活動報告1

【研究懇話会】第4回

CBT(community-based tourism)とDM(destination management)

当財団では2025年度、研究顧問を招いてさまざまな角度から話題を提供いただき、研究員と対話する研究懇話会を実施している。
全5回の開催を予定しており、11月20日に行われた今回は、文化遺産マネジメントを専門とする西山徳明氏から、コミュニティベースドツーリズム(CBT)とデスティネーションマネジメント(DM)から見る観光開発の公益性について、国際協力の現場での知見を交えて話題提供が行われた。

西山徳明(北海道大学観光学高等研究センター教授)

日本のDMO政策に求められる「公益ミッション」

 今日は『観光文化』263号に私が寄稿した「観光開発の公益性を問う〜ツーリズムを通じた地域課題の解決〜」の内容をもとに、その行間を埋める形で話をしたい。デスティネーションマネジメント(以下、DM)は本来、地域ごとに異なる課題解決に対応すべきだが、日本ではDMのミッションが十分に理解されないまま、組織づくりありきで進行しているという問題が指摘されている。
 後ほど詳しく述べるが、私は2007年以降、国際協力機構(JICA)の開発途上国支援に関わり、エチオピアなどで観光開発に携わった。コミュニティベースドツーリズム(以下、CBT)やDMの原点について考える機会となり、そこで得た知見の一つが「どのような発展段階の地域であっても、DMを行う組織は社会から見て明確な公益ミッションを掲げることが不可欠」ということである。
 特に途上国では、観光開発への資金投下が、対象地域や国の公益につながるという明確な論理が強く求められる。日本のような先進国においても、DMOがしっかりとした公益ミッションを掲げれば、税金を投入した観光開発は可能と考えられる。
 例えば宿泊税を徴収する際も、後から使途を考えるのではなく、「このような公益を実現するためにこの金額が必要」という説明と理念がなければ実現は難しい。観光による公益とは、単純に民間の収益や税収が増えるということではない。地域が観光振興に取り組むことで、従来は公共の仕事とされてきた文化遺産・自然環境の保護やそのための人材育成、地場産業の振興、定住移住の促進などの課題をDMで解決できると仮説を立て、そうした公益性を各地域でどう設定できるかを検討する研究が求められていると考える。

フィジーのCBTから学ぶ「公共の財布」という考え方

 私が勤める北海道大学観光学高等研究センター(CATS)は、CBTの考え方をベースに、日本の課題解決をモデル化して世界の途上国に技術移転するプロジェクトを行ってきた(図1)。技術移転を行ったのは山口県萩市で展開した「萩まちじゅう博物館」のエコミュージアムの考え方で、自然公園や歴史的町並み、古代遺跡などさまざまな場所を対象に、「屋根のない博物館」というモデルを適用した。

 CBTは、一般的に「コミュニティが主体性を持って自律的に観光振興を進めるあり方」と定義されるが、途上国での支援現場では、CBTを標榜しても一部の住民にしか裨益しない事例がある。それを私が理解したのは、エチオピアの世界遺産シミエン国立公園でのプロジェクトである。我々の前に他国のドナーによって行われた国際支援では、一部の住民だけが利潤を得たため、集落内で軋轢が起きていた。これを受けて我々のプロジェクトの説明会(写真)では全世帯員から不満が噴出し、「今回も同じなのでは」と厳しい追及を受けることとなった。
 この時に事例を示して賛同を得たのが、日本のドナーによるフィジーの山間集落におけるエコツーリズム開発の先行事例で、観光で得た利益を分け合うだけでなく「公共の財布」を作り、村人が困っている課題の解決に使うというルールだった。このフィジーの村では、それまで麓の学校に寄宿させ離ればなれで暮らしていた子どもたちを毎日村から通わせたいと、最初に貯まったお金でピックアップトラックを購入した。子どもたちと毎日一緒に暮らせるという裨益をコミュニティ全体にもたらしたのである。
 この「公共の財布」という考え方は、日本のDMを検討する際にも、観光への投資に行政を巻き込み首長を説得する根拠になり得ると考える。エチオピアでのCBT支援はコミュニティ全体への裨益を実現させ、発展を促すことが重要だと認識する大切な機会となった。

