コロナ禍を経て取り組む、先行的研究…❺
地方部における観光ビジネスによる地域経済の活性化への取組
〜観光による地域活性の可能性を実証的に捉える

観光政策研究部 活性化推進室長/上席主任研究員 中野文彦

 本研究は、人口減少・過疎化が進む地方部において、観光によるビジネス(収益事業)を創出・継続・発展させることによって、地域経済が活性化し、雇用が生まれ、移住・定住といった効果を生み出す可能性について、またその手法について、事例研究をベースに取組むものである。

1.観光による地域経済活性化への期待とコロナ禍の影響

 2003年の小泉首相(当時)の観光立国宣言、2007年の観光立国推進基本法施行、2008年の観光庁創設以降、観光は地域振興の手段として幅広く認識されるようになった。特に、2007年の観光立国推進基本法においては、観光に期待される効果の一つとして「地域経済の活性化、雇用の機会の増大等国民経済のあらゆる領域にわたりその発展に寄与する」ことが明確にうたわれている。さらに、2014年9月の第二次安倍改造内閣における「地方創生」政策の中でも、基本目標の一つ「地方における安定した雇用を創出する」において、農林水産業に並び観光が地域の主要産業の一つとして位置づけられている。
 しかし、地方部の状況は2020年1月に発生した新型コロナウイルス感染症の影響によって深刻さを増している。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて2020年12月に改訂された第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2020改訂版)においても、「(新型コロナウイルスの影響により)地域経済は大きな打撃を受け、産業の基盤が脅かされるとともに、企業活動やイベントの自粛・縮小等により地域内外の人の交流機会が減少し、交流人口も大きく落ち込んでいる。地方公共団体や企業等が地方創生に向ける余力が乏しくなり、地域において地方創生の取組を十分実施できない状況が生じている」など、厳しい状況を指摘している。

2.地方部における地域活性化の仕組みと課題

● 観光ビジネスによる地域経済活性化(地域経済循環)の仕組み
 地域の観光による経済効果を高めるためには、「旅行者数×1人あたりの消費単価×域内調達率」の視点が重要である。これを、観光ビジネスの視点に置き換えると、「域内居住者の人件費や域内での原材料の仕入れといった地域に残る利益(お金)と観光サービスの継続的なメンテナンス・リニューアルや次なる事業拡張・展開を想定した一定の利益(経常利益)を確保する必要がある。そして、それに適した観光サービスの単価を設定し、そうした観光サービスの一定数の利用者を確保する」といったビジネスモデルが求められる。

 さらに、地域の自然・景観や歴史・文化、特産品や食の魅力、温泉などの魅力を観光を通して価値ある体験として昇華し、観光客を惹きつける、あるいは惹きつけ続ける強い魅力、他地域と差別化できる独自性の強い魅力を生み出すことが必要となる。
● 地域を稼がせる観光地域づくりの仕組み
 現在の観光地域づくり政策の柱である観光地域づくり法人(日本版DMO法人)は、「地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する地域経営の視点に立った観光地域づくりの司令塔」として期待されている。
 観光地域づくり法人が「地域の「稼ぐ力」を引き出す」仕組みとは、地域としてのブランディング・マーケティング、それらを基にした地域の観光インフラや資源の磨き上げ、プロモーションがその役割となる。地域で「稼ぐ」観光サービスを生み出す主体は、あくまで個々の民間事業者であることが想定されており、観光地域づくりと観光ビジネスの創出が一体的に行われるかどうかが重要になる。
● 地方部の観光による地域経済活性化の課題と可能性
 地方部において地域経済効果の高い観光ビジネスの創出は、通常のビジネスに比べて容易ではない。通常のビジネスモデルに加え、地域経済活性化という社会的目的を有するが故に、高い付加価値(顧客からみれば一定以上の料金)を設定しつつも、顧客を確保し、選ばれ続ける(高い満足を提供する)ことが求められる。また、自らの事業とともに、地域の魅力や独自性の源泉となる地域の歴史文化、自然や既存の農林漁業、商工業等との連携や観光まちづくりとの連携が重要となる。
 加えて、地方部ならではの課題もある。人口の減少を背景に、産業を生み出し、担う人材の不足、少ない周辺人口や都市部からの距離といった弱い市場性、減衰する地域経済・財務基盤など、観光ビジネスを支える人や資金の不足は負の循環となっている。
 しかし、マイナス面を乗り越え、地方部において地域経済効果の高い観光ビジネスの創出に取組む事業者が現れているのも事実である。
 こうした取組は、個別民間事業者が取組む場合もあれば、自治体、観光協会、DMO、商工会、農協や農業法人、漁協、製造業、伝統産業といった様々な組織が連携した取組もある。地方部の新規雇用、移住・定住といった効果が生まれるにはまだ時間のかかる取組も多いことが想定されるが、現在地方部で取組まれている、地域経済活性化に向けた観光ビジネスの創出の取組事例について、その過程やそれを担う、あるいは支える人材・組織、現在の効果や展望を収集・整理することで、地方創生、地域の活性化に向けた観光ビジネスの可能性を探りたい。

