視座
情報革命が生み出し、コロナ禍が加速させる社会の変化

観光政策研究部長/主席研究員 山田雄一

 私事であるが、2021年10月、私の父が他界した。父は、いわゆる団塊の世代の数年上であり、工学系の大学を出た後、某メーカーに技術職として就職。その後、管理側となり国内工場の管理を行っていたが、バブル期に会社の事業拡張によって、東南アジア某国に新工場を立ち上げることとなり、その責任者として赴任することになった。7年ほど同業務に対応した後、帰国。その後、海外赴任前に担当していた国内工場を経て、再び、前回赴任地とは異なる海外工場の管理を行った後、子会社の役員として、サラリーマン人生を終えている。ある意味、高度成長期以降の日本経済の象徴のような人生であったと思う。
 日本が、高度成長を、なぜ成し遂げることが出来たのかについては、様々な指摘があるが、極めて単純に言えば、世界中に良質な工業製品を欲する需要があり、それに応えられたのが日本だったということだろう。真面目にコツコツと積み上げ型で製品を作り上げていくことを美徳とする日本人の気質が、高度成長のエンジンであったことは、広く指摘されるところである。良いものを、真面目に作ることで評価される時代であったと言えよう。
 しかしながら、それから時は流れた。
 今でも、製造業は、日本経済を支える柱の一つであるが、かつてのような強さ、輝きは薄れ、失われた10年、20年と呼ばれるようになって久しい。これについても、様々な要因が指摘されているが、端的に言えば、世界的な社会経済の変化に、日本が追随していけなかったのだろう。世界経済は、モノを中心とした製造業社会から、サービス(コト)を中心としたサービス経済社会へ転換してきているからだ。

供給者主体から需要者主体へ

 20世紀の最終盤、我々はインターネットという全世界を覆う通信環境を手に入れた。その後、数年でインターネットの通信速度(容量)は指数的に増大し、大量の情報を瞬時にやり取りできるようになったことで、我々の生活、社会経済は大きく変化してきている。
 その一つが、商品サービスの価値を規定するのが供給者(サプライヤー)の思いから、需要者(コンシューマー)の経験に移ってきているということである。
 ネット・コミュニケーションの拡大によって、我々は新しい商品サービスの選好を供給者からの情報ではなく、それを実際に利用した人々からの情報(レビュー)を基に行うようになっている。商品サービスの選好における主導権が、利用経験者の評価に移っていくことで、供給者となる事業者は、一方的に商品サービスをデザインするのではなく、消費者(購入者)と共同して価値創造に取り組むことが求められるようになった。
 これを「価値共創」と呼ぶが、価値共創は、観光領域においても重要性を増している。
 かつて観光は、そこに、どういった温泉があるのか、寺社仏閣、自然景観があるのかが重要であったが、現在では、来訪者が、そこでどういった経験を行い、何を感じたのかということが重要となっているからだ。
 実際、地域を訪れた人々の紹介意向(友人や知人に、来訪を推奨する意欲)の高低が、観光客数を左右していくことは、学術的にも、経験的にも確認されている。
 もともと、サービスは、そのサービス創出のために投入した原価や仕様ではなく、利用した顧客の主観的な感想が品質を定めるとされている。現在では、モノ(製品)についても、そうした傾向が強まっており、対象物に関わらず需要者(消費者、顧客)が経験を通じて下す評価が価値を規定するようになっている。これはサービス・ドミナント・ロジックと呼ばれ、現在社会の基本構造となっている。

