②…❷ グランピング〜コロナ禍が、健康志向と自然志向に拍車をかけた
山田雄一(観光政策研究部長)

 2015年4月に発売が開始された「Apple Watch」は、その後、何度かのモデルチェンジを重ね、機能の方向性を利用者の健康増進へと向けながら、シェアを拡大していった。この成功を受け、他のメーカーも、健康管理機能を強化するようになり、健康管理は、大きなムーブメントとなっている。
 この背景には、人々、特にミレニアル世代と呼ばれる人々や高学歴層の健康意識の高まりがあるが、こうした意識は、自分自身を取り巻く環境にも広がり、環境問題への関心も高まりを見せている。
 必然的に、観光行動も、自身の健康や環境に配慮したものへと変わっていくことになる。中級以上のホテル、特に外資系ではスポーツ・ジムを備えるようになっているし、サイクリングや登山、フィッシングといったスポーツへの注目が高まり、90年代以降、低迷が続いていたスキー場にも人が戻るようになってきていた。このように、体を動かす、それも出来れば自然の中でという欲求の高まりは、着実に拡がりを見せてきていた。
 こうした大きな潮流の中で、生じたのがコロナ禍である。コロナ禍によって形成された「ニューノーマル」においては、3密を避けることが推奨された。そうした中、キャンプは、3密を避けることが出来、かつ、健康増進や自然志向にも対応出来る宿泊形態として注目を集めることとなり、多くのキャンプ場が賑わいを見せるようになった。
 ただ、キャンプを実施するには、テントを始めとした多くの用品が必要であり、食事の準備や寒暖への対応など、屋外活動ならではの経験が必要となる。関心があっても、誰でも出来る活動ではない。また、キャンプへの注目が高まったことで、キャンプ場が「密」になるという事態も発生し、家族や親しい知人と、ゆっくりとした休日を過ごしたいというニーズへは必ずしも対応出来なかった。
 特に、これまでバカンスを海外で過ごしていたような人々にとって、いきなり「キャンプを楽しむ」のは、高いハードルとなる。一方で、客室露天風呂を備えるような温泉旅館や、星を持つアッパー・ホテルは、しっかりとした感染症対策のもと、十分なサービスを受けられるものの、海外リゾートの代替としてはインパクトが弱く、また、健康志向や自然志向への対応力は弱いことは否めない。
 こうした需要の一部が向かったのが、グランピングと呼ばれる施設である。

