② 諸外国の「国外からの入国に関する規制」の動向

観光政策研究部
社会・マネジメント室長/上席主任研究員
菅野正洋

1.はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的にまん延したことで、観光が前提としている人の移動・接触、交流は大きな制限を受け、停滞を余儀なくされた。
 その後現在までに、世界的にワクチン接種が進展したことで、段階的に各種制限を緩和・撤廃し、観光活動を再開させる動きが見られている。
 そのような諸外国の制限緩和の動向と、その背後にある要因を把握することは、我が国の今後のコロナ対応、あるいは将来到来する可能性がある別の感染症の流行といった状況を想定した際にも、参考になると思われる。
 そこで本稿では、諸外国のCOVID-19に関する政策のうち、特に「国外からの入国に関する規制」に着目し、その動向について整理するとともに、背景となる要因についても若干の考察を試みたい。

2.コロナ禍前(2019年)の国際観光旅客の到着数上位10カ国の動向

 まず、コロナ禍前に国外から比較的多くの観光客を受け入れていた諸外国の動向について確認する。
 英国のオックスフォード大学では「Oxford COVID-19 Government Response Tracker(以下、OxCGRT)」プロジェクトとして、世界187カ国のCOVID-19に対する政策対応を各種の指標として記録し日単位で公開している。
 その指標の一つが「国際的な渡航に関する規制」指標(C8:Restrictions on international travel)である。
 これは各国の「国際的な渡航に関する規制」の程度を、次の5段階に区分して評価しているものである(すなわち、0が最も規制が緩く、数値が1から4まで増えるにつれて対応が厳格化するという一種の順序尺度となっている)。
 0 規制なし
 1 来訪者に対するスクリーニング
 2 高リスク地域からの来訪者に対する検疫実施
 3 一部地域からの来訪禁止
 4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖
 この指標について、2019年の国際観光旅客の到着数の上位10カ国(フランス、スペイン、米国、中国、イタリア、トルコ、メキシコ、タイ、ドイツ、英国)と日本(2019年の順位は12位)について、2020年1月から2022年8月末までの推移を比較したグラフが図1である。

 この図から、コロナ禍前に国外から多くの観光客を受け入れていた、いわば〝観光立国〞といえる国々の間でも、その規制の程度や厳格化・緩和の時期には差があることがわかるだろう。
 例えば、フランス、米国、中国、イタリア、メキシコ、英国といった国では、最も厳格な対応である「4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖」を行っていたとして評価された期間はない。また、スペイン、トルコ、タイ、ドイツについては、コロナ禍の初期などにおいて「4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖」となった期間はあるものの、その期間は比較的短く、基本的には「3 一部地域からの来訪禁止」よりも緩い規制となっている。
 また、多くの国においては特に2021年以降に、規制の程度を下げる動きが見られ、直近では、フランス、スペイン、中国、イタリア、トルコ、タイ、ドイツ、英国といった国では「0 規制なし」となっている。
 一方、日本を見てみると、2022年6月10日から添乗員付きのパッケージツアーでの外国人観光客の受け入れが開始されたことで、直近では「1 来訪者に対するスクリーニング」となっている以外、2021年1月頃から以降は、ほぼすべての期間で「4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖」として評価されている。このことから、諸外国と比較しても、極めて慎重な姿勢を取っていたことがわかる。

3.地域による違い

 次に、各国が属する「地域」に着目し、それぞれの傾向を確認していく。
 一般的に欧米の国は個人の自由を重んじる「個人主義」が強いのに対し、アジアの国は、たとえ個人の自由が抑制されたとしても、社会全体の安定や安全を重んじる「集団主義」の傾向がより強いことが指摘されている(Hofstedeほか,2013など)。
 このことを念頭に置くと、アジア諸国では、入国時の制限を厳格化する方向に対応が偏ることが想定される。この点を、前述のOxCGRTプロジェクトの「国際的な渡航に関する規制」指標を用いて検証した。
 「地域」については、国際航空運送協会(IATA)の地域区分を参考に「中東」「欧州」「アジア・太平洋」「アメリカ」「アフリカ」の5区分とした。
 また、新型コロナウイルスの変異株の特徴とその出現状況(図2)を踏まえ、政策面で一定の配慮が働くと想定される下記の2つの時点に着目した。

 ①重症化リスクが高い「デルタ株」が猛威を奮っていたバケーションシーズン(2021年8月1日時点)
 ②感染力は高いが重症化リスクは相対的に低い「オミクロン株」に置き換わったタイミング(2022年5月1日時点)
 前述の各時点における「国際的な渡航に関する規制」指標と「地域区分」について、データ欠損のない161カ国を対象にクロス集計を行った(図3)。

 ※いずれもカイ二乗検定・5%水準で有意差あり
 その結果、重症化リスクが高い「デルタ株」が猛威を振るっていた2021年8月1日時点では、「アジア・太平洋」地域において、「4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖」の割合が30.3%となっており、「アメリカ」(「4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖」が12.1%)、「中東」(同6.7%)、「アフリカ」(同2.8%)といった地域と比較して高くなっている。また、「欧州」では、「4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖」の対応を取っている国は存在しない。
 また、感染力は高いが重症化リスクは相対的に低い「オミクロン株」に置き換わったタイミングである2022年5月1日時点では、「アジア・太平洋」で「4 全地域からの来訪禁止もしくは国境封鎖」となっている国が9.1%あるが、それ以外の地域はない。その一方で「0 制限なし」の国は「欧州」で40.9%、「中東」で26.7%であるのに対し、「アジア・太平洋」では0%となっている。
 このことから、「国際的な渡航に関する規制」指標は地域によって差があり、全体として「アジア・太平洋」の国はそれ以外の国と比較して「国外からの入国に関する規制」について、より厳格に対応している傾向があることが改めて確認できる。
 参考までに、OxCGRTプロジェクトの対象国187カ国について、それぞれの地域区分(5地域)の中で「国際的な渡航に関する規制」指標が「0 規制なし」である国の割合の2022年に入ってからの推移を表したグラフを見てみよう(図4)。

