②…❺ ワーケーション〜コンセプトの明確化が成否の決め手
守屋邦彦(観光政策研究部 戦略・マネジメト室長)
取材協力:福永香織(同部 主任研究員)

1.ワーケーションとは

ワーケーションとは、「ワーク(Work)」と「バケーション(Vacation)」を組み合わせた造語で、2010年代前半から欧米の主要なメディアで報道されるようになった。元々はアメリカのビジネスパーソンが非常に勤勉で、年間の休日日数が減少傾向にあるとともに、休暇中もメール等で業務連絡を行うケースが多い事から、家族等と一緒に旅行をしながらも、その間の一定時間だけ行った業務を公に認めることとしたものだ。
日本では、日本航空株式会社が2017年7月にワーケーション制度を導入した事や、和歌山県及び同県白浜町において2015年から取り組まれていたワーケーション事業に、2018年8月に三菱地所株式会社が参画を表明した事などにより、注目されつつあった。そうした状況の中で新型コロナウイルス感染症の感染拡大となったが、2020年7月に政府により、観光や働き方の新たな形として休暇を楽しみながらテレワークで働く「ワーケーション」の普及に取り組む考えが示されたことから、現在、全国各地で様々な取組みが進められている。

2.ワーケーションのタイプ

現在日本でワーケーションという言葉で捉えられているものは多岐にわたっているが、実施する主体でみると図1のように整理できる。


1つ目は、個人での実施が基本となるタイプである。これは、1.はじめにで触れた、ワーケーションの元々の意味である「休暇の合間に業務を行うもの(休暇活用タイプ)」が中心的なものとして考えられるが、その他にも、「自社の保養所等の施設で休暇を取得しつつ合間に業務を行うもの(福利厚生タイプ)」や、ノマドワーカーと呼ばれるような、「勤務地が固定されず仕事が出来る人が旅先でも仕事をするもの(日常埋め込みタイプ)」もある。また、Bleisure(ブリージャー/ブレジャー:Business+Leisureの造語)と呼ばれる「業務出張の前後に休暇を付け足すもの」も、ワーケーションの一形態として捉えられる。
もう1つは、団体での実施が基本となるタイプである。これは、「研修や集中的な会議などを普段のオフィスからは離れた地域で行うもの(社員研修タイプ)」が中心的なものとして考えられるが、最近は施設内での会議だけでなく、「地域の課題解決のための活動を行う中で余暇時間も設けるもの(地域対応タイプ)」や、「普段のオフィスとは離れた地域にオフィスを構え、一定数の従業員を駐在させたりオフサイトミーティングの訪問先として活用するもの(サテライトオフィスタイプ)」もある。

3.ワーケーションに対する地域や企業の取組み事例

現在、こうした様々なタイプのワーケーション需要を取り込むべく、多くの地域や企業で取り組みが進められている。今回は3つの取組み事例を取り上げ、取組みの現状や需要の動向、今後の展開などについてインタビュー結果を元に整理した。

① 有馬温泉(有馬温泉観光協会)の取組み
有馬千軒プロジェクトとワーケーション

草津温泉、下呂温泉と並ぶ日本三大名湯の一つである有馬温泉は、これまでにも様々なまちづくりの取組みを進めてきたが、近年では江戸時代の温泉街の最盛期を表す言葉になぞらえた「有馬千軒プロジェクト」と呼ばれる取組みを進めている。これは、2016年11月に有馬温泉の中心街で火災が発生し、有馬人形筆のお店などが全焼してしまったことから、観光地の真ん中を更地にしておけないという地域の思いから取り組みが始まり、2018年1月には木造2階建ての共同店舗が再建され、2階に素泊まりの宿泊施設「有馬小宿 八多屋」が開業した。小宿とは、江戸時代末期の有馬温泉において、「坊」と呼ばれる各宿坊にあった自炊滞在型の宿のことである。こうした小宿の整備は、元々は温泉だけ入って炭酸煎餅などのお土産を買って帰る場所だった有馬温泉を、歩きたくなる、そして滞在したくなる場所に変えていくことの一環であった。
これ以降、同プロジェクトの一つとして、温泉街の中の空き家をリノベーションし、旅館が別館という考え方で管理を行う「有馬小宿」の整備が進められており、現在では宿泊できる部屋が計32室ある。ワーケーションは、こうした滞在したくなる場所に変えていくという方向性に合致することから、今後の取組みの一つと捉えられている。

