海外旅行の復活と 観光市場の展望

公益財団法人日本交通公社
理事・観光研究部長・旅の図書館長
山田雄一

回復が遅い海外旅行

 日本に視座を置き観光市場を展望すると、発地が国内か海外か、着地が国内か海外かという2つの軸で4領域に区分することが出来る。
 このうち、COVID‐19がもたらしたコロナ禍、パンデミック(以下、『パンデミック』)中、政府によってGoToトラベルや(全国)旅行支援によって需要の底上げがなされたのは「国内旅行」のみとなる。この取り組みもあり、緊急事態宣言中を除けば、パンデミック下においても、一定の国内旅行需要は動くこととなった。
 他方、訪日旅行と海外旅行については、検疫の強化によって、事実上、観光での旅行は不可能となりほぼゼロとなり、2022年の春から海外旅行が、秋から個人での訪日旅行が実施可能となっていった。これを受け、訪日旅行については、順調に回復してきている。また、日本以外の国から国への国際旅行は、欧米を中心に2022年には活発に行われるようになってきている。
 すなわち、この4領域のうち、海外旅行だけが回復が遅いということになる。
 訪日旅行については、インバウンド大国であった中国が十分に回復していないという状況のため、アジア圏への旅行需要が日本へ集中しているという側面もあるが、訪日旅行よりも半年早く渡航制限が緩和されたことを考えれば、海外旅行の戻りが遅いことは事実だろう。
 この問題への対応策について考えいこうというのが、本号の目的である。

経済成長とライフスタイルが形成してきた海外旅行

 特集1で整理したように、我が国の海外旅行は、我が国の経済成長と足並みを揃えるように成長した。20世紀後半、我が国の海外市場が急増したことは、国際的な学術分野でも注目され、複数の研究がなされたが、それらの多くは海外旅行市場と日本の経済成長の関係を指摘するものであった。すなわち、日本経済が高度成長によって急成長したことで、海外旅行も増えていったということになる。
 需要が増えた背景には、その需要を支える航空路線、海外での宿泊サービス、そして、旅行会社の存在もあった。
日本航空はジャンボジェットと呼ばれたボーイング747を113機保有し、世界の主要都市やリゾートに日本資本のホテルができ、旅行会社から、これらを繋ぐパッケージ旅行が多く展開されたためである。
 すなわち、経済成長によって日本人が資金力を持ち、その余暇の方向が海外旅行へと向かい、その動きを捉えた関連事業者が投資を行ったことで、さらに需要が増大していったということである。これは、今日のアジア圏からの訪日旅行と同様の構造にあるが、日本では、半世紀ほど前に起きていたということだ。
 高度成長、バブル経済を経て、日本の海外旅行市場は拡大し、バブル経済の崩壊、失われた〇〇年と呼ばれる時代の中でも市場規模は横ばいで推移してきた。同期間、国内旅行は大きく減少していたことを考えれば、海外旅行に対する需要は強固なものであった。
これは、人々のライフスタイルに海外旅行という「習慣」が根付き、経済要因を超え需要が継続したことを示している。実際、過去の同時多発テロや新型インフルエンザでも、減少幅は限定的で、回復も早かった。
 しかしながら、今回のパンデミックにおいては、大きく回復が遅れる状況となっている。

復活を阻む壁

 特集2で整理したように、こうした状況の中で、日本の海外旅行市場を立ち上げ、維持してきた事業者は、海外旅行の再起動に向けた取り組みを開始している。
 事業者によって、その取組の内容、切り口、姿勢を変えながら海外旅行の再起動に取り組んでいるが、いずれも需要の戻りが遅いことを指摘している。これは、パンデミックの収束にタイミングを合わせるように世界的にインフレが進み、同時に、円安も進んだために日本人にとって海外旅行が非常に高価となったことが大きいとされる。しかしながら、日本を含むアジア圏は、国際的にみてマスク装着率が高く、渡航制限の緩和も遅れる傾向にあることを考えれば、経済要因だけではないと考えることも出来る。実際、団体旅行の戻りは個人旅行に比して遅い傾向にある。これは、国内においても同様であり、修学旅行は戻ってきたものの、一般団体の旅行が遅れていることが指摘されている。すなわち、「集団」での動きを避ける傾向が強い。
 また、航空会社が指摘するように業務需要の戻りは、予想より早い傾向にある。パンデミック中、オンライン会議が日常化したことにより、時間と費用のかかる対面会議は減少するのではないかという推測もあったにも関わらずである。
 これは、海外旅行の戻りが遅いのは、経済的な要因だけでなくパンデミック中に拡がった「ニューノーマル」が、人々の考え方や行動に、未だ残っており、それが障害となっていることがうかがえる。

