① 海外旅行市場の 系譜と可能性

高崎経済大学
地域政策学部観光政策学科・准教授
外山昌樹

はじめに

 2019年の日本人出国者数は、過去最高の2008万人を記録した。次の10年も海外旅行市場が成長することを期待させる数値であったわけだが、現実はまったく異なる展開をたどった。新型コロナウイルス感染症 (COVID‐19)の感染拡大により、2020年の初頭から世界各国は、国境封鎖や、航空便の運航制限や旅客数の制限といった入国制限措置をとるようになった。これに伴い、2020年3月以降の出国者数は大幅な減少を記録し続けた。その結果、2020年の日本人出国者数は317万人となり、前年比84・2%という記録的な減少幅となった。
 2021年に入ると、COVID‐19のワクチン接種が開始されるなどの状況変化もあり、入国制限や入国時の検疫措置を緩和する国・地域が見られ始めた。その一方で、アルファ株、デルタ株、オミクロン株に代表されるCOVID‐19の変異株の流行や、日本入国時の検疫措置が、自宅や宿泊施設での一定期間の待機を含む厳格な内容であったことなどもあり、海外旅行をするにはハードルが高い状況が続いた。終わってみれば、2021年の日本人出国者数は51万人であり、前年からのさらなる減少を記録した。
 2022年に入ると、オミクロン株の流行はあったものの、入国制限や検疫措置を緩和する国・地域が多く見られるようになった。我が国においても段階的に入国時の検疫措置が緩和され、2022年10月11日以降はCOVID‐19のワクチン接種(3回)または出国前72時間以内の陰性証明があればという条件付きだが、2019年以前に近い状態に戻った。旅行会社も海外パッケージ・ツアーの販売を再開するようになり、海外旅行市場はようやく回復の動きを見せ始めたが、2022年の日本人出国者数が277万人と2020年の数値にも届いていないことからもわかるように、本格的な回復には至らなかった。
 2023年以降は、COVID‐19が海外旅行市場に与える影響はさらに小さくなってくることが見込まれるだろう。その一方で、円安や世界的な物価高に伴う海外旅行費用の高騰、国際情勢の不安定化といった要因が市場にマイナスの影響をもたらすことも予想できる。こうした状況の中、海外旅行市場の回復と成長には何が必要なのだろうか。本稿では、海外旅行市場の歴史的な側面に着目しながら、この問題について考えてみたい。

海外旅行市場の変遷

 1964年4月より、日本人は観光目的で自由に海外へ旅行ができるようになった。いわゆる海外渡航の自由化である。本節では、1964年を海外旅行市場のスタート地点として捉え、2010年代までの海外旅行市場の変遷について概観する。なお、参考資料として、1964年から2022年までの日本人出国者数の推移をまとめたグラフを図1に示す。このグラフを見ると、冒頭で述べた2020年以降の市場の変化がいかに大きかったのかについてもわかるだろう。

(1)1960年代

 1964年からの最初の6年間は、大きな成長を遂げた。1964年の日本人出国者数はおよそ13万人であったが、1960年代終盤には49万人を超え、3倍以上の伸びを記録した。とはいえ、1960年代半ばの総人口が1億人を超えていたことを踏まえれば、この時点において、海外旅行は限られた人しか経験していなかった活動で あったといえるだろう。
 1960年代におけるエポックメーキングな出来事としては、海外パッケージ・ツアーの誕生があげられる。
日本航空の「ジャルパック」や日本交 通公社の「ルック」といった、各社による様々なブランドのパッケージ・ツアーが販売されるようになり、海外旅行市場を活性化させることにつながった(トラベルジャーナル・ 2014)。

(2)1970年代

 1970年代は、1973年のオイルショックを契機とした足踏みはあったものの、総じて成長を続けた10年間であった。この時期の成長を支えた主な要因として、1970年のジャンボジェット機(ボーイング747)就航開始があげられる。航空座席数が大幅に増加したことにより、大量の旅行者の輸送が可能になったのである。また同時期には、大幅な割引が適用される航空運賃も発効した。こうした出来事を背景として、旅行会社は低価格のパッケージ・ツアーを販売し、多くの消費者がそれに参加するという動きが進んだと思われる。
 さらに1978年には新東京国際空港(現:成田国際空港)が開港し、航空路線と座席供給量が増大した(福本・ 2021)。1970年代は、供給力の増大化が相次いで起こった中、消費者の需要も旺盛であったことによって、海外旅行の大衆化が進んだ時期と 見ることができる。

