コロナ以降、観光や交通の専門家として、「この後の観光需要はどうなるのか?」、「どんな観光が主流になるのか?」という質問をよく受けた。その度に「私が聞きたい!」と心の中で叫ぶ。需要の突然の蒸発と感染症対策費用の増大で観光・交通事業者の経営は危機的状況であり、その最前線にいる卒業生の顔も浮かぶ中、それにダメを押す悲観的シナリオは言いたくない。一方で、客観的立場から悲観的シナリオも想定しておきたい、エビデンスは限られており、質問への回答は本当に苦しかった。
 ウィズ/ポストコロナ時代の観光を占う意味で、コロナ渦中に見られた以下の動きは重要だと感じている。
(1)観光活動に対する市民のウォンツは強固だった。それをマイクロツーリズムやワーケーションといった新しい観光形態で受け止める動きが見られるなど、観光市場構造がこれまでにない速度で変化する可能性がある。
(2)観光地域づくりの現場では、資源の磨き上げや受入環境整備の支援に対してこれまでにない大規模の国費が投入された。企画競争を通じた事業選定を通じて、魅力的なコンテンツ作りや、その上位にある地域ブランド構築、危機管理体制構築に対する地域観光振興組織の意識や能力が飛躍的に高まる可能性がある。
(3)オーバーツーリズムとコロナを経て、空間の混雑に対する観光客や地域住民の嫌悪感が著しく高まった可能性がある。
 これらの急速な変化に観光研究者・機関はどう立ち向かうべきか?(1)と(2)については、旅行者の心理・行動・流動の変化、観光事業者のリカバリー戦略や実践状況、国や地域で実行された政策や施策など、多様なデータ・情報を研究機関が連携してアーカイブする体制を構築したい。そして、多様バックグラウンドを持つ研究者にそれらリッチなコンテンツを使ってもらい、次の時代の観光のカタチを積極的に提示したい。
(3)への方略の核心は、ピーク期の混雑で儲けてきた産業構造を大幅に変革する新たな地域経営戦略の提示であるが、これは産業や行政には立場上難しく、研究者の客観的立場でその任を担いたい。
 ワクチン接種と来たるべき治療薬の登場で、国内観光市場はそう遠くない時期に回復できる(と信じたい)。しかし、Go Toトラベル事業の躓きで観光が〝悪者〞になり、新たな変異株が絶えず海外から持ち込まれる状況で、インバウンド再開は全く見通せない。筆者は最近、医療関係者との意見交換を続けているが、感染源としての観光客という言説は誤りである可能性が高いとの感触を得ている。新たに医学界と連携して観光と感染の関係に関するエビデンスを伴った再開戦略を議論することも、観光研究者・機関の責務である。
 コロナ前のインバウンド急成長期から現在まで、残念ながら政策策定に対する観光研究の存在感は大きくなかったと筆者は感じている。社会からの信頼を獲得するために、観光研究者・機関の課題解決型研究と政策提言に係る能力の強化が欠かせない。(公財)日本交通公社がそのハブとして機能することを期待したい。

ウィズ/ポストコロナ時代の観光
~観光研究が果たす役割~



清水哲夫
(しみず・てつお)
東京都立大学都市環境学部観光科学科教授。博士(工学)。専門は交通学、観光政策・計画学。(公社)日本観光振興協会総合調査研究所所長兼日本観光振興アカデミー学長。統計やビッグデータを駆使した観光流動・マーケティング分析の知見をベースに、国や自治体の観光政策立案の支援、観光地域づくりプラットフォームによる戦略策定や誘客・受入環境整備事業立案、二次交通体系検討へのアドバイスを行っている。