情報革命が引き起こすスパイラル的な社会変化

 サービス・ドミナント・ロジックが基本構造となった経緯と背景について、もう少し、整理しておこう。
 我々は現在、農業革命、産業革命に続く、第3の波「情報革命」の渦中にある。情報革命の発端は、情報のデジタル化とオンライン化にある。
 人類は、産業革命によって紙の大量生産、カラー印刷、オフセット印刷技術を獲得し、印刷物によって大量の人々に情報を伝え共有することが可能となった。また、電信技術の発達はラジオを生み出し、20世紀半ばにはテレビジョンを普及させてきた。しかしながら、これらの情報発信にかかるコストは高く、少数の人々が多数の人々に情報を配信するという構造が基本であった。端的に言えば、情報を発信できるのは、ごく一部の個人、組織に限定されており、必然的に、情報の多様性は乏しかった。
 しかしながら、20世紀の最終盤に普及し始めたインターネットは、その後、急速に成長し2000年代にはブログ・サービス、2010年代にはSNSが整備されるようになる(デジタル・ツールの産業化)。これによって、多くの人々が、自身の考え、興味、関心事項を容易に発信することができるようになった。さらに、発信された情報は、基本的にデジタル情報であるため、検索、複製、加工が容易であり、情報の二次利用、三次利用が連鎖的に広がるようになった。これは、人々のコミュニケーションがオンライン上に拡張されることになったことを意味している。それまでマスメディアなどに専有され、かつ、一方通行であった情報流通が、全人類に開放され、かつ、双方向性を持つようになったわけだ。いささか大げさに表現すれば、世界中のどんなにマイナーな情報にも、我々はアクセスすることが出来るし、発信することができるようになった。つまり、オンラインでのコミュニケーション深化は、ネット上に限定されるものではなく、リアルの認知拡大、より具体的に多様な現実を理解することにも繋がることになる。これが、情報革命の核となる変化である。
 しかしながら、情報発信の訓練を受けていない一般人が発信する情報の一つ一つの質は高いものでは無く、ネット情報はトイレの落書、居酒屋談義とも揶揄される。これを転換していったのが、検索エンジン、専用サービス(例:食べログやトリップアドバイザー等の評価・レイティングサイトや、インスタグラム等のタグ機能)の進化である。これによって、ネット上の雑多な情報はベクトルが作られ、集合知へと転換されていくことになる(データ管理技術の高度化)。
 さらに、収集された膨大なデジタル・データが、人々の思考や行動の断片であることが注目されることで、新しいビジネスも生まれてくる(ビジネスモデルの知財化)。この背景には、それまで分散していた各種のデータが、デジタル化とデータベース技術、そして、統計解析機能の向上によって、従来では実現不可能だった水準で、物事を把握したり、新しい関係性を見出したりすることが可能となったことがある。例えば、グーグルの検索サービスを利用すれば、世界中の人々がどんなことに関心を持っているのかが解るし、インスタグラムの投稿画像、場所、タグ付けを解析していけば、どこのどのようなコトが、どのように関心を集めているのかということも解析できるようになる。これが、情報革命によって生じる産業面の大きな変化である。
 こうやって創造されていく新しい知見は、新しい経済価値、経済活動を生み出すことになり、その動きが、情報のさらなるデジタル化を促していくことになる。
 このように、我々が直面している変化、課題は、それぞれ各個に存在しているのではなく、源流を共有する大きな流れの中で生じている互いに相関した問題である。
 そして、それを生み出しているのは、情報革命の進展の中での我々自身の意識、価値観の変化である。

