現場型研究者の実践…② 東海大学 経営学部観光ビジネス学科 教授 小林寛子

コロナによって顕在化した観光の課題

ポストコロナの観光は確実にこれまでのものとは姿を変える。地域の宝をもう一度見直し、磨き上げ、付加価値をつけた商品開発をする。それがコロナ対策につながり、未来の新しい訪日観光へつながる(小林)。

 

1.東海大学経営学部観光ビジネス学科に着任して

「観光を通して地域の課題を解決することにどう貢献できるか」が、私が熊本の観光ビジネス学科に着任した時の大きなテーマであり、フィールドに近いこの地を選んだ理由であった。2013年4月、着地型観光を熊本でということで東海大学に経営学部観光ビジネス学科が開設された。20余年にわたってアカデミックの世界からはほど遠いオーストラリアと日本の現場でエコツーリズムに関わっていた私にとっては初めての挑戦でもあった。しかし、観光は人が命であり、その人を育てることは急務であり実践的な活動を通して学んだ学生達を地域で役に立つ人材として育て上げ、送り出すことは大学が地域に還元できる最大の地域貢献になると考えていた。そのために着任後、本県内の様々な地域に出向き、地域資源を見て歩き、それぞれの地域が抱える課題について学生と共に耳を傾けてきた。
 熊本には、世界でも一級の観光地である阿蘇や天草を始め、熊本城や装飾古墳など歴史的にも重要な資源がたくさんあり、高品質の農産物や阿蘇の恵みである地下水など素晴らしい地域資源にあふれている。ただ、それらの資源は整理されていないために、観光資源として有効に活用されているわけではなく、よそ者から見ると本当にもったいない状況でもあった。

2.地域の魅力、宝探し〜フェノロジーカレンダー

 そんな中で、過疎化・高齢化が大きな問題になっている熊本市西区の当時の区長とまちづくり課の課長から地域活性化のための相談を受けた。学生を連れて初めて芳野校区の草枕の道を歩いたことが当エコツーリズム研究室と地域との最初の出会いであった。
 あれから6年。何度も卒業生を送り出しながら、地域との活動は続いている。丁寧に宝を掘り起こし、地域の特産品であるみかんを中心に季節暦(フェノロジーカレンダー)を「みかんこよみ」としてまとめた。また、若者に認知度が低い芳野校区を若者目線でPRするために学生が発案した〝オレンジカクテルナイト〞というイベントをみかんの収穫時期に毎年開催し、昨年で5回目となった。最初は30名ほどで始まったイベントが5年間で160名を超える大きなイベントとして成長した。地域の自治会の連合会長の西村一弘氏の支えもあって、学生たちは子供や孫のように地域の方々にかわいがってもらっており、みかんの収穫のお手伝いをしたり、一緒にBBQや新年会をしたりと家族のように迎えていただいている。卒業生はそれを懐かしがって毎年秋のオレンジカクテルナイトに戻ってきては地域の皆さんに近況を報告している。最初は無関心だった地域住民も今では、毎年のイベントを楽しみにしてくれて、イベントの企画段階から実行委員としてPRや集客を手伝ったり、会場の設営から、スローフードランチの調理までそれぞれの得意分野に関わってくれている。これらの一連の地域振興の活動は、学生達が代々卒業論文のテーマにも取り上げ、現在に至っている。

 阿蘇のカルデラを中心とした地域でも同じような宝探しの取り組みを2年余を掛けて実施し、フェノロジーカレンダー〝阿蘇カルデラこよみ・南阿蘇編と阿蘇編〞として完成させた。地元の人達との数回にわたるワークショップ、アンケート調査、個別のヒヤリングや写真撮影などを通じて集めた地域の宝情報を整理したものである。阿蘇という土地柄をよそ者の視点でみると集落毎の個性が強く、なかなか横の連携が出来ず、一枚岩になって活動することが難しいようで、以前阿蘇をフィールドに実施したイベントでも合意形成がなかなかできなかった。そういう意味でも今回のフェノロジーカレンダーは市町村の枠を超えて阿蘇のカルデラとしてひとつの塊となって連携出来るいいきっかけになればと考えて実施したプロジェクトでもあった。
 この調査研究のサポートをしてくれた南と北の阿蘇観光の若手リーダー、みなみあそ観光局戦略統括マネージャーの久保尭之氏とSMO南小国CMO兼事務局長、森永光洋氏の二人と今回またコロナ禍で一緒に活動することになった。

