観光経済研究部 研究員 武智玖海人

存在感を増す越境ECのプラットフォーム

インバウンドによる消費拡大は日本国内にとどまらない。越境ECの普及により、海外の消費者が誰でも手軽に日本の商品を購入できる環境が整いつつあるからだ。越境ECの市場規模は年々拡大しており、2021年には2017年の1・2倍への拡大が予測されている。※1 訪日した外国人が魅力的な地域産品に出会い、帰国後に繰り返し購入してもらうようなインバウンドと消費の好循環をまわしていくためには、市場拡大を続ける越境ECの活用が欠かせない。
実際、訪日インバウンドの消費額において最もシェアが大きい中国では、日本の商品を購入する手段として越境ECの利用が盛んになっている。
JETRO「中国の消費者の日本製品等意識調査」では、越境ECを使って日本製品を購入する理由を尋ねており、「中国内では店頭で販売されていない製品だから」が最も多くの人が回答した項目となっている。※2 とりわけ、地域の特産品は日本国外で販売されていない「日本ならでは」や「地域ならでは」の商品であり、訪日外国人旅行者による越境ECを通じたリピート購買の観点から優位性が高い商材といえる。
このように、海外市場における日本の特産品に対するニーズが醸成されてきており、インバウンドとリピート購買が生み出す相乗的な経済効果のポテンシャルは高い。しかし、事業者や地域の立場からすると、どのように海外へ売り込んでいけばよいのか頭を悩ませているのが実情だろう。確かに、多言語対応や決済、出荷など海外向けの対応を全て自前でやりこなすには、多大なコストやノウハウが必要となる。これまではこうした障壁が海外販売の阻害要因となってきたが、近年では消費者と販売者が直接オンラインで商品を取引できる場である「プラットフォーム」が拡充しつつあり、こうしたプラ
ットフォームを活用することによって以前よりも手軽に海外へ商品を販売することが可能になっている。そこで本稿では、消費者と販売者をつなぐプラットフォームに着目し、プラットフォームを活用する「販売者」とプラットフォームを運営する「プラットフォーマー」の双方の視点から、越境ECを活用した特産品のリピート購買促進について2つの先進事例を検討する。

※1…「平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備報告書」(経済産業省)
※2…「中国の消費者の日本製品等意識調査(2018年12月)」(JETRO)

 

 

事例紹介1

プラットフォームの活用によるリピート購買の基盤整備

多様なプラットフォームの活用

1つ目の事例では、プラットフォームの活用メリットに着目し、プラットフォームを活用することで土産品の海外展開を始めた「販売者」を取り上げる。北海道千歳市に拠点を置く株式会社 小笠原商店(写真1)では、オンラインショップ「北海道お土産探検隊(以下、お土産探検隊)」(h t t p s : / /www.hokkaido-omiyage.com/)(写真
2)を2000年に立ち上げ、2010年からは全世界に向けて北海道の土産品を販売している。販売商品は北海道の銘菓が中心で、20ブランド・600種類以上の取り扱いがある。
「お土産探検隊」の特徴は、自社で運営するオンラインショップのみならず、多様なECプラットフォームへの出店にある。海外向けにはRakuten GlobalMarketやAmazon.com、Yahoo台湾、eBay、WeChatなどに展開し、国内向けには楽天市場、Amazon.co.jp、Yahoo!ショッピング、Wowma!に出店している。実店舗でも小売店ごとに客層や売れ筋商品が異なるように、越境ECでもプラットフォームごとに強
みとする客層や国・地域が異なる。すなわち、複数のプラットフォームを活用することにより、アプローチできる商圏を広げることができる。仮に自社のみで運営するオンラインショップの認知度を高め、多様な国・地域に商圏を広げていこうとすると、多大な時間や労力が必要となる。この点、お土産探検隊では既存のプラットフォームを
積極的に活用することで、効率的な多国展開を可能にしている。

