視座 現場に学ぶ「持続可能な観光の本質」
公益財団法人日本交通公社 理事・観光地域研究部長 寺崎竜雄

 本誌の企画に着手した4月下旬は、新型コロナウイルス感染症の全国的なまん延を防ぐために、不要不急の外出や都道府県をまたいでの移動は避けるよう言われていた頃でした。ステイホームが叫ばれる厳しい状況のもと、(望ましい)観光振興の旗を振ろうとする『観光文化』は何をなすべきか、はたして何ができるのか。
 大型連休があけた頃から観光を何とかしようという気運が少しずつみられるようになり、一時は発行中止も頭をよぎった本誌の準備を再開。厳しい時間のなかで考えたことや学んだことを議論する場になるのではないか、記録を残す役割も重要、現場で奮闘する人たちと話がしたいという方向が見えてきました。その中で、強く意識したのは「現場」。現場の声から持続可能な観光の探究を試みたいと考えました。
 さて、ここまで通読いただいた方にとって以降は繰り返しになりますが、印象に残った発言を簡単に振り返ってみます。

 特集1の座談会は、コーディネートを北海道大学の愛甲哲也さんにお願いしました。索道を中心とした観光レクリエーション事業を経営するりんゆう観光の植田拓史さん、登山道整備・資源管理の実践者である岡崎哲三さん、知床で新たに設立したDMOでブランドデザインにも取り組む寺山元さんとともに、北海道の自然観光地の実情を議論する場になりました。
 寺山さんは、知床という町における観光の位置づけと役割を住民意識の視点から気にかけます。当初は「観光はこの土地に必要ない」という風向きになり、観光の意義が根底から揺らぐことを懸念した。ところが漁師や町民らの間で「寂しいね。来てもらいたいね。」という雰囲気になり、旅館やホテルが再オープンしたときにみんなの表情が明るくなったと振り返りました。
 植田さんは、コロナ禍での営業は「心の部分」に左右されたと言います。今後アウトドアの楽しみは価値があがりニーズも高まるので、少人数で高額となる仕掛けや場所づくりが必要だと見通します。一方で、一般的な観光サービス施設に対する考え方を山の世界にそのまま持ち込むことに懸念を示し、管理水準の強化を訴えます。野外活動における諸判断の経験がコロナ時代を生きるヒントになるという言葉が印象的です。
 岡崎さんも山岳観光では管理者不在による弊害は起きうるので、営業は自粛しても管理は自粛すべきでないと言い切ります。また、責任を人に転嫁せず、これが正しいと思って進んでいける人たちと連携して地域をつくっていきたい、山の登り方や自然との付き合い方を変えてやると意気込みを話しました。
 この座談会ではフィールド管理の議論に時間が割かれましたが、知床観光の課題であるヒグマ対策をとりあげ、自然の中ではリスクゼロにはできないこと、管理活動とはリスク情報の把握と情報公開、その上で選択肢を提示すること。クマはいなくならない、コロナウイルスもそうだとすると、ここに学ぶことがあると議論は進みました。これについて愛甲さんは、一連の管理活動の責任者が不明瞭なことが観光地管理の問題だと指摘しました。そして、今起きていること、学んだことの記録と検証の重要性にふれ、総括しました。

 特集2はDMOのキーマンとして現場対応にあたる井口智裕さん(雪国観光圏)、清永治慶さん(佐渡観光交流機構)、山田一誠さん(沖縄市観光物産振興協会)と、当財団観光政策研究部長の山田雄一によるオンライン・セミナー(ウェビナー)です。
 井口さんは旅館の経営者としての立場から、コロナ対策は旅館にとってコストなので、これ以上しなくて良いという線を業界で引くべきであり、やり過ぎないことも重要なテーマだと話します。一方で、これまで「非日常」だった国内旅行は「異日常」となり、地域の生活文化の体験、ふれ合い、学びの旅となる。コロナ禍は方向変革の好機だと語りました。
 清永さんは、地元でリスペクトされることがDMOには重要であり、とにかく寄り添うことが大切だと言います。コロナ禍により事業者に対するヘイトが発生し、次に起こりうる観光客に対するヘイトを懸念。事業者向けではなく「市民の皆様へ」と書いたコロナ対策の簡易マニュアルを作成しました。
 沖縄の山田さんは、コロナ禍においても観光の火を消さないように、さまざまなアイデアを駆使して発案した事業を披露しました。観光協会のミッションは地域の人を幸せにすることだが、まずは観光協会の職員が幸せであるべきだという語りが印象に残ります。
 コーディネート役の当財団の山田は、コロナ禍のリスク対応には唯一の正解はないので早めの危機認識と行動が重要だと言い、日本版DMOの機能や役割の見直しを課題に挙げました。
 DMOには足元をみつめること、行動すること、パラダイムの変わり目を見通すことが重要であることなどが、具体の事例とともに議論された場となりました。

