【座談会】…その二
②ガイドツアーの醍醐味
寺崎 今日は、ガイドのサービスを受けるお客様の立場から、ガイドと行くツアーはどのような点が楽しいのか、よいガイドとは、ガイドに求めるものはなどについて、率直なご意見を伺いたく、個人旅行もツアーも豊富に経験されている3名の方にお集まりいただきました。風の旅行社の水野さんにコーディネートいただき、私からもときどき質問させていただきたいと思います。それでは水野さん、よろしくお願いします。
水野 皆さんは海外旅行の経験も多いので、まずは海外ツアーで出会ったガイドについて感じたことを、当社でも他の会社でもよいので自由にお聞かせください。
「ガイドに会うこと」が旅の目的に
小町 私は観光目的の海外旅行で一番多く行った地域がチベットで15回。全部ツアーで行きました。最初はいろんな場所に行くのが目的でしたが、そのうちにガイドとお友達になってしまったので、そうすると「あのガイドさんはどうしてるかな、また会いに行かなきゃいけないな」となり、今ではガイドに会うことが旅の目的になっていますね。
水野 チベットのラサには文化人類学者の村上大輔さんが、チベットについて研究しながら風の旅行社のガイドとして8年間駐在していましたね。現在は帰国して駿河台大学の准教授を務めています。
小町 村上さんもガイドをしてもらって、お友達になった一人です。彼はチベット大学で日本語を教えていましたが、その教え子でガイドをしていたチベット人女性が私の一押しです。
彼女の素晴らしいところは、ともかく日本人にチベットのいいところを全部教えてあげたいという精神です。自分のツアーの参加者でなくても、ラサの空港で搭乗手続きに困っていた日本人を見つけたら積極的にサポートしてあげたり、私が他のガイドがついたツアーでも、帰りの飛行機のギリギリの時間になっても空港に戻れないと、何回も電話を入れてくれ、空港に着いたら「お昼食べてないでしょ」とハンバーガーを用意して待ってくれたりしていました。本当に気配りの素晴らしい方です。
本藤 私が初めて風の旅行社のツアーに参加したのは2004年です。バンクーバーの大学で勉強されていた宮田麻未さんのガイドでカナダ西海岸のバンクーバー島を巡りました。
それまで私は「アメリカ大陸にはもともと先住民のインディアンが住んでいた」という程度の認識しかありませんでしたが、先住民族が長い間迫害されていたことや、自分たちの文化や言葉を失った事実をそのツアーで知りました。そして、「日本の身近な文化も大切にしていかなくちゃいけない」「アイヌ文化も知りたい」といういろいろ気付きがありました。
現地を旅する間、「ここでは昔、ネイティブの人たちがどういう暮らしをしてたのかな」とか、すごく想像をかき立てられたことがとても心に残っています。
水野 宮田さんは浄土宗の法籍を持っている尼僧の方で、今は帰国されていますが、カナダに留学して人類学や民族の研究をされていましたね。
本藤 風の旅行社とは違う会社のツアーで、アメリカ・アリゾナ州のセドナに行ったことがあります。パワースポットとして知られる面白い土地なのですが、ことばの違いのせいか、宮田さんにガイドしていただいたカナダのツアーほどの満足は得られなかったですね。
企画を作っている方やガイドをする方の「これを伝えたい」という熱量が、そのツアーの中でどれだけ発揮されるかが、少し高いお金を出してでも参加し、満足したと感じられるポイントだと思います。
元々知りたがりなので、本物を直接見ることやその知識を充足させてもらえることはもちろん大事ですが、自分の想像力をさらに広げてもらえるかどうかが、ガイドツアーには重要だと感じています。
自分の枠を超えた新たな視点を得る
小町 私はアジアに行くことが多いのですが、SARSが流行った2003年頃はアジアに行けなかったので、風の旅行社のニュージーランドのツアーに参加しました。その時に講師として同行した三木昇さんも印象的でしたね。
ツアーが終わった後、夜にもホテルの部屋で自然の事象についていろいろ解説してくれるんです。例えば地層の褶曲(しゅうきょく)などについて、部屋にあるマットなどを持ってきて「こうなるんだよ」とわかりやすく、面白く教えてくれました。
