わたしの1冊 第20回
『日常の奇跡』
―安藤誠の世界―

安藤 誠/著
(どう出版 2020年)

鶴雅ホールディングス株式会社 
代表取締役社長
大西雅之

 著者の安藤誠氏はヒグマのような人である。表紙の熊のように大きくて、つぶらな瞳もよく似ている。釧路湿原近くの鶴居村にお住まいだが、年に二ヶ月間はアラスカで活動する世界的なネイチャーガイドである。しばらくご無沙汰していると、無性に声が聞きたくなる。おそらく、氏の暖かく奥深い人間性が人を惹きつけてやまないのだろう。多くの熱烈なファンを持つお宿ヒッコリーウィンドの経営者、スワロフスキー公認のプロガイド、WPYやNBPなど世界のカメラマンが憧れる写真コンテストで入賞を重ねるネイチャー写真家、プロとしても活動したミュージシャン、全国で講演活動を行う教育者。この『日常の奇跡』の中には、様々な顔を持ちながら、自らに妥協を許さず、本質を突き詰めていく求道者のような生き方が率直に語られている。氏の生き様は正に「Life as guide」であり、到達点として目指す「人を幸せにするガイド」に全てが繋がっていると感じた。
 アイヌ民族にとっての熊はキムン・カムイと呼ばれる位の高い熊神様である。天上界から熊の姿をかりて人間界に降臨される。氏の中にも熊神様がいるのではないかと想像してしまう。1.5mの至近距離まで成熊に近づく撮影など、奇跡の写真や体験が幾度も登場する。
 2013年に、私も氏が造る「アラスカの旅」を体験できた。太陽の黒点活動は10年おきにピークを迎えると教えられ、絶好のタイミングでオーロラツアーをお願いした。幸運にも、と書くと怒られるだろう。一般ツアーでは出来ない体験を目指している氏はラッキーという言葉を嫌う。しかし、3/4の確率で極北に舞い上がる光と音(確かに聴こえた)の神秘に包まれ、特に三日目は全天で爆発するオーロラの炎舞に圧倒されたことは、やはり氏がたぐり寄せてくれた幸運であったと心から感謝している。
 私も宿の経営をしているが、氏の信条である「その瞬間にしか体験できない本物を提供する」は衝撃である。北海道フードマイスターの奥様が作る365日毎日違う「旬の手料理」、盛り付ける器は夫妻が全国の作家達との交流で収集した一つ一つに思い入れのある陶器類。お客様の波長に合わせた100人100通りのガイド、お客様にレンタルする双眼鏡は弱い光でも鮮やかな野鳥の姿を見せるため30万円もする世界のスワロフスキー製、多くのコンテスト入選作が並ぶフォトギャラリー、自らも演奏する音楽コンサート、そしてお宿の柱もドアの取っ手も本物を海外から調達し、魂を入れるために全て自分で建ててしまうなど、別世界のお宿である。私たちが日頃簡単に使っている「おもてなし」という言葉がどこか色褪せてしまう圧倒的なホスピタリティである。
 氏は、コロナ禍についても前向きに捉えている。コロナは中途半端な在り方をあぶり出すフィルターであり、真剣に自分と向き合う気づきを与えてくれる。中途半端な付き合いの店や友人関係は全部清算されることになると。胸にずしりと響く。
 最後に、あとがきにある著者からの贈り物で紹介を終わりたいと思う。
「日常の奇跡に気づいたなら、それは毎日やってくる。」

 


大西雅之
(おおにし・まさゆき)
鶴雅ホールディングス株式会社代表取締役社長。東京大学経済学部卒業後、三井信託銀行を経て株式会社阿寒グランドホテル入社、1989年代表取締役社長。2016年から現職。ほか公職として社団法人北海道観光振興機構副会長、日本旅館協会北海道支部連合会会長(本部副会長)、NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構理事長、アイヌ政策推進会議委員、北海道経済連合会副会長など。観光庁選定の「観光カリスマ百選」のひとり。