。東アジアからの訪日客は増えたものの、今でも、主体は日本人であるからだ。石垣島は、沖縄県の中でもブランド力を有したデスティネーションであり、沖縄県の本土復帰以降、他の主要離島を上回るペースで観光客を獲得してきた。石垣島が持つ自然資源も、他の主要離島と同様であるし、主要インフラである空港は、新石垣空港ができるまで、久米島や宮古島より劣後する状況であった。その中でも石垣島が伸長してきたのは、竹富島などの離島を抱えていたことに加え、対談でもあったように、早い段階から地域住民と観光客との緩やかな交流があったからだろう。こうした交流によって獲得した顧客は、石垣島を反復的に訪れるようになり、今では、3世代にわたって石垣島を来訪する人々も出てきている。日本人客であるため、1回あたりの滞在日数は限定されているが、世代を超えて、また長い年月にわたって反復的に来訪することで、長期滞在客同様に、現地での時間の使い方が変わっていくことは、容易に想像できる。
 さらに、地域住民が観光客と緩やかに交流する社会的な雰囲気は、移住者の獲得にもつながっている。特集4でも示したように、どの離島も高校卒業のタイミング〜20歳前後で大きく人口が流出する。これは、石垣市も変わらないが、同市は20〜30代の転入者が極めて多いのだ。これは、「若者」にとって、石垣島が「住みたい場所」として認識されていて、実際の移住という行動につながっていることを示している。この理由は定かではないが、対談の中では、市街地にスーパーや飲食店、物販店が集積し、自動車は必要となるものの都市的な住環境が確保されていることが理由の一つとしてあげられていた。こうした都市的機能は、住民だけではなく、反復的に来訪する人々にとっても好ましい。反復的な来訪者にとって石垣島での生活は「非日常」ではなく、自身の日常生活が延長、拡張された日常と呼べるような時間だからだ。
 安定的な観光需要を背景に、年間を通じて、東京や大阪といった国内都市との直行便も他の主要離島より多く、FSC、LCCのキャリアの選択肢も多い。
 自然資源や文化資源を持ちつつ、都市的な利便性をもつ姿は、かつて、先達たちが夢見た海外リゾートの姿と重なる。石垣市の人々や、国や県が意識した行動の結果ではなく、関係者の自然な行動の積み重ねが、国内需要に基づいたリゾートを形成したということに敬意を表したい。