オンラインショップ運営におけるメリット

販売店にとってプラットフォームを活用することのメリットは商圏の拡大にとどまらない。オンラインショップの運営面でも大きな恩恵を受けることができる。お土産探検隊では、英語、中国語(簡体・繁体)、韓国語の4言語で販売を行っている。自社のオンラインショップであれば多言語対応は自ら行わなければならず、新規商品の出品ごとに追加で翻訳作業が発生するなど、非常に手間のかかる業務の負担を強いられる。しかし、R a k u t e nGlobal Marketでは日本国内向けのショップページが外国語に翻訳され、自動的に海外販売が開始されるサービスを提供しており、新規商品の販売も国内向けページに商品を登録するだけなので、スムーズな海外向けページの運用が可能となっている。お土産探検隊が取り扱う銘菓は、季節によって味やパッケージが頻繁に切り替わる商材であり、ことさらプラットフォームの活用メリットが大きい事例であるといえる。

プラットフォーム活用によるプロモーションの効率化

プラットフォームの活用は自社負担の削減につながることに加え、効果的な海外プロモーションにおいても利点がある。プラットフォーム側では海外の現地企業などとも連携し、割引クーポンの配布やメディア露出といった独自のプロモーションを多様な市場に向けて行っている。お土産探検隊では、プラットフォームが打ち出しているこうしたキャンペーン時などに実際に注文量が増加するといった効果が出ているという。プラットフォームはいわば越境ECのプロフェッショナルであり、プロモーションの面においてもリソースが限られた自社単体で取り組んだ場合以上の効果が期待できる。

プラットフォーム以外の外部リソース活用

プラットフォームの存在が越境ECに取り組む販売者にとって強力な基盤となるが、販売者側にも注文を受けた商品の梱包や出荷の対応が求められる。
しかし、これらの業務も自社だけで抱え込む必要はない。お土産探検隊では、商品の梱包といった出荷作業の一部を外部に委託している。委託先の事業者は梱包から国際郵便での海外発送までを一貫して取り扱っているため、出荷作業負担の低減のみならず出荷スピードの向上にもつながっている。商品の発送はこの事業者を含め4社のサービスを使い分けており、各社のキャンペーンなどを活用することで、発送費用の削減も実現している。

求められる外部リソースの活用戦略

このように、既存のプラットフォームへの出店や一部業務の委託といった外部リソースの活用は、専門的なノウハウが必要となる越境ECの分野において非常に有効な取り組みといえる。ただし、お土産探検隊ではこういった外部リソースに「依存」するのではなく、戦略的に使い分けている点がポイントとなっている。前述のように、プラットフォームには浸透している国・地域や客層に差異があるだけでなく、売上金額に応じた利用手数料の料率が異なるなど、プラットフォームごとに費用対効果を考える必要がある。自社の商材がマッチする市場はどこなのか、どういった客層にアプローチしたいのかといった、自社ならではの戦略に応じて重点的に活用するプラットフォームを見極め、最適なバランスを模索することが重要だ。
越境ECによるリピート購買促進に取り組む際には、自社リソースと外部リソースのハイブリッド活用を進めるだけでなく、自社に合った外部リソースを戦略的に運用することで、海外に向けた販売基盤を確保することが求められる。

 

事例紹介2

地域とプラットフォームの連携による伝統工芸品のリピート購買促進

製造業に対する海外展開支援プロジェクト

越境ECによるリピート購買を目指す販売者にとって、プラットフォームは大きな足掛かりとなる。1つ目の事例では一般消費者を顧客としている小売業者を取り上げたが、特産品の海外販売形態として、伝統工芸品を生産する中小規模のメーカーや工房といった製造業者などによる直接販売も考えられる。こうした製造業者では海外販売の取組実績が乏しいだけでなく、一般消費者向けの販売にも慣れていない可能性がある。すなわち、こうした事業者が自社の生産する特産品をリピート購買につなげようとしても、プラットフォーム活用以前の段階で断念せざるを得ない状況が考えられる。
そこで2つ目の事例では、製造業者やプラットフォーマーを含め多様な組織が協業することにより、地域全体で伝統工芸品のリピート購買促進に取り組んでいる連携プロジェクトを紹介する。
eBay Inc.が運営するオンライン・マーケットプレイス「eBay」(https://www.ebay.com/)は、北米での認知度が高い越境ECサービスを展開しているグローバルプラットフォームである。同社が運営するマーケットプレイスは世界190ヵ国、年間1・79億人が利用している。2018年の取扱高は約10・6兆円で、常時12億の商品が世界中から出品・取引されているという。日本法人であるイーベイ・ジャパン株式会社では、プラットフォーマーの立場から伝統工芸品のリピート購買促進に取り組んでいる。今回取り上げるのは2016年に京都でスタートした、地域の伝統工芸品などを取り扱う製造業・小売業の海外販売を支援する「小売・製造業者 海外展開支援プロ
ジェクト」(以下、支援プロジェクト)である。