 

「格好が違う」客層の増加

有馬温泉では、以前より作家やアーティストといった方々が1か月などの長期で滞在するケースはあったが、こうした方々にとっては旅館だと滞在しづらい場合もある。有馬小宿などが創作活動の拠点の近くにあると良いケースも考えられ、旅館と小宿を上手く活用した滞在需要が今後も継続することが期待されている。
金井氏は「自分の宿でもワーケーションプランとして素泊まりの形態で販売をしているが、緊急事態宣言が出ている1月でも予約を含め約50組の利用がある」と話す。また、「ワーケーションで滞在する方々が有馬温泉に増えたことで「格好が違う」客層が増えたと感じる」とのことである。これは、スーツを着ている訳でもなく、お出かけのためにめかしこんでいる訳でもない、いわば「普段着」の方が増えたとのことである。

「暮らすように泊まる」スタイルへ

金井氏は有馬温泉での今後の展開について次のように話す。
「新型コロナウイルス感染症がある程度落ち着いた後のことを考えると、有馬温泉において「暮らすように泊まる」というスタイルはあり得るだろう。また、有馬温泉の宿泊部屋数が供給過剰になることも想定されるため、ワーケーションも宿泊需要獲得の切り口の一つとなっていくと思う。また、小宿に滞在する場合は周辺のカフェや商店などをよく利用するので地域での消費額は大きいのではないかと思うが、現状では、朝と夕方以降の楽しみが薄いため、これらを強化していくことも必要となる。また、今年度、国の補助事業で有馬温泉エリアの社会的課題やビジネスシーズ・事業共創の可能性を探るワークショップを実施することしており(当初はワーケーションとして現地滞在を予定していたが、緊急事態宣言発出の影響によりオンライン開催に)、こうした企業との連携にも取り組んでいくつもりである。ワーケーションについては有馬温泉だけでなく兵庫県や神戸市も興味を持っており、周辺地域との連携での取組みも考えられる。」
〈取材対応〉
有馬温泉観光協会会長(陶泉 御所坊 代表取締役)金井 啓修 氏
※取材日:2021年1月26日

② 三菱地所株式会社の取組み
働く環境を変えられるワーケーションオフィスの整備

同社がワーケーションを検討し始めたのは4年くらい前とかなり早い方で、「働くが変われば、生きるが変わる」というテーマを持ち、働く人も雇用する企業もより豊かになるような働き方ができたら、ということで動き始めた。
同社では、ワーケーションを、”vacation”に限定せず、更に個人というよりチームで働くこと、と想定している。ワーケーション施設も、複数人のプロジェクトチームであえて場所を変えて施設を利用してもらい(location)、日常では生まれない会話や閃きを生み出し(communication)、イノベーションの創出を促し(innovation)、その後のモチベーション向上に繋げる(motivation)、様々な”ation”を引き起こす”WORK×ation Site”、『イノベーション創出特化型オフィス』と位置づけている。地域の地方創生への寄与も狙いながらワーケーションに取り組んでいる。
同社は、2019年5月に和歌山県白浜町にワーケーションオフィス「WORK×ation Site(ワーケーション サイト) 南紀白浜」を、2020年7月に第2弾のワーケーションオフィスとして「WORK×ation Site 軽井沢」を開業した。両施設とも、PCされ持参すれば執務可能な設備・文具類が常備された貸会議室のような大きな部屋で10人単位くらい(南紀白浜は最大16名、軽井沢は3部屋各20〜30名)がディスカッションが出来るような形となっている。南紀白浜は最初の施設であったことから実験的に小さく1部屋で始められたが、オープンする際にテナント企業にヒアリングをしたところ興味を持たれ、実際に使う企業があったため、もう少し大きな施設をということで軽井沢の施設の計画が進んだとのことである。

 

