コロナ禍を経て取り組む、先行的研究…❷
「働き方の多様化に伴う旅のスタイル変化」に対応する観光地づくりに関する研究
〜回復が期待される東アジア市場における、働き方の多様化に伴う旅の変化とは
観光地域研究部 地域戦略室長/上席主任研究員 守屋邦彦
1.はじめに
日本においては2010年代に入り、デジタル技術の発展やフリーランスの増加を背景に、仕事と休暇が重なり合うライフスタイルが徐々に注目され、企業や地域においても、テレワークを活用しリゾートや温泉地等、普段の職場とは異なる場所で余暇を楽しみつつ仕事を行う「ワーケーション(Workation:Work+Vacation)」への取組が徐々にみられ始めていた。そうした状況の中、2020年に入ってからのコロナ禍によるテレワークの拡大、更に同年7月末の「ワーケーションなどは、新たな旅行や働き方のスタイルとして政府として普及に取り組んでいきたい」との当時の内閣官房長官発言などが契機となり、国としての、また各地域でのワーケーションの取組が大きく展開されることとなった。
現在、国内各地域におけるワーキングスペース等の施設整備、モニターツアーの実施など誘客のための各種取組や、日本人を対象としたワーケーション実施者や企業へのアンケート、企業のワーケーション制度導入に向けた検討が実施されるなど、日本人旅行者に対応した各種取組や検討が進められている。
しかし、コロナ禍が一定程度収束し、外国人旅行者が再び渡航してくることが可能な状況になった際にまず回復してくると見込まれる東アジア(韓国・中国・台湾)各国・地域における、働き方の多様化に伴う旅のスタイル変化の動向については、現状、ほとんど整理・発信されてはいない。更に、こうした外国人旅行者の旅のスタイル変化の動向や取組事例を押さえた上で、一定程度のコロナ収束後の働き方の多様化に伴う旅のスタイル変化に対応する観光地づくりをどのように進めていくべきかといった視点での研究・検討は見当たらない。
そこで本研究では、東アジア(韓国・中国・台湾)における基本的な働き方やコロナによる生活への影響も含めた、ワーケーションをはじめとした働き方の多様化の動向やそれに対する各国・地域でのワーケーション等の取組事例の収集を行い、それらから得た知見を元に、東アジアの旅行者によるワーケーション実施の今後の可能性や、一定程度のコロナ収束後の働き方の多様化に伴う旅のスタイル変化にも対応した観光地づくりについて検討・提案を行うものである。
2.研究の進め方
本研究ではまず、文献等のデスクリサーチ及び海外関係機関・有識者へのヒアリング調査を実施する。具体的には、まず韓国、中国、台湾での働き方の多様化の状況や、それに伴う仕事と休暇が融合した旅行に関する動向、ワーケーション等への取組事例について、ホームページの記事や論文・レポート等から情報収集・整理を行う。
その上で、韓国、中国、台湾それぞれの関係機関・研究者へのヒアリング調査を行い、コロナ禍における働き方の変化、ワーケーション等旅行の仕方の変化、それを受けた観光地等での対応などについて把握する。更に、日本への旅行を取り扱う旅行会社やワーケーションに取り組んでいる企業等を対象としてヒアリング調査を行い、日本への旅行の際のワーケーション等の実施の可能性などについて把握する。
これらの成果から、2021年度は東アジア(韓国・中国・台湾)各国・地域の動向や市場の可能性、取組事例について整理・発信を行い、更に翌2022年度には、各国・地域のワーケーション実施者の意向等の把握も行い、2021年度の結果も踏まえつつ、東アジアの旅行者によるワーケーション実施の今後の可能性や、日本人旅行者と外国人旅行者それぞれを対象とした際に観光地に求められる取組の違いなどについての検討・提案を実施する。
3.韓国・台湾におけるワーケーションの動き
現在、文献等のリサーチ及び海外関係機関・有識者へのヒアリング調査を順次実施している状況である。本稿では、コロナ禍を受けたテレワークの実施やワーケーションへの取組例がみられた韓国および台湾について紹介する。なお、台湾については有識者ヒアリング調査も実施しており、その結果も併せて紹介する。