人々の意識の変化が観光を変えていく

 本誌の各特集で示した事項も、情報革命による社会変化が生み出した研究課題である。
 まず、特集1は、我々が直面したCOVID–19、コロナ禍によって、人々の観光に対する意識がどのように変化したのかについて整理を行った。
 COVID–19は、間違いなく、人類が遭遇した最大級の疾病であるが、国際化と情報化が進んだ現在で無ければ、ここまで事態が大きくなることもなかっただろう。例えば、1990年代であれば、人の移動は限定的であったし、いわゆる「観光地」も限定されていた。しかしながら、情報革命によって多様な価値観が広まったことで、様々なツーリズムが提唱され、国を超えて人々は多様な地域に自由に訪れ、地域の人々と交流するようになっていった。こうした行動様式は、人と人の接触が感染を拡大させるCOVID–19との相性がすこぶる悪い。
 さらに、COVID–19に関する情報が、真偽に関係なく多量に発信され、社会は混乱し観光に対する意識も様々に変化した。
 いずれ、今回のコロナ禍は収束していくことになろうが、国際的な疾病の蔓延が再来する可能性は否定できない。本研究は、情報社会における観光と疾病との関係、社会とのコミュニケーションのあり方について多くの示唆を得るものとなろう。
 特集2で取り上げたワーケーション/ブリージャーは、「コミュニティのオンライン化」が呼び込んだ観光の一形態である。一部の業種に限られるものの、情報社会の進展によって、就労場所や時間に対する制限は大幅に緩和されつつある。ワーケーション自体は、コロナ禍によって注目されたという側面を持つが、それを支えるテレワークは、今後、就労形態の一つとして確立され、拡がっていくことになるだろう。これに伴い、旅行需要は、従来のオン(MICE系)とオフ(狭義の観光)の間に、両者が混ざりあったセグメントが登場していくことになる。この第3の需要について、適切に把握し、その対応策を具体的に検討していくことに資する研究成果を期待したい。
 特集3で取り上げたミレニアル世代、Z世代は、次代を担う人々(世代)の意識、価値観を把握することで「次代」の様相を推測して行こうという研究である。まさしく「変化」を正面から捉えた研究であるが、これが従来の世代論と異なる重要な意味をもっているのは、ミレニアル世代、Z世代が、物心ついた時からインターネットが普及していた「デジタル・ネイティブ」世代であるということだ。かつて、産業革命が人類社会を農業社会から製造業社会へと転換させたように、現在進行中の情報革命は、製造業社会からサービス経済社会へ転換させていくことになる。すなわち、彼らを対象とした世代研究は、単なる「若者研究」ではなく、情報革命後の世界を研究するものとなる。農業社会と製造業社会で、社会の様相が大きく変わったように、情報革命後の世界は従前とは異なる社会となるだろう。短期的に見ても、これまで国内市場は、高度成長期以降、団塊の世代が大きな影響力を持ってきたが、今後は、デジタル・ネイティブが市場の中心となっていく。短期的にも、中長期的にも、大きな時代の潮流を理解し、対応策を検討していくことが重要となる。世代研究は、ふわっとした概念論になりやすいが、観光地域づくりのあり方にも通じる知見の導出を期待したい。
 特集4のテーマである「多様性」は、人権意識の高まりが引き起こしていく変化である。ネット社会の進展によって、情報の地域的、社会的な壁は下がり、誰もが情報を発信できるようになっている。これにより、少数者(マイノリティ)の意見、考えも社会に広がりやすい環境となってきている。また、従来のマスメディアを主体とした情報流通に対し、ネット社会は、その構造が基本的にフラットであり、第3者によるバイアスや検閲がかかりにくい。この自由さには功罪があるが、功の一つは、社会的弱者、マイノリティの人々の情報へのアクセスが拡大することによって、人類にとって普遍的な価値である「人権」の意味や価値を再認識するということになるだろう。近年、世界で起きた「民主化」の動きや、人種差別やセクハラに対する非難は、インターネットあってのものだからだ。特に、デジタル・ネイティブ世代にとって、世界は繋がり、人々はフラットであることは、空気がそこにあるというくらい「当然」のこととなっている。観光分野においても、マイノリティへの対応は必ずしも拡がってきてはいなかった。が、今後は、多様性を当然のものとして、全体を受入れていくということは、必須の取り組みとなっていくことになる。とはいえ、差別や偏見といった意識は、自然に解消されるものではないし、少数の市場への対応は事業的な難易度も高めることになる。研究を通じて、この現実的なバランスの取り方が提示されていくことを期待したい。
 こうした需要側の変化に、我が国の地域がどのように対処していくことが有効なのかという視点から整理しているのが特集5である。今日の環境において、効果的に観光振興を進めていくためには、地域のマネジメントやマーケティングを担う組織、DMOが重要だということは、世界的に共有されている認識である。しかしながら、我が国の多くの地域は、そもそも生産性の高いホスピタリティ産業集積がなされておらず、観光客の来訪が、地域経済の成長に繋がりにくい構造にある。そこで、地域独自の観光交流ビジネスを創造し、産業集積へとつなげていくことが必要なのではないかという課題意識がそこにある。少子高齢化、人口縮小が進む我が国の地域において、新しい産業を創造していくことの難易度は高いが、欧州では、集落を挙げてホスピタリティ産業を形成している地域もあり、研究の推移を見守りたい。
 特集6は、特集5とは、また異なる形で新しい時代での観光地域づくりの体制について研究を深めていくものである。情報革命によるコミュニケーションの深化は、当然ながら、地域内での各主体の繋がりのあり方も変えていく。市民参加で地域振興に取り組む「まちづくり」は、2000年代初頭には現出してきていたが、その流れは完全に確定し、地域振興は多様な主体、個人のパートナーシップ形成が不可欠となっている。さらに、日本の地方部では少子高齢化によって、人口減少と高齢化が同時進行し、人的リソースが乏しくなっている。他方、人的リソースが乏しくなるからこそ、観光に対する期待も高まるという状況の中で、どういった対応策が検討できるのかに挑む研究となる。
 最後の特集7、脱炭素ゼロ・カーボンは、我々の意識、価値観の変化が生み出した人類社会全体の「新しいルール」と言える。地球温暖化と二酸化炭素(カーボン)については、未だ、懐疑的なスタンスを取る人々も少なくないが、ネット社会の進展によって、普遍的価値である人権に対する意識が高まるのと同様に、地球環境という巨大過ぎる概念についても理屈ではない共感が拡がってきている。これは、ネットによって、自身が認知できる範囲が無限大に拡張されたことで、環境との関係についても「自分事(じぶんごと)」として感じる人々が増えてきたためと考えることができる。現時点において、観光において環境は一つの変数に過ぎないが、早晩、適切に対応することが必須とされる存在となるだろう。当たり前に交通ルールを守るように、多くの人々が、日常生活において環境負荷を低減させるライフスタイルを無意識に送るようになっていくからだ。現時点においてゼロ・カーボン社会における観光がどのようなものになるのか見えていないが、社会の基本的なルール変更となると考え、その方向性を検討していくことが必要である。

