②…❻ ホテルステイ〜旅行形態としての再認識につながった「非日常」の演出
菅野正洋(総務部・企画創発課長)
1.はじめに
コロナ禍の中、主に都市部において自宅近くの宿泊施設、主にホテルでの滞在そのものを目的とする旅行スタイルに関心が高まっている。本稿ではこの旅行スタイルを「ホテルステイ」として着目し、その動向を整理する。
2.コロナ禍における「ホテルステイ」への関心の高まり
ホテルステイについては、2020年8月にはエクスペディアがサイト内にホテルステイに適した宿泊施設を紹介する「気軽に旅へ」ページを開設したり、同年12月には各種情報誌で「今こそホテルへ」「東京に泊まろう」などと題する特集が組まれたりするなど、コロナ禍における新しい旅行のスタイルとして関心が高まっている様子が伺える。
当財団で実施している「JTBF旅行意識調査」では、「今後1〜2年の間に行ってみたいと思う旅行のタイプ」を調査項目として設定している。その選択肢の一つ「ホテルステイ」(=ホテルや旅館内での滞在そのものを主目的とした旅行)が選択される割合について2019年から2020年にかけての推移を見てみると、2019年5月に実施した調査では8.8%であったものが、2020年11月に実施した調査では12.3%と有意な差を示している(図1)。
一方、2020年5月に実施した調査では9.8%となっており、2019年5月と比較して若干増加しているものの、その差は有意なものではなかった。このことからは、2020年5月から11月にかけた期間において、Gotoトラベルキャンペーンにも後押しされ、ホテルステイに対する関心が喚起されたことが示唆される。
3.「ホテルステイ」に対応した事業者の取り組み
前述のような関心の高まりに対応し、都市部におけるホテルでは「ホテルステイ」に対応した取り組みが見られる(P34表1)。
なお、本稿で着目する「ホテルステイ」に関連する用語として「ステイケーション」がある。「ステイケーション(Staycation)」はステイ(Stay)とバケーション(Vacation)からなる造語であり、「伝統的な休暇を取得する状況の替わりに自宅もしくは自宅近くで過ごす休暇」(Wixon,2009)、あるいは「観光地への旅行の替わりに自宅に滞在し地域の博物館などの施設を探索したり、都市ホテルに滞在したり、あるいは自宅近くの地方を探索すること」(Vackova,2009)などと定義されている。
前述の定義からは、「ステイケーション」は周辺観光も含み、「ホテルステイ」を包含する、やや広い概念であるとも言えるが、両者がほぼ同義の用語として使用されている様子も伺える。
4.さらなる定着のために
ここでは、事例を踏まえて、ホテルステイの市場としてのさらなる定着のためのいくつかの視点を述べてみたい。
①「非日常」の積極的な提案
取り組み事例からは、「眼下の庭園に広がる雲海を楽しむ」「スカイツリーの眺望+重箱に詰めた会席・フランス料理を楽しむ」「家族型ロボットと過ごす」など、「非日常」を演出する様々な工夫を講じている様子が伺える。「普段は泊まることがない近場の宿泊施設(ホテル)にあえて泊まる」という時点で、既に「非日常」ではあるわけだが、その中でも、「自宅ではできない体験」を付加価値として提案することで、宿泊の動機づけとなるだろう。
② 地域と連携した消費機会の創出
ホテルステイはその性質上、消費が宿泊施設内に限定される傾向がある。ただ、ホテルステイをベースとしつつも、施設単体の取り組みとするのではなく地域とも連携することで、地域への経済効果波及はもちろん、相互の消費機会の拡大につなげることができるだろう。
例えば、地域全体で十分に感染防止対策を講じることが前提となるが、「地域での飲食やアクティビティへ誘導するような施設内での情報発信」、あるいは逆に「地域の飲食やアクティビティの施設内への「出前」といった取り組みを行うことなども考えられる。
③ 交通手段も含めた感染防止対策のアピール
取り組み事例からは、「都内へタクシーで「お送り」もしくは「お迎え」」「マイカー利用者のために駐車場料金を無料」など、ホテルへの移動も含めたプランとしている例が見られる。