(3)1980年代

 1980年代の前半は、第2次オイルショックの影響を受けた低成長状態が見られたものの、後半には大きな成長を遂げた。先に述べた通り、1970年代から海外旅行の低価格化は進んでいたが、1980年代も価格競争が進んだ(トラベルジャーナル・2014)。海外格安航空券を中心に扱うインターナショナルツアーズ(現在のエイチ・アイ・エス)が設立されたのも、1980年である。
 1980年代後半には、円高などもあり海外旅行ブームが起こった。
1987年には、当時の運輸省が「テンミリオン計画(海外旅行倍増計画)」と呼ばれる、年間の海外旅行者数を1000万人に増やすことを目標とした計画を発表した。1980年代後半は、社会全体に海外旅行市場への追い風が吹いていたといえるだろう。

(4)1990年代

 1990年代の前半は、湾岸戦争やバブル崩壊が起こったものの、市場は順調な成長を続けた。しかし、1996年以降は足踏みと後退の局面となった。
1997年以降は、景気後退の影響が消費者にレジャー消費の抑制をもたらした(トラベルジャーナル・2004)。
翌年の1998年以降は、旅行会社の廃業や倒産も相次いだ。
 もっとも、暗い話題ばかりだったわけではなく、1990年代後半は後の時代にも大きな影響を与えるイノベーションが起こった。具体的にはインターネットの普及により、パッケージ・ツアーや航空券、宿泊施設のオンライン販売が行われるようになった。また、消費者もインターネット上にクチコミを発信できるようになり、情報発信者としての消費者の役割が増大した。

(5)2000年代

 2000年代は、米国の同時多発テロ、イラク戦争、SARS、リーマン・ショック、新型インフルエンザと市場にマイナスの影響を及ぼす出来事が相次いで起こったこともあり、低迷が続いた10年となった。特にイラク戦争とSARSが起こった2003年の日本人出国者数は、前年比で約20%減という、それまでで過去最大の下げ幅を記録した。
 この頃になると海外旅行経験者は多く、1960年代のように限られた人しか経験しない活動ではなくなっていた。すなわち、海外旅行市場は成熟化の様相を強めていた。こうした状況下で消費者のニーズは多様化しており、各企業はそれに応えるため多様な商品展開を行った(福本・2021)。またオンライン販売が一層普及したことにより、オンライン・トラベル・エージェント(OTA)各社が存在感を見せるようになり、個人旅行(FIT)化が一層進んだのもこの時代であった(福本・2021)。

(6)2010年代

 2010年代は、アップダウンを繰り返した10年間であった。前半は円高を追い風として日本人出国者数は増加を続け、2012年にはそれまでで最多となる1849万人を記録した。しかし、翌年以降は円安や消費増税を背景として2015年まで減少傾向をたどった。2016年以降は反転し、本稿の冒頭で述べた通り、2019年には過去最高の2008万人の出国者数を記録した。
 2016年以降、海外旅行市場が成長した要因としては、景気の安定、格安航空会社(LCC)を含めた航空路線の充実化や、若年層の旅行者数増加があげられる(小坂・2020)。航空路線の件について補足すると、充実化の背景には、訪日外国人旅行(インバウンド)の増加がある。つまり2010年代後半には、インバウンドとアウトバウンド(日本人海外旅行)の双方を増加させようとする、ツーウェイ・ツーリズムの進展が見られたことになる。
 ここまで、各年代の海外旅行市場の概況を整理してきた。どの年代も、現代に対する示唆に富む動きを見せていると思われる。そうした中、本稿では、筆者がこれまで重点的に研究してきた1960年代の海外旅行市場について、少し深堀してみたい。