コロナ禍が加速させる変化

 このように、我々は、大きな社会経済環境の変化の中にいるが、さらに注意が必要なのは、今回のコロナ禍が、もともとの社会変化を加速させるだろうということである。
 イノベーター、アーリーアダプター、ラガードなどで構成される「イノベーター理論」が提唱するように、通常、変化というのは変化を先取りするA群が、変化に消極的なB群を徐々に塗り替えていくことで生じていく。そのため、変化そのものは既定路線であっても、変化が実際に生じ、違う社会を形成するには、年単位の時間が必要となる。例えば、観光分野では、2000年代初めには、団体旅行から個人旅行への変化が起きるということが各所で指摘されていたが、それから20年が経っても、一部の地域、業界において団体旅行は今でも健在である。
 本号で取り上げたミレニアル世代・Z世代へのシフトも、通常であれば、10年、20年かけてゆっくりと進んでいくことになるが、2年を超えるコロナ禍は、この世代交代を加速させることだろう。なぜなら、コロナ禍によって、観光活動が大きく制限されたことでB群に相当する団塊世代の市場から退出が早まることになると考えられるからだ。テレワークを利用したワーケーションも、ゼロ・カーボンへの意識の高まりも、コロナ禍は加速させる。結果、ポスト・コロナにおいて、我々は、タイムマシンに乗ったかのような変化を体験することになるだろう。
 こうした状況認識に基づけば、ポスト・コロナにおける初動がとても重要であることが指摘できる。確実に変化した環境に、いち早くキャッチアップし、陣地を築いていけるかどうかが、その後の展開に大きく影響してくることになるからだ。
 コロナ禍を乗り越える、耐えるだけでなく、その先を展望した取り組みを始めていくことが重要となる。

郷愁から挑戦へ

 特集で指摘しているように、また、座談会でも指摘されているように、実際のところ「どのような変化が起きるのか」ということは、概ね見えている。が、見えてはいても、必ずしも対応できるわけではない。
 これは、現状維持バイアスとも言われるが、我々が「古き良き時代」に想いを馳せやすいことも影響しているだろう。
 我々は、思考する際に、どうしても自分自身の経験を参考としがちである。もちろん、自身の経験は、意思決定において重要な知見ではあるが、それは与件となる社会環境が同様であるということが必要となる。しかしながら、情報革命によって、大きく社会経済の様相は変わっており、過去への郷愁だけでは、時代への対応力は限定されてしまう。
 到来する新しい時代、環境に対応し地域や事業の持続性を確保していくためには、状況は変化していくという認識を持ち、場合によっては自身が持っている常識を捨ててでも、将来を展望していくことが必要だろう。
 一方で、過去の将来予測は、「当たるも八卦当たらぬも八卦」を地で行く、かなり精度の低い、いい加減な領域であったことも、また、事実である。90年代に散々行われた「21世紀の展望」の多くが、明後日の方向を示していたことが、その好例だろう。タイムトラベルをテーマとした映画のように、未来に至るルートは一つではなく、様々な要素でいくつも分岐していくものなのだろう。
 ただ、だからといって、変化を座して待っていては、ポスト・コロナの社会に対していくことは難しい。
 将来予測には一定の限界があるということを認識しつつ、それでも、各種の変化から将来像と有効な対応策の導出にチャレンジすることが重要と考える。今回の「観光文化」で取り上げた各種の研究は、そうした、将来に向けた我々の挑戦、チャレンジである。現時点では「萌芽研究」の域にとどまるものであるが、研究を進め、その成果の公開に取り組んでいきたい。