リゾートというのは供給ではなく需要である

 ここまでの整理を元に、「リゾート」とは何かということを考察すれば、それは、リゾート「地」という空間を示すものではなく、反復的・長期的に滞在するという需要が向かう先を指すものだということになる。
 かつて、我々は「リゾート」を整備するために、ホテルを造り、ゴルフ場を造り、スキー場を造った。しかしながら、こうした整備を行ってもリゾートにはならなかった。施設があっても、日本人は反復的・長期的に滞在することはなかったからだ。供給によって需要は創られないということを示す事象と言えよう。
 リゾート「需要」を持った人々が多く集まることで、着地に消費と投資が生じ、整備が進んでいくことで、リゾート「地」としての雰囲気や施設、設備が備わっていくことはあるが、その形を造ればリゾート需要を取り込めるわけではない。
 これを理解するには、日本語の観光地と、英語のデスティネーションの違いを理解する必要がある。日本では観光地として特定の地理的空間を元に発想するが、観光分野のマーケティングにおいては、旅行者(顧客)から見た旅行先(デスティネーション)として発想する。当然、旅行者によってデスティネーションの範囲は異なることになる。
 実際、北海道の倶知安町は、今でこそ「国際リゾート」として注目され、コンドミニアムや高級ホテルなどが多く立地しているが、リゾート「需要」が同地に張り付いたのは、2001年9月のアメリカ同時多発テロによって、オーストラリア市場から、北米のリゾートが忌避されたことに端を発する。当時の倶知安町には、日本人の「観光需要」に対応した1泊、せいぜい2泊までの対応しか想定していない施設しかなかったが、いきなり、10日間、2週間という滞在が発生することになった。当初、これは一時避難的な需要と考えられたが、来訪者が日本の雪に感動し、その後、反復的に訪れるようになっていった。今日、整備されているコンドミニアムなどは、こうした需要が定着した後に、これをビジネスチャンスとみた人々が投資、整備をした結果である。コンドミニアムがあったから長期滞在したのではなく、来訪者が長期滞在を志向していたから長期滞在が生まれたのである。以来、20年余り。国内からは「バブル」と揶揄されながらも投資は止まらず、持続的な成長を実現している。
 今では国内でも有数の長期滞在施設を有する地域であるが、多くの日本人にとって同地は今でも「観光地」である。なぜなら、日本人の多くは、1〜2泊程度の需要がほとんどであるからだ。
 需要があり、それに対応する供給がなされていくことで、外形的に「リゾート」という形が作られていくというのが、リゾート地形成のメカニズムであることを、この倶知安町の事例は示している。必然的に、観光地とリゾート地の違いも存在しない。
「かつて」我々の先達が誤ったのは、ホテルやレジャー施設などの供給を整備すれば、需要が喚起され、観光行動が観光からリゾートへと拡がると思ったことである。しかしながら、観光行動は経験財であり、経験をしなければその価値を評価することができない。
顕在化している(=実需となっている)需要は、すべて、既に経験した過去の観光需要の延長線にある。日本にリゾートを造りたかったら、やるべきことは供給の整備ではなく、需要のテコ入れであった。仮に1990年代に、日本人の旅行形態が反復的・長期的滞在に「拡張」されていれば、その後の国内観光市場は大きく変わっていたかもしれない。
 リゾートを形成するのは、ハード整備の成否ではない。反復的・長期的に滞在するセグメントを獲得するためのマーケティング/ブランディングとなる。
 また、観光活動はサービスの一種であるため、姿形を捉えることが難しいが、長期滞在する訪日客の行動を身近に見て、感じることで、国内客にも意識や行動の変化がもたらされる可能性もある。そうしたマーケティングを仕掛けられれば、国内需要にも拡がりが出てくることが期待できる。

リゾートが地域にもたらす効果

 リゾートが需要を示すものだとしても、そのリゾート需要に基づいた投資と消費が行われる地域となることのメリットは大きい。
 短期滞在、非リピーターが来訪者の主体であれば、1人あたりの消費額は低く、現地での行動も刹那的なものとなりやすい。これは、いわゆる「観光地化」の弊害を地域にもたらすことになる。一方で、地域にロイヤルティを感じた人々が反復的に訪れるようになったり、1週間、2週間と長期滞在する人たちが増加したりすることは、特集3、4で示したように、従来の「観光地」とは異なるインパクトを地域にもたらすことになる。
 観光が地域にもたらすインパクトは正負両面において多様であるが、反復的・長期的滞在の需要が生み出す効果は、ポジティブなものが多い。その行動は刹那的なものではなく、住民に近い行動となるからだ。特に人口縮小が進む我が国において重要なことは定住人口を増やすことがあるが、石垣島および主要離島の事例が示すように、一般的な観光振興でそれを実現することはできない。人々からリゾートと認知され、反復的・長期的滞在の需要を持続的に獲得することが必要である。
 これは、リゾート需要がもたらす効果が観光産業に限定されず、幅広い主体に拡がることと無関係ではない。前述したように、リゾート需要は来訪目的となる主たるアクティビティだけでなく、多様な活動に拡がり、それは生活者と重なる部分が大きいからだ。
 現在の訪日客の消費額統計を確認するまでもなく、発地や来訪目的などによって、滞在日数も消費額も、その消費項目も異なる。セグメントによって日本での滞在スタイルは異なり、地域にもたらすインパクトも異なるということだ。現在、我が国ではオーバーツーリズム対策として、人数を抑えながら消費額を増やすことが志向され、滞在日数の多い欧米客を増やすことが目標となっている。リゾートは、そうした需要を取り込むことができる地域であり、観光立国を目指す我が国において、本来、戦略級に重要なテーマと言えよう。

