観光研究最前線…②

新型コロナウイルス感染症流行下の日本人旅行者の動向
JTBF旅行実態調査結果より

公益財団法人日本交通公社
観光地域研究部 主任研究員
五木田玲子

 公益財団法人日本交通公社観光地域研究部市場調査チームでは、新型コロナウイルス感染症の流行が旅行市場に及ぼした影響把握を目的に、定期的に実施している「JTBF旅行実態調査(調査期間:2020年5月1〜11日)」の調査内容を拡充し、分析を進めている。今回は、2020年1〜3月期の観光・レクリエーション旅行実施の状況及び旅行実態、今後の旅行予定・意向、家計や心理面が旅行予定・意向に与える影響について紹介する。

 

1.2020年1〜3月期の旅行実施の状況

① 新型コロナウイルスの旅行への影響

「新型コロナウイルスの影響でとりやめた旅行があった」と回答した割合は、国内旅行・海外旅行ともに月を重ねるごとに増加しており、特に、3月に入り、旅行のとりやめが急増した。1〜2月は海外旅行のほうが「とりやめた旅行があった」割合が高く、海外旅行に対する危機感が先行していたが、3月になると海外旅行・国内旅行でほぼ同じ割合となった。一方で、「当初の予定通り実施した旅行があった」という回答は、3月には国内旅行・海外旅行ともに2割以下に留まった。(図1)

 国内旅行実施予定者のうち、「新型コロナウイルスの影響でとりやめた旅行があった」と回答した割合は、1月は男女ともに10代が3割超と最も高く、50代以上は2割未満に留まった。一方、2月から3月にかけてはその傾向が逆転し、10〜20代は卒業などの記念旅行の影響なのか他年代に比べて「とりやめた旅行があった」割合が低く、30〜40代及び60〜70代は高くなった。海外旅行においても、新型コロナウイルスの影響による旅行のとりやめ率は、1月は若年層ほど高く、2〜3月は年齢が上がるにつれて高まり、国内旅行と同じ傾向がみられた。(図2・図3)

② 旅行をとりやめた時期

 2月に実施予定だった旅行のとりやめは、国内旅行は予定者の約5割、海外旅行は約6割が1月中に中止を決定していた。3月予定の旅行のとりやめは、国内旅行・海外旅行ともに1月中の中止決定が1〜2割、2月中の中止決定が4〜5割弱となり、6割以上が2月までに中止を決定した。国内旅行・海外旅行ともに同じ傾向がみられるが、海外旅行のほうがやや早めにとりやめを決定している。(図4)

③ 旅行をとりやめた理由

 実施をとりやめた理由は、すべての月で「自身の感染リスクを避けるため」が最も多く、約8割を占めた。続く「〝同行者〞や〝旅行先で接する人たち〞の感染リスクを避けるため」は、月を追うごとに高まっている。「自粛要請が出ていたため」も3月に増加しているが、海外旅行より国内旅行のほうが高い傾向となった。(図5)

2.2020年1〜3月期の旅行実態

 本項は実施した旅行(トリップ数:期間中に複数回旅行した人は旅行ごとに回答)を対象に集計した。

① 実施した旅行への新型コロナウイルスの影響

 旅行の実施にあたり、新型コロナウイルスの影響で予定に変更が生じたか否かを尋ねたところ、「予定通りに実施した」旅行件数の割合は月を追うごとに減少した。一方で、「旅行内容など予定を変更した」旅行件数の割合は、国内旅行・海外旅行ともに1月は1割未満であったが、3月には3割弱に増加した。新型コロナウイルスが旅行に及ぼした影響は、国内旅行・海外旅行ともに同じ傾向であった。(図6)

「予定通りに実施した」割合は国内旅行、海外旅行ともに、1月は男女ともに10代で6〜7割と他年代より低く、若年層は早い段階から新型コロナウイルスに敏感に対応した。(図7・8)

 新型コロナウイルスの影響で変更した内容は、国内旅行・海外旅行ともに「活動内容や訪問先」の変更が最も多く、1〜2月は次いで「泊数」の割合が高い。国内旅行では1.5〜2割が「旅行先を海外から国内に」、2〜2.5割が「旅行先を国内の他地域へ」と、あわせて3〜4割が旅行先を変更していた。海外旅行も、旅行先の変更割合は同程度であった。(図9)