様々な業種が利用

南紀白浜の施設は、和歌山県に立地していることから、関西圏がもちろんターゲットには入るものの、東京からのアクセスが重視されている。羽田空港から南紀白浜空港は飛行機で1時間程で、南紀白浜空港からワーケーション施設まで車で約5分、すなわち、羽田から1時間半で業務開始できることが売りだ。
田村氏は施設の利用状況について、「開業から約半年がたった軽井沢は、いろいろな企業に利用していただいています。大手金融系の企業であったり、軽井沢に別荘を持っていらっしゃる企業の経営者に見に来ていただき、そこからつながってご利用いただくこともあります。IT系企業や投資ファンド系の企業、コンサル系等、様々な会社に利用していただいています。また、利用の仕方として、我々がイメージした通りのプロジェクトチームでご利用いただくこともありますし、役員クラスが会議をする場としても選んでいただいている実績があります。四半期ごとの目標設定をする部署のメンバーがディスカッションする場としても使われています」と話す。


なお、現状では新型コロナウイルス感染症の関係で県外からの移動が制限されているため、会社でなくても個人で利用出来るようにし、地元の自営の方や新型コロナウイルス感染症の影響で都市部から離れ軽井沢に滞在している方に利用いただいているとのことである。

リアルに議論できる価値ある場へ

田村氏はワーケーションオフィスの今後について次のように話す。
「新型コロナウイルス感染症の収束がみえない現在は厳しい状況ではありますが、ワクチンが出来、団体で議論することがまた可能となる〝アフターコロナ〞の世界では、リアルに集まって議論する場の価値が高まるのではないかと思っています。昨今、オンライン会議も増えていますが、新型コロナウイルス感染症収束後は、非日常的な特別な空間でディスカッションして、リアルで会議する際の効果を最大限に発揮するという考え方で、当社のワーケーション施設が選ばれると良いと考えています。また、当社の施設はセキュリティを重視していたり、東京からのアクセスが良く、現地でのアクティビティ等、地域貢献につながるCSR活動も希望があればパッケージとして組むことも出来ます。企業への帰属意識が薄れがちな昨今の企業向けの〝サプリメント〞として、各企業の総務部様にご活用いただければ、と考えております」
〈取材対応〉
三菱地所株式会社 営業企画部 田村 可奈氏※取材日:2021年1月13日

③ 沖縄(内閣府沖縄総合事務局)の取組み
「沖縄テレワーク」の推進

沖縄全体としては、観光が主目的となる休暇の合間に業務を行うワーケーション、また業務が主目的となる社員研修や地域課題解決を行うワーケーションの両方が取り組んでいる。観光面では県の観光担当部署や沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)が、業務面では同局や県の企業誘致担当部署、沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)が足並みを揃えながら取組んでいる。
同局では、2018年より「沖縄テレワーク」の推進事業を展開しており、県内のテレワーク可能な施設紹介をはじめとした沖縄でのテレワークに関する各種情報を発信するポータルサイト「その仕事は沖縄でTelework & Stay in Okinawa」の開設やモニターツアーの実施、テレワーク施設の整備に係る費用補助などを進めている。
同局では県内のテレワーク可能施設を紹介する小冊子も作成しているが、そこでは沖縄でのワーケーションのタイプを、「観光・レジャー⇔地域・交流」「自然・離島⇔便利・街中」の軸で整理し、それぞれ ①「ビーチはすぐそこ。緑に囲まれ。(観光・レジャー×自然・離島)」、②「買い物・移動、便利な場所で。(観光・レジャー×便利・街中)」、③「離島の古民家。山原の商店街。(地域・交流×自然・離島)」、④「地域の人も、いろんな人が集まる。(地域・交流×便利・街中)」として整理し、利用者のニーズに合った施設が選べるようにしている。

 