「星のや富士」の成功が生んだ、2つの潮流

 グランピングは、グラマラス(Glamorous)なキャンプ(Camp)という意味で2015年頃から、用いられるようになった「新語」である。この「優雅なキャンプ」という意味のグランピングは、英語ではGlampingとなるが、Googleトレンドを見ると2010年頃から検索されるようになり、ジワジワと検索量を増大させ、コロナ禍での2020年夏は、大きく検索量を増大させている。アウトドア活動への関心は世界的に高まってきているが、特にコロナ禍においては「優雅」な体験への嗜好が一段と高まったことが解る。
「グランピング」は、2015年の夏頃から、関心を集めるようになっているが、これは、「星のや富士」の開業タイミングに重なる。開業にあたり、同社代表の星野佳路氏は複数のメディアに登場し、グランピング概念を提示し、その市場形成に取り組んだ。
 同社では、グランピングの定義を以下の4つとしている。
1・遊びをデザインできるフィールド
2・グランピングマスターが提案するアウトドア体験
3・屋外を感じることができる快適な客室
4・ワイルドライフ好きなシェフが演出する食事
 この定義に見られるように、同社ではグランピングを、キャンプの延長線として捉えているのではなく、ラグジュアリー・ホテルの一形態として捉えている。この概念は「より特別な経験をしてみたい」が「煩わしいことは避けたい」とする市場セグメントの人々の心を掴み、開業以来、高稼働を続けてきた。
 この「成功例」は、2つの流れを生み出していく。
 一つは、星野リゾートと同様に、リゾートホテルが、そのバリエーションの一つとして、グランピングに乗り出していくもの。もう一つは、伝統的なキャンプ事業者が、グランピングに展開していくものである。
 前者は、例えば、東急グループが運営する「東急リゾートタウン蓼科」に設置された「もりぐらし」が挙げられる。同エリアは1978年に別荘分譲が開始された「老舗」リゾートであり、敷地内には別荘、ホテル、タイムシェアホテルの他、ゴルフ場やスキー場も擁する総合リゾートとなっている。その施設内に2017年より「森をまもり、森とともに暮らす」をコンセプトにした新エリア「もりぐらし」を立ち上げた。同エリアでは、屋外での食事を楽しむことが出来る「グラマラスダイニング蓼科」を立ち上げた後、2019年には欧州スロベニアより輸入したテントヴィラでの滞在を楽しむことが出来る「THE CAMP」を開業し、グランピング事業へと乗り出した。既に多様な宿泊施設がある中で、「テント」での宿泊経験を追加したのは、まさしく市場の健康志向、自然志向に対応した取り組みであったと言えるだろう。
 後者の流れの代表格は、長野県白馬村の「FIELD SUITE HAKUBA」が挙げられる。同施設は、スキー場を運営する地元老舗企業「八方尾根開発」が、我が国を代表するアウトドア用品メーカー「スノーピーク」と連携し、2018年10月にプレ開業し、2019年より本格開業している。スノーピークは、他にも横須賀市観音崎、阿賀野市でグランピング施設を展開しているが、その中でもFIELD SUITEは最高ブランドとされる。同施設は、八方尾根の北尾根高原の標高1200mに位置し、ホテルはもちろん、キャンプサイトも存在しなかったエリアに、上質な滞在環境を生み出した。星のや富士やグラマラスダイニング蓼科と異なり、固定的な宿泊施設を持たず、上質とはいえテントのみで宿泊機能を提供している点で、伝統的なキャンプの発展版といえる。


 この他、既存のキャンプサイトにグランピング施設を併設する事例は多く見られるようになっている。また、2020年4月には、道の駅にグランピング施設を併設した「道の駅たかねざわ」が登場するなど、その概念は広がってきている。

2020年、人々が求めた旅行スタイル

 このように我が国のグランピングには、様々なバリエーションが存在するようになっているが、図1で示したように、コロナ禍の中で、総じて高い注目を集め、2019年夏に比して、2020年夏は、検索ボリュームを倍増させている。グランピングに対する注目は2015年以降、ジワジワと上昇してきてはいたが、2020年夏に、大きく伸長したことは、それだけコロナ禍で人々が求める旅行スタイルにマッチしたということを示している。


 各社へのヒアリングでも、まだ歴史の浅い施設であるため、経年的な変化を述べられる状況ではないとしつつも、2020年シーズンは、早い段階から注目を集め、高稼働、高単価で推移したことが指摘されている。星野リゾートや、東急のように、他の宿泊施設を擁する事業者では、一般的なホテルよりも、グランピング施設のほうが、注目が高く、客の戻りも早かったという指摘もあり、3密を避けることが出来、健康志向や自然志向にも沿ったグランピングが相対的に高い注目を集めたことが伺える。
 特に、星のや富士においては、コロナ禍の中でも高い感染症対策を展開しつつ、よりパーソナライズされた現地経験を充実させた。これによって、大きなシェアを占めていたインバウンド需要を喪失したにも関わらず、国内需要のみで、高い稼働率を維持することに成功した。気温が大きく下がる冬場になっても、高い稼働率を維持している。また、同リゾートは、泊食分離を標榜しているが、来訪した人々は、従前に比して、二食付きで利用する傾向が高く、また、現地での体験プログラム、エクスカーションに高い関心を持っていたことも指摘されている。これは、コロナ禍の中で、人々が、より安全で安心出来る環境を求めつつ、休暇中、自然の中で、心身を開放したいと考えたことが理由だろうとされる。ハネムーンを含む記念日旅行の利用も多かったという指摘もあり、同行者との大切な時間を、安心して、楽しく過ごす場所として、グランピングが支持されてきていることが伺える。