3.観光業のコロナ感染症対策は消費者の意識調査から

 観光業界がほぼ全面ストップして、自粛生活を強いられていた時期、それぞれに何ができるか?、何をすべきか?を考えていたと思う。大学は5月の連休明けからオンラインで授業を開始するために、連日連夜ZoomやTeamsの配信をチェックし、授業資料を作り、学生とモデル授業を繰り返していた4月。前述の若い二人が事務局メンバーとして活動している熊本県観光協会連絡会議(熊本県内の観光事業者の広域連携組織)では、どこよりも早く全国の一般生活者向けに「新型コロナウイルス感染症収束後の旅行・観光に関する意識調査」というアンケートを実施した。熊本地震からの復興を経験し、「過剰に希望的でも悲観的でもない、現実的な見通しが事業者には必要だ」ということを学んだからこそ、今のコロナ禍で暗中模索の全国の観光事業者に何かしらの道しるべが必要という二人の熱い思いから調査は実現し、その結果を広く公開するということだった。Facebookでの調査だったため、友達としてつながっている私のもとにもその書き込みが飛び込んできた。もちろん全力でサポートしたいという思いから、大学や学生や私に出来ることはないかと申し入れ、Facebookではなかなかリーチできない20代の若者達へのアンケートと集計後のアンケートの考察を書くことに協力した。すべては4月の終わりから5月にかけての連休中の出来事だった。

 アンケート調査から明らかになったのは、外出自粛生活が続くことで、旅行やお出かけに対する消費者の意欲は高まってきているものの、当面は近郊への旅行が主流になること。旅行先の選択においても3密をさけることを意識したものになり、テーマパークや都市部など密集が想定される場所は避けられ、自然や開放感のある場所が好まれる傾向が見てとれること。また、消費者は景気悪化への不安を感じており、旅行などの余暇・レジャーへの出費には厳しい時代になることが予測されるというものだった。(詳細は原文※1参照)

4.ワークショップの開催(5月18日)

 これらのアンケート結果を受けて、熊本の観光事業者を集めてワークショップを開催した。各地域毎の現状の課題や取り組みについて情報交換し、「リアルで会えないから何もできない」ではなく、「オンラインも活用して、今できることを前向きに進めよう」というメッセージを込めてのワークショップで、私もその中でアンケートについての考察に加えて、変化にどう対応するのか?、今のこの時期に何をすべきかについて述べさせてもらった。完全自粛状態、収益ゼロ、それでも人件費や維持費にお金が出ていき、政府からの助成金はなかなか手元に来ないという事業者にとってはストレス100%、ネガティブなことしか考えられないその時期に、少しでもポジティブな未来を考え、今できることを前向きに進めようというメッセージを伝えることはなかなか大変で、「そうは言っても、どうやって?」「言うのは簡単、でもやるのは大変だよ」という声はもちろんあったが、それでも休業中のホテルでテイクアウト用にシェフにお弁当を作ってもらいキッチンカーで販売したり、感染対策をした上で3密をさけてビジネスを再開するために頑張っている人達の事例を聞いたり、ワークショップでお互いの課題をシェア出来たことで自分だけではないことに気がついたとか、頑張る勇気をもらったとか、少人数で今後も定期的にワークショップをやりたいなどといったポジティブなフィードバックが参加者から返ってきた。

5.2回目のアンケート調査を実施(5月31日〜6月2日)

 緊急事態宣言が解除された直後のタイミングで、2回目のアンケート調査を実施することになった。私も今回は設計段階から加わり、観光事業者(宿泊施設、飲食、アクティビティー、イベントなど)それぞれの営業再開に向けてどのような感染対策が必要なのか?、誰も答えを持っていない中で消費者の声に耳を傾けることでその答えを自分たちで探す指針になればという思いで実施した。今回もFacebookを通じて、5月31日〜6月2日という限られた時間での調査となったが、全国の一般消費者3041名から回答をいただいた。
 第2回のアンケート調査によってわかったことは、消費者の感染対策に対するニーズは極めて高く、事業者の感染対策としてのマスクや消毒の徹底、3密をさけるための工夫はもちろんのこと、客同士の感染を防ぐための配慮や、万が一の感染に備えて追跡システムの導入、感染対策や発生時対応マニュアルの事前・現地の両方での公開は必須条件であること、さらに昔から旅館やホテルでのおもてなしとして定着していたことがコロナ禍においてはあえてしないことがおもてなしになるかもしれないということもわかった。(詳細は原文※2参照)