 このグラフからも、「アジア・太平洋」地域以外では、「国外からの入国に関する規制」を撤廃する国(指標が「0 規制なし」である国)が2022年2月頃から増加しているのに対して、「アジア・太平洋」地域では増加し始める時期が5月頃と相対的に遅くなっている。さらに、その後も低位で推移しており、世界的に見てもより厳格な(入国制限の撤廃に慎重な)対応を取る国の割合が高い傾向が読み取れる。

4.「国外からの入国に関する規制」の動向に関係するその他の要因

 前項までで見てきたように、「アジア・太平洋」地域の国はそれ以外の国と比較して「国外からの入国に関する規制」について、より厳格に対応している傾向があることがわかった。
 一方、ここで図1に立ち戻ると、タイは日本と同じアジア地域に属しているにもかかわらず、比較的早い段階から入国に関する規制を緩和し、直近では「0 規制なし」となっていることに気づくだろう。
 この点について、タイの観光政策の決定や推進において中心的な役割を果たす政府機関であるタイ国政府観光庁(Tourism Authority of Thailand、以下TAT)に対し、「国外からの入国に関する規制」に関する政策決定の過程や背景を把握することを目的として単独インタビューを行った。その結果、タイが早い段階から規制の緩和・撤廃に踏み切った背景として、「経済や雇用の面で観光の重要度が高いこと」と「国民のワクチン接種が十分進んだこと」といった要因があったことが指摘されている。(インタビューの詳細は本稿後半で紹介)。
 このことを確認するために、2019年の国際観光旅客の到着数の上位9カ国(対象国は図1と同様だが、中国のみ2021年8月1日の数値が取得できないため除外)と日本について、「観光分野の対GDP貢献率」と「ワクチン接種率の増分」の関係を見てみよう。
 「観光分野の対GDP貢献率」については、世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)が公開している「経済影響調査(Economic Impact Report)」を参照した。具体的には、「年次調査ハイライト(Annual Research: Key Highlights)」資料における2019年の数値を活用した。また「ワクチン接種率の増分」については、OxCGRT プロジェクトで収集されているワクチン接種率の数値の2021年8月1日、2022年5月1日時点の差分を取った。
 両者について散布図を作成してみると、タイは「観光分野の対GDP貢献率」と「ワクチン接種率の増分」のいずれも突出して高い数値を示していることがわかる(図5)。このことからも、「経済や雇用の面で観光の重要度が高いこと」と「国民のワクチン接種が十分進んだこと」が規制を緩和・撤廃するに当たっての影響要因となったことがうかがえる。

5.おわりに

 TATに対して実施したインタビューでは、タイの「国外からの入国に関する規制」の緩和・撤廃に影響を与えた要因として、「国民自身が観光産業の経済における重要性を認識しており、その危機が自分の生活にも直接影響を及ぼすであろうことを理解していること」も指摘されている。
 中長期的に見て、今回のCOVID-19、あるいは未知の感染症の世界的な流行のような事態に限らず、自然災害や戦争といった世界的な非常事態を受けて、一時的に観光が停止せざるを得ない状況は今後も起こる可能性はあるだろう。
 仮にそういった事態が起こると、一定の「復旧」期間を経て国の経済を「復興・回復」させるべき段階が訪れる。その際に、迅速かつ柔軟な対応を取ることができなければ、観光活動によって社会が得るべき利益を逸失することに繋がりかねない。そうならないためにも、「観光をいち早く動かすことが国の経済にとって極めて重要である」という点を社会的な共通認識として形成しておく必要があるだろう。
 そのためには、観光産業の経済における重要度等を客観的な指標や視覚的な表現等を用いてわかりやすく示していくべきだろう。すなわち、観光産業の動向が国全体の経済の動向にも大きく影響すること、また、だからこそ観光活動の柔軟かつ早期の再開が必要であることについての共通理解を、中長期的に形成していく必要があると思われる。
 ※本稿は当財団ウェブサイトで公開中の研究員コラム「国際的な往来の開放に影響する要因とは?Vol.473」の内容に新たな分析や考察を加え、再構成したものである。
(かんの まさひろ)

参考資料
Geert Hofstede, Gert Jan Hofstede,and Michael Minkov(. 2013).
Cultures and Organizations:Software of the Mind(3rd ed.).
『多文化世界 [原書第3版] 違いを学び未来への道を探る』.岩井八郎・岩井紀子 訳.有斐閣.

GISAID Initiative
https://gisaid.org/hcov19-variants/

Oxford COVID-19 Government Response Tracker(OxCGRT)
https://www.bsg.ox.ac.uk/research/research-projects/covid-19-government-response-tracker

World Travel & Tourism Council Economic Impact Reports
https://wttc.org/Research/Economic-Impact