3.研究の方向性

● 研究対象の設定
 本来、地方部にとっての観光ビジネスは、農業や製造業と並び、地域外からの収入を得られる重要な産業であり、地域活性化への貢献が高い産業である。しかし、現状において既存の観光産業は、インバウンド、日本人双方の観光客数(宿泊・日帰り)、消費単価は2015年からコロナ禍前の2020年まで拡大傾向にあったものの、特に地方部においては安売り競争・コモディティ化が進み、賃金水準も低く(観光産業は「最賃産業(賃金が、最低賃金に張り付きやすい産業)」との指摘もある)、地域内からの仕入れよりも域外からの低価格な原材料を仕入れざるを得ない等、地域に十分な利益を残し、地域の雇用維持・創出にまで至っていないことが懸念される。
 そこで、本研究の対象としては、地方部・地域の既存観光事業の延長ではなく、地域にこれまでになかった新しい視点の観光ビジネス、特に地域内の原材料の活用や雇用(地域住民、あるいは域外からの移住を伴う雇用)を重視した取組を進める事業者や地域を対象とし、さらに観光ビジネスは観光地域づくりの仕組みとの連携が欠かせないという観点から、自治体、日本版DMOや観光協会との連携、地域の複数の事業者の連携など、地域連携による取組事例を抽出する。
 また、今日では観光ビジネスはこれまで以上に複合的になっている。例えば、千葉県香取市の株式会社ザファームの事例では、地域の質の高い農業・農産品を、農業体験、グランピング、カフェ、レストラン、通信販売といったサービスを、複合的に提供する農園リゾートとして展開し、顧客をつかんでいる。こうした事例を踏まえ、事業分野については特に規定せず、地方部において観光ビジネスに取組む事業者そのものに広く目を向ける。
● 既往政策事例の整理と探索
 地方部における地域経済の活性化、雇用の創出は、観光政策に限らず喫緊の課題であり、これまでの多くの政策が実施されてきた。
 観光庁においては、まちづくり・観光地域づくり政策として地域活性化を実現する地域体制・組織への支援に主眼が置かれている。DMOの中には、事業創出・運営を目的としたもの、あるいはDMOとは別途に事業会社を設立・運営する地域もある。(こうした事業会社はDMCとも呼ばれるが、海外ではDMCはMICEをはじめとした大型団体やクルーズなどにおける現地の各種手配を担う事業会社を指す。日本ではDMOに対して、民間で、事業を担う事業者をDMCとする傾向にある)。
 当財団ではこうしたDMOの事例をもとに「観光文化244号(2020年4月)株式会社型DMOという挑戦」という形で研究レポートを発表しているが、現在のDMOあるいはDMOと連携する事業会社をより幅広く調査する。
 さらに、地域活性化に貢献する地方部の事業者・事業創出に関する支援事業は、経済産業省、中小企業庁、総務省、農林水産省等によって取組まれ、事例集等として取りまとめられている。
 こうした政策・事例を整理することによって、地方部において、どのような政策のもと、どのような組織・人材が、どのような観光サービスを生み出したのかを把握する。

● 今後の事例調査
 本調査の対象は、地方部というビジネス環境としては不利な地域において、さらに地域活性化、雇用の創出という社会的なミッションを持ちつつ自立的な事業性を維持するという難しい条件を前提として有している。そうした条件下において、実際にどのように観光ビジネスに取組まれており、どのような地域活性化につながる効果が生み出されているのかを現地調査によって把握することが、今後の研究の主眼である。
 特に、人件費や地域内仕入れとして地域に利益を残す仕組みやそうした困難なビジネスモデルを自立的に継続する手法を明らかにする必要がある。さらに、こうした観光産業の成果は、中長期的に見ていくことも重要であり、創業期・成長期・停滞期・再回復期など事業が軌道にのるまでのプロセスにおける取組等を明らかにすることによって、今後各地でこうした組織が成立するための参考となる事例、知見を整理・分析していきたい。