6.今後に向けて

 今回の一連のアンケート調査は、地域の若手が主導しコロナ禍で観光事業者はどう対処すべきか、それを消費者に直接聞くことで答えを探そうとしたもので、それに対して私自身もどんな協力が出来るのかを考えて実現したわけだが、観光業界が抱える潜在的な課題についても改めて考えるきっかけとなった。ポストコロナの観光は確実にこれまでのものとは姿を変える。この変化に事業者はどう対応すべきなのか、域外からの観光客を迎えるために地域の理解をどう得るのか?
 Go Toキャンペーンやその他地域限定の様々な支援策をうまく活用しながら、安売りをせずに付加価値をつけた商品をどう売るのか? 地域とどのような連携を取りながら域内での滞在時間を延ばし、リピーターに繋げるのか? ビジネスの再開に向けてどのような優先順位で準備を進めるべきか?、など様々な議論を共有しながらの極めて実践的な確認作業だった。

 コロナ禍においてのあたらしい観光は、足元から始まる。地域の宝をもう一度見直し、磨き上げ、付加価値をつけた商品開発をすることは、実はそれがコロナ対策にもつながり、さらには未来の新しい訪日観光への準備にもつながる。旅行者の数を追いかけるのではなく観光消費額を上げること、そのためには売れる商品を作り、利益を地域に落とす、雇用につなげる、地域産物を購入するなど観光消費が地域経済を動かす原動力となることである。それには、お金も地域資源も顧客も域内で〝循環させる〞ことだ。地域の人の暮らしが安心安全で豊かであることが大切な地域の宝を守り、次世代に伝えていくことに繋がる。今だからこそ地域が望む地域らしい観光のあり方を考える時ではないだろうか?
 持続可能な観光は環境、経済、社会の3つの持続性が成立してこそ実現できる。選ばれる観光地として安心安全であることは、顧客にとってだけでなく、そこで働く観光事業者にとっても、そして外からの観光客を迎える地域の住民にとっても必要不可欠なことであり、この信頼関係こそが持続的な観光実現の第一歩であると考える。
 この原稿を書いている最中にさらなる試練が九州に襲いかかってきた。コロナからの復興のきっかけとしての熊本県の支援策〝くまもっと泊まろうキャンペーン〞が発表され、まさに予約が開始というタイミングで今度は大雨による甚大な被害である。震災、コロナ、そして大雨と終わりのない試練に観光事業者の疲弊は言うまでもない。ただ、乗り越えられない試練はないと信じたい。今こそ地域が一丸となってこの難局に向かう時であり、我々が果たすことができる役割をしっかり果たしていくことで、持続可能な観光の実現に少しでも貢献できればと改めて考えている。

 


 

 

 

 
小林寛子(こばやし・ひろこ)
東海大学経営学部観光ビジネス学科教授。オーストラリアで世界遺産の砂の島フレーザー島にエコリゾートを開発するプロジェクトに参加、その運営とマーケティングも手がける。その後日・豪でのエコツーリズムコンサルタントを経て、2013年より現職、地域振興につながるイベント・新商品開発・環境ボランティアプログラム開発など、実践的なフィールドワークに取り組んでいる。著書に「エコツーリズムってなに?〜フレーザー島からはじまった挑戦〜」(河出書房新社、2002年)他。NPO法人日本エコツーリズム協会理事、阿蘇エコツーリズム協会理事、地方経済総合研究所理事、熊本県観光審議会委員など。

参考)
※1 第1回消費者観光調査結果報告書
https://note.com/nieunsfs/n/n6da1d8746bc0
※2 第2回消費者観光調査結果報告書
https://note.com/nieunsfs/n/n40c05bb00fd5