② 新型コロナウイルス流行下での旅行実施にあたっての気持ち・実施した感想

 旅行実施にあたっての気持ちを尋ねたところ、「新型コロナウイルスに対する不安は感じなかった」という回答は国内旅行・海外旅行ともに1月には6割を超えていたが、3月には3割を下回り、1月の半分以下となった。これとは逆に、国内旅行では月を追うごとに「旅行先の感染者数が少ないので安心できると思った」「どうしても行きたい旅行だった」「旅行先の観光地を応援したかった」などの理由が増加した。(図10)

 旅行を実施した感想については、「平常時の旅行と特段変わらなかった」割合は、1月は国内旅行・海外旅行ともに8割程度だったが、3月には4割ほどに低下した。その一方で、「混雑がなく快適だった」「旅行先で歓迎された」「自分が感染源にならないか心配だった」「閑散としていて寂しく感じた」などは、月を追うごとに増加した。(図11)

③ 旅行先での新型コロナウイルス対応策

 1月に実施した旅行では、国内旅行・海外旅行ともに5割程度が「特に何もしていない」と回答したが、月を追うごとに何らかの感染対策が行われるようになった。感染対策としては、「マスクを着用する」「手洗い・うがいを励行・徹底する」「アルコール除菌」が高い比率となっている。すべての月において、国内旅行のほうが感染対策を行った割合が高く、海外旅行よりも国内旅行中の感染対策が厳重に行われた。(図12)

3.今後の旅行予定・意向

① 4〜6月の旅行予定

 4〜6月の旅行予定を尋ねたところ、国内日帰り旅行・国内宿泊旅行・海外旅行とも、「いまのところ実施予定」という回答は1%程度に留まった。「旅行に行きたいが、まだ予定を決めていない」と旅行実施意向を示す回答は2割程度になった。国内宿泊旅行では、「既に中止・延期を決定」が1.5割を占めた。(図13)

② 新型コロナウイルス収束後の旅行意向

 新型コロナウイルス収束後の旅行意向は、1.5割が「これまで以上に旅行に行きたい」、5割が「これまでと同程度、旅行に行きたい」と回答し、6.5割が前向きであることがわかった。その一方で、「これまでのようには旅行に行きたくない」「全く旅行に行きたくない」はあわせて1割を占め、旅行実施に用心深い人たちも一定数みられた。また、「わからない」と回答した1割強の人は、今後の情勢をみながら慎重に判断する層だと考えられる。(図14)性・年代別にみると、10代では男女ともに「これまで以上に旅行に行きたい」が3割を超え、他年代に比べてより積極的な旅行意向がうかがえる。一方、60〜70代女性では「これまでのようには旅行に行きたくない」が8%程度占め、コロナ禍を経て旅行に対して消極的になった割合が他年代に比べてやや高くなっている。(図15)

4.家計や心理面が旅行予定・意向に与える影響

① コロナ禍において旅行の実施に影響をもたらすと考えられる2つの要因

 コロナ禍の旅行実施に影響をもたらす要因の1つとして「家計に関すること」が挙げられる。新型コロナウイルスによる家計への影響を性別にみると、男女ともに「やや影響がある」が最も高い割合を占めた。「かなり影響がある」とあわせると、半数以上に家計への影響があったことになる。年代別にみると、20代から70代にかけて影響がある(かなり影響がある+やや影響がある)」と答えた割合は山型となっており、特に40代に対する家計への影響が最も大きい。「影響はない(あまり影響はない+全く影響はない)」と答えた割合が最も高いのは70代で、男女ともに3割を超えた。年代によって、新型コロナウイルスによる家計への影響の差が浮き彫りになった。(図16)

「心理面に関すること」も要因として考えられる。新型コロナウイルスの流行に対する不安の度合いを性別にみると、女性のほうが「とても不安を感じている」と答えた割合が1割以上高く、より強い不安を感じている。また、男女ともに年代が上がるにつれ、「不安を感じている(とても不安を感じている+やや不安を感じている)」と答えた割合が高くなる傾向にある。(図17)具体的な不安については、どの年代においても「自分や家族の感染」が最も高い割合を占めており、「長期化・先が見えないこと」「日本経済の低迷」「医療の崩壊」と続く。これらの不安は、年代が上がるにつれ高くなる傾向にある。30〜40代は「家計の困窮」「身の回りの社会経済の低迷」など身の回りの生活環境への不安が他年代に比べて高くなっている。高齢者ほど「日本経済の低迷」「世界経済の低迷」などの社会全般の動向を不安視している。(図18)