白馬+スノーピーク+アウトドア・ダイニング=ラグジュアリー・ホテルの新形態

 また、白馬のFIELD SUITEも、高稼働で2020年シーズンを終えている。本格開業2年目であるが、利用者は前年に比して約3倍に伸長。同施設は、白馬や、スノーピークといったアイコン的なネームバリューは持つものの、施設としての知名度は決して高いものではなかったが、コロナ禍が深まる6月に、トランベールやアゴラに、「ゼロ密リゾート」として広告を出稿。コロナ禍でも確保出来る快適な宿泊経験価値をアピールした。この取り組みが、海外旅行を諦めていた高所得者層の心を掴むことに繋がった。中には、東京よりヘリコプターをチャーターして来訪した顧客もいて、北尾根のロケーションとあわせ、国内にいながら海外旅行気分を味わえる場所として、評価されたものと思われる。利用者の多くは、アウトドア活動に対する経験値は低く、リフトに乗る(施設へのアクセスは、夏山リフトを利用する)のにも緊張する人々も多かった。そうした人々でも、自然を感じながら快適に過ごすことの出来るFIELD SUITEは高い評価を獲得し、それが口コミで広がり、さらなる集客に繋がったと考えられる。同施設は、グランピングの系統としては、キャンプの高級化と分類出来るが、顧客は、ラグジュアリー・ホテルの一形態と認識しているということであろう。そうしたイメージに繋がっているのは、同施設が注視している「食事」がある。同施設は、一泊三食の宿泊プランとなっているが、招聘したシェフが、高品質でわくわくするアウトドア・ダイニングの創造に取り組み、高い評価を得ることに成功したからだ。初めての体験に緊張気味だった来訪者が、夕食時になると、リラックスし、グランピングを楽しむ姿が印象的だったと、同社関係者は語っている。


 「食事」については、泊食分離をしている星のや富士においても、ジビエ料理を主体としたアウトドア・ダイニングを用意している。屋外のタープ下でありながら、高級レストランのような接遇を行いつつ、要所要所で、顧客自身が料理に参加することでキャンプ気分を味わうことが出来る仕掛けを設けている。また、冬季間はこたつに入りながら、ホットワインが楽しめる屋外バーも用意し、非日常的な体験を演出している。
 海外リゾートでは、例えば、サンドバンク(海上の砂州)上でディナーが楽しめるサンドバンク・ディナーや、雪でテーブルを造り食事を楽しむスノー・ランチなど、様々な「食」の機会が提供されている。我が国のグランピングでも、今後の発展が期待される。

ホテルクラスのサービスを屋外で。東急リゾート蓼科「もりぐらし」

 東急リゾートタウン蓼科の「もりぐらし」は、星のや富士やFIELD SUITEに比して「お手頃」なサービスとなっているが、2020年シーズンは、殆どプロモーション活動を行っていない。これは、コロナ禍に、緊縮的な予算編成で向かったためであるが、それにも関わらず、昨年までの伸び率を大きく上回る稼働率を確保し、単価も大きく伸長した。これは、「もりぐらし」の認知が進んできたこともあるが、東急グループによって、ホテルクラスのサービス水準を持ちながら、屋外(もり)で過ごすことが出来るというコンセプトが、顧客の心を掴んだためであると考えられる。利用の主体は、家族客、カップル、女性グループとなっており、子供や女性でも快適に利用出来る特性が反映されている。また、同施設の特徴の一つとして、県内からの利用者が多かったことがある。長野県では、コロナ禍において、県外への移動について自粛が要請されていたが、その中で、県民から、東急リゾートが運営する同施設への注目が高まり、旅行エージェントによるパッケージ旅行を利用した県民の利用が伸びたという。10月以降は、GoToトラベル・キャンペーンの東京解禁に合わせ、県外ナンバーも増えたとのことだが「もりぐらし」のコンセプトが、長野県民にも支持されたということは、コロナ禍の中で、健康志向、自然志向が、都市-地方という図式に関わらず強まっていることを示している。