当財団が2020年5月に実施した旅行意識調査の結果から、「公衆衛生の徹底」や「密の回避」といった取り組みは、旅行者が今後旅行先を選ぶ際のいわば「必要条件」となることが示唆されている。そのような中では、施設での滞在中のみならず、その行き帰りの交通機関も含めて「公衆衛生の徹底」や「密の回避」の方策を講じ、それを組み込んだプランとすることで、「旅行はしたいが感染リスクが心配」で出控えを行っている層にも訴求することができると思われる。
5.おわりに
コロナ禍の中、旅行市場が従前のような状況まで回復するには相応の時間が必要と思われる。そのような環境では、その中でも生まれる新たな旅行のスタイルや市場に着目し、積極的に取り込もうとする取り組みは必要かつ有効なものとなる。将来的にコロナ以前のような旅行がある程度可能な状態になったとしても、宿泊施設での滞在そのものを目的とする旅行のスタイルが「ホテルステイ」という一つの選択肢として認知され、選好されるようになることが求められる。そのためには、顧客が求めるニーズを取り込みながら、顕在化した市場を定着させていくことが求められていると言えるだろう。
(かんの・まさひろ)
現場からの声…❶ ホテル椿山荘東京
マーケティング課 チーフマネージャー
島村香子 氏
「ホテルステイ」市場向けの宿泊プランとして「都会のオアシスでおこもりステイ」プランを販売しています。
宿泊プランには、公共交通での「3密」を気にするお客様に対応し、行きか帰りのどちらかのタクシー利用(23区内のみ)か無料駐車場利用のいずれかを選べるオプションをつけています。
また、2020年10月からホテル内の庭園に霧を発生させて幻想的な空間を演出するイベント「東京雲海」をスタートしています。この状況の中で新たな投資を行うことに対して、社内から慎重な意見もありました。ただ、ステイホームが求められる風潮の中で、少しでも癒やしや非日常を提供したいと企画しました。秋口から開始しようということで2020年10月1日にスタートを設定したところ、ちょうどGotoトラベルキャンペーンに東京が加わるタイミングと重なり様々なメディアで取り上げて頂いています。
「おこもりステイ」は比較的若い年代含めて幅広い客層に利用されています。女性の1人利用も見られます。また少ないながら男性の1名利用もあります。ただ、なんといっても一番多いのは家族での利用です。通年夏場に実施していた家族旅行ができなくなり、その代替策として実施されているのではないかと考えています。首都圏の1都3県からの来訪が圧倒的に多く、さらにそのうち6〜7割が都内からの宿泊です。
チェックインからチェックアウトまで、時間を目一杯使う人が多いようです。それだけにチェックアウトの時間付近はフロントが混み合ってしまうので、混雑状況をアナウンスしたり、事前に手続きすることでルームキーを返すだけでチェックアウトできるようにしたり、といった対応をしています。
当ホテルのレストランではソーシャルディスタンスを保った座席配置としていますが、その上で、今回の「おこもりステイ」ではディナーは客室で召し上がっていただく形を取っています。当プランの反響はとても大きく、庭をじっくり散策するような人も増えたと感じます。コロナ以前は主に外国人向けに、せんべいの手焼き体験などの文化体験の紹介や、近隣の商店街の紹介、ジョギングマップの作成といったことを行っていました。現時点では施設の外に出たいという意向を持つお客様が少ないですが、コロナ以降は、ぜひご利用いただければと考えております。
「おこもりステイ」プランを利用されたお客様からは、「ステイホームや自粛で我慢している中で、非日常を味わえた」、「自宅から近いながら少し遠くに旅行に行った気分になれた」という声が聞かれています。
今回の「おこもりステイ」プランは、お客様それぞれのホテルの楽しみ方を見つけていただくきっかけになったのではないでしょうか。コロナ以降、あるいはGotoトラベルキャンペーン終了後も、こういったホテルステイを代替的な手段ではなく、あくまで一つの旅行の形として選んでもらえるように新たなプランを企画していきたいと思います(談)。
※取材日 2020年12月21日
現場からの声…❷ 浅草ビューホテル
宿泊販売部 宿泊課 宿泊予約担当
市川晋崇氏
営業部 販売促進・顧客管理マネージャー
佐藤真也氏