水野 三木昇さんは林業に携わった経験もあり、自然科学に詳しい方で、当社でも人気のガイドです。彼のような優秀なネイチャー系ガイドは、高校の面白い生物の先生のような、共通の匂いというか雰囲気がありますね。
来山 私は、風の旅行社でガイドや講師をされている川﨑一洋先生がガイドとしてツアーに同行される海外・国内ツアーによく参加しました。
川﨑先生も、よく夜の勉強会を開かれますね。食事が終わった後に1時間ぐらい、その日見たお寺や仏像についていろいろ教えてくださいます。今まで参加したツアーではそうした経験がなかったので、すごいなと思いました。
川﨑先生と行った中国・雲南省のツアーでは、仏教が伝わった経路によって仏像も少しずつ違ってくるといったお話などをしてくださり、そういう話を聞きながら旅すると、自分の持っている知識に広がりが出てくるんですね。新たに視野が広がるのが、知識豊富なガイドと行く旅行のいいところかなと思います。
水野 川﨑一洋先生は、四国霊場88ヶ所の第28番大日寺のご住職で、現在、高野山大学の特任准教授です。当社が主催する講座の講師やツアーガイドとして、仏教学や仏教美術を専門に教えてくださっています。そういう方が同行されるツアーは、ものすごく内容が濃いですよね。
本藤 海外ツアーに行くと、現地の人から、親しみを込めて「歌え」とか「踊れ」と言われるんですよね。私は人前で歌うことが苦手だったのですが、中国の梅里雪山のツアーに参加したときも、1人ずつ参加者と現地の人が順番に歌うことになったのです。
私の番が来ちゃって「いやだなあ」と思ってたら、風の旅行社のガイドの山田さんが一緒に歌ってくれたんですよね。その後にネパールのツアーでもやはりそういう機会があって、「これが自分の破れない殻だな」とすごく思って、実は最近合唱を始めたんです。このときの出来事が自分の人生に大きく影響しているなと、振り返ってみて思い出しました。
寺崎 旅先の出来事が、人生の転機につながったんですね。
水野 国内ツアーのガイドについてはいかがでしょうか。
来山 屋久島のツアーは、私はただ宮之浦岳に登りたいという思いだけで参加したんですが、ガイドさんが木やコケの話、縄文杉がどうやってこの数千年生きてきたのかといった話などを歩きながらしてくださって、植物の生きる力はすごいんだというのをあらためて感じました。
最後の半日は海岸も見たんですけれども、海藻とか近場に住んでいる魚とか貝の話もしてくださり、ただ山に登って終わりではなく、山や谷、海岸などその土地の自然について幅広くいろいろ教えていただいたのがすごく良かったです。
ちなみに私は、そのツアーでガイドさんに叱られたことが一つありました。山を歩いている時に鹿がすぐ近くに来たので、つい葉っぱをちぎって差し出したんですね。そしたら「そういうことはしないでください」と言われました。
寺崎 お客さんに迎合しすぎず、必要な時にダメなものはダメということもガイドとしては必要ですね。
「目配り」がガイドの質を大きく左右
水野 今までガイドのよい話ばかりだったので、ガイドに関するマイナスな思い出とか、こうだったけど、こうしてくれた方がよかったみたいなお話もあれば教えていただけますか。
小町 これもチベットの話で、ガイドさんが3人ぐらいついていたんですが、山歩きで遅れているお客さんを放ってガイド同士でおしゃべりを始めちゃったことがありました。
そのときだけは、アンケートで注意しましたね。
来山 ある登山ツアーに参加した時のことですが、添乗員さんの他に地元のガイドさんが2人ついていました。参加者にはすごく山登りに慣れた人もいれば、慣れてない人もいて、そういう人たちをまとめながら登るのがガイドの役割だと思いますが、早く登りたい人がガイドさんを急き立てて、どんどん先に行ってしまい、グループの前後が大きく離れてしまった、ということがありました。
結局その時は具合が悪くなってしまった人や故障者が何人か出てしまいました。とても残念でしたね。
水野 今のお話のようにグループをまとめられないケースもありますが、自分のペースでどんどん歩いてしまうというのも、地元の山岳ガイドでは結構多く見られますね。