限定される再開セグメント

 こうした状況をふまえ、特集4では、パンデミック前に海外旅行習慣を持っていた人々を対象とした市場調査を実施した。我が国にとっての海外旅行市場は「やっている人が継続的にやっている」ことで支えられている市場であり、新規参入者は乏しいため、パンデミック前の市場が、そのまま、パンデミック後の市場形成の核となるからだ。
 この調査でわかったことは、パンデミック後に海外旅行の再開に動き出した人々は、パンデミック中にも(国内)旅行を高頻度で実施していたということだ。業務都合もあり筆者は、パンデミック中、かなり移動していた方であるが、スーツケースを持って通勤電車に乗ると白眼視されるような雰囲気があった。また、観光地側においても、必ずしも旅行者の来訪を歓迎するムー
ドではなく、なんとなく緊張感が張り詰めていたように記憶している。
 既に海外旅行再開に向けて動いている人々は、当時の日本社会が、そうした雰囲気であったにも関わらず、旅行を継続していたことになる。もちろん、パンデミック中であっても、ニューノーマルを徹底した旅行は可能であり、彼らは、そうした旅行を行っていたのだと思うが、重要なことは、敢えてこのタイミングで旅行しようと彼らが思った意思の存在であろう。
 同じく特集4で整理しているように、彼らの多くは、幼少期から旅行を頻繁に行っており、高い経験値を有している。そのため、旅行は、彼らにとって余暇ではなくライフスタイルの一つとなっていると考えられる。そのため、渡航制限が緩和されたことで、当然のように海外に出かけるようになっているのだろう。パンデミック中でも旅行に出ていた彼らにとって、海外であろうとパンデミック後の世界を避ける理由は無い。
 なお、海外旅行が戻らない原因として指摘されがちな、価格の高騰についても、本調査では必ずしも本質的ではないという結果が得られている。確かに、経済的な負担は大きくなるが、旅行したいと思う「意思」の方が重要であり、その意思があれば、費用負担を下げる方法は選択できるからだ。もちろん、LCCの再就航など、価格を低下させていく取り組みは需要喚起において重要ではあるが、経験に基づいた「意思」が大きな影響を持つと考えるべきだろう。
 その視点で注意したいのは、パンデミック前には海外旅行していたのに海外旅行再開に向けて動いていない人々である。彼らは、海外旅行市場を構成する重要なセグメントであるが、パンデミック中の旅行頻度も低く、また、幼少期の海外旅行経験も低い傾向にある。そのため、旅行のライフスタイルへの組み込み度合いが低く、パンデミックのような外的な環境変化が、自身の旅行意欲にも強く影響したことがうかがえる。「意思」が重要であるということを考えれば、国内旅行ですら低下してしまった彼らの旅行意欲を、海外旅行に向けて高めていくということは、容易ではないと考えることが妥当である。
 このことは、海外旅行市場の回復には、相応の時間がかかるということにもなる。

パンデミック期間に生じた「観光」の変化

 もう一つ、留意しておきたいのは旅行先も変化しているということである。パンデミック前、日本を含め人気の旅行先の多くはオーバーツーリズム問題が顕在化していた。しかしながら、「行きたい」と思っている人々の想いは、大きなうねりとなって地域に押し寄せており、それを制御することは難しく、現状に流されていたというのが実情だろう。
 しかしながら、パンデミックによって、その流れは完全に停止した。この時間は、地域住民が、改めて「自分たちの地域にとっての観光とはなんだろう」と考える機会ともなった。
 パンデミック中、欧州ではサステナブル・ツーリズムがメインストリームに入ってくるようになった。これは、環境対策、特にカーボン対策が欧州全体での社会的課題となったことと無関係ではないが、パンデミックを経て、短期的な経済効果だけではなく、中長期的な持続性、レジリエンスに注目が高まってきている。
 また、特集3で整理したように日本にとってシンボルとも言える海外旅行先であるハワイ州においても、大きな変化がおきている。欧州のサステナブル・ツーリズムは、どちらかと言えば、顧客を含む社会全体の意識が環境志向に変わってきたことを踏まえ、それに沿った動きであるが、ハワイ州の場合は、ハワイの人々が考える「あるべき観光」の方向に、観光客にも対応してもらおうというものになっている。

 中長期的な視点で地域を考えるということは、サステナブル・ツーリズムと同様であるが、起点が住民であるという点は、今後の海外旅行市場を考える上で重要となるだろう。なぜなら、これまでは「お客様」としてもてなされるのが当然であったが、これからは着地の文化やルールに合わせた行動を取らなければ歓迎されないということにもなるからだ。
 海外は、もともと、日本とは文化や価値観が異なる部分が多い。そのギャップが、海外旅行の魅力の一つであるわけだが、今後は「旅行者だから」といって許されない社会へと変わっていくことになるだろう。
 これは、社会的なルールを遵守しない訪日客に対する国内の世論を見ても、納得できる流れであると思う。
 しかしながら、では、日本の海外旅行者の意識や行動はアップデートされているのかというと、不安もある。特集4で行った調査において、海外旅行時のESG系行動を意欲も尋ねたところ、地域の特産品購入や貢献できる体験アクティビティといった、自身の楽しさに繋がる項目は相対的に高めとなったが、その他は、全般的に低い傾向にあるからだ。特に、価格(費用負担)が高くなる行動(例:協力金)や、負荷を主体的に低める行動(例:ゴミ削減、時間変更)などに対する意欲は低めである。
 ハワイ州では、日本人マーケットの復活に期待しているが、それは経済効果だけでなく、日本人がハワイ州に対して敬意をもち、節度のある行動を取ってくれるであろうという期待があるからだ。海外旅行市場の復活においては、こうした旅行先における「期待」についても注視し、その期待に応えていくことができるように意識や行動をアップデートしていくことが必要となるだろう。