 特集3は、当財団が事務局を担当する温泉まちづくり研究会の構成員の中から次代を担う若手らに参画いただき、コロナ禍をめぐる各温泉地、旅館経営の現状と課題を概観するものです。
 有馬温泉の當谷逸郎さんは、温泉地としては3月5割減、4月9割以上の減、6月中旬以降は少しずつ戻り始め、7月には予約がかなり入り始めた状況を解説しました。コロナ対応としてキッチンカーを飲食店に解放しテイクアウト販売を始めたところ町内の利用が多かったと振り返り、地元利用者とのつながりに注目したようです。
 黒川温泉の武田亮介さんは、湯めぐり用の入湯手形の利用は4月中旬から5月末まで中止し、6月から再開したものの、旅館の足並みが揃わない。8月の完全復活を目指すが、その前の7月から始まる県民向けの「観光商品券」の効果に期待を示します。
 進行を担当した当財団の福永香織は、コロナを経験したからこそ人と会うことや旅行に行くことの大切さをあらためて実感している消費者は多いと語り、宿として変えるべきこと、変えてはいけないことを引き出そうとしました。
 由布院温泉の冨永希一さんは、今まではインバウンドが増えすぎて少し異常だった。インバウンドをあてこんで外資が入り込み、町の風景、風情や風土、風習まで変わった。もう一度原点に戻るときだと話しました。
 鳥羽温泉の吉川好信さんもインバウンドが鍵を握るとし、復活までの間は常時満室を目指すのではなく、それとは異なる損益分岐点の発見と運営が重要だ。また、コロナ禍ではZOOMによる企業説明会を行うことによって、日本全国を対象としたリクルート活動ができたと言います。
 草津温泉の田村公佑さんは、草津の湯治場としての役割は変わることがないだろう。全体のガイドラインも大事だが、宿ごとにポリシーと責任のある対応が必要であり、いずれお客様の感覚も戻るだろうと見通しました。
 阿寒湖温泉の大西希さんは、コロナ禍をきっかけに社会を変えるサービスがでてくる。一方で、コロナを機に変わるのではなく、進むべき方向に人間の価値観の進展に伴うことが多いとし、働き方や日常生活のオンライン化を例に挙げました。
 道後温泉の奥村敏仁さんは、いずれワクチンができるのであれば、投資せずに元に戻せるようにすることも考えたい。全てのリスクに対応しようとすると、逆に危機対応力が落ちるかもしれないという見解を示しました。
 経営者ならではの現実的で落ち着いた議論が交わされたと思います。

 特集4は、観光事業者らとの協働に汗をかく現場型研究者の奮闘に着目したものです。
 札幌国際大学の藤崎達也さんは、プロの自然ガイドとしての経歴をもち、事業経営者の視点を重視する研究者・教員です。アンケートによる実態調査という手法を用いてアウトドアガイド事業の内実を分析し、北海道観光における彼らの意義と、サポートの重要性を示しました。特集5の中でもガイド産業の社会的な認知が課題として議論になりましたが、アウトドアガイド事業の再定義と関連制度の整理が必要であること、ガイドの先達者がたどってきた歩みこそ自立的な観光まちづくりのモデルであるという見解に、私も賛同します。
 東海大学の小林寛子さんらのコロナ禍での活動ポリシーは、熊本地震の経験にもとづいた「過剰に希望的でも悲観的でもない現実的な見通しが事業者には必要」です。本論にあるように、私の知る限りでも我が国で最も早く実施・公表された一般生活者を対象としたコロナ禍における観光意識調査を皮切りに、ワークショップの開催、第2回アンケート調査とアクセルを踏み続け、地元の関係者らとポストコロナの対応策をめぐる議論を深めていきます。その上で、新しい観光は足元から始まる。地域の人の暮らしが安心安全で豊かであることが地域の宝を守り、次世代に伝えていくことに繋がる。今だからこそ地域が望む地域らしい観光のあり方を考えるときだと訴えます。
 この二つの事例は、観光領域で活動する研究者に求めたい地域に根差した実践的な取り組みを具体的に示したものだと言えるでしょう。

