ガイドという仕事…❻山梨・富士山
富士山を、今よりもっとよい状態で未来に返したい
近藤光一(富士山登山学校ごうりき 代表)
それまでの、自分のガイドのやり方を悔いた
富士山麓の街、山梨県富士吉田市で生まれました。子どものころから近くに富士山があり、その自然の恵みに包まれて育ちましたが、そのことを強く意識したことはありませんでした。父親と一緒に五合目の清掃活動に参加したことが、たった一度の富士山に触れた思い出です。このときも五合目までは車で行きましたから、富士山に登った経験は、一度もありませんでした。30歳まではサラリーマンをしていましたが、結婚を区切りに次の人生を模索していました。子どもを授かると、出産費用を得るために地元の先輩の勧めで、旅行会社が企画したパッケージツアーの富士山登山案内人(ガイド)を始めました。受け持ったツアーは約40人の登山者の案内。富士登山の行程は時間の余裕がなく、体力差もあり無理なペースで登山する必要がありました。また夜間登山のため安全も担保できず、休憩も満足に確保できなかったため、高山病になる登山客もいましたが、回復を待つことはできず下山させる等、今思えば決して登山客に満足いただけるサービスを提供していなかったと反省しています。
しかし、登山客から感謝の言葉やお礼の手紙をいただく機会があり、当初はただ稼ぐための手段でしたが、次第に仕事としてやりがいを感じるようになり、毎年登山シーズンの7月、8月は富士登山ガイド、それ以外の時期は生計をたてるため建設業の日雇い労働をするようになりました。
ある日、無事登頂し下山された御婦人が、写真を見ていた姿が目に留まり声をかけました。前年に亡くなった御主人が、毎年大好きな富士山に一人で登っていましたが、御婦人は一度も富士山に登ったことはなかったため、初めての富士登山に挑戦したというのです。その御婦人から、「今年は私が主人を富士山に連れてきた、登れたのは主人のおかげ。主人が富士山を好きだった理由も少し分かった気がする。」と言われた時に、もっと一人ひとりの気持ちを理解してガイドをしていれば、山頂で気の利いた一言をかけられたのではないかと、今までのガイドのやり方について後悔をしました。このことをきっかけに、様々な想いで富士山に登っている、登山客の心に近づきたい、何より当時の富士山はトイレやゴミの環境が悪く、何とかしたいと思っていました。
その頃、ガイド人生のターニングポイントに恵まれました。大手ハンバーガー企業のモスフードサービスさんが行っていた「モス地球遊学制度」にエントリーしたのです。大きな志のために経験を積みたいという若人に向けて百万円を援助してくれるというものでした。この公募には全国から1万524件の応募があり、その中から5名に選んでいただきました。スイスに1ヶ月滞在し、アルプスの山々を貴重な観光資源として大切に守り続けている人々の様子、自然環境を保護しながら利用する考え方やガイドの技術、魅力的なツアー造成などを学ばせていただきました。
帰国して富士山への環境保全に対する想いから「富士山登山学校ごうりき」を夫婦で起業し、今年で創業20周年、法人化して13年を迎えました。その間、環境省エコツーリズム大賞の「大賞」などいくつかの賞もいただきました。
今後は、更なる富士山環境保全、災害や自然環境変化への備え、地域自然調査継続、広域的なネットワーク化、地域づくりのリーダー・後継者の育成、更なる富士山固有の高付加価値体験商品の開発と発信を行っていきます。
顧客満足度の高さを保ち続けるために
富士山頂を目指す登山ツアーのみならず、富士山の雄大なふもとに広がる天然記念物の青木ヶ原樹海での「樹海ネイチャーツアー」や北口本宮冨士浅間神社を参拝する「富士山信仰の吉田口登山道ツアー」など富士山全域をフィールドとし、四季折々の自然や文化、歴史をより深く理解できるツアープログラムなどを提供し、富士山地域全体の活性化・環境保全につながるような富士山エコツアーを展開しています。
近年では、大手ホテル企業「星野リゾート・星のや富士」や「カトープレジャーグループ・ふふ河口湖」と連携し、顧客向けの特別ツアーを提供しています。弊社では販売促進を積極的に展開してはいないものの、大手企業と連携した事業モデルを構築することで、安定的な顧客の確保につなげています。
また、地元はもちろん、富士山に訪れる学校向けに「富士山環境教育自然体験プログラム」を提供しています。フィールド体験、富士山学セミナーなどを通じて、富士山の保全についての興味や気づきを促すような内容としています。
主催ツアーは、サービスの質を重視し、他のお客様の迷惑にならないような声が届く少人数の範囲で行っています。
近年では1組限定、またツアーを貸切りプライベートでご満足頂ける高付加価値ツアーの企画も実施しています。
高い品質を一定に保つため、従業員は雇用しておらず専従2名でできる範囲で事業を行っています。そもそも売上や利益を大きく伸ばす意向はなく、子ども達を育て夫婦で生活ができる最低限の収入を得られれば幸せとの考えから、高付加価値なサービスに対する登山客のニーズはまだまだあるものの、あえて事業拡大を積極的に行わず、十分に目の届く、高品質なサービスに重点を置いています。この事業方針が顧客満足度の高さを保つ大きな要因となっていると考えています。
なお、学校や企業研修などのツアーや環境教育自然体験は弊社の理念に賛同頂いている外部提携事業所や個人ガイドにご協力頂き対応しています。
またエコツアーガイドの養成と起業支援にも力を注いでいます。
富士山に、人は癒され、変化できる
富士山エコツアーガイドとして意識しているのは、人が進化、成長するお手伝いをすることです。参加者が富士山に触れることによって、自分自身の力に気づく。明日に向かって、少しでも前向きに生きようと気持ちが変化する。富士山が持っているパワーを受け取って、人が癒されたり、成長できたり、変化できたりすることを、これまでのガイドの仕事を通じて知りました。
だから、富士山に触れる方々に、より良い雰囲気、空間や時間を提供することが自分の仕事だと思っています。ガイドを始めたころは、自分のことばかり考えていました。でも今は、主人公はあくまで一人一人のお客様。歌舞伎の舞台などで、役者の脇にそっと立って、演技を助ける人のことを「黒子」と言いますが、富士山という晴れ舞台で、エコツアーガイドとして黒子に徹してお客様のサポートを続けていくのが天職だとこの先も思い続けていきます。黒子に徹することで、自分のほうもより大きな感動や成長のきっかけを一人一人のお客様からいただいていると思います。
富士山も生きていますから、今、喜んだり、困っていたり、あるいは何かに対して怒ったりしているかもしれません。感覚を研ぎ澄まして、富士山からのちょっとした変化、人間や社会に語りかけてくる小さな声に気づき、伝えていくことが私のやるべきことと考えています。そのために、体が動く限りずっと、富士山エコツアーガイドの仕事を続けたいと思っています。命が尽きるまで、自分を導いてくれた偉大な故郷の富士山のふところに抱かれて、生きていくつもりです。
今や日本の宝・富士山は、世界の宝、世界遺産となりました。
「富士山は未来の子どもたちからの大切な借り物です。今よりもっとよい状態で返していきたい。それが私近藤光一の願いです」