海外旅行市場復活の難しさ

 以上見てきたように、海外旅行の復活が遅れているのは、パンデミック中に行動を変容させ、旅行から遠ざかってしまった人々の存在がある。もともと、限られた人々によって支えられてきた市場であるため、特定のセグメントが抜けてしまうと、その量的な回復が難しい状況にある。
 各事業者は、こうした市場動向を踏まえた対応となるため、積極的な展開が難しい状況にある。例えば、航空会社は、需要を見込める範囲内で航空便を復活させていくことになるし、機材の大きさも調整していくことになる。
さらに、提供されてきた座席も、現状、訪日市場が活況であるため、そちらで専有される傾向にあり、日本人の海外旅行用に獲得できる座席数は限定され、価格も上がることになる。

 こうなると旅行会社も、積極的に商品造成することが難しくなり、大規模なプロモーションの展開もできない。
さらに言えば、社内での人員や費用を傾斜配分すべきかどうかの判断にも悩んでいるというのが実情だろう。
 その結果、渡航制限は緩和されたものの国内において海外旅行に関する情報流通も減り、人々の関心も低位に留まってしまっている。例えば、グーグルを使って旅行分野における「ハワイ」の検索量推移を見てみると、パンデミック前の⅓〜¼に落ち込んでしまい、ほとんど回復していない状況にある。なお、この数値は、特集4での「行きたいと思っており、具体的に予定・検討している」比率と、ほぼ同様である。
従前の3割程度しか、海外旅行再開への具体的な行動を移している人々は居ないというのが現状だろう。
 シンボリックな海外旅行先であるハワイですら、未だ、こうした状況であることは海外旅行市場の復活ハードルが高いことを示しており、同時に、その突破口を見出しにくいというのが実情である。

海外旅行市場復活の重要性

 冒頭で示したように旅行市場は4つに区分できるが、筆者は、この4市場は相互に関係していると考えている。
 海外旅行実践者が、パンデミック中に国内旅行を実施したことは一例であるが、訪日旅行も国内旅行に影響しうる。訪日旅行者が増えれば、観光地や施設に対する投資が増え、その恩恵を国内客も得ることが出来るからだ。また、訪日旅行と海外旅行は、同じ航空路線を共有するものであるから、双方の動態によってパイプの太さは左右されることになる。さらに我が国には関係なさそうな国際旅行についても、その動態は訪日旅行や海外旅行にも影響してくることになる。例えば、急回復してきている訪日旅行は、インバウンド大国である中国が、まだちゃんと開国していないということと無縁ではない。パンデミック後にアジア文化に触れたい人々にとって、日本くらいしか選べない状況になっているからだ。また、かつて日本人が多く訪れていたグアムは、主たる客層が韓国へと変わり、パンデミック前では日本からの直行便も限定される状況となっていた。第3国間の旅行も、日本発着の旅行に影響するということだ。
 そうした中で、日本からの海外旅行の回復が大きく遅れていくことになることによって想定される問題は2つ。
 1つは、グアムのように、日本人受け入れの体制が崩壊してしまい、日本人の海外旅行、特に人気の観光リゾート地への旅行が難しくなるということだ。パンデミックからの回復を図るため、世界中の観光資本は「顧客」を求めている。その状況において、実需につながらない市場のためにチャンネルを用意しておくことは難しいだろう。
その結果、将来的に、日本人が海外旅行を再開したいと思っても、行きにくい状況となり、さらに市場が縮小していってしまうことが想定できる。
 もう1つは、国内を含めた観光文化の衰退である。必ずしも、海外旅行は国内旅行の上位にあるものではないが、大きく異なる文化、社会、環境に触れる海外旅行は、観光活動の中でも特別なものであり、その経験は、国内においても様々な形で拡がっていくものである。特に、訪日客が増大している現状において、高い経験値を持った日本人の存在は、しっかりとした相互交流の実現に有効だろう。

最後に

 海外旅行は、日本国内への経済効果が限定的であるために、軽視されがちであるが、世界と繋がっていくためには訪日旅行だけでなく、海外旅行もしっかりと隆盛させていくことが重要である。
 しかしながら、ここまで見てきたように、海外旅行市場は、自然に回復していくとは言い難い状況にある。この流れを変えていくには、海外旅行の復活に向け、大きな社会的なムーブメントを起こしていく必要があるだろう。
それは、再度、海外旅行をライフスタイルに組み込む人々を増やしていくということになる。
 4つの市場はつながっており、海外旅行市場を確立することが、国内旅行や訪日旅行にも影響していくということを関係者で認識し、中長期的な視点で市場形成に取り組んでいくことを期待したい。