背景に膨大かつノーブルな需要

 さらに注目したいのは、現在、日本に訪れている「長期滞在志向者」は、マーケティングのイノベーター理論で整理すれば、エバンジェリストやアーリー・アダプターに相当する人々だということだ。
 例えば、日本のスノーリゾートにおいて、禁止されているコース外滑走を行ったり、夜中に屋外で騒いだりといったことが問題視されているが、欧米のリゾートにおいては、そうした問題が殆ど出ていない。なぜなら市場の中心を、家族客や社会的ステータスの高い人々が占めているからだ。欧米にも若者を中心に、ルールを軽視したり、騒いだりするセグメントがいないわけではないが、そうした人々は地域や施設のマーケティングの一環として、そうした行動が許される一部のリゾートに集中する傾向にある。多くのリゾートは市場の主戦場となるアーリー/レイト・マジョリティで勝負をしており、同セグメントの競争ポイントは安心感や落ち着き、周辺環境も含めた快適性が求められる。幼い子供や孫に怖い思いをさせたくないし、パートナーとのゆったりとした時間を邪魔されたくないからだ。
 これはビーチリゾートでも同様である。エクストリームな体験を打ち出すことで、エバンジェリスト、アーリーアダプターの獲得に走るリゾートもあるが、多くは、より落ち着いた滞在を目的とする人々を惹きつけることが目指されている。
 訪日市場が立ち上がってから10年余りだが、長期滞在需要を持った欧米市場からの認知はコロナ禍以降となる。
彼らにとって、日本の「リゾート」は未知の世界であり、まだ、エバンジェリスト、アーリーアダプターが開拓している段階である。つまり、日本に来ているリゾート客は、世界市場から見れば、その先端にいるやや特殊なセグメントであるということだ。この後方に、より落ち着いた、価値の高い顧客層が控えており、そこまでつなげることができれば、日本のリゾートは、より成熟された姿へと進化していくだろう。
 例えば、訪日客がニセコから富良野や白馬などに流れているという指摘が、ニセコに対する否定的な文脈で述べられることがある。ただこれは、ニセコを開拓したエバンジェリスト/アーリーアダプターが、ニセコが有名になり、マジョリティへ対応するリゾートとなっていく過程で興味を失い、まだ「自由」な新天地を目指して開拓先を変えていると考えられる。実際、そうしたセグメントが抜けても、ニセコ地域の集客数も投資活動も停滞しておらず、むしろ、より高質な整備が目指されるようになっている。国内のスノーリゾートにおいて、ニセコは、すでに市場をマジョリティへと推移させてきているということだ。
 1年間の訪日客数が4千万人を超え、人数的には一服した感があるが、リゾート需要については、まだまだ、序盤戦にあると言ってよいだろう。