4.おわりに

 本研究では既に、何名かの「地方部で、観光サービスを創出し、地域の活性化、雇用を生み出す」ことに挑戦する方々にお会いし、インタビューを試みている。こうした方々の背景は、Uターン、Iターンの方もいれば、観光業の2代目、3代目や農林漁業、伝統産業、商工業をベースに持つ方等、様々である。しかし、一様に「この地域には他の地域にはない魅力がある。可能性がある。」と考え、「人が訪れる、お金を払う価値(サービス)になり得る」ことを実証しようとしている。そして、自身の新しい事業のみならず、地域全体の活性化を視野に自身の事業や展望を力強く語る。
 これらの取組の多くは、事業開始時点から数年を経た段階であり、現時点で成功・不成功を評価することは難しい。また、それらの取組からどの地域にもあてはまる一般論を導き出せるかも不透明であるし、それは不可能なのかもしれない。
 しかし、こうした困難な取組に挑戦する具体例に丁寧に向き合うことによって、日本の地方部だからこそ成り立つビジネス、観光だからこそ生み出すことのできる地方部の可能性が見えてくるのではないだろうか。






事例紹介

コロナ禍における地域の対応とポストコロナに向けた観光モデル(那須塩原市)

 本研究の一環として、コロナ禍における観光産業の状況、また自治体や観光協会を含めた地域としての対応について調査を行った。その中でも、栃木県那須塩原市では、自治体、観光協会、民間事業者が連携しながらスピード感を持って取組み、さらに将来ビジョン「那須塩原市観光モデル」を策定するなど、ポストコロナを見据えた取組を進めている。そうした那須塩原市の取組について、当財団が主催する「旅行動向シンポジウム(2021年10月29日)で那須塩原市観光局長西須紀昭氏にご講演をいただいた。その内容を抜粋して紹介する。
 那須塩原市は、東京から新幹線で最短75分、高速道路で2時間ほどで来られます。全国的にも有名な那須地域の中で、4万ヘクタールという日本一大きな複合扇状地・那須野が原の中北部と日光国立公園の一部、那須高原と日光連山の間の関東北部山地にあり、自然豊かな場所です。非常に活発な火山活動により形成された素晴らしい風景の那須と日光の間に、塩原温泉と板室温泉があります。
 那須塩原市の観光においても、新型コロナウイルス感染症によって、多大な影響を受け、入込み数、宿泊者数ともに大きなダメージを受けました。
 那須塩原市では、市長の先駆的、先導的判断の下、コロナ禍を乗り切っていくためのさまざまな取組を進めてきました。特に観光については、持続可能な那須塩原市観光モデルを構築し、住民、観光客、事業者の方々がそれぞれに責任を持ち、意識を高め、新型コロナウイルス感染症に対抗していくため、「信頼」、「ウェルネス」、「責任」をキーワードに掲げ、展開しています。
 1点目の「信頼」は、安心・安全です。特に全国の中でも先駆的、先導的に取組を進めてきました。まず、観光事業など、感染症対策に取り組む事業所の認証制度を創設し、共助モデルとして各事業所が感染対策を徹底することを行っています。また、昨年9月頃から宿泊事業所の従業員の皆さまが廉価で、PCR検査を受けられるシステムを導入しました。それと並行して、風評被害、特に感染者への誹謗中傷は絶対に起こしてはならないので、昨年の10月から新型コロナウイルス感染症に係る人権の擁護に関する条例を施行しました。直近では、9月、10月に観光事業者の職域接種を実施しました。また、市民の皆様に対しても、観光地であることの不安を払拭させることが重要であり、市民向けの廉価のPCR検査を推進しています。
 こうした安心・安全な観光地づくりのもと、Go Toトラベル、県民割の先駆けとなる市民向けのリフレッシュ宿泊キャンペーンを行いましたが、その中では地元再発見、マイクロツーリズムを掲げ、この地域なら安心であるとともに、地域を再発見してほしい、皆さまがまだ知らない楽しいことがたくさんあることを標榜し、キャンペーンをスタートさせました。そのタイミングで、板室温泉では、体験型のツーリズム商品、半額キャンペーンを展開しました。