企業進出や創業に繋がるワーケーション

沖縄県内の宿泊施設でもワーケーションへの取組みが進められており、個人客によるワーケーションプランの利用や、企業向けの研修や企業の福利厚生面での需要なども生まれてきているとのことである。また、大都市圏で働く人は現状テレワークが多くなってきているが、人が集まる意味を見直しており、場所に払っていたコストを人の成長や従業員同士のより濃密なコミュニケーションに費やしたいというニーズも生まれてきているとのことである。
更に同局では、事業の最終的な目的を「県外企業の沖縄進出」として、地域を深く知る機会や地域の課題を一緒に考える機会を提供するものとしてワーケーションを推進している。鈴木氏は「従来、県外企業が沖縄に進出する際には、企業幹部主導で事業計画に基づいてというものであったが、最近では、企業のトップが沖縄が好きで既に沖縄に居住していたり、拠点を置いているなど、地域との「縁」が企業進出や創業のきっかけとなっている場合も多くなってきています。こうした地域との「縁」を作るきっかけとして、まずはワーケーションという中短期での滞在をする、という需要も出てきています。これまでテレワーク施設の整備を進めてきたが、施設を作っただけでは人は来ません。今後は、企業がワーケ―ションを実施する意味を地域側も一緒に作っていき、地域としてどういうノウハウを持った人や企業に来てほしいのか、何故来てほしいのかを発信し、地域との接点をもっと増やしてていくことが必要だと考えています。」と話す。

 

休暇主体・業務主体の両ワーケーションが可能な沖縄へ

今後の同局のワーケーション推進について鶴見氏は次のように話す。
「我々の事業の当初の切り口は観光が主目的となるワーケーションでしたが、ワーケーションを行う意義を追求した結果、最終的には企業進出に繋がるものという方向性になっています。新型コロナウイルス感染症の影響で働き方が変化し、会社に100%拘束されなくなった結果、自分が貢献できる地域課題があれば、そこに自分の空いたリソースを投下したいと考える人が増えていると思います。地方では、地域課題を解決できたり新しいビジネスを創出したりする人が不足しているので、そうした方々にワーケーションやサテライトオフィスでの滞在を通じて「関係人口化」を図っていきたいと考えています。また、自局の事業は業務寄りとなっていますが、一方で普段の仕事をしながら沖縄に来たい人は多くいると思うので、休暇主体、業務主体の両方のワーケーションが必要だと思っています。沖縄は観光地としてのブランド力もあり、企業のワーケーション制度導入が進んだ際には、沖縄として休暇主体のワーケーションに取り組んでいけるよう、今後も沖縄県や関係機関と連携しながら進めていきたいと考えています。」
〈取材対応〉
内閣府沖縄総合事務局
経済産業部商務通商課
課長補佐 鶴見 有衣 氏、係長 鈴木 圭三 氏
※取材日:2021年1月18日

4.ワーケーションの今後

各取組み事例からは、それぞれが目指す目的にワーケーションを上手く活用していることがわかる。有馬温泉(有馬温泉観光協会)では「滞在型の温泉地を目指すこと」を、三菱地所株式会社では「働く人や雇用する企業がより豊かになること」を、そして沖縄(内閣府沖縄総合事務局)では「県外企業が沖縄に進出すること」をそれぞれ目的とした上で、ワーケーションの取組みが展開されている。「ワーケーション」という言葉を聞く機会が多くなり、多くの地域や事業者がこの動きに乗り遅れまいと取り組んでいるが、何を目的としてワーケーションに取り組むかを改めて考えてみることも重要と思われる。
また、いずれの目的でワーケーションに取り組むとしても、これまで以上に訪れる人と訪れる地域を結びつけることが必要となってくることも伺える。観光が主目的としても、暮らすように泊まるようになれば、観光客としてはこれまで行かなかったようなお店や場所にも訪れるようになり、そこでの経験が良いものであれば、また滞在しようと思うようになると考えられる。また業務が主目的であれば、地域の実態をきちんと知ってもらうことで、そこにある課題を解決するために拠点を持とう、という発想になると考えられる。
更に先のことを考えると、働き方の多様化が進み休暇と業務の境界がより曖昧になってくると、ワーケーションの元々の意味であった「休暇の合間に業務を行う」といった感覚もなくなってくるかもしれない。一方で業務を主目的としたワーケーションが地域課題の解決などの動きが活発になり休暇の意味合いが薄れてくれば、ワーケーションとは別の言葉で表現されるようになるかもしれない。このように過渡期とも捉えられるワーケーションについて、今後の動向に引き続き注目していきたい。(もりや・くにひこ)