「ホテルステイ」市場向けの宿泊プランとして「おこもりステイ」プランを販売しています。2020年5〜6月ごろ、他県への移動が制限される中、ホテルとしてどのようなサービスを提供できるか条件を探る中、施設内で過ごしていただく「おこもり」というキーワードが浮上しました。
お客様に食事について安心感を持っていただくため、まず「客室内でルームサービス形式で食事を取る」というコンセプトを立てました。加えて、当ホテルの立地上の強みである「客室から東京スカイツリーの眺望を楽しめる」ことも、付加価値として組み込みました。
かねてより好評を頂いている施設内のレストランと、どれだけ同じ状態で食事を提供しうるかという点を重視し、まずは料理の温度管理がしやすい和食で商品化を行いました。
この宿泊プランのために独自に開発したメニューを8つの重におさめて提供します。料理が運ばれてくると、8つの重をテーブルの上に並べ、東京スカイツリーを背景にいわゆる「映える」写真を、何枚も角度を変えて撮影される様子がよく見られます。宿泊プランには駐車場の無料利用も付加していますが、公共交通での3密を避けたいというお客様に対しては、この点も訴求した要因であったかもしれません。
和食プランの販売開始は2020年7月ですが、好評を頂いたため、Gotoトラベルキャンペーンの発着対象地に東京都が追加されたタイミングに合わせて、2020年10月からはフランス料理を部屋で楽しめるプランも提供を開始しました。
当初、中高年のお客様のご利用を想定していました。ただ、Gotoトラベルキャンペーンの対象プランになったこともあり、想定より若い年代、30〜40代のご利用も多くなっています。1室2名を対象としたプランとなっており、夫婦、カップルといった男女のペアでのご利用が多いですが、女性同士で利用するケースも見られます。利用される方の7割が東京都内から、2割がその他関東圏、1割が関東圏以外という比率となっています。
お客様からは、料理が期待以上だったという声をいただきます。また、それに加えて東京スカイツリーの眺望を楽しめるということも評価を頂いているポイントです。
プランとしては今後も継続していく予定です。また、ご提供する食事についても新しいメニューを開発中であり、3月から提供を開始できるよう準備を進めています。当ホテルでは、今まで宿泊滞在そのものを楽しむというプランは持っていなかったのですが、今回のプランが好評を頂いたことによって、お客様に対する新しい価値を掘り起こせたのではと考えています。さらなる定着のためには、お客様が求めるものに合わせて常に内容をバージョンアップしていく必要があると考えているところです(談)。
※取材日 2021年1月8日
(参考)
エクスペディア「気軽に旅へ」
https://www.expedia.co.jp/gmp/16373
オズマガジン 2020年12月号「今こそホテルへ」
https://www.ozmall.co.jp/ozmagazine/article/26088/
metropolitana tokyo 2020年12月10日号「東京に泊まろう」
https://metropolitana.tokyo/ja/archive/metropolitana-dec2020
新型コロナウィルス感染症流行下の日本人旅行者の動向(その4)(12ページ)
https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2020/08/covid-19-japanese-tourists-4_JTBF20200730.pdf
Vačková, A. (2009). Future of tourism. New Economic Challenges, 481.
Wixon, M. (2009). The Great American staycation:
How to make a vacation at home fun for the whole family (and your wallet!). Simon and Schuster.
※本稿は当財団ウェブサイトで公開中の研究員コラム「「ステイケーション」を通して考えたこと Vol.435」の内容を加筆・再構成したものである。