複数組織の連携が切り札

京都における支援プロジェクトの最大の特徴は、「京都市」や「京都商工会議所」、「独立行政法人中小企業基盤整備機構」のほか、国際決済プラットフォームを展開する「PayPal Pte.Ltd.」や越境ECへの出店をサポートする代理店「株式会社フォネックス・コミュニケーションズ」との連携を図った点にある。とりわけ、販売者とプラットフォームをつなぐ代理店との連携効果は非常に高い。先に述べたが、伝統工芸品の製造業者は越境ECへの参入以前に、ITの活用や個人消費者向けの単品発送といったオペレーション面で課題を抱えていることが多い。代理店がこうした製造業者に対し、商品データの作成・翻訳や海外配送の代行といったサポートを行うことにより、質の高いプロダクトを持ちながらも海外販売に踏み出してこられなかった、中小規模の製造業者の参画が可能となった。
このように販売者とプラットフォームの距離を埋める代理店が果たす役割は大きいが、代理店のサポートはあくまでオペレーション面に限られ、決済環境のグローバル対応が不可欠な越境ECではかならずしも「万能薬」ではない。この点、支援プロジェクトでは国際的な決済サービスを提供する企業とも連携することで、伝統工芸品製造者の海外クレジットカード対応やチャージバックの仕組みの構築を実現している。越境ECでは商品そのものの価値や魅力の向上だけではなく、海外販売に対応した店舗のオペレーションから決済処理まで複合的な対応を行う必要がある。多様なサポート企業との連携を図ることにより、販売者が苦手とする領域をカバーし、工房やメーカーといった製造業者が越境ECに参入できる土壌を整えた点は、この支援プロジェクトならではの取り組みといえるだろう。

「来店」を「リピート購買」につなげる仕組みづくり

さらに、リピート購買を促す事例として特筆すべきは、「オンライン」と「オフライン」をクロスさせた取り組みである。日本を訪れた外国人旅行者に帰国後も繰り返し商品を購入してもらうには、オフラインからオンラインへの導線が重要となる。支援プロジェクトでは、京都市内での外国人旅行者に対するプロモーションとして、eBayで伝統工芸品が購入できることを紹介するポスターを作成し(写真3)、京都市内の観光案内所やホテルで5万部を配布した。また、eBayに出店している販売者の店舗にはリンクを記載したステッカー(写真4)を配布することで、リアル店舗からオンライン店舗(写真5)へ誘導するスキームを構築した。これらの「オフライン」での取り組みには、京都市や京都商工会議所といった地域の行政機関や公共的団体との連携が不可欠であり、多様な地域組織を巻き込んだ「地域全体」での協業体制を築いたことによってそれが実現した点が特色といえる。

プラットフォーム活用と外部組織連携による基盤整備

北海道と京都の先進事例から学べることは、越境ECを通じたリピート購買を目指すには、プラットフォームを活用した海外販売基盤の整備が先決であるという点である。販売者にとってはプラットフォームの活用が海外展開への力強い基盤となり、地域にとってはプラットフォームや異業種組織との連携が地域の利潤を最大化することにつながる。さらに、自社や単独組織のみで取り組むのではなく、複数の外部リソースを活用したり、複数の事業者・行政組織などと連携したりすることで、相互補完や相乗効果が働く環境を整えることがポイントである。越境ECの拡大が続くなか、事業者や地域にとって訪日外国人旅行者による特産品のリピート購買がもたらす可能性はますます広がっている。今後、リピート購買の促進を目指すには、自社や自地域の資源を見直し、自らの戦略に沿ったプラットフォームの活用が求められる。     (たけち くみと)