 自然体験型の旅行商品は、まだスタートアップ期にありましたが、事業所の皆さまが展開を進めるためのレバレッジになれました。
 2点目の「ウェルネス」は、この間、国の制度などを活用し、観光客の癒やしを考えた取組としてONSEN・ガストロノミーウオーキング、ワーケーションの推進などを行ってきました。
 3点目の「責任」は、非常に重要です。従業員のPCR検査を進めることに対し、お客さまにも責任を負ってもらうために、入湯税を100円程度、暫定的に引き上げました。これは9月をもっていったん廃止しましたが、今後、恒久的に観光地を良くしていくために必要な法定外目的税の導入に向けた検討を始めようとしています。
 ウィズコロナ、アフターコロナ、これからの長い将来に向けて、本年の3月に「那須塩原市観光マスタープラン」を策定しました。最も大きな方向感として、私は、世界のESG共感マーケットに着目しています。私たちにとって最も重要なのは、EのEnvironment、SのSocialを共感マーケットの中で、どのように地域側として、さまざまなガバナンスを進めていくかです。
 世界の共感マーケットは、この二つに対して、感応性が非常に高いはずです。コロナ禍でインバウンドは、まだスタートしていませんが、必ずインバウンドの方々の共感が日本人にも広げられるでしょう。その中で、Eの脱炭素・クリーンに関しては、那須塩原市は、観光庁の日本版持続可能な観光ガイドラインのモデル地区に選出されました。つい最近では、日光国立公園の那須塩原として、環境省のゼロカーボンパークにも登録されました。グリーン・デスティネーションズによる世界の持続可能な観光地「TOP100選」にも選出されました。これらの取組が評価をされていますが、脱炭素・クリーンの取組はまだ緒に就いたばかりです。
 Environmentに関しては、行政や大きな企業、資本力などの力が必要です。公共交通の実証実験、ビニールとプラスチックの使用削減、再生可能エネルギーの開発については、まだ期待段階ですが、地域のさまざまなシーズとして温泉排熱、小水力などがあります。那須塩原市は、生乳生産本州一の酪農地域です。お隣、大田原市には温室効果ガスとして牛のゲップから出るメタン、一酸化二窒素削減の取組の実証実験を行っている牧場もあります。それらの取組を展開し、もっと広めていきたいです。
 Social系に関しては、地域の魅力がどんどん細かくなってきているというか、お客さまや旅人たちが地域の細かい魅力を見いだそうとしに来てくれています。その中では、特に自然と人が重要です。自然に対するリスペクトをお金で表してくれる人たちが増えるようなマインドづくりをしていかなければなりません。自然に対してお金を払い、自然をリスペクトする人たち、楽しみながらリスペクトする人たちを増やすことです。これからのツーリズムは、日本も世界標準になっていくに違いない中で、地域の中で、日本の自然をリスペクトし直していく仕掛けをつくっていかなければなりません。
 また、インバウンドの方々が地方に行ったときにナイトタイムエコノミーが足りないとよくいわれます。さらに近年、日本では、近所の居酒屋さえ消えてしまった地域がどんどん広がっています。
 今、疲弊している温泉街には、猥雑で繁華なにぎわいの時代がありました。そこにまで戻れるかは別にして、温泉街の居酒屋等が2軒、3軒と再生をされると、その場所が地域に住んでいる人たちにとって、楽しい居酒屋の街になります。温泉娘:塩原八弥の下、温泉街をほろ酔い、そぞろ歩く「八弥夜バル しおばら」の取組など、地域の方々と旅人たち(インバウンドの方々も)の集う力で、にぎわい楽しい温泉街を取り戻していく取組を進めています。
 きらりとひかる地域の魅力は、まだたくさんあるはずです。観光は、もっと基本的な価値観レベルでの人間のありように非常に近いものです。観光という単語の意味は、国の光です。地域の人たちが光って、幸せであり、自然が豊かで、潤いに満ちており、それらを見せて、旅人にお裾分けをしてあげるような方向にもっと向かっていくべきです。



(一般社団法人那須塩原市観光局局長 西須 紀昭)