(1)韓国における働き方の変化やワーケーションの動き
韓国では、コロナ禍となったことにより対面接触を気にする社会の雰囲気が形成されたこともあり、在宅勤務者が大きく増加した。韓国の統計によれば、2021年の在宅勤務者は労働者全体の約5.4%、114万人となり、2020年の50万3000人から約2・3倍、コロナ禍前の2019年の9万5000人からは12倍の急増となった(図1)。また、若い世代においては職場で深い関係性を好まなかったり、仕事と家庭の両立を重要視する文化などが強まったりしていることで、ポストコロナ時代にも在宅勤務が徐々に拡大する可能性も指摘されている※1。
ワーケーション推進の取組例
江原道
江原道観光財団はインターネット通販サイト(旅行商品の販売もあり)のインターパークと共同で、2021年3月末に企画商品「江原ワーケーション」を販売した。その結果、2カ月余りで8238泊を販売した。インターパークの販売分析では、道内の平日宿泊は前年同期比で25%以上増加し、平日3泊以上の予約は合計1326泊と前年より13%増加した。人気旅行先は、江陵21.9%、束草が21.5%であった。また、高城郡(韓国の最北東)の場合、昨年の同じ期間よりも平日宿泊が97%増加した※2。
ワーケーション推進の取組例
慶尚北道
慶尚北道庁は、義城郡萬景村「農村体験休養村」にて、企業と農村の革新的な共存モデルのための業務協約を締結した。締結にはラオンピープル(株)、義城郡、萬景村、慶北農村体験休養村協議会が参加した。協約には、企業労働者の創造性と効率性を高めることができるワークスペースを提供し、農村体験観光の活性化のための継続的な訪問など、都市と農村の交流を広げ、農村地域の活力を増大させるための実質的な内容が盛り込まれている。今回第1号企業として参加しているラオンピープル(株)は、京畿道城南市に本社を置くコスダック上場企業で従業員数は167人、売上高は307億ウォンである。同社は、今年2月に韓国知能情報社会振興院が発刊した「世界が注目する人工知能スタートアップ」報告書で、韓国企業のうち1位に選ばれた企業である※3。
また、慶尚北道文化観光公社は、中央線(KTX)開通でアクセスが改善された安東・醴泉・奉化でワーケーション関連の旅行商品を試験運用した。旅行商品は、「リラックス」「体験」「自転車旅行」などの3つのテーマで構成されている。「リラックス」は、旅行者が宿泊施設で快適にワーケーションを楽しむことができるように宿泊のみが含まれている。SNSにて旅行中の日常のアップロード、旅行後記の作成など指定されたミッションを実行すると、旅行中に発生した食事代を最大4万円まで取り戻すことができる。「体験」は往復のKTX、レンタカー、宿泊まで含めた特化型商品である。様々な旅行をしたいカップルや家族を主なターゲットに、ミッションを実行すると、体験費、入場料を最大5万円まで取り戻すことができる。「自転車旅行」は、洛東江自転車道などを経る商品で、往復のバスや案内スタッフの同行などが含まれる旅行者は各テーマ別に3泊4日、6泊7日を選択することができ、少なくとも2人から購入可能となっている※4。
(2)台湾における働き方の変化やワーケーションの動き
台湾では、新型コロナ発生当初から大きな感染者数の増加がみられない状態が続いたが、2021年5月頃より大きく感染者が増加したことで感染警戒レベルが第3級(第1級が最も緩く、第4級が最も厳格)に引き上げられ、在宅勤務へのシフトの動きがみられた。同期間に実施された調査では、「勤務形態の一部をテレワークに切り替えた」の選択者が57%となっている(図2)。また、2021年6月に実施されたテレワークの状況等に関する調査結果によると、テレワークを希望する比率が一番高い業種は情報サービス業(91.7%)、テレワークを実施する比率が一番高い業種は文化教育(64.3%)となっている(図3)。
しかし、感染警戒レベル引き上げの2ヵ月後の7月には感染者数も大きく減少したことから感染警戒レベルは引き下げられ、それに伴い出社を原則とする通常の勤務形態に戻った企業も多くみられるなど、日本に比べるとテレワークの定着度合いは低い状況と考えられる。