地元在住のガイドで、そのルートに慣れているので、自分ではゆっくりしたペースで歩いているつもりなのですが、我々からするととんでもなく速いペースということがあります。そういう意味では地元の山岳ガイドには、ものすごく幅がありますね。
寺崎 その幅というのは、持っている知識や情報の差かもしれないけど、お客さんに対する目配りという点が大きいかもしれませんね。そこに、ガイドの良し悪しの基準があるような気がします。
来山 風の旅行社で、関東の山歩きのツアーによく同行される山岳ガイドの穂苅勲夫先生は、常に全体を把握しながら連れていってくださいますね。
私は、どちらかというと、ついつい速く行っちゃう方なんですけれども「もう少しゆっくり歩きましょう」とか「私の後ろを歩くようにしてください」とか言われたりしました。
そういう目配りをして、全体を見ながらどのぐらいの速さで歩いたらいいのか、などを考えることも、山歩きのガイドには必要な技量と気配りなんだなと、穂苅先生の山歩きを見ていて思いました。
水野 穂苅先生はすごいですよ。歩き始めて30分ぐらいで一休みするんですが、それまでに参加者の歩き方や力量をだいたい全部把握できています。珍しい方ですね。
ちなみに先ほど小町さんから名前が挙がった三木昇さんと穂苅先生は、天然記念物や文化財などの説明看板があると、そこに書かれている文章を声を出して読むんです。文字で見るだけとは違って、音声で聞くと内容が頭に入りやすいので、これはいい方法だなと思います。
「学芸員ガイド」の大きな可能性
水野 話は変わりますが、当社では昨年(2021年) 11月から12月にかけて、甲州街道や棒道など、山梨県内の歴史の道をテーマに合計4回のツアーを催行しました。
コースはそれぞれ違いますが、ここにいる皆さんにご参加いただいたので、その感想も聞かせていただけますか。
来山 私は歴史が好きで、甲州街道を歩きましたが、歩き通すことが目的だったのでほとんどまわりの様子を覚えていませんでした。
しかし、今回はガイドさんが丁寧に説明してくれたのでとても印象深い旅行になりました。
例えば上野原の宿場町では街道をまっすぐに通すのではなく、宿場の入口と出口をクランク状に曲げることで敵の侵入を防ぎ、それで町が守られているという話を聞いて感動しました。
棒道も武田信玄が信濃を攻めるための軍事道に使ったと、雑誌で知りましたが、地元の観光課の方が「この道は荷車が通るぐらいの幅で、生活道路だった」ということを教えてくださって、実際に現地に行くことによって、そこに暮らす方たちがそういう場所を大事に使いながら生活しているんだということを知ることができました。それは雑誌や本などを読んだだけではわからないことで、そこに行くことによって視野が広がり、すごくよかったなと思いました。
小町 勝沼宿周辺をガイドしてくれた飯島さんの案内には驚きました。学芸員さんって、あんなにお話ができると思ってなかったですね。こんなことまで話せるんだということにまずびっくりしました。
来山 もう一つ、とても印象的だったのは、棒道のツアーでの石仏の説明です。私は石仏を見ると「これはお地蔵さんだな」「こういう観音さんなんだな」といった見方しかしてなかったんですが、その時にガイドを務めてくれた地元の観光課(当時)の若い女性が、石仏の素材となっている石についても、とても詳しくお話ししてくださいました。今までそういう視点で見たことがなかったので、新たに目が開かれたような気がしました。
小町 私もそのツアーに参加しましたが、彼女の話をもっと聞きたかったです。ああいう話って、滅多に聞けないですからね。
水野 彼女は「いしじょ」と呼ばれるくらい、石に詳しい方です。
来山 そういった市の学芸員さんや観光課の方、郷土史家の方などがガイドを務め、いろいろなことを教えてくださったことがすごく心に残りました。
寺崎 学芸員さんのガイドはやはり一味違いますか。