消費と投資による物価上昇

 ただ、問題もある。
 訪日客のリゾート需要が、マジョリティへと移行していくことで、顧客側の資産額、消費額が上昇していくということである。これは、観光消費額の上昇を意味し、経済効果の点では喜ばしいものの、リゾート需要に基づく消費は、消費対象が広範に及ぶ。その結果、宿泊費用だけでなく、飲食や物販、その他個人サービスなど、日常生活に関わるモノやサービスの価格も上昇しやすくなる。住民にとっては、自身の生活コストが上昇することになり、単純に受け入れがたい。
 また、行政側の負担も大きくなる。
リゾート需要が増大することで、不動産投資が増えると、いわゆる「コールド・ベッド」問題が起きてくるからだ。
リゾート需要を持った人々が、その地域を自身の旅行先(滞在先)として好ましく思えば「ここに、自身の拠点を持っておきたい」という発想につながる。当然、こうした需要を見越して、コンドミニアムやレジデンスなどの提供を行う事業者も登場してくる。日本では、過去の経験からリゾート不動産は危険という認識だが、国際的に見れば、リゾート不動産というのは、リゾートの成長と共に価格を維持、向上させていくものであるため、投資者にとっての投資リスクも低い。そのため、リゾートとして注目されれば、不動産投資が拡がっていくことは、当然の帰結となる。不動産投資の増大は、行政に固定資産税増という効果をもたらすが、同時に、公共インフラの整備義務も発生する。特に大きな問題となりやすいのは水道である。所有形態によるが、リゾート不動産の稼働率は、ハイシーズンとローシーズンの差が激しい。1年を通じてみれば、ほとんど稼働していない状態にある。だが、行政としてはハイシーズンの高稼働状態に合わせて、上下水のキャパシティを用意する必要がある。さらに、多くの自治体は地方交付税措置されている赤字状態にあるため、固定資産税が増えても、全体の歳入は上昇せず、資金確保ができない。これが、稼働していない=温まらない=「コールド」ベッド問題である。いわゆる民泊として、旅行者に貸し出し、稼働を高めることは、こうしたコールド・ベッド問題への対処方の一つであるが、稼働が上がれば、不動産の経済価値も高まるため、従業員を含む住民用の住宅価格も上昇してしまう。これによって、住民が転出していくようなことになれば、さらに自治体財政は悪化し、地域の衰退を早めることにもなってしまう。

住民生活こそが基盤

 リゾート需要を持った人々が、多く来訪し、賑わいも形成されるが、地域住民は流出し、コミュニティが崩壊していくというのは、一種のホラーであるが、実際に海外でも生じていることであるし、日本でも、そのリスクが叫ばれるようになっている事象である。
 そもそも、リゾート需要を持った人々が「そこに滞在したい」と思う理由は、そこに素敵な、憧れる生活、ライフスタイルがあるからだ。そのライフスタイルの創造主である住民がいなくなった地域は、核となる魅力を失い中長期的に衰退していくことになるだろう。
 すなわち、住民自身が、その地域を楽しみ、自身のライフスタイルを来訪者にシェアするという関係性を構築していくことは、持続的な観光振興の実現においても重要事項である。
 国内において、それに近い姿を作り出しているのが、特集4で取り上げた石垣市である。当地も、不動産投資が進みつつあるが、それを受け入れる都市的サービス、インフラの集積も並行して行われてきたことで、むしろ、若い人々の転入が進んでいる。石垣市を選好し転入してきた彼らが、家族を持ち、次世代を育てていくことで、リゾートとしての魅力を更に深めていくことになるだろう。実際、同地では多様な滞在スタイルが生まれてきている。
 一方で、スノーリゾートについては「JAPOW」を目的とした訪日客の急増によって、いきなり、リゾートへの転化を迫られる状況となっている。
石垣市が20年、30年かけておこなってきた変化を、3年、5年で行わなければならない状況にある。さらに、石垣市は国内需要をもとに成長、変化してきたが、スノーリゾートは訪日需要が主体となる。文化も風習も異なる彼らと、新しいコミュニティを形成していくことの難易度は低くない。
 ただ、このハードルを超えていくことは、人口縮小社会の中で、サービスによって経済を組み立てていかなければならない我が国において、極めて重要な課題である。
 幸い、リゾート化していくことで、地域がどのように変化し、どのような問題が生じていくのか。また、それにはどういった対処方法が有効なのかについては、海外リゾートに豊富な経験が蓄積されている。こうした先達たちの経験から学び、前広に対処法策を学んでいくことが求められる。
「リゾート」という言葉は、社会的に封印された感があるが、顧客にとっても地域にとっても豊かな可能性を有した活動であると、筆者は考えている。
改めて、リゾートとは何か、適切な需要と供給の関係性を構築するには、どうしたらよいのかを考え、行動していくことが重要である。その先に、かつて先達たちが夢見たリゾートを、国内に現出させていくことができるだろう。