ワーケーション推進の取組例
天成飯店集團(コスモスホテルグループ)
同グループは、花蓮・台北に立地する4つのホテルへの旅行を2021年9月30日までの期間限定で2名で9999元(約4万円)のオンライン割引クーポンを販売した。同クーポンを購入すると、4つのホテルが1泊ずつ利用可能となり、台北の3つのホテルは1泊朝食(お弁当付き)、花蓮のホテルは1泊夕食・朝食付き(※日曜日〜木曜日の利用に限定)となっている。
また、同グループでは、ビジネス客向けに台北のホテルで週単位や月単位の価格設定も実施しており、7日連続利用で6000元(約2万4000円)、30日連続利用で2万7000元(約10万8000円)となっている※5。
4.今後の展開
現在までの調査により、韓国や台湾ではテレワークの拡大やそれに伴うワーケーションへの取組が行われ始めていることが明らかとなった(中国については、テレワークが今後の勤務スタイルの一つの選択肢として広がりつつあるようだが、新型コロナウイルス感染症による働き方への影響が日本や韓国、台湾に比べ小さいことから、ワーケーション実施の動きは現状では確認できていない)。
しかし、韓国、台湾においてはそれぞれの国・地域の観光地におけるワーケーションへの取組は日本ほど進んではいない。こうした状況も踏まえれば、コロナ禍が一定程度収束し、外国人旅行者が再び渡航してくることが可能な状況になった際に、ワーケーション実施の環境が整った日本の観光地を訪れる旅行者も一定程度存在すると考えられる。
本研究では、引き続き関係機関・研究者、さらには日本への旅行を取り扱う旅行会社やワーケーションに取り組んでいる企業などへのヒアリング調査を進めるとともに、各国・地域のワーケーション実施者の意向等の把握を進め、ワーケーション実施の可能性のあるターゲットをある程度特定し、特定されたターゲットがどういった環境を望んでいるか、地域としてはどういった対応を進めていくべきかの把握・検討を進めていきたい。
(もりや・くにひこ)
「新しい旅のスタイル」のタイプ
現在日本では、仕事と休暇を組み合わせた滞在型旅行が「新たな旅のスタイル」として位置付けられている。この新たな旅のスタイルにどのような旅行が含まれるかについては様々な分類が存在するが、筆者は、個人型(個人で旅行をする)か、団体型(一定数の社員にてまとまって旅行をする)という視点で分類している。
個人型には「❶休暇活用タイプ」、「❷休暇付け足しタイプ」、「❸日常埋め込みタイプ」の大きく3つのタイプが存在すると考えられる。❶休暇活用タイプは、概ねワーケーションの基本的な定義通りであり、休暇の旅行中にオンライン会議に出席をする、などが該当する。❷休暇付け足しタイプは、出張の前後に休暇を付け足す、いわゆるブレジャーと呼ばれるものが該当する。❸日常埋め込みタイプは、会社の制度を利用してというよりも、そもそもの働き方として特定の拠点的なオフィスを持たず、移動しながら暮らしつつ仕事をするといったライフスタイルの方々(アドレスホッパー、デジタルノマドなどと称されている)が該当する。
団体型には「❹サテライトオフィスタイプ」、「❺社員研修・地域課題解決タイプ」の大きく2つのタイプが存在すると考えられる。❹サテライトオフィスタイプは、東京などの大都市部に立地する企業がサテライトオフィスを地方部に設置し、一定数の社員がそこで業務を行うものが該当する。❺社員研修・地域課題解決タイプは、普段は別々の部署や場所で働く社員が、旅館やホテル等の施設に集合してミーティングを行ったり、その滞在地が抱える課題の解決のための議論や実践を行ったりするものが該当する。
日本のワーケーションの特徴としては、ワーケーションの基本的な定義通りの❶休暇活用タイプだけでなく、❹サテライトオフィスタイプや、❺社員研修・地域課題解決タイプといった、企業が関係するものも含まれ、❹、❺にフォーカスして取組んでいる地域も多いことが挙げられる。
有識者ヒアリング(台湾)結果概要
● 台湾のワーケーションの現状はいかがでしょうか?