デスティネーションイメージの戦略的な構築と共有

 DMで極めて重要なのがデスティネーションイメージの戦略的な構築と共有である。
 ハワイ観光は1900年代初頭、ハワイ島のキラウエア火山から始まった。第二次世界大戦後は、温暖な気候と美しい風景に惹かれ、戦時中に駐留していたアメリカ本土の軍人たちによる家族との再訪のニーズが高まった。
 これに応え、ハワイビジターズビューロー(現、HTA)が構築したのが、自然や先住民文化を組み合わせた「アロハイメージ」だ。ハリウッドとの協働による映像化やハワイアンミュージック、フラダンスなどによる戦略的なイメージ作りによって、ハワイは一大観光地となった。
 また、沖縄は1972年の本土復帰後に、ハワイの代替となるトロピカルリゾートとして宣伝に注力したが、晴天率の低さや夏の台風などにより顧客満足度が低く、この戦略はうまくいかなかった。その後は戦略を大きく変えて文化的な面を打ち出し、再構築したデスティネーションイメージが的を射て成功を収めている。

「観光の直接的な課題解決力」を社会に示す研究を

 21世紀になって明らかに観光の重要性は増し、観光には新しい風が吹いている。しかし、観光産業をいかに発展させるかに論が傾きがちで、観光自体の公益性について論じられていない。
教育や福祉とは異なり、観光への税の投下が疑問視されるのは、公益目的が明示できていないからだと感じる。
 観光研究者は、観光そのものによる「地域や国家の課題解決という直接的な貢献力」を社会に示す研究が求められており、「地域の多面的発展を推進する重要なエンジン」として観光が信頼を勝ち取るにはどうしたらいいかを考える必要がある。観光が生み出す草の根的な国際交流は、国家間の安全保障の基盤となり、その意味においても公益性は絶対に否定できないことを、もっと理論体系的に説明していく必要があると思う。

 オーバーツーリズムについても触れておきたい。私が考えるオーバーツーリズムとは、需要予測を怠ってプロモーションや誘致に傾注した自治体や政府、あるいは民間事業者の非を指摘する言葉である。観光にまつわる問題の全てをオーバーツーリズムと表現せず、言葉の意味を限定して使うよう、マスコミによる観光報道への研究者の適切な対応が非常に重要だと感じる。
 バルセロナ市などで行われている総量規制などのオーバーツーリズム対策は、1970年代のアメリカの都市計画分野で発展した成長管理政策の思想や方法論が応用されている。観光研究者には、こうした他分野の理念や方法論を深く理解して応用することや、15年ほど前に行われていたキャリングキャパシティの研究などをさらに発展させることが求められているのではないかと思う。

おわりに

 最後に、岐阜県白川郷の事例を紹介したい。白川郷では、1970年頃から「村を存続させるための観光」という明快な意識のもと、住民主導で合掌造り集落の保存運動を行っていた。しかし、1995年の世界文化遺産登録から数年後、観光客の爆発的増加により、道路が大渋滞し、救急車の通行も困難となり、住民や観光客が命の危険にさらされる状況に陥った。これは需要予測を怠った政府、自治体、マスコミの責任と言えるだろう。
 それから10年以上の歳月をかけ、2014年、住民の努力や行政との折衝などにより、観光客による車の乗り入れ規制が導入された。以来、渋滞はほとんど発生せず、白川郷の住民にとっての「安全な暮らし」が実現された。
 このシステム構築の初期に私も関わったが、地域住民の膨大な努力のもと、現状の成功ともいえる両立体制が達成されている。白川郷のCBTと住民にとっての世界遺産はまさにこの時に始まったのではと考える。「世界遺産に登録される」ような形式的な側面だけでなく、その後に発生するざまざまな問題を、住民が自ら、外部の関係者と相談し、解決することがCBTではないか。今回紹介した事例をはじめ、これまでの10〜20年の国内外での経験が、私のCBTやDMに対する考え方のベースになっている。