 同施設は、ホテルや別荘が広がる敷地内にあるというのも一つの特徴となっている。「もりぐらし」の最初期は、ツリートレッキングが楽しめる「フォレスト・アドベンチャー」と、屋外でBBQが楽しめる「グラマラスダイニング」によって立ち上げられたが、ここにテント泊という選択肢が加わることで、テント泊に関心のなかった人々の関心を集めることにもなった。この動きは、コロナ禍において加速され、従来とは異なる新しい客層の獲得に繋がった。

この新しい体験は、日本の強みを活かせる

 これら施設の2020年シーズンの動向を見ていると、グランピングに対する需要は、コロナ禍によって創造されたのではなく、それ以前から徐々に作られてきていた健康志向/自然志向の流れが、コロナ禍をきっかけに爆発的に広がったと考えられる。海外では自然に溶け込むように作られたリゾートホテルや施設も多く作られるようになっており、大きなトレンドとなっている。冒頭で示したようにGlampingに対する関心は世界的に高まってきている。自然の中で快適に過ごすという概念は、今後とも、大きな潮流を形成していくことになるだろう。


 そうした潮流の中で、コロナ禍をきっかけに、国内のグランピング施設に焦点が当たったことの意味は大きい。高所得者層においては海外旅行の代替品という側面もあったが、より多くの人々にとっては、リゾートホテルや温泉旅館と並ぶ、新しい宿泊形態としての認知が進むことになったからだ。旅行や観光は「経験財」であり、経験をすることで認知し、次の経験へ繋がる足がかりとなる。「コロナ禍だから」という理由でグランピングを利用した人々も、その面白さを感じたら、彼ら自身の健康志向/自然志向を充足するような施設、サービスを今後も、嗜好するようになっていくだろう。東急リゾートタウン蓼科「もりぐらし」のように、県民客の需要喚起が出来たことも大きいだろう。これは、都市部のみならず、地方部の人々においても、快適に屋外で過ごすことに対するニーズがあることを示すものであったからだ。これは、事業者の立場から見れば、掘り起こしが出来る国内需要が各所にあることを示している。さらに、自然の中での滞在スタイルは、注目が高まっているアドベンチャー・ツーリズムやワーケーションなどとの親和性が高く、これらとの接続、さらなる概念拡大も期待出来る。これによって日本観光の厚みを増すことが出来れば、それはコロナ禍の中で生じた数少ない明るい材料ともなるだろう。
 もともと、日本は、四季が豊かであり、自然も多様性に富んでいる環境にある。グランピングのような快適な自然体験は、日本の強みを活かすことにもなるだろう。他方、グランピングに対する懸念もある。それは、あまりにバリエーションが多くなりすぎたことによって、玉石混交の状況も出てきていることにある。旧来からあるバンガローにBBQをセットするだけでグランピングと称するような施設は、その適例である。また、設備は立派であっても、事業者側にアウトドア活動の楽しさを伝えるソフトウェア、ノウハウが充足されていないために、単なる場所貸し、施設貸しとなっている施設も散見される。これでは、アウトドア活動の経験が乏しい人でも、快適さを保ちつつ、アウトドアでの楽しみを体験出来るというグランピングの価値を伝えることは難しい。
 星のや富士では、社内にグランピングマスターという職種を設け、アウトドア活動の楽しさを伝える取り組みを展開している。また、外部の事業者の協力も得ながら、季節に応じたアクティビティを随時開発している。グランピングと言っても、滞在スタイルは人によって、施設によって異なってくる。ポスト・コロナにおいてもグランピングを持続させていくには、自然を快適に楽しむノウハウを継続的に築き上げていくことが必要となるだろう。その意味では、市場からの注目が高まった2020年はグランピング元年ともなる年であったのかもしれない。
(やまだ・ゆういち)