はじめに

海外に行くときには飛行機を使うというのが、一般的な日本人の感覚であろう。しかし、日本を訪れる外国人(特に東アジアに在住している人)にとっては、クルーズ船を使うことも立派な選択肢の一つとなっている。
クルーズ船による訪日外国人旅行者数は、法務省の出入国管理統計における「船舶観光上陸許可を受けた外国人」の数値を参照することで把握できる。
図1にあるように、2015年から2016年にかけて爆発的な増加を遂げた後、増加のペースが鈍化し、2018年は前年に比べて微減する結果となったが、それでも一年間で約230万人がクルーズ船を利用して日本を訪れており、クルーズ客はインバウンド市場において一定の存在感がある。
クルーズ船は、大都市に限らず、地方部の港にも多く寄港している。国土交通省では、外国船社が運航するクルーズ船の港別寄港回数を発表しているが、2018年のデータによれば、ランキングの上位に長崎港(3位)や佐世保港(5位)、鹿児島港(7位)など地方部の港が顔を出していることがわかる(表1)。上位にあがっている九州・沖縄の港以外にも、後で紹介する高知港や、舞鶴港、境港など、全国各地でクルーズ船の寄港が活発となっている。クルーズ客は、一度に数百人から数千人というまとまった規模で来訪するため、平均的な滞在時間が半日〜1日程度と短いという制約はありながらも、彼らに消費をしてもらうことで、地域経済の活性化につながることが期待できる。とりわけ、地域の特産品をたくさん買ってもらうことができれば、地域内にとどまるお金が多くなり、経済効果は高くなる。

一方で現状を見ると、クルーズ客が寄港地域を素通りして、別の地域に所在する著名な観光スポットへ直行するケースや、寄港地周辺に滞在しても、特定の免税店で大手メーカーの日用品しか買わないケースなどが存在しており、課題となっている。
こうした状況を踏まえ、本稿では、クルーズ客による(寄港地域における)特産品の購買促進につながると思われる取り組みについて、各種事例を交えながら考察する。

 

船の近くに臨時の免税店

先に述べたように、クルーズ客の行動として、港に着いてからすぐに用意されたバスに乗車し、寄港地域から離れた場所へ直行するパターンがある。
この場合、寄港地域周辺にある商業施設へ立ち寄ってもらうチャンスがなく、既存の販売拠点で買い物を楽しんでもらおうとするアプローチをとることは極めて困難となる。そこで考えられる方策は、クルーズ客の行動に合わせて、彼らが滞留・滞在する可能性が高い場所に新たに販売拠点を形成し、消費をしてもらうというものだ。そして、その具体的な場所となるのが、クルーズ船の近くである。実際、クルーズ客を受け入れている各地域においては、港の埠頭に臨時の免税店を開設し、消費を喚起しようとする試みがなされている。
このような取り組みは、2015年4月に外国人向け消費税免税制度が改正され、クルーズ船の寄港に合わせてあらかじめ税務署長から承認を受けることで、港湾施設内に免税店を臨時出店することができるようになり、実現が容易となった。より詳細に説明する
と、手続きは2段構えとなっており、既に消費税免税店を経営する事業者は、まず免税店を出店しようとする港湾施設について納税地の税務署長の承認を受けることが必要であり、次に、免税店設置の前日までに出店することを税務署長へ届け出る流れとなっている(図2)。
消費税免税制度というと、街中の百貨店や商業施設を対象とした制度というイメージを持たれているかもしれないが、実はクルーズ客に対しても、カスタマイズした制度が用意されていたのである。観光庁によれば、制度創設以来、2018年10月1日現在で延べ
約1700店の出店が行われている。
個々の店舗の商品ラインアップを見ると、金沢港では伝統工芸品(漆器)、宇和島港では真珠といったように、その地域ならではの特産品が販売される事例も各地で見られる。このように、クルーズ船が寄港する埠頭において特産品を販売することで、クルーズ客による購買機会が増加することが期待できるだろう。クルーズ船の寄港時には、地元関係者による歓迎イベントが行われることがあるが、そうした機会を利用し、特産品の魅力を伝わりやすくすると、実際の売上げ増加にもつながるのではないだろうか。

 