 特集5では、日本を代表する自然資源を誘客の源泉とする観光地の実情をもとにして、持続可能な観光の探究を試みました。『観光文化224号』でも議論した、自然ガイド業を営む松田光輝さん(知床)、吉井信秋さん(小笠原)、松本毅さん(屋久島)に、今回は小笠原専門の旅行会社を経営する松崎哲哉さんが加わりました。
 小笠原では行政とほぼ同時に観光協会も来島自粛の要請を出しました。観光事業者も島民の一人としてコロナ感染者をだしたくない気持ちは共通であり抵抗はなかった。屋久島では観光客がウィルスを持ち込むと自分たちが矢面にたつという危機感から議論が始まった。知床では地場産業の漁業に対する配慮が重要だと考えた。というように、地域住民や他産業に対する観光の影響、その中での観光の立ち位置を強く意識したことが語られました。
 一方で、観光客がゼロになったことで地域社会の雰囲気が変わった。観光は土産や農産物などにも影響を及ぼしていることを多くの人が感じてくれた。これにより地域の人たちと連携しやすくなったと吉井さんは言います。
 松田さんは、地域の人たちとうまくやっていかなければ観光を持続できない。仕事だけでなく日頃の生活の中でも周りの人たちに助けてもらっている、と話は続きました。
 こうした地域に送客する立場の松崎さんは、住民と同じ危機感を持っていたので自粛要請が出た時は完璧に抑えようと考え、「行かないでください。」とツアー客に連絡し続けたと言います。自分の仕事は島と訪問客をつなぐ通訳であり、島民がいずれ訪れる観光客に慣れる状況をみながら、市場側との意識のギャップを調整するのが役割だ。お客さんをどんどん送るという考えは捨て、地域を気に入ったお客さんに何回もきてもらう。旅行より滞在、自分の新しい故郷を作るようにしていく、現場から少しずつ変わっていき、最後に大きな流れになると良いと語ります。
 松本さんも、観光自体の考え方が変わっていく。たくさんの人が来てお金を落としてくれれば良いという時代は終わり、自分の故郷のように思い、そこに住んでしまおうという、つながりを観光として位置づけていくべきだと言います。
 観光は地域経済に貢献するだけでなく、来訪者のいる風景が地域の日常に根付いてきた中で、観光客と地域コミュニティとの関係はより親密になっていく。観光事業者には、その結び目をつくる役割がめられるようになってくるのだと思います。

 持続可能な観光とは誰もが賛同する概念ですが、具体的な在り様をめぐる議論は少ないと感じてきました。そうした中、今般のコロナ禍は、あらためて観光の意義を考える機会となりました。
 吉井さんはオンラインでもできることがわかったが、行って直接人と会うのとは全然違う。観光とは人に来ていただくこと、人と向き合うことだと言います。寺山さんは、移動と交流が観光の本質である。感染症はマイナス要因でしかなく、この地に観光が必要だと言えるかどうか、観光をやるべきかを考えさせられた。観光と関わりのない町の人たちにも「観光は重要な産業だ。」と言い切れる強さを持つべきだと肝に銘じたと語ります。
 その他の見解も含めて特集全体を総括すると、「持続可能な観光の本質とは、観光はそこでの暮らしになくてはならないものとして地域の中で広く認められること」だと整理できるのではないでしょうか。そのためには、訪問客と観光事業者と地域コミュニティとの信頼関係を醸成し、保ち続けることが重要なのだと思います。
 松本さんは、自然は試練を与えてくれた。自然を見ている人なら下手に抗っても太刀打ちできないことがわかる。腹を括るしかない。次は転換。観光をこういう風に変えていくという覚悟を決めて新たに作り出す。これが復興である、と決意を話しました。その過程にコロナ禍の現場に学んだ持続可能な観光が強く意識されることを望みます。