ガイドという仕事…❼長野・菅平高原
センス・オブ・ワンダー〜原点は子どものころの記憶〜

加々美貴代(NPO法人やまぼうし自然学校代表理事)

転機は自然学校主催講座

 私は大学の農学部で林学を専攻しました。卒業後は3年ほど東京の造園会社で働き、実家のある長野に戻ってしばらくしたある日、新聞記事で自然学校が主催する「森林インストラクター養成講座」の存在を知りました。大学の恩師がこの森林インストラクター資格制度の立ち上げに関わり、在学中に資格の存在を知り機会があれば取得したいと考えていました。毎月1泊2日で年間10回ほど、安曇野の実家から菅平高原まで片道2時間かけて通いました。
 当時は100名程が受講していてどなたも熱心に学んでおり、興味を同じくする皆さんとの交流も楽しみのひとつでした。自然学校事務局の皆さんは魅力的かつ精力的に森林のこと、子どものことに関する課題解決のために日々奔走していました。私はすっかりこの自然学校=やまぼうし自然学校のファンとなり、そして気がつけば受講の翌年から常勤職員第一号として働き始めていました。2000年当時はNPO法人としての認証後間もなかったこともあり、ふりかえれば24時間365日をやまぼうし自然学校に費やしていたように思います。

やまぼうし自然学校とは

 長野県菅平高原に本部拠点、上高地に白樺自然学校、首都圏に東京校を置き、2000年からNPO法人として活動を開始しました。菅平高原では修学旅行や林間学校、キャンプなど野外活動で訪れる年間約3万人余の首都圏小中高生を受け入れています。時代が求める「自ら判断し行動する力」をテーマに、約30種類の自然体験プログラムを提供しています。
 また地域の小学生を対象に「森でモリモリ遊び隊」、幼児と保護者を対象に「森あちょびクラブ」という仲間作りの場も構築しました。2022年現在、遊び隊卒業生は約180名となり「自分で決め、行動する」ことのできる大人に成長していると自負しています。
 首都圏では「森を楽しむ講座」を中心にシニア向けの自然観察会を定期開催し、おとなの生涯学習もお手伝いしています。
 近年「自然学校」が職業として認知されるようになり、4年前には新卒採用も開始しました。多岐に渡る業務を支える職員はコロナ前には9名にまで増えました。しかしコロナ禍に見舞われた現在は古株3名の職員で日々の業務をこなしており、次世代スタッフ採用を掲げて努力をしています。一方、忘れてはならないのは「登録インタープリター会員」の存在です。やまぼうし自然学校の誇れる「人的財産」といっても過言ではありません。インタープリター会員の多くが当校主催の指導者養成講座受講を経て入会。資格に加えて隠れた才能やネットワークを活かし、NPO活動を支えてくださっています。思いを同じくする仲間同士、2001年受講の我が同期は主力メンバーとなっています。

やまぼうし自然学校のいま

 本拠地菅平高原は自然豊かな地域で、ラグビーのメッカとして全国的に知られる地です。ホテルやペンション、108面ものグラウンド、体育館などスポーツ合宿を受け入れる施設が整っています。この地でやまぼうし自然学校が20年前に活動を始めた主たる目的はふたつ。「森林の荒廃をストップさせ次世代に引き継ぐこと」と「オフシーズン誘客」でした。前者は「森林インストラクター養成講座」での仲間づくりから発展させ、後者はホテルオーナーさんらのお力を借りながら、学習旅行誘客の営業を展開して今日に至っています。
 しかしながら長引くCOVID-19の影響で、移動教室や林間学校、修学旅行などいわゆる学習旅行は、都道府県、市区町村教育委員会単位で中止や延期となり、受け入れ地である菅平高原全体に大きな影を落としています。
 このような状況下で子どもの外遊びがますます減り、運動機能やコミュニケーション能力低下は明らかに加速することでしょう。リモート学習が導入され、求められているような「主体的に学ぶ」環境も失われているように感じます。

インタープリターとしての使命

 樹木は一度芽生えると、そこから移動することはできません。地球上の至るところでそれぞれの樹木がそれぞれの場所で長きに渡り生息し続けています。それはなぜか?「変わることができたから」だと私は考えます。動けないなら状況や環境に合わせて自らが変化すればよいのです。コロナ禍のこの苦境はやまぼうし自然学校に変化するチャンスを与えているのだ、とポジティブに捉えることにしました。
 私が林学を学び、造園業にたずさわった後、導かれるように自然と関わるようになったのは、幼少期を過ごした自然環境やそこでの原体験に起因していると思われます。生まれ育ったふるさとは雄大な北アルプスの峰々に囲まれ、四季を通じておおらかな自然に抱かれて過ごしました。小中学校は高台にあり、今でも常念岳はそこから見える姿が一番だと思います。村に住んでいた祖母の手仕事や畑作業の手伝いも、かけがえのない原体験のひとつです。
 知らず知らずのうちに培われた感性を活かし「見えないものを感じて伝える」インタープリターという仕事を得て、その楽しさを日々実感しています。漫然と森を見るのではなく、森の発するあらゆる声を聴き分けて、お客様をいざなう喜び。五感を研ぎ澄ますことで立ち現れる世界から見えるもの、聴こえるもの、感じるもの全てが一期一会。それら素晴らしい出会いを「通訳=インタープリテーション」するのが私の役目です。
 日常のストレスや疲れが溜まっていても、自然や森に身を置くことで解消されます。仮に身近に大自然がなくとも、ちょっとした緑地や窓辺から見える景色、聞こえる音、風にのる微かな匂いを意識する方法を、ひとりでも多くの方にお伝えしていこうと思っています。

withコロナ、afterコロナ、SDGs実現に向けて

 コロナ禍で他県からの依頼が激減しましたが、一方で近隣地域からの体験学習の依頼が増えました。さらなる情報収集と他方面・他業種との協働にも力を入れ、個人、ご家族、企業、行政など実情に寄り添い声を拾い上げ、細やかな支援を心掛け形にしていきたいと考えています。未だ感染者数が高止まりである首都圏の環境学習支援をオンラインの活用などwithコロナ体制の充実も図ります。やまぼうし自然学校の活動こそ、持続可能な社会(SDGs)実現に貢献できると自負しつつ、厳しい現状を好機ととらえ活動を続けてまいります。
 医学の父ヒポクラテスの言葉に「人は自然から遠ざかるほど病気になる」というものがあります。自然体験活動を必要とする局面を迎えている今、多くの方にその重要性が理解されることを願っています。センス・オブ・ワンダーを合い言葉に誰もが幸せに感じる時間の創出を続けていきます。