商店街における買い物支援

クルーズ客の中には、寄港地域の散策をする人たちも一定数いる。地方都市で、散策をしながら買い物を楽しめる代表的な場所には、商店街がある。
外国人旅行者にとって、異国の商店が立ち並ぶエリアは、店構えや売られている商品自体が物珍しく、観光資源としての魅力もあると思われる。筆者はヨーロッパの地方都市における、街の中心部のお店が集積しているエリアを散策することが旅の楽しみの一つであり、こうしたことは日本を訪れる外国人旅行者にもある程度あてはまるのではないかと考える。
実際にクルーズ客が地方部の商店街を訪れた場合、仮に欲しいものがあったとしても、どのように買い物をすればよいかよくわからないことが起こり得る。ここで地域の受け入れ側による適切なサポートがあると、消費の機会損失を防ぐことが可能になるだろう。
上記のような取り組みを行っている団体として、高知おせっかい協会がある。同協会では、高知市内に来訪するクルーズ客を対象に、商店街における買い物支援をはじめとした、各種事業を実施している。一度聞いたら忘れられない団体名のネーミングは、高知県民がおせっかい気質であることに由来しているという。ここでいう「おせっかい」とは、飲食店で初めて会った旅行者にもおすすめの料理やお店を案内してあげたりするような、頼まれなくても世話を焼く様子を指している。このような活動を自発的に行う人/行いたい人を、同協会では「オセッカイスト」と呼んでおり、ホームページのメールフォーム上でオセッカイストを募集している。オセッカイストの登録者数は200名ほどであり、そのプロフィールは、語学能力を生かしたい人から、英語は話せないけれど国際交流に関心がある人、学生など多様である。
クルーズ船が寄港した際には、その日集まれるオセッカイストたちが、市内中心部の商店街エリアで、クルーズ客の観光案内や、買い物の手助け(欲しいものが買えるお店の案内や、お店の従業員とのコミュニケーション支援など)を行っている。特産品の購買に関しては、高知県の名産である「碁石茶」や、珊瑚製品を買うケースが見られるようだ。また、商店街エリア内には、高知県産品を集めたセレクトショップの「てんこす」があり、同店に立ち寄る人も多い。なお、英語による対応が基本となるため、主要な客層は欧米系のクルーズ客となっているが、彼らの買い物以外の活動としては、高知城の
見学や、商店街エリア内にある、郷土料理や地酒を味わえる「ひろめ市場」への来訪が多いという。
また、同協会では、個別の店舗の従業員を対象に、接客に必要となる語学の研修を行っている。当初は複数の店舗が参加する集合型の研修を行っていたが、個々の店舗によって売られているモノは異なり、それゆえ必要となるコミュニケーションの内容も変化するため、県や市に勤務している外国人職員(国際交流員)の協力も得ながら、個別の店舗に特化した研修を実施しているとのことである。

 

多様な関係者の取り組み機運醸成

先に紹介したような施策(港湾施設での特産品販売、寄港地域における商店街での買い物支援)を効果的に展開するためには、個々の事業者、観光・商工関連の団体、行政機関など、多様な関係者の参画が求められる。その際に、まず重要となるのは、各関係者の参画に向けた機運を醸成することである。進め方の参考になる事例の一つとして、以下に横浜港における取り組みを紹介する。
横浜港においては、国土交通省関東地方整備局が事務局となり、2017年12月に「クルーズ旅客を通じた地域振興及び特産品の輸出振興に係る検討会」が設置された。
同検討会では、横浜市港湾局、一般社団法人横浜港振興協会といった横浜港の運営に携わる関係者に加え、公益財団法人横浜観光コンベンション・ビューロー、横浜ショッピングキャンペーン実行委員会といった観光・商業関連団体などがメンバーとなっており、クルーズ客の増加を地域産業の活性化につなげるための課題や、その対応について議論が行われた。2018年3月には、個々の課題と対応策について整理した手引き書(図
3)が刊行されており、関係者が具体的な取り組みを進める際に活用できるようになっている。同書の内容を紐解くと、港湾エリアや周辺地域での特産品の販売以外にも、クルーズ客のアクセス改善や、特産品の海外PR、ボランティアや学生の連携など様々な課題について記載されている。なお、同検討会は、「YOKOHAMAクルーズサポートチーム」として発展的改組が行われており、官民連携の下で、個々の課題対応への支援が行われている。

おわりに

ここまで、ごく一部ではあるものの、クルーズ客による特産品の購買促進につながると思われる取り組みを紹介してきた。全国各地でクルーズ船の誘致活動が進められている中、地域へ来訪するクルーズ客にいかに特産品を消費してもらうかをセットで考えることが、今後ますます求められてくると考える。
最後に、本稿はクルーズ客にターゲットを絞って考察したものであるが、紹介してきた各種取り組みは、クルーズ客以外の、まとまった規模で地域へ来訪する訪日外国人旅行者(団体ツアー客や、地域のイベント・祭りへの参加者など)に対しても適用できる部分があるだろう。  (とやま まさき)