−まず、いわゆるテレワークについて、台湾では公式用語として統一して「居家辦公(ホームオフィス)」という単語を使っています。この単語が明確に示しているのは、テレワークの場所は自宅であるということです。台湾では2021年5月19日から7月26日まで感染状況の警戒レベルが第3級へと高まり、ホームオフィスが多く開始されました。しかし規制が徐々に解除されると会社側も従業員に会社に来て仕事を、と呼びかけ始めたため、コロナ禍が働き方の変化に対して大きな影響力があったとはまだ言えない状況です。
−台湾の観光業界はテレワークをチャンスと捉え、ホテルや観光地ではロングステイのプランを数多く打ち出しましたが、その成果は限定的なものとなっていると思います。やはり仕事をしながら旅行するワーケーションというスタイルに向いているターゲット層は現状ではまだ限られているからだと思います。
−台湾の人々の一般的な考え方として、コロナ禍が収束した後も長期的なホームオフィスに適応するのは難しいと感じる人が多いです。個人的な考え方や感情のほか、家庭内で子どもの面倒を見るという点からも、多少抵抗があるようです。
● 台湾においてワーケーションが今後広がっていくために克服すべき課題や求められることは何でしょうか?
−ワーケーションの推進のためには、まずは自宅以外の場所、例えばリゾートや観光ホテルなどでも仕事ができるように、勤務時間や労災などの制度面での環境を整えることが必要だと思います。そうすればホテルなどをテレワークを行う場所の選択肢の一つとすることができます。またホテルやリゾート事業者には、チェックイン・チェックアウトの時間調整や防音環境の整った空間の準備といった、ワーケーションに関して良い商品やサービスを提供することが望まれます。特に子どもや家族が一緒の場合に、仕事をしている時間帯に家族、特に未成年の子どもが部屋を出て何が出来るか、そういった面でのサービスに関して強化も必要になるでしょう。
−テレワークの場所を自宅から他の場所へと拡大していくことは、世界的にはWFH(Work From Home)からWFA(Work From Anywhere)といった言い方もされています。2000年末のものではありますが、米国の特許商標庁では、WFHからWFAにシフトし、許可された場所で仕事を行った結果、職員の生産性が4.4%向上したという学術的な研究もあります。これはかなり限定的な例ではありますが、自宅を離れて休暇先やリゾートに行って仕事をしても、生産性を維持あるいは向上させるのは可能であるということです。台湾や日本など、より多くの国・地域でこの分野の研究が行われれば、今後の政策の方向性を検討するものとして活用でき、企業や労働者にとっても今後の利益につながるものと考えられます。このように皆がWFAの有効性などについての認識を強めることで、ワーケーションの拡大、常態化が可能となり、観光産業にとってより大きな市場と発展のチャンスを作り出すことができると思います。
蘇 哲仁氏(天主教輔仁大学民生学院餐旅管理学系 特別研究教授)
※1 https://www.mk.co.kr/news/economy/view/2021/10/1014492/
※2 https://n.news.naver.com/article/025/0003105303
※3 https://n.news.naver.com/article/015/0004518961
※4 http://www.blognews.kr/news/articleView.html?idxno=32457
※5 https://www.tw-cosmos.com/4in1_package/