小町 違いますね。川﨑先生はバックボーンが仏教者だから、とても深い仏教の話ができるわけですが、学芸員もバックボーンとしてその土地のことを深く勉強しているので、同じだと思うんですよ。「こんなことまで知っているのか」というちょっと驚くような話まで聞けるので、学芸員さんのガイドってやっぱりいいですよね。
寺崎 もっと、観光の分野に出てきてもらうといいですね。その土地で生活してきた方達ならではの知識やネットワークがあるので、面白い案内が聞けますから。普通のガイドとは違う形で、その地域のことを話してもらえますよね。
水野 学芸員にガイドを依頼する場合は、まず地域の観光協会などの組織を通じて問い合わせをして、講師依頼の書類を出したりします。
手続き上はちょっと手間がかかったり、時には婉曲に断られることもありますが、引き受けていただければ、すごく面白くて重厚な解説が聞けますよね。
ガイド独自の眼差しが旅を創る
寺崎 今までお話を伺ってきて、いいガイドというのは、知識や情報なども含め、ツアーの参加者を高めてくれるような経験を演出していると感じました。
ガイド自身の持ってる情報をどんどん出すだけではなくて新しい気づきを与えてくれる、気づくきっかけを作り、ツアーの参加者たちの感覚を開いてくれるということが、ガイドの重要な役割だと思いました。
水野 そうですね。旅行会社の立場から言いますと、私どもがガイドもしくは講師を選ぶ視点として重視しているのは、その方々の持っている眼差しやバックボーンなどが面白いかどうかに着目しています。
例えばチャン先生という韓国籍の講師の方は、私も知ってびっくりしたんですけども、徴兵されて北緯38度線でずっと暮らしていたんですよ。なので、地形の見方などに兵隊の眼差しを持っているんですね。
来山 私もチャン先生に武蔵野をガイドしていただきましたが、朝鮮半島から来た人たちは治水や土木などの優れた技術を持っていたので、そういうものが下地になって関東平野における弥生時代以降の水田ができてきたという話を聞きました。このあたりに牧や田んぼを作ったとか、だからこの辺りに人が住んでいたとか、地形の重要さを教わりました。
寺崎 今おっしゃった眼差し、ものの見方というのは大事なキーワードだと思います。今まで持っていた自分の見方とは違う、多様な見方に気づかせてくれて、そのことによって、そのガイドとまた旅に行きたいと思わせる。人生を変える力があったという話もありましたけど、それだけのインパクトがあるんだと感じました。
水野 企画する旅行会社の立場からすると、講師やガイドの方々と会って、彼らの話を聞くことによって、我々自身がすごくワクワクするわけですよ。このワクワク感が一番大事なのかなと思います。自分たちがそう感じれば、参加していただいたお客様にも多分、同じような感覚が伝わっているという気がします。
寺崎 ガイドさんに会いたいから旅行に行くとか、その土地で見たものよりそこで出会った人の印象が強いといったお話など、ガイドには強い力があり、旅行の楽しみの中心に十分なり得ることを、皆さんのお話を伺って改めて感じました。今日は貴重なお話を、どうもありがとうございました。
小町 篤さん
訪問国39ヶ国、日本出国回数は240回でうち観光旅行は73回。観光で一番訪問回数が多いのはチベットの15回。若い頃は個人旅行派だったが近年はツアー利用が多い。コロナ禍で国内ツアー参加が増えている。
来山久仁子さん
海外ツアー・国内ツアーの両方に数多く参加している。さらには歴史や山歩きも好きで、興味をそそられる場所があれば、ツアー以外でも身軽に個人旅行に出かける。
本藤聡子さん
ツアーも個人旅行も両方行く派。海外旅行は今まで10回以上経験しており、行き先はアジアとカナダ西部が多く、国内旅行は東北と北海道が多い。ツアーはカナダやチベット、中国の梅里雪山などに参加。
コーディネーターさん
水野恭一さん
(株)風の旅行社風カルチャークラブ企画担当。1948年2月生。東京都出身。大学卒業後、会社勤めを経て、信州北部のスキー場で宿を営む。20年後に宿を売却し、1994年〝風の旅行社〞に入社、現在に至る。1981年アンナプルナ南壁隊メンバーでもある。
進行:寺崎竜雄(JTBF)
座談会撮影○笹野忠和(BLiX)
構成・文○井上理江