1960年代の消費者意識から見えてくること

 筆者は以前、1960年代の海外旅行市場における消費者の意識を調べる研究を行った。具体的には、1967年に内閣官房広報室が実施した「国民の海外旅行に関する世論調査」という、半ば埋もれていた国の世論調査データを発掘して詳細な分析を行ったのである。本稿では、研究成果をまとめた論文(外山・2022)の中から、一部を抜粋して紹介する。
 まず、世論調査の概要を表1に示す。この調査は、1万6000人以上の回答を収集した大規模なものであったことがわかる。調査内では、海外旅行に関する質問がいくつか行われていたのだが、その中の一つに、「海外旅行で見て来たいもの」を尋ねた複数選択式の質問があった。なお、この質問は、海外旅行の実施意向が強い人のみが回答していた。選択肢を見ると、食事や買い物といった、現代のこの種のアンケート調査では必ず聞かれると思われる選択肢が入っていないことに留意する必要はあるものの、男女別に回答結果を分析すると、興味深いことが見えてきた。
 男女別の集計結果をまとめたグラフを、図2に示す。ほとんどの選択肢において、男女で選択割合が異なることがわかる。この中で、本稿では「産業、社会制度、教育制度などの実情」と「自分の職業に関係の深いこと」の2つに注目する。これらは、男性の選択割合が女性よりも高く、統計的な有意差も確認されている。こうした結果が生じたのは、当時の男性は仕事が生活の中心となっており、社会や職業と海外旅行を関連づける傾向があったためであると推察される。筆者は、ここに今後の海外旅行市場を読み解く鍵があると考えている。

 消費者行動研究では、ある商品の購買確率を高める要因として、消費者の「関与」があることが知られている。関与とは、「消費者にとっての商品や購買に対する関心やこだわり、および重要性の程度」(西村・2009/P58)のことを指す概念であり、ある商品への関与が高くなるほど、購買が促進される傾向にある。したがって、海外旅行市場を活性化させるための方策の一つとして、消費者の海外旅行に対する関与を高めることを提案できる。ここで重要となってくるのは、どうやって海外旅行への関与を高めるのかということである。
 これまでの研究知見に基づくと、消費者の関与は、ある商品が提供する機能的な結果と、自分自身の生活にとっての重要な価値の実現と強く結びつく際に高くなるとされている(青木・2004)。海外旅行に置き換えてみると、海外旅行によって体験できる美しい景色、美味しい食事などが、それぞれの消費者の生活にとって重要な価値を実現する手段になる場合、海外旅行への関与は高くなるということになる。
 上記を念頭に置きつつ、先ほどの調査結果を見返してみると、1960年代には、海外旅行と、自分が社会人として成功するという価値が強く結びついていたことで、海外旅行への関与が高まり、その結果として海外旅行実施への強い意向を持っていた男性が一定程度存在していた構図が浮かび上がる。これを踏まえると、現代の消費者に対しても、海外旅行を行うことがその人のより良い生活に対してどのように結びつくのかを明確に認識してもらうことで、海外旅行への関与が高まり市場が成長することにつながってくると思われる。
 先に述べた通り、我が国の海外旅行市場は成熟化の状態に至って久しく、海外旅行自体の経験者は多い。そうした人々は、すでに海外旅行に関する知識はある程度持っているはずなので、その知識を少しアップデートしてもらうことが課題となってくるだろう。

〈参考文献〉
○青木幸弘(2004)…製品関与とブランド・コミットメント~構成概念の再検討と課題整理~、
マーケティングジャーナル、23(4)、25-51.
○福本賢太(2021)…海外旅行ビジネスの変遷、
小林弘二・廣岡裕一(編著)改訂版 変化する旅行ビジネス-個性化時代の観光をになうハブ産業-、
113-133、文理閣.
○小坂典子(2020)…日本人の海外旅行、公益財団法人日本交通公社(編) 旅行年報2020、41-60、
公益財団法人日本交通公社.
○西村幸子(2009)…「消費者関与」概念による旅行者行動の理解に向けて、同志社商学、61(3)、57-69.
○外山昌樹(2022)…1960年代の海外旅行市場における消費者の意識, 観光研究、34(特集号)、49-57.
○トラベルジャーナル(2004)… 海外旅行40年の軌跡 “高嶺の花”から2000万人時代へ、
週刊トラベルジャーナル2004年9月27日臨時増刊号、8-16.
○トラベルジャーナル(2014)…次の半世紀へ 伝えたい海外旅行ビジネス史 PART1 足跡、
週刊トラベルジャーナル2014年6月16日号、24-43.

外山昌樹(とやま・まさき)
○1984年北海道生まれ。筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。公益財団法人日本交通公社、淑徳大学を経て2023年4月より現職。専門は観光マーケティング、消費者行動論。