② この先(4〜6月)の旅行予定と家計や心理面との関係

 4〜6月の旅行予定については図13に示した通りであるが、ここでは国内宿泊旅行に着目して分析を行った。国内宿泊旅行の予定状況を性・年代別にみると、女性よりも男性のほうが、「中止・延期を決定または検討」とともに「いまのところ実施予定」の割合も高く、旅行を具体的に計画している比率が高い。また、このような傾向は、とりわけ男性50代以上に顕著にみられる。(図19)

 国内宿泊旅行を〝中止・延期した層〞と〝実施予定の層〞とで家計への影響度に差があるのかを確認したところ、統計的に有意差はみられなかった(p>0.05)(注1・2)。(図20)また、不安度に差があるのかを確認したところ統計的に有意差がみられ(p<0.05)(注1・2)、〝実施予定の層〞より〝中止・延期した層〞のほうが大きな不安を抱えていた。(図21)さらに、具体的な不安内容の差を確認したところ統計的に有意差のある項目が複数みられ(p<0.05)(注1)、〝中止・延期した層〞のほうが、「医療の崩壊」「今後の生活形態の変容」「身の回りの社会経済の低迷」「家計の困窮」「必要な日用品の入手困難」「会社や学校の再開時期が不透明」などの身の回りの環境に対する不安を挙げた。(図22)

③ 新型コロナウイルス収束後の旅行意向と家計や心理面との関係

 新型コロナウイルス収束後の旅行意向を性・年代別にみると、男性20〜30代、女性10〜30代の7割以上が「旅行に行きたい」と回答し、旅行に前向きな意向を示した。一方、60代以上の女性の1割強が「旅行に行きたくない」と回答、コロナ禍の影響を経て旅行に消極的になった割合が他年代に比べてやや高くなっている。女性は年代があがるにつれて、「旅行に行きたくない」と回答する割合が高まった。(図23)

 新型コロナウイルス収束後の旅行意向とコロナ禍の家計への影響度を比較したところ統計的に有意な差がみられ(p<0.05)(注3)、〝旅行に行きたくない層〞のほうが家計への影響度が大きいことがわかった。(図24)一方、新型コロナウイルス収束後の旅行意向と不安度を比較すると、統計的に有意な差はみられなかった(p>0.05)(注3)。(図25)不安の有無と旅行意向には有意差はないが、具体的な不安内容はそれぞれ有意差が認められた(p<0.05)。「自分や家族の感染」「長期化・先が見えないこと」「日本経済の低迷」「医療の崩壊」「外出自粛など今後の生活形態の変容」「世界経済の低迷」「身の回りの社会の経済の低迷」「会社や学校の再開時期が不透明」「観光地の衰退」においては、〝旅行に行きたい層〞のほうが不安を抱いている。〝旅行に行きたい層〞も多くの不安を挙げていることから、これらの不安は感じながらも旅行意向を妨げる要因にはなっていない、言い換えると、具体的な不安を意識しつつも旅行に行きたいと言える。一方で、「家計の困窮」「必要な日用品の入手困難」 「行政の対応」「政治のあり方」「社会の価値観の変容」「自分や家族の社会からの孤立」「生きることへの希望の喪失」では、〝旅行に行きたくない層〞のほうが不安を挙げた。(図26)

注1)ここでは、「新型コロナウイルスの影響により国内宿泊旅行を中止・延期を決定または検討している」と「いまのところ実施予定」のいずれか1つを選択した回答者を分析対象とした(重複回答は対象外)。
注2)家計への影響度を得点化し(1:かなり影響がある、2:やや影響がある、3:どちらでもない 4:あまり影響はない、5:全く影響はない)、検定を行った。
注3)家計への影響度を得点化し(1:かなり影響がある、2:やや影響がある、3:どちらでもない 4:あまり影響はない、5:全く影響はない)、検定を行った。